第564話 貴方の弟にも言われましたよ
完結まで一気にいきます。
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チチチ、と外で鳥の鳴き声が聞こえる。
そんな小さな音を目覚ましに、ミーリニアスの目が薄っすらと開いた。
戦場に立てた天幕の中であり、本来であれば戦後処理の真っ只中である。
しかしそうではない。
「目が覚めた?」
「……ここ、は……」
どうやら普通に喋れるらしい。
まぁそうで無ければ困る。
それからざっとミーリニアスとの戦いの後、何をしていたか説明することにした。
まず私はセシル人形を修理して騎士団の後処理に当たらせ、これまた修理したフィアロを帝都へと送り返して停戦の準備を進めさせている。
更に私の眷属たちを呼び寄せて戦場に横たわる帝国側の戦死者たちを集めておき、遺体が損傷しないようにジョーカーの異空間へと収納。
ちなみにジュエルエース騎士団の戦死者は二十八名。だいたい五分の一くらいの者が私のためにその命を散らしてしまった。彼等の遺族年金、新しく雇用する騎士達にかかる教育や訓練の費用はかなりの額になる。
まず何よりも今までと同じ水準にまで戻す時間が一番の痛手だろう。
ちなみにアルマリノ王国へも戦いに勝ったことは報告のみしている。何もしなかったんだし、戦後処理について口出しさせるつもりはない。
「まだ戦場だよ。ここは私の天幕の中」
「そうか……余はまだ、生きておるのだな……」
死なれたら困る。
あの広大な帝国を支配者のいない無法地帯にするわけにはいかないしね。
ミーリニアスの怪我は全て治療済だったこともあり、彼女はすぐに上半身を起こして私を真っ直ぐに見つめると深く頭を下げた。
「完敗であった。余のことは煮るなり焼くなり好きにするが良い。だが我がゼストビス帝国に住まう者たちのことは救ってやってほしい」
「この前も話したけど、貴女がいなくなったら帝国が崩壊しちゃうでしょ。だから貴女は停戦の話し合いと和平条約を締結したらすぐ帰って働いてもらうからね」
「ふ……甘い女よ。だが、助かるのも事実。どのみち戦に負けた身よ、いかなる条件だとしても飲むほかあるまい」
いかなるって。
そんな無茶な要求をするつもりはないんだけど?
それからミーリニアスが動けるようになるまで話を続けた私は、条約の調印式の日にちや場所を決めてから彼女を帝都まで送り届けた。
戦争終結から一月後。
私はアルフォンス殿下と一緒に調印式に出席していた。
場所はローヤヨック侯爵領にある三番目くらいに大きな町。
帝国の皇帝やアルマリノ王国の王太子が来るということで町はお祭り騒ぎだし、ローヤヨック侯も準備で疲労困憊な様子。今度何か送って労ってあげないとね。
「ここにゼストビス帝国への賠償内容が記載されています。ミーリニアス陛下、ご確認を」
ミーリニアスは鷹揚に頷くと書類を上からじっと睨みつけている。
でもあそこに書かれている内容は予め彼女には伝えているのだけどね。
「承知した。委細問題ない」
「では両国代表による調印をお願いします」
なので調印式自体はあっさり終了することとなる。
この間、アルフォンス殿下は私に何も言わずただ黙って言われた通りに調印しただけだ。
調印式終了後、ミーリニアスは僅かな帝国軍兵士と共にさっさと帰国。私達も馬車に乗ってローヤヨック侯爵領の領都ライドングへと向う。
「帝国への賠償、本当ならばもっと良い条件を引き出せたのではないか?」
その馬車の中で今まで沈黙を守っていたアルフォンス殿下がチクリと苦言を刺してきた。
その目はさすがに一国の王太子だけあってかなり鋭い。
「十分かと思っていますよ」
「あれだけ巨大な国相手に勝ったのだぞ? ならば賠償金も領土もまだまだ取れたであろう?」
「我が騎士団の戦死者への慰霊金、その家族への弔問金。そして此度の戦争で使った金を出してもらいました。何より我が家は金に困っているわけではありませんし」
王都にある墓地はそれほど広いわけではない。
そのため貴族でもない限りは火葬した上で共同墓地に葬られる。
国のために、私のために戦った騎士達がそれではあまりに不憫と思って、私は騎士団の本部裏手に戦死者のための墓地を新たに作った。
貴族と同じように一人一人手厚く。仮に騎士見習いであっても戦場に出て戦死したならば騎士として送ってやりたかったから。
それだけでもかなりの金を使ったけど、私の持つ資産からすれば微々たる程度。なので今更戦争の賠償金で儲けようなんて微塵も思わない。
「……ならば領土の割譲は?」
「我が国と帝国の国境はドラゴスパイン山脈で隔たれています。あそこを領土としてもらったところで我が国のためになると思いますか?」
「今までは帝国側に出ていた脅威度Sの魔物討伐をこちらで請け負うことになる、ということか」
ふむ。ちゃんと考えることは出来るらしい。
「しかし他にもなんらかの形で……」
「殿下。私はこの戦争を引き受ける代わりにこの賠償について口出しさせないこと約束してもらったはずです。コルチボイスから聞いていますよね?」
実の弟とした約束のことを思い出し、アルフォンス殿下はやや浮きかけていた腰を落ち着かせた。
馬車の中で立ち上がらないでもらいたいものだ。
「それに帝国との賠償についてはこれで終わりですが、これで全部ではないでしょう?」
