第500話 魔王ヘイロン
ついに閑話を入れずに500話達成!
コミカライズの方もよろしくお願いします!
ヘイロンと呼ばれた龍人魔王は私の前で失神寸前になっている龍人をチラリと見たけれど、それを放置してチェリーの方へと歩いていく。
まさか、あの魔王まで私のチェリーにちょっかい出そうとしてる?
「頼むっ、俺に機会をくれっ」
「私は別に怒ってないの。セシル、ヘイロンは悪い奴じゃないの。ちょっとだけ話を聞いてあげてほしいの」
「……チェリーにちょっかいかけたりしたりしない?」
私がヘイロンに拳を向けると彼は真剣な顔でしっかりと頷いた。
「そこの龍人がチェリーにちゃんと謝るなら考えてあげてもいい」
「私はいいのっ。でもセシルには謝ってもらうの!」
「わかった、わーったって。二人にも、それに巻き込んだ後ろの二人にもしっかり詫びを入れさせる」
魔王がそこまで言うのなら、と私も自分を抑え込んで普通の人間と同じくらいまで力を下げた。
吹き荒れていた暴風はすっかり収まったが、力の奔流によって荒れた大地はそのままだ。
しかし三人に巻き付いていた金色の鎖は綺麗に消え去っていた。
「……本当に、凄まじいの一言だな」
「とりあえず、さっきの部屋まで戻るよ。ヘイロン、貴方は?」
「俺も戻る」
彼は一人でも大丈夫だろうけど、今更あの龍人を私が連れて行くのは癪に障るのでチェリーとユーニャ、ミルルだけを連れて転移する。
さっきの商談部屋に戻ってくると、少しの間を置いてヘイロン達もやってきた。
どうやら龍人の商会長も正気を取り戻したらしい。
さっきの続きといきたいところだけど、彼からの詫びを入れさせるのが先なのでユーニャに立っていてもらい、チェリーを私の隣へと座らせた。
「俺の部下がすまなかった。この通りっ」
相手の二人も席に着くと、すぐにヘイロンが頭を下げた。
かなり思い切りが良いけど、何か裏がありそうで身構えてしまう。
「ヘイロン様! お止めくださいそのような……」
「……あ? テメェ、自分が何しでかしたかわかってねえのか? 俺の威を借りて勝手にケンカ売りやがった大馬鹿がっ!」
頭を下げたヘイロンを咎める龍人に対して彼はさっきまで見せていなかった強い威圧をかけていた。
私達は平気だけど、店には人が大勢いる中でそんなに強い威圧を使って大丈夫だろうか?
「すみません、でした……」
「謝る相手が違うだろうが」
「……すみませんでした魔王チェリーツィア殿……」
「『様』だろうが馬鹿がっ! テメェ本当にもっかい丁稚からやり直すかボケがっ?!」
ごんっ
かなり力を抑えた拳骨を龍人の頭に落とすヘイロンは余程怒っているのか、次にまた何かやらかした時のために既に二発目の拳骨を待機させている。
「すみませんでした魔王チェリーツィア、様。それと、そちらの人間達も悪かった……」
ごんっ ごごんっ
「テメェ、マジで丁稚からやり直しだ糞がっ! 商人のくせに情報すら取り扱えねぇのか?! マジでぶん殴るぞっ!」
既に殴ってますよヘイロンさん?
しかも二発目かと思ったら三、四発目まで連続で落としていくスタイル。
そこに痺れる憧れる。
「……はあ……悪い。この馬鹿はアンタのことを知らなかったみたいだ。いや、知らなかったで済ましていい話じゃないのはわかってるんだが……」
「とりあえずもういいよ。私が殴りたかった分はヘイロンがやってくれたしね」
「恩に着る。オイ、テメェは今日は帰れ。明日は朝一で俺んトコに顔出せ」
最後にもう一度頭に拳骨を落とすと、そのまま胸倉を掴んで出口の方へ放り投げた。
「改めて俺からも謝罪させてくれ。魔王チェリーツィア、勇者セシーリア。今回は本当にすまなかった」
慌てて部屋から出ていった商会長と違い、ヘイロンはどうやら私のことを知っているらしい。
「私のことはどこで?」
「最初はチェリーツィアからだ。それで少し前に魔王ヒマリからも話を聞いた。まさかあのヒマリが負けるとは考えられんと思ったが……いや、今日見たあの力なら勝てる気がしない」
そういえば何年かに一回魔王だけが集まる会合があるんだっけ。
でも私のところに来てからチェリーにそんな素振り無かったと思うんだけど。
「それって、他の魔王も私のことを知ってるってこと?」
私はチェリーとヘイロンを見比べながら尋ねると、二人とも首を縦に振る。
「チェリーツィアの話を聞いたのは俺とヒマリ、あともう一人この大陸にいる魔王アグラヴェインだ。ヒマリの話はアンタがあの新人をシメた後に面白おかしく全魔王に吹聴したんだ」
ヒマリさん何してくれてんの。
「今度の会合は楽しくなりそうなのっ。きっとセシルの話題で盛り上がるの」
「そうだろうな。あの生意気な新人もいなくなったことだし、昔と同じように気楽に行けるってもんだ」
「その魔王だけの会合って何人来るの?」
「前回は七人だ」
七人。
私が知ってる魔王はチェリー、ヒマリさん、死んだエイガン。それと今目の前にいるヘイロン。
あとは会ったことないけど第三大陸のジェーキス魔国の魔王。
知ってる魔王を指折り数えて顔を上げる。
「私が知らない魔王がまだ二人もいるんだね」
「アグラヴェインに会うならアイツの部下に一人いるな。アンタがいる第三大陸にも二人いるな」
チェリー? こういう大事な情報は早く教えるようにね?
