第534話 ヴォルガロンデの過去 後編
コミカライズもよろしくお願いします!
何年経ったかわからない。
いつの間にか僕の近くには常に人がいるようになっていた。
その中の一人はいつも僕に指を突きつけてくる。
「勝負だヴォルガロンデ! いいか、魔物を多く倒した方が勝ちだ!」
「君の勝ちでいいよ、デリューザクス」
強力な魔法を操るSランク冒険者デリューザクス。効率良く狩りもするし、ダンジョンにも潜る。とにかく効率ばかりを求めるある意味では求道者のよう。
そんな彼の生き方がとても息苦しそうに見えて尋ねたことがあった。
「私のような生き方は息苦しくないか、だと?」
「うん。まるで何かに取り憑かれたみたいに魔物を退治して、ダンジョンにも潜って時間を見つけては研究もして……何が楽しいのかなって」
何もしない時間が人生を豊かにするものだと、前世で何かの本に書かれていた気がして僕の心の片隅に引っ掛かっていた。
「ばぁか。そりゃお前みたいに強くて何でも手に入るような奴はそうかもしれないけどな? 普通の人間が何もかもを手に入れようとしたら人生の一回や二回は努力に費やすもんだ」
「普通人生は一回でしょ?」
「そうだな。だから私は死んでも強くなり続けられる方法を研究している。魂と呼ばれるものが残ってさえいれば、何とかなるはずなんだ」
それは転生だろう。
僕も経験があるからわかる。やはり転生は繰り返すごとに強くなりやすくなっていく。
その理由は魔物から得られる経験値を自分の人生分多く得ているからではないかと僕は結論付けていた。
「例え自身が魔物になってしまおうと、私は強くなる道を諦めない」
「魔物になるのは困るなあ。それじゃ退治しなきゃいけないでしょ」
「ふっ、そこらの冒険者如き返り討ちにしてみせるさ」
この話した一年後に彼は町の近くに大量発生したアンデッドの群れを退治するためにその命を落としたと人伝に聞いた。
またよく知る人がいなくなった。
僕は最近よく会いに行く女性の元へと向かっていた。
「会いに来たよフルハ」
「ヴォルガロンデやないの。最近よう来てくれて嬉しいわぁ」
ナインテイルと呼ばれる魔物だけど、人語を話すし僕に素直な好意を寄せてくれる有り難い存在だった。
「ウチならいつでもあんさんの子ぉを孕む準備できてますぇ」
「はは……ごめんね。僕は役立たずだから……」
研究ばかりしていたせいか、性欲というものが枯れ果ててしまった僕はただフルハに甘えに来ていた。
それもフルハが住み着いた森に人間が集落を作ったからと出ていってしまったので行方知れずに。
僕と親しくなる人はみんな気付くといなくなる。
「ヴォルガロンデ。貴方は神より上位の管理者代理代行。そろそろ落ち着き、居を構えなさい」
その内に神と名乗る女性たちが僕の近くにいるようになった。
彼女たちに勧められるまま浮島の一つを自分の家にして、あと百年くらいで落ちてしまいそうな天使族の浮島を魔石代わりにして自分の浮島を万全の状態へ作り上げた。
そうしている間にまたしばらくの時間が経過しており、僕は退屈凌ぎに生体神性人形を作って並列存在のスキルでその身体に乗り移った。
いつの間にか興っていたアルマリノ王国で貴族の地位を捏造させて大公の爵位につく。
同時に小さな商会を立ち上げて暇潰しもしたし、魔石の余りだった宝石を売ったり屋敷に飾って人に見せたりもしていた。
それでも退屈だった。
その時にステラという、まだ家精霊にもなれていないような小さな妖精に出会う。彼女はいつも一生懸命だったけれど、完璧主義すぎて余裕がないように見えた。
いつの間にか商会も大きくなり人から無意味に恨まれることが多くなってきたなと感じた矢先、僕は呪いを掛けられて生体神性人形の命を失う事になった。
人間の世界に馴染むために強い個体を用意しなかったせいだけど……ステラには悪いことをしたかもしれない。
結局僕は自分の神殿で仲良く睦み合う三柱の女神たちを鑑賞するくらいしか楽しみがなくなった。
それからは自分の残した研究や魔法、スキルをかつての研究所に使っていた場所へと封印。それらはいつかきっと僕よりも強くなりたいと、管理者に憧れる者の役に立つだろう。
