第504話 会談後のお楽しみ
ヘイロンとの商談で話を詰めていくユーニャを眺めながらティーカップを傾ける。
奥さんが優秀だと本当に助かるね。
「つまり、私達はデルポイの卸す食料品や薬を売るだけ、ということですか?」
「間に入るための手数料、人件費を乗せて売る。それでも貧富の差も無く平等に行き渡るよう販売してほしいと思います。しかし、これはあくまでも食糧の生産が間に合わなかった場合や不作に陥ってしまった場合のことです」
「本来は、こちらの……」
「えぇ。こちらで手配した我が社の農場よりシーロン商会に買い付けていただきます」
ヘルマンとイネさんの農場だけでは広さが足りないので土地は勝手に拡張させてもらった。
勝手にやっていいのかと奥さん達に言われたけど、この第五大陸に土地なんてたくさん余ってるしいちいち名義なんて登記されていないどころか、まだそんな仕組みさえ出来上がっていない。
メルにも聞いたけど、「文句があるなら腕ずくで聞かせてみろ」というのが第五大陸の流儀らしいしね。
「そんな広大な農園なんてこの第五大陸にあったか? そんなものがあれば俺が放っておかないんだが」
「この前作った」
「……セシル、もうお前魔王やれよ」
「勇者だけでお腹いっぱいだね」
多分時間の問題だろうけどさ。
「なら後でその農園に案内してくれ。作物や畑の状況次第じゃシーロン商会から用心棒を出してもいい。その分値引きくらいしてもらえるんだろう?」
ショバ代とかみかじめ料みたいなものかな。
デルポイから出そうかと思ってたけどシーロン商会が請け負ってくれるなら安心だし。リビングアーマーでもいいけど融通が効くという意味ではやはり人類種の方が良い。
それから私達はヘイロン達と様々な取り決めを交わし、打ち合わせをしてようやくヘルマン夫婦の売り込みを完了させた。
彼等に別の大陸で思う存分腕を振るってもらっても良かったのだけど、どうせいつでも行けるしそれならこの第五大陸に憂いを残さない方が気楽であろう。
「ではこれで今回の契約は成立です」
「えぇ、とても希望のある良い商売をさせていただきました」
「今後もお互い良い関係でいたいですね」
「はい。ユーニャさんとはもっといろんなことを話してみたくなりました」
「えぇ、私もホンイーさんともっと商売のことを語り合いたいです」
商売を通して二人の間に妙な絆が出来たらしく、なんだか意気投合していた。
まぁ良いことだよね。
「だがセシルのデルポイも第五大陸に出店するのだろう?」
「そう、だけど……しばらくは競合せずにいくつもりだよ。どちらかといえば第五大陸の情報収集をメインに、シーロン商会での買い付けとかね」
「ウチから買い付け? 競合しないって、何を売るつもりだ?」
「嗜好品の一種かな」
私は後ろに立つミルルに指示すると一つの鞄をテーブルの上に置いて開いた。
「これは……見事な、装飾品だな。宝石がこれほど見事な輝きを見せるとは……」
「先ほどのアーティファクトに据えられた魔石と同じような形状ですね。これらはダンジョンからの出土品でしょうか?」
「いいえ。装飾品は我がデルポイが誇る職人達の手による作品です。これらはその中でも最高の腕を持つ者による至高の品々です」
「それと、もう一つ」
今度はリーラインが用意した鞄を開く。
そこにはさっきヘイロンに見せたブレスレットがもう一つと他にも同等程度の性能を持つアーティファクトがズラリと並んでいた。
「つまり……先ほどの腕輪もデルポイの職人による一品、だと?」
「さすがにこれらを店で売り出すわけにはいかないけどね。でも最高難度のダンジョンから手に入る程度のアーティファクトなら、我が社は自前で用意出来るとわかってもらいたい」
「加えて先ほどお見せしたスキルオーブもまだまだ在庫がありますから、それらも販売しようかと」
「ち……。ホンイー、さっき買い取ったスキルオーブは十日以内には売りさばけ。赤字にならなきゃいい」
勘の良いヘイロンはすぐ理解してくれたようでホンイーに指示を出し、その顔を苦々しく歪めた。
「そっちのやりたいことはわかった。で、その上で敢えて聞こう。俺の商会で何を買い付けようと?」
「そちらで販売している、もしくは販売予定、手に余っている宝石類を」
「……つまり、シーロン商会は装飾品の販売から手を引けと?」
「そうは申しません。我が社と正面から競いたいというならご存分に」
シーロン商会には宝石類と装飾品から手を引いてもらい、それらは一括してデルポイが買い取ってこちらで加工、販売する。
どうせ第五大陸でこれらの品を買える人はごく一部しかいないのだから。
「……見せかけだけの赤字部門でしかないことくらいわかっていて言ってるだろう?」
「とんでもありません。ですが、手に余っていらっしゃることは売り場を見れば一目瞭然でした」
え、そうなの?