「……そうだな。ザッカンブルグ王国との話し合いもこれからだ」
今回の戦争を引き起こした原因の一人としてミーリニアスから話が出たのはザッカンブルグ王国王弟と第二王女、フレッテス辺境伯、クーニス伯爵の四人が彼の国より連行されてくる。
現ザッカンブルグ王の誠意と見れば誠に国らしい、王らしい対応のように見える。しかしその実はというと。
「あんなもの、ただこちらに責任を丸投げしただけではないか。自分たちで首を撥ねて持ってこいと使者を送り返すべきだった」
「まあそうでしょうね。けれどルーセンティア殿下の手前、そうもいかなかったのが本当のところなのでしょう?」
手のひらをヒラヒラさせながら「ほら吐け」と言わんばかりに煽るとアルフォンス殿下も「そうだな」とぶっきら棒にそっぽを向いた。
いかに他国へ嫁いだとはいえ叔父なわけだし、自分への心象が悪くなってはたまらないといったところか。
「セシーリアこそどうなのだ?」
「何がです?」
突然話が飛んだので「どうなんだ」と聞かれても何を言ってるのかさっぱりわからない。
「コルチボイスの母親ということで無理矢理大公にしたというのに、相変わらず女を囲ってばかりではないか。跡取りはどうするのだと聞いている」
「作りませんよ? 必要ないですから」
「そんなわけにいくか……」
そうは言われてもね。
そもそも大公なんて一代限りの爵位であって引き継ぐことは出来ない。
子孫に引き継げるのはコルに継いでもらったランディルナ家だけだ。そちらは既に跡取りが生まれている。
ジュエルエース家にしても私の寿命が尽きるまでは私に爵位があるわけで、その私は不老のため殺されない限りは爵位はいつまで経っても私の元にあることになる。
「必要なら娘がいますよ? ソフィアは私に似てとっても強いですし」
「貴族院も出ていない者に大公家を継がせられるわけがなかろう」
「……私も貴族院にいましたけど従者クラスですよ?」
何を言ってるんだろうこの王太子は。
「貴族の子女たちが学ぶ講義まで取って首席で卒業しているだろう? 今や我が国でセシーリアのことをどうこう言える者などいない」
「それなら特例で認めますか? 確か大公は男爵位までなら与えて良いんでしたっけ」
ニヤニヤとアルフォンス殿下を横目で見ながら顎に指を当てる。
でもソフィアに爵位を与えるつもりはないけどね。あの子には貴族社会のゴタゴタには巻き込まれてほしくないし、好きな人たちと一緒に自由に生きてほしい。
「却下だ。認められているが、陛下の許可は必須。その前に私が認めん」
「残念。ソフィアにも好きな人がいるんですけどねぇ?」
何故かそれもみんな女の子だけど。
本当になんで血が繋がってないのにこんなに似ちゃったんだろう?
「……私が知らないとでも? 娘のソファイアもお前と同じで女ばかり囲っているではないか」
「あれ、知ってましたか」
「お前、冗談ばかり言って私を誂ってるんじゃないだろうな?」
失礼な。
馬鹿にしてるだけなのに。
彼の低くなった声に私は変わらずニヤニヤしたまま黙っていると、そっぽを向かれて何も話さなくなってしまった。
どのみちもう少しでライドングには到着する。
道すがらいつものように宝石を眺めて過ごし、ドラゴスパイン山脈に日が隠れそうになる頃、ようやく私達はローヤヨック侯爵が待つライドングの領主館へと辿り着いたのだった。
ローヤヨック侯爵からの歓待を受け、翌日王都へと戻るべく馬車を走らせた。
ちなみにこの馬車は私とアルフォンス殿下しか乗っておらず護衛さえいない。身の回りの世話をする者を移動中立ち寄る町や村に置いているので彼が困ることはないはずだ。
「確認しておきますが」
馬車を走らせながらアルフォンス殿下に前置きしつつ話しかけた。
昨日散々馬鹿にしたことを根に持っているのか、未だに私と目を合わせてくれない。
「ザッカンブルグの王弟や第二王女をどうするおつもりで?」
「……知らん。陛下にお任せする」
何を言ってるの?
王太子の自覚がないのかな?
「貴方、次の国王でしょう? それなのに陛下がいれば自分は責任を負わないってことですか?」
「……そういうお前こそ王族に向かって随分な態度じゃないか。忘れたのか、デルポイが起こした不祥事を」
「覚えてますけど、それで?」
はっきり言って王族の言葉なんて無視したっていい。いつでも国を出ることは出来る。
今回の戦争でその下地は万全になったと言えるしね。
「ふん……どの道、公開処刑以外あるまい。相手は我が国を滅ぼすことに手を貸したのだ」
「それでルーセンティア殿下から貴方も陛下も不信感を向けられるわけですね」
「セシーリア、お前な……」
そこでようやくアルフォンス殿下は鋭く睨んできた。それなりの修羅場は潜っているだろうけど、そんなのは王族の権力に怯える並みの貴族相手くらいにしか通じないよ。
「一番良いのはルーセンティア殿下に選ばせたら良いじゃないですか」
「お前は悪魔か」
はい、昔貴方の弟にも言われましたとも。
しかしこれは一種の踏み絵になる。彼女が今後どうこの国で生きていくのかを見極めるためにも。
それに。
「恨み言や憎しみを向ける相手は一人だけの方がみんな協力するんじゃないですか?」
私相手なら誰も遠慮しなくて良いんだよ。
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