そして三人の女神の睦み合いを見て第五大陸にあった工房に結婚式場を作った。あそこにいた竜王には良い顔をされなかったけど、彼にとっても良い暇潰しになったと思うことにする。
ないだろうと思ってここでもし女性同士の結婚式、しかも多人数と結婚するような綺麗で凄い女性たちのために仕掛けも用意した。
全員が血塗れになりながら殴り合い、殺し合い、それでも愛を誓うのならいつまでも離れなくて良いようにその身を進化させられる。試練を乗り越えた者たちへの祝福として。
僕が僕でいられるうちにそんな女性が現れるとは思わないけど。
僕にとって虚無な時間が過ぎていく。腐らせたくなくてダンジョンを用意した。おそらく世界で最も過酷なダンジョンを。この浮島の奥に、階層はたったの十。通常のダンジョンのシステムでは生み出せない魔物を配置しているので僕以外で入ってもすぐに死んでしまうだろう。
そういえばダンジョンのシステムを以前いじった時はほとんどそのままにしていたし、もっといろんなことが出来るようにすれば良かった。
折角前世の知識があるのに、効果的かつ効率的な運用を……はは、デリューザクスみたいな考えだなぁ。
そしてまた時は過ぎて、ある日百年くらい前に弟子として迎えた男が久し振りにやってきた。
以前とは見る影もないほどに老いており、見た目は本当にただのジジイだ。
名前は、確か……。
「アドロノトスにございます」
そうそう、アドロノトス。舌を噛みそうな名前だったことしか覚えてないけど、そんな名前だった。
彼が言うには教え子に管理者の資格を持つと思われる少女がいるらしい。かなり強力な神の祝福も持っているため、おそらく僕に最も近付くことになるのではと。
彼は僕にその少女の扱いをどうすべきか相談しに来ていたようだ。師匠である僕の立場を脅かすならば早めに排除すべきでは、と。
でも僕はその子に早く僕の全てを委ねたかった。
早く、僕を殺しに来てほしいとさえ思った。
僕はきっともう限界なんだ。
寿命はなくても結局人の心のまま管理者になった弊害なのか、僕には耐えられない。
だからそっと見守るようにアドロノトスには伝えた。
早く、ここまで来てほしい。
それからまた十年くらいの時が経った。
特に何もない十年だったけれど、彼女が僕の前に来てくれるためにいろんなことをした。時には彼女の大切な人に酷い目に遭ってもらうことさえ厭わなかった。
彼女には言わなかったけれど、僕に代わって管理者代理代行を引き受けてくれるなら何でもするつもりだった。
そして今日。
僕の前に彼女は立った。僕は彼女に殴られて壁にめり込んだけど……そうそう、こういうのを待ってたんだよ。
継承の儀式。
僕にはそんなものなかったけれど、彼女にはしっかり引き継いであげたい。
だから決して手は抜かない。
「素晴らしい攻撃だよ。ここまでの攻撃は神さえ余裕で凌ぐ」
ペロリと、こめかみから流れてきた何かを舐める。はっきりとした鉄の味が口に広がり、それが自分の血であることを理解して指で拭った。
自分の血を見たのはいつ振りだろうか。
彼女の、セシルの攻撃は確実に僕を捕らえている。
惜しむらくは、彼女は力を尽くして地面に倒れてしまっていることか。
「セシル、まだまだ君はやれることを残しているだろう? それが全力じゃないはずだ」
何せ僕がセシルに一番最後にプレゼントしたのが神の祝福『_%~#』だからね。
管理者代理代行になったら見えるようになる。きっと彼女は気に入るか、すごく怒るかのどちらかだと思うけど、その時には僕はこの世界にいない。
さて、とにかくあと少しなんだ。
「立ってよ、セシル。あと少しだ。それだけで君は手に入れるんだ」
僕が呼びかけたことでセシルはピクリと指を動かした。
いくつもの攻撃を僕はセシルに放っている。
剣で斬ったし突き刺した。お腹も殴ったし蹴り飛ばしたりもした。
魔法で全身の骨がバラバラになるくらいの衝撃も与えた。
彼女の肉体再生能力は僕よりも高い。血塗れになりながらも何とか抗おうとしているのがよくわかった。
その心意気ならば大丈夫。
だから、あと一回立ち上がってほしい。
僕から全てを奪うまで。
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