第537話 それじゃ帰ろっと
すみません、先週仕事に忙殺されていて投稿出来ませんでした。
私が目を覚ましたのは知らない部屋だった。
天蓋付きのベッドに寝かされていて、見慣れない天井に対して言うべきか悩んで誘惑に負けた。
「知らない天井だ」
お約束はそこまでにして私は身体を起こした。
「……私、裸なんだけど……」
いやまぁヴォルガロンデはあの時消えたからここに男性はいなかった……いや、アドロノトス先生がいた。
けど結局ヴォルガロンデが消えるときもいなかったし、あれからどうしたんだろ。
とりあえず彼に裸を見られたとは思えないし、どこかおかしな感じもしない。
ヴォルガロンデは身体が変わるとか言ってたけど、胸の大きさとか身長も特に変化は無さそう。
私は装着で部屋着に着替えてベッドから下りた。
床を見ると水晶の板で出来ているので、ここがヴォルガロンデのいた九天ルミナスの宮殿で間違いはないようだ。
部屋のドアは黒曜石で出来ており、ドアノブが存在しない。
けれど私はそうするのが当たり前であるように本来ドアノブがある場所へ手を近付けると、ゆっくりと音も立てずに開いた。
「おぉ、すご」
部屋から出た通路も全て水晶で出来ており、壁は白い大理石だけどところどころいろんな宝石で作られた彫刻が飾られていて、天井はラピスラズリ。
これが埋め込まれているわけじゃなくて本当に巨大なラピスラズリで出来ている。
各部屋の扉はいくつか色の違うところがある。
ターコイズだったり、ジェダイト、サードオニキスが使われている部屋もある。
そして通路の真ん中には例によってカルセドニーが嵌っているので、私はそれに沿って歩いていく。
やがて通路の先が外に繋がっていることに気付いて宮殿から出ると、やや冷たい風が頬を撫でた。
自分の周りの温度を調整しているはずなのに冷たいと感じたことを首を傾ける。
「ここに来たとき、まだ真冬じゃなかった、よね?」
「おはようございます、管理者代理代行」
「ふえっ?!」
独り言のつもりで呟いたのに返事があったことに驚いて真後ろを振り返った。
「あ……エッツォワーナ、だったっけ?」
「はい。この世界の運営に携わっております」
そうだ、ヴォルガロンデの側に侍っていた女神の一人だ。
目つきが鋭く、スタイルはドンッ、ギュッ、バァン! みたいに凄い。
綺麗な桃色のショートヘア美人であるエッツォワーナは私の前で跪いて頭を下げた。
「覚醒されましたこと、お慶び申し上げます」
「覚醒って、大袈裟な」
「……ですが管理者代理代行は引き継ぎが始まってからなかなか目を覚まさなかったものでして……」
「え、ちなみに私達がここに来てから何日くらい経ってるの?」
「本日で七十と三日でございます」
二ヶ月半も寝てたってこと?
うそぉ……さすがにこれだけ屋敷に連絡してないとソフィアやアイカたちも心配しちゃうよね。
……眷属たちはもっと心配してそうだ。
「出来れば一度家に帰った方がいいかな」
「承知しました。奥様方もまだ覚醒されませんのでよろしいかと存じます」
「けど、ここって普通に転移で戻ってこられるの?」
「管理者代理代行となられた貴女様であれば、この世界で行けぬ場所などありません。そのような場所を作るような者がいたとすれば廃除せねばなりません」
うん、引き継ぎした時に入れられた記憶とも合致する。
今のところそんな場所は無さそうだけど。
「って、みんなもまだ寝てるの?」
「おそらくヴォルガロンデ様の贈り物をまとめて受け取ってしまったが故の弊害かと思われます」
エッツォワーナ曰く、最短でもあと十日程度。長ければ一年くらいはかかるかもしれないらしい。
お世話は彼女や他の女神もしてくれるそうだし、ここは任せてしまおうかな。
「わかった。じゃあ誰か目を覚ましたら連絡してくれる?」
「わかりました」
「さてと、それじゃ帰ろっと」
遠くの相手に話しかける魔法かと思いきや、神にはそういう能力が元々あるのだそうだ。
とにかくエッツォワーナに奥さんたちを任せ、私は一人でアルマリノ王国の屋敷へと転移した。
一人アルマリノ王国王都へと戻り、ジュエルエース家の敷地前までやってきた。
そういえば一人でここに来たのっていつ以来かな?
気付けばとても広大な敷地になっており、王都の一割強を占めている。王宮と貴族院、王立学校の占める割合が二割程度なのでいかに敷地が広大であるかがわかる。ついで大きいのがベルギリウス公爵家、ゾノサヴァイル公爵家と続き、侯爵家の敷地を含めるとそれだけで貴族が占める割合の九割となる。
伯爵以下の敷地はほぼ建物だけである。
まぁウチがこれだけ大きな敷地を有しているのは、あの馬鹿王子であるディルグレイルの事件のせいだけど。あれが切欠でスパンツィル侯爵家、ニーレンヨード侯爵家の敷地が我が家のものになったからね。
だからと言って持ってる土地をそのまま遊ばせておくつもりはないので、ジュエルエース大公家とランディルナ侯爵家の騎士団本部、クラン『宝石箱』の孤児院兼学校兼クランハウス、デルポイ本社と従業員寮、宝石を運び入れるための倉庫。あとは我が家が抱えてる職人たちの工房。そして彼等が利用するためのお店。
それを敷地の中に作ってあるので普通に小さな町みたいなものだったりする。
いや本当に私もだけど、みんな頑張ってくれたよね。
感慨に浸りながら足を一歩踏み入れる。
……うん? 誰かが凄い速度で近付いてきている?
