第529話 『上』へ
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久し振りの再会であるアドロノトス先生は昔とほぼ変わらない姿だった。
かなりの高齢だったし、今更十年歳を重ねたところであまり変わらないのかもしれない。
「ご無沙汰しています」
「セシルの話は聞いておるでの。強く、本当に強くなったと……イルーナのことは残念じゃったがの……」
「この十年、いろんなことがありましたからね」
「そうさの。王国で大公になっておるとは、儂も驚いたでの」
どこまで私のことを知っているのだろうか。
昔を懐かしむような顔をするアドロノトス先生。
それに相対して私の表情はきっと歪んでいるだろう。
「それで、先生はどうしてここに? まさか思い出話をするためにいるわけじゃないでしょ?」
「まぁ、そうじゃの。なら早速先に進むとしよう。セシル、昔渡した『鍵』は持っておるか?」
先生に言われて腰ベルトに手を伸ばすと、中から小さな木箱を取り出した。
その蓋を開くと、十年前先生から渡された古ぼけた鍵が現れた。
「あの時は一人で行けってことなんだと思ってましたけど」
「儂もそのつもりじゃったがの……こうして師の死期が近付くにつれ、儂も弟子の一人として立ち会っておきたいと思うようになったんじゃ」
「まぁ、それは別にいいんですけど……」
私は先生に促されるまま大きな扉に開いた穴に鍵を挿し込んで、くるっと捻るとがちっと金属音がする。
どうやら本当にここの鍵をあんな十年も前に渡していたらしい。
「さて……鍵はまだ他にもあるのじゃが……揃えてきておるのじゃろ?」
「一応、私も何も無しにここへ来たわけじゃないですから」
私は後ろを振り返るとチェリーとリーラインが近付いてきて全ての階の鍵を彼女達の手に乗せて示した。
「世界を回り、よく集めたものだの」
「えぇもうすっごく大変でした! 聞きます? その苦労話を。ヴォルガロンデがどれだけ性格悪いか一から説明出来ますよっ?!」
「儂がやったわけじゃないでの。文句は師に言ってほしいものだの」
「絶対言いますとも! 文句だけは山程あるから!」
ふーっふーっ。
思い出すだけで腹が立ってくる。
しかし先生は私の興奮など意にも返さず私の横にやってくると、開いた扉に持っていた杖を当てた。
すると鍵の開いた扉はお腹の底まで響くような重厚な音を立てて左右にズレていき、奥にある小さな小部屋が顕になる。
「ここが『階の脚』。『上』と呼ばれるところへ続く階段の根本じゃ。そこにある台座へ『階の鍵』を全て置いてくれるかの?」
チェリーとリーラインは先生に言われた通り、台座に階の鍵を一つずつ丁寧に置いていく。
ただの岩で出来た台にしか見えないし、一つ一つが装飾品の形になっているわけでもない。なんでこれが鍵だったんだろう?
そして二人は全ての装飾品を置き終えて私の隣へと戻ってきた。
「さて、そろそろ起動するでの」
「起動?」
声を出したのはミルルだったが、私もそれに続けて問おうとしたところへ頭の中に声が響く。
---超特殊条件を満たしました---
---階の鍵、全てが揃ったことを確認---
---起点となる者の管理者の資格を確認---
---階を起動---
---九天ルミナスへの最短移動を許可します---
---転移を開始します---
その言葉とともに小部屋の床から金色の光が迫り上がってきた。
魔力とも神気とも違う、何か別の力を感じる。
「大丈夫じゃ。正式な起動なので少し大袈裟な仕掛けになっておるでの。ただの転移装置じゃ」
「『上』への転移?」
首を傾げてみれば先生はコクリと一つ首肯した。
やがて光が部屋の中を満たした時、私達はふっと意識を失うような感覚と共に別の場所へと転移させられた。
気付くと私達は固い地面に横たわっていた。
周りにはユーニャたちもちゃんといて誰一人欠けていないことがわかったので、そこで一つ息を吐き出すも先生だけが見当たらなかった。
まぁ……彼は別にいなくても良い。突然現場に現れただけの懐かしい人というだけだ。
「う……ここは……姉様っ」
「キュピラ。目が覚めた?」
「はいっ。あ、皆さんを起こしますね」
キュピラが最初に目を覚まし、自ら他の人も起こしてくれるというのでそれを任せる。
私は今それどころじゃない。
「全部、水晶……?」
見渡す限り、水晶で出来ているような大地。
私の目にはそう見えた。
けれどよく見れば見覚えのあるものがある。
ウィトラルボル。第三大陸にあるヴォルガロンデの研究所で見掛けた水晶の木。だがこれはサファイアで出来ている。
他にも水晶のクラスターかと思ったけれど、ゴッシェナイトやジルコンも草のように薄く細長い結晶で生えていた。
その中でも特に目立つのは宝石の庭園の中央に聳えるいくつもの宝石で作られた宮殿。
写真でしか見たことのないギリシアの遺跡に似たそれは高さ二十メテル、幅は二百メテルもある巨大な建造物であり圧倒的な存在感を放っていた。
こんな、楽園みたいな場所があるなんて思ってもみなかったよ。
ざあっと風が通り抜ける。
それだけで結晶同士が揺れて触れ合い、しゃらしゃらと涼し気な音を立てて耳まで楽しませてくれた。
「セシル」
景色に見入っていた私はユーニャに掛けられた声ではっとして振り返った。
