第498話 第五大陸初めての町へ
翌朝、私達は魔人の三人に別れを告げて北へと足を向けた。
彼等も同じ方向のはずだけど、人数も多いので時間がかかるので先行させてもらうことにした。
助けてあげたのは情報が欲しかったからであり、最後まで面倒を見るつもりはないからね。
鐘半分ほどの時間歩き続け、ようやく森が途切れたものの第五大陸は相変わらず不毛の大地であり、荒野が地平まで続いていくだけだった。
「これは……気の遠くなりそうな景色ですわね」
「第一大陸も似たようなところはあるの」
「そうだね。でもここまで大陸全部が酷くはなかったと思うよ」
それに空もどんより曇っていて、なんとなく気分も沈みがちになる。
「とりあえずここで一度調べてみようか」
ミルルとステラにお願いすると、二人とも前に出てきてそれぞれ左右に片手を突き出した。
時空理術は方向を限定させることでより遠くまで探査することが出来るので、私達三人で調べることでかなりの広範囲を網羅することが出来る。
そして私が担当するのは後方。
今歩いてきた道なので不審なところはなかったはずだけど、念の為である。
しばらくの間意識を研ぎ澄ませて周囲の情報を探っていく。
「ふぅ。こっちは終わったよ」
スキルレベルが一番高い私が最初に声を掛け、その少し後にステラ、ミルルと続く。
「かなり遠くまで探ってみましたけれど、これといった大きな町は見当たりませんでしたわ」
「私もです。人類種の住む集落の類はありません」
「そう。こっちは一応見つけたけど、多分さっきの魔人達の村かな。人数は百にもならない」
聞けるだけの話は彼等から聞いているので、その集落に行くのは時間の無駄だね。
ついでに他の村や町についても聞いていて、徒歩でだいたい十日くらい北へ向かうと大きな町があるという。
「じゃああの魔人達の話は本当だったってことかな?」
「その判断は早すぎると思うけれど、信憑性は高いわね。ここからは進む速度を上げたいところね」
「走るの?」
リーラインの速度を上げたいという話にチェリーがまるで準備運動かのように体を捻った。
私としては走ってもいいけれど、さすがに女六人の旅でそれは優雅さに欠けると思うので却下しよう。
「チェリーと第一大陸にいたときは走ったけど、今回はみんないるからね」
彼女の頭にぽんっと手を置き、誰もいない方を向くと時空理術で異空間を開いた。
そこから取り出したのは大きめの馬車。
生きた馬は入らないので出てきたのはゴーレム馬だけど、普通の軍馬より二回りは大きいサイズで全身が馬用の鎧に包まれている。
以前アルマリノ王国で視察旅行に出たときとは違う、本気で作ったものだ。
「私がみんなと乗ることを想定して我が儘詰め放題、全力、自重無しで作った自信作だよ!」
「大きいね。これなら六人でも大丈夫そう」
「さ、みんな乗って」
私は五人をエスコートして乗せると、最後に自分が乗り込んでドアを閉めた。
「なんか、外観より広い、ような?」
ユーニャが不思議そうに見回しているのをミルルが壁を触りながら頷いている。
「その通りですの。空間魔法で馬車内部の限定された空間を広げているのですわ。昨夜のテントと同じ原理ですけれど……動かないテントと走る馬車では魔法の難易度が桁外れですわよ」
「それに、お屋敷の浴場と同じ壁かしら? 外からは見えなかったのに、中からは外の景色が全部見えるのね」
「それに、このベッドもお家のベッドに負けないくらいフワフワなの!」
チェリーが喜んでいるベッドは買ったもの、というか私のベッドを作ってくれた職人のものだ。
二十人くらいで寝ても大丈夫なくらい広いし強度もある。
そしてベッドで激しい動きをしてもそれが馬車に伝わらないように籠を吊り下げるような形状にした上で、ルイマリヤによる振動制御、回転補助などゴーレム馬の性能だけに頼らないシステムと運動性能になっている。
ちなみに壁の透明化は切り替え可能だし、普通の壁にもなれば牢屋替わりに真っ黒や真っ白にすることも出来る。
「これ売り出したら……」
「止めておきなさいなユーニャ。最低でも黒聖貨を出さないといけませんわ」
