第503話 シーロン商会と会談
ヘイロンに指定された日、五の鐘が鳴り私達が宿泊している部屋のドアがノックされた。
どうやらヘイロンが到着したらしい。
あちらには申し訳ないけれど、今回は全員で参加させてもらうつもりだ。
案内された会議室ではヘイロンが既に到着していて、向かい合わせのテーブルの片方に座っていた。
今日は魔王らしい装いをしており、先日の動きやすいシャツとスラックスだけの軽装ではなく白いローブといくつもの魔道具らしき装飾品を身に着けている。
それなりの効力を持つものだろうけれど、私から見ると装飾品としての質は今一つだ。
そして彼の両隣にはイリゼにも似た雰囲気のある秘書らしき龍人と魔人の女性が一人ずつ。その後ろにも青い肌をした鬼人が立っている。
イネさんもそうだったけれど、この町には魔人以外にもいくつかの種族が混ざって暮らしている。
私達全員が部屋に入ると、入り口のドアが閉められ外側からガチャンと大袈裟なほど大きな音がして鍵が掛けられた。
それを合図にヘイロンが立ち上がって両手を広げる。
「ようこそ、勇者セシーリア殿、魔王チェリーツィア殿。魔王ヘイロンとして、シーロン商会商会長として今日の会談を楽しみにしていた」
「えぇ、こちらこそ改めて時間を取っていただいて感謝しているわ。人数が多いのは許してほしいのだけど、会談に参加するのは私とチェリーツィア。それと総合商社デルポイの副社長をしているユーニャの三人」
私の両隣に立たせた二人を示すとヘイロンも両隣にいる女性を立たせた。
「この二人は商会の運営と俺の魔王としての業務を支えてくれている者達だ」
「シーロン商会の副会長をしておりますホンイーです」
「ヘイロン様の補助をしているガダンダという。よろしく」
どうやら商会に関わっているのはホンイーと呼ばれた女性だけみたいだ。
……どうでもいいけどヘイロンにしろホンイーにしろ、中国語っぽい読み方のような気がする。
興味を持って勉強したラテン語と違って中国語はあまり詳しくないけれど確かそんな発音だったと記憶している。
今度アイカにでも聞いてみよう。
さすがにヘイロン相手に鑑定するつもりはないけど、ひょっとしたら彼も転生者という可能性がないわけじゃない。
ちなみにヒマリさんも名前は日本人っぽいけど転生者じゃないことはアイカから聞いている。先祖が転生者だったんじゃないかと。だから姓も日本人らしいものになっている。
そういえばなんでアイカを鑑定しても「アイカ・コーミョーイン」って出ないんだろう?
まぁ私も相変わらず「セシル」だけだけどね。
そのあたりの謎はいつか解ける日が来るのかな?
「ただ、あんなことがあった後だしお互いに気楽な商談をしたいと思っているの。どうかな、どちらも本当に良いと思った物だけ取引をするってことで」
「……こちらは前回ウチの馬鹿者が働いた無礼の分もある。そうはいくまいよ」
「ならその無礼の借りを今ここでこの話に乗ることでチャラにしてもらうよ。名前もセシーリアでもセシルでも好きに呼んでいい」
「まったく……敵わんな。わかった、セシルの好意に甘えよう」
ヘイロンの両隣からその態度を咎めるような視線を彼と私に向けられたけれど、私達は気にすることなく席についた。
感じ取れる魔力などから彼女達はよくてレベル千から二千くらい。後ろに立つ男でさえ三千に届くかどうかというところ。なので私達にとっては何の迫力も感じられない。
そもそもヘイロンでさえ出会った当初のチェリーと同じくらいなのだから、その実力差は推して知るべし。
「さて、じゃあまずは前回取引が中断されてたスキルオーブを」
私はユーニャへ視線を向けると彼女はテーブルの上にそれなりの大きさの鞄を置き、無造作に手を入れてスキルオーブを取り出した。
まずは前回と同じ「片手剣」「大剣」「水魔法」「隠蔽」「異常無効」を並べる。
「見事なものだ。スキルオーブはダンジョンでしか手に入らないというのにこれほどまで揃えているとは恐れ入る」
「そう? というか、これで驚いていいの?」
更に追加で鞄から取り出したのは「炎魔法」「氷魔法」「天魔法」「地魔法」「超剣技」「超槍技」。
「……驚いて声も出ないとはこのことか。そうだな……これなら、ユニークスキルならば一つ一億でどうだ?」
「そうだね。私達の国でも同じ相場だしそれでいいよ」
私は持ってきた鞄の中にスキルオーブを無造作に放り込むと蓋を閉じて彼に差し出した。
「取引成立だな。ホンイー」
ヘイロンが指示すると副会長のホンイーは後ろに置かれた大きな鞄をいくつかテーブルの上に並べて蓋を開けてくれた。
「……紙幣?」
「あぁ、そういえば第五大陸以外では未だに貨幣での取引だったか。ここ第五大陸では紙に書かれた金額がそのまま金になる。馴染みがないかもしれんが……よく紙幣というものを知っていたな?」
「まぁ、それなりに知識には自信があるからね。ところで、こんなものには興味ない?」
私が取り出したのは紫色の魔石がはめ込まれたミスリル製のブレスレット。
「変わった装飾品だな。鑑定しても?」
アメシストではなく、我が家の複合ダンジョンの魔物から発掘された人工魔石。
ヴァイオルッド:高い魔力を込められた人工金属で未知の技術では動力源として利用される。内包魔力20,000M。機王ゴンゴーダの魔石。
「えぇ、勿論。好きに見ていいよ」
確か七十階層あたりのボスだったと思うけど、とにかく攻撃の手数が多いゴーレム、というか機械仕掛けの魔物。
触手のような機械の腕が十本以上あって、それらが剣にも槍にもなる上に銃のような遠距離攻撃もしてくる。普通の鉛玉とかならダメージなんて無いのだけど、ゴンゴーダの銃から放たれるとは高い出力の魔力砲であり私の奥さん達や眷属達でなれば耐えられない威力があった。
騎士団レベルだと多分一撃で死んじゃうと思う。
話が逸れたけど、その魔石を使った魔道具であり私の手によって「異空間」「遠話」「位置登録」「魔力譲渡」を付与された装飾品である。
「……お前、これ、どこで……」
「貴方も商人なら相手の仕入れ先を聞き出すのは商習慣上良くないのはわかるでしょ?」
「そう、だな。だが、並みのアーティファクトの領域を越えている。第五大陸最大のダンジョンでもこれほどのアーティファクトなど発掘されたことはないぞ」
「ちょっとそのダンジョンには興味あるけど、余所の大陸の資源を奪うわけにはいかないしね」
「ダンジョンを『資源』呼ばわりするのはお前くらいのものだろうよ」
そんなに変かな?