その時にはキュピラによって全員が起き上がっていて、私を見つめる十四の瞳が心配そうに揺れていた。
「大丈夫、ですの?」
ミルルに言われるまで気付かなかったけれど、私は今にも泣き出しそうな顔をしていたらしい。
残念ながら涙を流すことは出来ないけれど、この美しくも寂し気な光景に感情移入しすぎていた。
「……大丈夫だよ。みんなはどう? 身体におかしなところはない?」
感情を切り替えて奥さんたちを一人一人見ていく。誰も怪我をしている様子はないけれど、やはりこの光景に驚きを隠せないようだ。
それにしても。
「アドロノトス先生がいないね」
「そうね。けれど元々ここには私達だけで来る予定だったのだし、方針は変わらないでしょう?」
「リーライン様の仰る通りです。我々の目的はあくまでもヴォルガロンデに会うことです」
リーラインとステラが先に進もうと暗に促してくるので私も頷きを返しつつ「いくよ」と告げた。
宝石で出来た庭園にある通路は敷き詰められている敷石はアゲートになっており、一つとして同じものがない縞模様が美しく色鮮やかな通路として来る者を歓迎している。
もしくは威圧かもしれない。
宮殿の入り口に辿り着くとその大きさに圧倒される。
だがそれよりも柱だ。
驚きなのは水晶で出来た柱自体が一つの結晶である。水晶の結晶は大きなものでも珍しくはないけれど、これは常軌を逸している。
高さ十五メテル、幅二メテル。
更に水晶で出来た屋根まで乗っているので、これだけで何十トンもの重量があるのに柱にはクラック一つ入っていない。
正直、ずっと見ていられるほど見事なものだ。
「セシル、見惚れるのはわかるけど今は先に進もう?」
ユーニャに促されて彼女の隣を見るとミルルも呆れた目で私に苦笑いを向けていた。
照れ笑いで誤魔化しながら私は先頭に立って水晶で出来た宮殿へと入っていく。
宮殿の床材はベースに巨大なペグマタイトのようだが、中に入っている鉱石を見るとおそらく独自に作ったものだ。
そうでなければグリッドナイトやゲイザライトのようなこの世界独自の宝石や魔物を宝石化した時にしか作れないフォルサイトなど含まれない。
そうして平面に加工されたものに水晶を敷き詰め、おそらく最奥へと導くための通路には薄紫色のカルセドニーの敷石が続いている。
カツンカツンと私達の足音だけが響く宮殿を奥に進むと、時折外からの風が頬を撫で私達の髪を巻き上げた。
そういえばここは浮島の一つのはず。
高さもあるので相応に風は強いはずなのに、ここでは微風程度しか吹いていない。
何かしらの結界が張られているのは間違いないけれど……さすがは管理者代理代行を勤めるヴォルガロンデ、と言うべきだろう。
また本来遺跡のような宮殿に入れば中は薄暗いものだけど、水晶で出来た屋根のおかげか十分な光量がある。
おかげで通路の先にあるものがはっきりと見えた。
私の背丈の三倍くらいある大きな扉は黒い金属製。一瞬アダマンタイトかと思ったけれど、重厚感を感じさせないのと感じられる魔力からしてヴォルガロンデの作った人工金属ノインゼッテと思われる。
その扉の前にはさっき突然いなくなったアドロノトス先生が待っていた。
「遅かったの」
「とても素晴らしい場所だったので、堪能しながらゆっくりと進んできましたから」
「ほっほっ……それは師匠が聞いたら喜びそうじゃの。さ、この奥におるでの」
彼は扉の前から半身をずらすと私達に進路を譲ると、ただ私が扉を開くのを待っている。
扉は私が手を触れると、少しの魔力を吸われてキイと小さな音を立てて小さく開いた。
そのまま扉を押すと、そこは小さな部屋が一つ。
いや宮殿の大きさに惑わされているだけで、部屋自体は小学校の体育館くらいの広さがある。
しかし今までと違って内部は暗い。
床は同じ作りだけど、壁には加工されていない水晶のクラスターがそのまま生えており天井はオブシダンで覆われている。
暗かったのはそのせいみたいだ。
私が部屋の中に一歩足を踏み入れると、壁から生えていたクラスターの先端にいくつか光が灯った。
同時に床のカルセドニーも僅かに発光しているように見えたが、どうやら部屋の中ではまた水晶の敷石になっておりベースにフローライトが使われているようだ。
フローライト自体が発光するわけでもないのにわざわざ光らせるというのは演出過剰な気はする。
気はするけど、とても良い演出だと思います!
「……間に合ったか」
声が、部屋の奥から響いた。
さっきから宝石類にばかり目が行ってしまって本来の目的をそっちゅう見失ってしまっているけれど、その目的から先に話しかけられたらしい。
部屋の奥は数段高く作られており、そこに人一人が座れる程度の玉座が置かれていた。
その玉座に座っているのはとても覇気のない男。
灰色のローブを身に纏い、虚ろな目を向けている若者。宮殿の作りに対して質素な佇まいの彼の近くには玉座にもたれかかった三人の人物。
生きているようだけど、本当に生きているだけの人形にしか見えない。
私はもう一歩足を進め、ゴクリと固唾を飲み込むと意を決して彼を真っ直ぐに見つめた。
「ようやく会えたね、ヴォルガロンデ」
私の旅の目的が一つ、ここで終わる。
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