「「セシーリア様!」」
二人の女性は私のすぐ前で膝をついてその顔を上げた。
「ただいまノルファ、エリー。遅くなってごめんね」
「長らくっ、ご帰還を、お待ちしておりました……」
「恐れ多くも、御身のことが心配で……心が張り裂けそうな日々でございました」
二人は目に涙を浮かべながら、それでも嬉しそうに微笑んでいた。
彼女たちに先導されながら歩いていると、あちこちから「おかえりなさい」と声をかけてもらえる。
なんだかそれがくすぐったくも嬉しい気持ちになる。
「セシルママッ!」
クランハウスの近くに来た途端、窓が開いてソフィアが飛び出してきた。
ズドンと大きな衝撃を受けるほど、彼女は全力で私に飛び込んできてくれた。
「ただいまソフィア。ちょっと遅くなってごめんね」
「ううんっ、平気! でもすっごく心配したんだよ?」
「うん、本当にごめんね? 詳しい話は帰ったらするからね」
「うぅ……私ももう帰ろうかなぁ」
クランハウスから飛び出してきたということは多分まだ仕事中だと思う。
寂しかっただろうし、不安にもさせたけれど仕事を放り出すのは感心しない。
「今日は屋敷から出ないから、ちゃんと終わらせて帰っておいで? ママは逃げないよ」
はぁい、と不満をたっぷりと含んだ返事をしたソフィアは出てきた窓へと戻っていった。
というか窓から顔を出しているのはヘイロンの娘だったっけ。どうやらちゃんと仲良く出来ているらしい。
「セシーリア様っ!」
屋敷に帰るとセドリックが慌ててやってきた。
もういい歳なんだから走ったら危ないのにね。
どんどんやってくる使用人たち。中には目に涙を浮かべて……あ、それは私が閨に連れ込んだことのある愛人たちか。
「セシルッ」
そして最後に現れたのはアイカとクドー。
「ただいま。遅くなっちゃった」
「……言いたいことは仰山あんねんけど……まずはおかえり」
「よく帰ったな」
私とアイカは近寄って握手を交わすと、そのままの流れで執務室へと向かった。
そこで階の脚へ向かった後からのことを話すと、ところどころでアイカから大きな溜息が漏れていく。
「……なんちゅうか、セシルが好きそうなところやなぁ」
「まぁ、かなり好きかな?」
「別にそっちで暮らしてもえぇんちゃう? 連絡さえ取れるようになっとったらえぇんやし」
肯定的なことを言いながらも彼女の表情には呆れの色が見えた。
「実際のところ、お前がここにいてやらなければならない仕事というのはほとんどないだろう?」
「まぁね。アイカとクドーも一緒にどう?」
「俺はお前に用意してもらったここが気に入っている。もうしばらく居候させてもらうつもりだ」
「ウチもやなぁ。さすがにナナは連れていけへんし、ここで面白可笑しくやらしてもらお思てんねん」
ちょっと残念だけど、二人はここに残るらしい。
それからクドーに例の短剣を見せたりしながら過ごしていると、ソフィアがクランハウスから屋敷へ帰ってきた。
「ただいまセシルママ!」
ソフィアはすっかり元気で、昼間同様私に飛び込んできた。しっかりしてるところはあるけれど、なんだかんだ言ってもこの子はまだ子どもたしね。
そして、ソフィア含めた三人には何故私が一人で戻ってきたのかを説明した。
「そっか、他のママはみんなまだ寝てるんだね」
「うん、だからもう少しだけ待っててほしいの」
「だが元々敵地だったわけだろう? そこは本当に安全なのか?」
クドーの心配もわかるけど、管理者代理代行になったことであの九天ルミナス自体も私が引き継いだことになっている。
このジュエルエース家の屋敷自体もヴォルガロンデから引き継いだようなものだから、なんだか本当にいろんなものを彼からもらってしまった。
「大丈夫。でもとりあえず屋敷のみんなを安心させるために帰っただけだから、またしばらくしたら戻るつもりだよ」
「ほなちょっとくらいはゆっくりせな。ただでさえセシルは働きすぎやからな」
私はアイカに頷き、そうさせてもらうつもりだと答えるとソフィアへ視線を向けた。
首を傾げる娘の表情が可愛い。
少しの間だけ、この子についていてあげたい。愛情は注いできたつもりだけど、やっぱり一緒にいた時間はあまり長くないから。
勿論それはコルも一緒なので、デルポイにも顔を出してカレの仕事ぶりは確認しておきたい。
その日の夜はコル達夫婦を屋敷に呼んで一緒に夕食を食べた。
そういえばステラ以外が作った食事を屋敷で食べたのは初めてかもしれない。
同様に湯浴みもしたけど、浴場の支度をステラ以外がしてくれたのも初めてだった。
本当にステラにいろいろ甘えて頼り切っていたことがよくわかる。
ソフィアと二人きりでお風呂を堪能したのも初めてだし、気付けばまだ成人もしてないのに彼女の胸がほんのり膨らみかけていることに気付いた。
こんな風にゆっくりしなければ気付くことも出来なかったことに少しだけ反省しつつも、私達は親子で身体を洗っこしたのだった。
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