そう思って隣にいるユーニャを見ると、彼女も苦笑いを浮かべていたのでヘイロンの言うことが正しいようだ。
だってダンジョンっていろんな物が発掘……というか魔物やら宝箱から魔石とか素材、魔道具が手に入るでしょ。ダンジョンマスターとは交渉次第でいろんなことしてもらえるし、『資源』と言わずに何と言う。
解せぬ。
「凄まじい品であることは理解している。だがさすがにこれに金額をつけることは出来ないな」
「でしょうね。何故なら前例がないから。想像を絶する能力を秘めた魔道具なんて神の一品とさえ呼べるかもしれない」
「そうだ。勿論妻を質に預けてでも欲しい」
嫌な慣用句だね。
喉から手が出るでいいじゃんか。
「一応確認したけど、異空間にはシーロン商会がまるごと入るくらいの大岩を収納出来たよ」
「……ますます欲しいな。これがあれば俺の商売はもっとうまくやれる方法がいくらでもある。セシル、いくら出せばこいつを譲るつもりなんだ?」
「普通の魔法の鞄以上の容量。遠い場所にいる相手との会話も出来て、その居場所までわかる。万が一の魔力補給まで出来る正しく神の一品を……」
私はヘイロンの前で手の平を開いて示した。
「なるほど、納得の金額だ」
「小国なら余裕で買えるでしょうね」
この場にいる面子で私の示した金額を理解出来ていないのは多分こちらのリーライン、チェリー、ステラとあちらのヘイロンと副会長ホンイー以外といったところか。
五百億ボル。第三大陸換算だと黒聖貨で五枚。白金貨が百万。聖金貨が一億。黒聖貨は聖金貨百枚もする国家間取引専用みたいな通貨だ。
王族と私、もしくはデルポイの幹部クラスとの取引でなら使うこともあるかな。
ちなみに黒聖貨はアルマリノ王国でのみ使用しており、帝国では星金貨と呼ばれるものが使われている。
ただシーロン商会の資産がどれほどあるかは知らないけれど、小国をまるごと買えてしまうような金額を払うのは難しい。
「さすがにおいそれとは手が出せんな」
「そうでしょうね」
「残念だがそれ一つのために商会を傾けるわけにはいかんだろ」
魔王としてではなく、商人としての回答には好感を持てる。だからこそこの話はここで終わりにせず、当初考えていた話を始めることにした。
「そう思って、私から提案があるの。ユーニャ」
「はい。会長からシーロン商会様への提案についてご説明させていただきます」
そう宣言したユーニャはまず数枚綴りになっている資料を彼等の人数分用意すると、ホンイーに渡して説明し始めた。
「こちらの大陸を見てきて感じたのは食料不足、薬不足。娯楽品の類は受け入れられず、その日生きるのに必要な食料を高い金額を払って購入している住人の姿でした」
荒れ果てた大地ということもあって農業にはあまり向かないのか、他の大陸に比べてかなり食料が高い。
この町でもまともに食べられているのは住人の半分にも満たないだろう。だから通りを歩く人も疎らだったし生気のない顔をした人ばかりだった。
「なので食料の安定的な供給、同様にポーションの原料となる薬草の安定栽培。この荒れた第五大陸の大地でそれを可能にする方法を検討したく、シーロン商会様にもご協力いただきたいのです」
「肥沃な土地の多い第三大陸の者ならではの発想だろうが、そう簡単にいくならばとっくにこの第五大陸での食料問題は片付いていると思わんのか?」
「少なくとも数十年は食料不足とは無縁の生活を約束させられると自負できます。万が一の場合でも他の大陸で量産される食料を大量に輸入可能な方法もあります」
極端な話、チェリーのいた第一大陸は獣人と魔族が多く住んでおり、特に獣人は農業を営むことが多い。そのため第一大陸では食料不足が起こりにくいのだ。
それは第二大陸も同様だけど、あそこは砂漠や岩と溶岩だらけの山地が広がっているせいで農業を行うスペースがそれほど確保できないのだ。
とにかくそうして買い付けた食料を第五大陸に運ぶわけだけど、デルポイなら魔法の鞄とターミナルステーションを使った超短時間、大量輸出入が可能に。
「……にわかには信じられんな……」
「ふふ、かもね? ただ、この話に乗るならさっきの腕輪は進呈するよ」
「なにっ?!」
せっかくだからとことんやらなきゃね。