私は全然そんな風に見てなかったよ。
「参ったな。ホンイー、怒気が漏れているぞ」
「……ですが……これでは我々の販売方法が間違っていると言われているようなものではありませんか」
そこまでは言ってないと思うけど、相手も第五大陸で一番の商会だしケンカを売ってると見られても仕方ない。
「だが、それなら新たに提携した商会に装飾品、宝石の販売は一任したと言えば売り場を無くして赤字部門を切り捨てることも出来る。しかし、デルポイはそれで良いのか?」
「私達の売り先は世界中にあるからね」
「……敵わんな。ホンイー、数日の間にユーニャ殿と提携の話を詰めておけ。だがこの後は農園の視察に行く。用心棒の選出と農園が運営しているレストランの視察、そっちの用心棒もだ。忙しくなるから覚悟しろ」
「ご安心下さい、血が騒いでますからっ……!」
そこでヘイロンが立ち上がり興奮をなんとか抑えて荒い鼻息を吹き出した後、テーブル越しに手を差し出してきた。
「よろしくね」
私もその大きな手をぎゅっと力強く握り返した。
ヘイロン達との商談も終わり、ようやくいくらかのお金を手に入れた私達だが、「じゃあこれで」と町を去るわけにはいかずに滞在を続けていた。
私はアイカとリーゼさんによる特製の薬をシーロン商会へと卸しつつ、魔道具と物々交換で手に入れた宝石を目の前に並べて見入っていた。
「こうなるとセシルはちょっとやそっとじゃ動かないね」
「よくあることですわ。それより私達は手に入れた情報を整理した方がよろしいのではなくて?」
「そうね。セシーリアの面倒はステラに一任しておきましょ」
なんかいろいろ言われてる気がするけどあまり耳に入ってこない。
シーロン商会には思った以上の宝石が保管されていて、私の目は完全に釘付けにされていた。
新たに手に入れた宝石はベルディアイト、テニサイトという二つ。
以前ベルーゼから貰った宝石がそれだったのだけど、改めて鑑定したことでようやく判明したことがある。
この二つはどちらも前世でもしっかり存在しており、ベルディアイトはグランディディエライト、テニサイトはベニトアイトだった。
どちらも超が付くほどの希少石であり、装飾品に出来るほどのサイズはほとんど無かったはず。
それが私の能力なら細かい宝石を合体させることで指先サイズにまで加工出来る。
おかげで美しい青緑色をしたベルディアイトもやや青紫に近い濃い青色のテニサイトも極上の表情を私に見せてくれた。
セイシャライトも手に入れたし、それらを並べて見ているだけで幸せな気持ちになれるというもの。
この世界では発見者や地名がないために前世と違う名前になっている宝石の代表とも言える三つの宝石。
「はあ……最高」
「ようございましたねセシーリア様」
「ベルディアイトは新緑みたいに新しい季節を思う。なのにその希少性からまるで未知の明日を切り開く幼い希望そのもの……。大切にしたいけど、表に出してあげてその輝きを解き放つべきよね。テニサイトの美しいファイアはダイヤモンドと同じくらい。けれどブルーダイヤモンドよりも濃い青色の中で輝く虹色の光は如何様にも変わりうる未来の姿。セイシャライト、いつ見ても貴女はその高貴で神秘的な微笑みを絶やさないよね? 私を魅了したいの? そんなこと気にしなくても貴女はそこにいるだけで私の視線を独り占めしてしまうのに……」
ちょっと、気分が高ぶってきたかも。
「……またセシルが何やら言い始めましてよ?」
「いつものことだから気にしなくていいでしょ。あれ自分で口走ってること気付いてないからね」
「セシーリアってたまに私達を見ているようで宝石を見ていることもあるくらいだものね。……ところでチェリーツィアはあのままでいいの?」
私の腕の中にいるチェリーが時折ビクンと体を跳ね る。
高ぶる私の気持ちを受け止めるために全員から差出された生贄そのものである。
「んうっ! は、にゅうぅぅぅぅ……セシル……私も見てほしいの……」
「うん、チェリーにはダイヤモンドが良く似合ってるよ。最高の強さと輝きを湛えるダイヤモンドを自然に身に纏えるチェリーは本当に可愛くて綺麗。そんなチェリーに身に着けてもらえるダイヤモンド達は幸せ者だよね、えぇ本当に綺麗……」
チェリーの指につけられた指輪や彼女の首元を彩るネックレスなど、カラーダイヤモンドも混ぜながら様々な装飾品を身に着けているチェリーとダイヤモンドを眺めながら高ぶる私の気分をそのままチェリーへと向けていく。
「……途中からチェリーツィアのことじゃなくてダイヤモンドを褒めていたわよね?」
「いつものことでしてよ」
そうしてそれぞれが一日部屋の中で過ごしていると、突然私の頭の中で短いコール音が響いた。
「うん? これは……セドリック?」
連絡してくる人は限られているけれど、屋敷に残っている人の中でも数人はすぐわかるように彼らに渡している携帯電話のコール音は分けている。
今回はジュエルエース家で執事をしてくれている元伯爵でもあるセドリックからだった。
私はこめかみに指を当てると呼び出されている音に応えるべく意識を集中する。
「セシルだよ」
「おぉセシーリア様。連絡が付きまして一安心でございます」
「珍しいね。何か問題でも起きた?」
昔視察旅行に出た時でさえセドリックが連絡してきたことは無かったのに。もっとも、あの時は私自身が毎日屋敷に帰っていたけれど。
「問題ではございませんが……ルイマリヤ様が産気付きましたのでご連絡をと」
「え、ルイマリヤが?!」
そういえば、確かに時期的に頃合いではあった。
彼女の出産を待ってから出発しようかとも思っていたのだけど、コルからいつでも連絡が付くし帰ってこられるならば気にしなくて良いと言われていた。
でもやっぱり当日になるとびっくりするね。
「連絡ありがとう。すぐに戻るから待ってて」
そんなわけで新婚旅行の途中ではあったけれど私達は慌てて我が家へ戻ることにした。