つい睨みそうになったけれど、私もチェリーに対して彼女より強い魔王についてしか訪ねなかったので、それで責めるのはおかしいだろう。
「実際には九人いるぞ。俺も残る二人には会ったこと無い……いや、今は八人になったんだったな。アグラヴェインのとこの小僧とセシーリアが殺したエイガンはここ一年くらいで魔王になった新人だがな」
「へぇ。というか、そんな大事なこと私に話しちゃっていいの?」
「別に隠してないしな。アンタの国が平和ボケして情報が行き渡ってないだけじゃないのか?」
「それはまぁ……そうかも」
「それに、ウチの商会長が馬鹿やった手前、無くした信用を取り戻すにゃ腹割って話すしかねぇ」
なるほど。ヘイロンは魔王でありながら商売人なんだね。それならこちらとしても商会同士、良いお付き合いが出来るかもしれない。
私はユーニャに視線を向けるとチェリーと場所を変わってもらった。
「とりあえずヘイロンの謝罪は受け取ったし、私は水に流すよ。次またやったら容赦しないけど」
「あぁ、そん時は遠慮しなくていい。馬鹿は死んでも治らないが、生きててもらっても困る」
「……そこまで言わないけどさ。じゃあここからは商談といかない?」
私の提案に対してヘイロンはさっきまでのニヤニヤした表情から一転、引き締めたその顔には魔王としての威厳さえ感じられた。
「仕事の話ならいい加減な口は効けないな。セシーリア殿の商談とは先程のスキルオーブのことだな?」
「それも含めて、かな? 商談は私以外にも隣にいるユーニャにも参加してもらうつもりなので」
隣を指し示すとヘイロンもそれに合わせて目線を動かしたのでユーニャが軽く会釈する。
「わかった。ならば時間と場所を改めたいと思うのだが、どうだろう?」
「……そうしたいのは山々なのだけど、私達は今この大陸の通貨を持っていないから宿を取れないの」
「勇者と魔王を相手の商談など俺の商人としての経歴でも初めてのことだ。当然こちらで宿の手配はさせてもらおう」
「それは、うん……」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきたく存じます」
私がどうしようかと思って少し考えるために間を設けたが、すかさずユーニャが失礼にならないように答えを返した。
「我々は今ここにいる四人の他にもう二人いるのですが、六人一部屋で泊まれる部屋などありましたら助かります」
「大丈夫だろう。ウチの商会が経営してる宿の一番良い部屋を取らせる。ならば一度宿に行って休まれてはどうか? 時間と場所については今夜にでも宿を通じて伝えさせてもらうということで」
「承知しました。魔王陛下のご厚意に感謝申し上げます」
「『陛下』はよしてくれないか。俺はあくまで商人のつもりだ」
ヘイロンの言葉にユーニャは敬称を『様』にして今後は話すことを伝えていた。
それからヘイロンが呼んだ商会の人が現れて、私達を宿へ案内してくれることになったので、改めてヘイロンと挨拶することにした。
「良い取引をしたいと思ってる。改めて、セシーリア・ジュエルエースだよ。第三大陸アルマリノ王国大公で勇者で、総合商社デルポイの会長をしている。よろしくね」
「ほう、貴族でもあるのか。第五大陸には国はないが、俺もシーロン商会の会長だ。この大陸じゃ一番デカい商会だと胸を張って言える。こちらこそよろしく」
ぎゅっと力強く握手を交わすと私達はそこで別れた。
ヘイロンと別れた私達はリーラインとステラとも合流して案内された宿へとやってきた。
案内人は部屋の鍵を私達に渡すとすぐに帰っていったので、今は六人だけで水入らず。
部屋はかなり広くて学校の体育館くらいの面積に寝室二つと食堂、専用の浴場、トイレ、が完備されている。さすがにキッチンまではなかったけれど、食事なら魔法の鞄にたくさん入っている。
寝室も主寝室は大きなベッドが二つだったので、くっつければ六人で寝ることも出来ると思う。
「突然気配が遠くに行かれたので何かあったのだろうとは思いましたが……」
ステラは商会長が私にした対応で腹を立てており、滾る魔力がビシビシと空気を震わせていた。
「私のことでいつも怒ってくれるステラには感謝してるけど、もう終わったから落ち着いてね?」
「でもその件があったからこんな宿に泊まれるのだし、悪いことだけではないわ」
まぁ確かにいざとなれば屋敷に戻るという手も使えるとはいえ、こうしてみんなで一つの宿に泊まるのは初めてだからかなり嬉しかったりする。
「ところで、セシルは何の商談をするの? さっきのスキルオーブ?」
「いろいろ考えてるんだけどね。この大陸での販売はシーロン商会に任せるような業務委託の形態を取れないかなって。あくまでデルポイは商品を提供するだけで、販売利益の三割を貰う、とか?」
「出来なくはないかもしれないけど……よほど魅力的な目玉商品でもないと無理じゃないかな?」
目玉商品ねぇ。
第五大陸は不毛の大地だから食料、薬類が割高な割に需要は高い。
「けれどこの町も外縁部はスラム化してるわ。それだけ貧しい人もいるのなら収入による社会格差は開くばかりよ?」
「……スラムにはどのくらい人がいそう?」
「およそ二百人程度かと」
町の規模にしては思ったより少ないね。
けど、それだけの人数がいるなら何か出来そうな気がするんだよね。
ヘイロンとの商談がすぐなら事前に準備は出来ないけど、どうせならいろいろやってみたいよね。
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