第511話 キュピラとネレイア
キュピラを連れてさぁ行こう!
と思ったけれど、さすがに奥さん達に何も言わずに行ったらまた怒られそうなのでまずは相談。
一人でどこかに行かないと約束してるしね。
そりゃまぁキュピラはいるけど、彼女は数のカウントに入らないし。
そんなわけでついてきたのは。
「セシーリア様、方向はこちらでお間違えないでしょうか」
ステラでした。
アグラヴェインの町へ食料を送るにあたってシーロン商会とのやりとりにユーニャは欠かせないし、リーラインやミルルも事務仕事に慣れている。
チェリーは力仕事専門だったので、みんなの補助に回っていたステラだけが同行することに。
「アグラヴェインから聞いた話だと間違いないよ」
私の時空理術でも少し先に小さな集落があるのを感知している。
しかし木々が生い茂る山の中にあるのでゴーレム馬車が使えず、仕方なく走っていくことに。
キュピラでは私達の足をついてこれないため、今は私が背負っているけど、それも仕方ない。
やがてほぼ丸一日走り続けた私達は山の中腹くらいにある集落の前にやってきたのだけど……。
「これはなんでしょうか?」
「結界の一種でしょ」
アグラヴェインが集落を取り囲むように結界を張っていたため、一度足を止めざるを得なかった。
「キュピラ、何か知らない?」
「確か魔王様の縄張りっていう証で、誰も入れないとかそういうことはないって聞いたことがあるよ。ちょっと近付きにくくなるくらいだって」
「ふうん? つまり私の祭壇と同じようなものかな」
あれも私の縄張りを主張するためのものと言い換えることが出来るし、普通の人を近寄らせなくする効果がある。
ということはアグラヴェインはかなり高度な結界魔法を使えるってことだね。
場合によっては私達と同じように時空理術が使えるのかもしれない。
出来ればこのまま敵対せずに良い関係を築きたいね!
キュピラから聞いた話を鵜呑みにして、私達は特に警戒することなく集落に向けて足を進めた。
アグラヴェインの結界内には入ったけれど、ここから集落まではまだそれなりに距離がある。
やや急ぎ足で進むこと鐘一つ分。
「セシーリア様」
「うん。前に、誰かいる」
感じ取れる魔力自体は大したことはないけれど、この大陸に住んでる者達はレベル以上の強さを発揮するような珍しいスキルを持つ者もいる。
だからレベルの低さに油断することは出来ない。
シュカッ
相手の出方を見ようかと考えていた矢先、不意に足下へ一本の矢が突き刺さった。
何の変哲もない木の矢だが、私達がもう少し早く歩いていたら当たっていたかもしれない。なのに私の足下へ正確に射抜いてきたことからかなりの腕前であることが覗える。
「そこで止まる」
姿を見せないまま相手は私達に対し制止を求めてきた。
結界内に入った時点で気付かれていただろうけど、ここまで進ませた理由はなんだろう?
「争うつもりはないよ。私達は魔王アグラヴェインに依頼されてやってきただけだから」
「魔王様に? 嘘つくならもっとマシなこと言う」
「嘘じゃないよ。その証拠に、この村から行方不明になってきた少女はこの通り連れてきている」
私は背中からキュピラを下ろすと、矢を射掛けられた方向に向かって彼女を立たせた。
「っ……?! ……どうやら、本当のよう」
私が真っ直ぐ見据える先の木陰から弓を構えた少女が一人現れた。
しかしその顔は良く見知ったものだった。
「キュピラ、がもう一人?」
「ネルはキューの双子の妹。似ていて当たり前」
やや言葉足らずに話す少女はキュピラの妹らしい。
本当かどうか確認する意味も含めてキュピラの顔を覗き込んでみると、再会を喜ぶというよりも驚いているような、そんな顔だった。
「ネル、なんでこんなこと、を……?」
「こんなこと? 見回りしてるってことは村の中でも戦闘能力が高い証拠なんじゃないの?」
「姉様、キュー達の村では見回りをするのは罰と同じなんです……村に侵入者はやってこれないから」
なるほど。
この大陸ではアグラヴェインに逆らってまで縄張りに入ろうなんて人はそういるものじゃないしね。
でも侵入者がいるかもしれないからと朝から晩まで……どころか仮眠程度でほぼずっと森の中を歩き回る仕事とくれば、罰どころの話じゃないかも。
「ネル、キューいなくなった時責められた。これはキューが戻るまでの罰」
「……そんな。キューが勝手に出ていっただけなのに」
「ネル止められなかった。だから受け入れた。キュー帰った時最初に気付ける」
ちょっと重いけど、彼女の姉を思う心は本物だろうね。
本当は自分も村を飛び出してキュピラを探しに行きたかったに違いない。
「お前、キュー連れてきてくれて感謝」
「どういたしまして。私はセシル。セシーリア•ジュエルエース。隣にいるのは奥さんのステラ」
私が紹介するとステラはスカートを手に持ってカーテシーをした。
「ん。ネルはキューの妹。名前はネレイア」
あ、ネルって名前なわけじゃないんだ?
彼女は持っていた弓を背中に担ぐと、キュピラにずんずんと近付いていってその手を取った。
「キュー、村帰る。お前たち、帰っていい」
「え、あいや、ちょっと待って」
ネレイアはそのままキューを連れて帰りそうだったので、私が慌てて止めようと手を伸ばした。
「ネル待って。姉様を村長のところに連れていきたい。それで正式に村を出る許可をもらいたくて」
「……前も許可もらおうとしたけど駄目だった。今回も同じ。キューはネルと村にずっといたら良い」
「いや。キューは姉様と離れたくない」
「キューはネルがどれだけ心配したかわかってない」
「それはっ……悪かったと、思ってる……けどっ、それでも姉様とは離れたくない!」
「キューのわからず屋。だったら」
二人の言い合いは留まるところを知らず、長引きそうだなぁと思ったのも束の間、ネレイアはキュピラのすぐ近くまで歩み寄った。
そしてそのまま息がかかりそうなほどの距離まで詰め寄るとお互いのおでこをくっつけた。
「それは何をしてるの?」
「天使族、互いの気持ち伝えるの言葉だけじゃない。こうして直接相手に自分の想い伝える」
へぇ……いいなぁ。
それ私も欲しい。
まぁ私の場合奥さん達にさえ言えないことがいくつかあるので良いことばかりじゃないかもしれないけど。
「それなら、キューも姉様への気持ちネルにわかってもらえるように頑張る」
「いく」
そうして二人が目を閉じると、二人の間に微かな魔力の流れを感じた。
「これは……」
その様子を見ていたステラが何か思うところがあったのか、驚いたように口を開いた。
「これは、私が屋敷の魔石を操作しているものと同じような技術です。私のものは『思念接続』と言いましたが、二人の間で行うこれは『思念交換』とでも呼ぶべきものかと」
確かラメルが見つけてくれたヴォルガロンデの資料にあったエデノラガルフ装置だったっけ。
なるほど、あれを応用すればこっちの思念を言葉を介さなくても相手に直接伝えることが出来るんだね。
ちょっと時間が出来たら研究してみるのもありかも。
そんなことを考えていたら二人の思念交換は熱を帯びてきたようで、うぅ、という呻き声が漏れるほどになっていた。
「なんで呻き声を?」
「正確な理由は分かりかねますが……普段魔石と接続する時でも魔力を使っていましたから互いの魔力を交換しているようなものではないかと。双子とはいえ相応の負荷はかかっているのではないでしょうか」
ふむ?
うん。これはちょっと使えるかも?
帰ったらラメルにこの技術について詳しく聞いておかなきゃ。
何に使うかは……そりゃお互いの気持ちをダイレクトに伝えるためにだよ。主にベッドの上で。
「っ! はあっはあっ!」
「く、はぁ、はぁぁ……」
私が邪なことを考えている間にキュピラとネレイアの思念交換は終わったらしく、二人とも地面に座り込んで荒い息をついていた。
「お疲れ様。それでお互いのわだかまりは解けたの?」
二人のすぐ側でしゃがんで魔法の鞄から水袋を差し出すと彼女達は私を見上げ、呆けた顔を見せている。
その顔が何かの表情に変わり始めてきたと思ったところで、ネレイアの方が口を開いた。
「お姉……」
「えっと……貴女のお姉ちゃんはそっちのキュピラでしょ?」
呆けていたために言い間違えたのかと思って笑いかけるも、ネレイアはぶんぶんと首を横に振った。
「セシル姉だから、お姉」
「ネル、セシル姉様に失礼なこと言ったら駄目です、めっ」
キュピラは指を一本立てるとネレイアに対して躾けるように注意した。しかしその直後に何故か妹へ抱き着くキュピラ。
なんだかここまでくると私の理解の範疇を越えてくる。
「ネルの好きとキューの好きが全部一緒になって溢れてしまいそう」
「ネルも、キューがセシル姉をすごく好きなのわかった。だからネルもセシル姉が好き」
駄目だ。よくわからない。
私は助けを求めるようにステラにチラリと視線を向けた。
「……二人とも、セシーリア様を想うのは良いことです。ですが、貴女方がセシーリア様の寵愛を受けられるかはまた別の話ですよ」
そういう意味で助けを求めたわけじゃないんだけど?!
ていうか……うん、二人とも凄く可愛い。
元々キュピラを奥さんに加えるのは別に良いと思ってる。
何か特別な力がある人だけが私の奥さんになれるとか、そういう噂も屋敷内で聞こえてきたことがあるけどそれは誤解だし。
ただ私の宝石を身に着けさせた時に宝石と同じだけの輝きを持っているような、そういう相手を選んでいるつもりだ。
キュピラの白髪……銀髪ではなく真っ白な髪と小さな白い羽、そして頼りないくらい細い身体。彼女にはオパールやムーンストーンなどで飾り付けたい。
対してネレイアの髪はダークグレーで、二人ともショートカットにしていてそれが尚更幼く見せている。
そしてネレイアの羽も弱々しいほど小さなものだけど、キュピラと違い真っ黒だ。
ネレイアにはグリッドナイトやゲイザライト、いやブラックオパールやラブラドライトが似合うかもしれない。
え、その宝石を身に着けた二人から迫られるの?
何その楽園、すぐ行きたい。
「セシーリア様、お顔が……」
「……はっ! あ、はははは……つい、妄想して」
「左様ですか。つまり、この二人も私達の仲間に入れるということでしょうか」
「うん。そうしたい、かな。駄目?」
ステラや皆に申し訳ないと思いながらも彼女を見るとすぐに頭を下げた。
その拍子に彼女が大切に首から下げているペンダントがキラリと光る。
私が贈った、カボションカットされたコスモス•グリッドナイト。更に彼女の紺色の長い髪の隙間から耳につけたスターサファイアのピアス。
本当に私の奥さん達は宝石がよく似合う。
「セシーリア様の望みを拒む者など貴女の妻に相応しくございません。全てセシーリア様の望まれるままに」
ということで、こちらは何とかなりそうだ。
気に入っていただけましたら評価、いいね、ブックマーク、お気に入り、レビューどれでもいただけましたら幸いです。