「ミルル正解! 黒聖貨四枚くらいだね!」
「ほらご覧なさい」
「……セシル、王族くらいにしか売れないよ……」
売るつもりないんだからいいじゃない。
頭を抱えるユーニャを抱き寄せると私はゴーレム馬に命じて出発させた。
路面が悪いので速度は普通の馬車の倍くらいだけど、歩くより楽だし何より快適なのが良い。
ステラをユーニャと反対側に侍らせて彼女の無表情な顔に頬ずりしていると、珍しく頬を染めていた。
「セシーリア様、私などに勿体のうございます」
「いつも留守番させてばかりだったステラがこうして隣にいることが嬉しいんだから仕方ないじゃんか」
「……私も、こうしてセシーリア様の隣にいられることが幸せでございます」
無表情だけどステラ自身はとても美人。なのに今の表情は成人さえしてない少女のように見えて可愛らしい。
このまま押し倒してしまいたかったけれど、一度始めるとなかなかおさまらないので自重しておいた。
そうして時折パートナー達を交代させながら、ゴーレム馬車は第五大陸をどんどん北上していった。
丸一日以上、ゴーレム馬車で移動しているとついに私の時空理術に反応があったので、はっと顔を上げた。
「きゃんっ! セシル? どうしまして?」
豊かなミルルの胸に埋もれていたため彼女をとても驚かせてしまったのは反省します。
あの子の胸に抱かれてると凄く安心するんだよね。
「ミルルも感じない?」
「私はそこまで……もっと激しくしていただきましたらセシルを満足させられるほど鳴いてみせますけれど」
「それは今夜聞かせてもらうとして、ってそうじゃないよ。ようやく人の反応があったよ」
私が馬車の進行方向へ目を向けるとミルルだけでなくステラも意識を集中し始めた。
「……申し訳ございません。私の時空理術ではまだそこまで遠くの反応は感知出来ないようですわ」
「私もです……申し訳ございません、セシーリア様」
ステラの方がスキルレベルは高いのに感知出来ないならミルルがわからないのも無理はない。
確かに距離でいえば三十万メテル……東京仙台くらい離れている。
この第五大陸では魔物はよく見かけるものの、人類種はほとんど見かけないので、今にして思えば到着してすぐ魔人達と出会ったこと自体とても幸運だったと思う。
それから二回ほど野営を挟んで、私達はようやく第五大陸初の町へと辿り着いた。
その町は第三大陸では王都クラスの規模でなければ有り得ないほど巨大な城壁に囲まれており、余程強力な魔物でも来ない限りは崩すことは出来ないだろう。
けれどそれだけの城壁を用意せざるを得ない魔物が近くにいるかもしれないという危機感は感じられる。
「見ない顔……というより、人間? 獣人にエルフもいるのか? 随分珍しい客人だな」
城壁の入り口にある門へ差し掛かったところで私達は門番の兵士に止められた。
当然ながら馬車は少し前に降りて歩いてきている。
「そう? この大陸にいるのは魔族がほとんどだから?」
「その通りだ。俺が門番の仕事を始めてから数十年になるが、人間が来たのは初めてだぞ」
さっきから『人間』と言われているけれど、私達の中に種族としての『人間』はいない。
英人種である私の姿は人間と同じだし、生体神性人形のミルルとステラも外見は人間と同じせいだろう。
もちろんユーニャも魔人としての力を発揮しなければ外見は人間と変わらないので肌も白いままだ。
結局そんな雑談をしただけで私達はあっさり町に入ることが出来た。
町の規模はかなり大きく、アルマリノ王国のベオファウムくらいはありそうだが、人口はそこまでいないようで大通りに歩く人々は疎らだった。
「なんか、ちょっと寂しい感じがするね?」
「町の大きさの割りに人が少ないからじゃないかしら。このくらいならもう少し町の規模は小さくても良いと思うのだけど」
ユーニャとリーラインも同じような感想を持ったようだ。
確かに二人の言う通りなんだけど、私が気になるのは歩く人々が妙に生気のない顔をしていること。何かに疲れている?
いや、というよりお腹が空いてるのかな?
「それより宿を探しませんこと? 私達六人が泊まられる宿はなかなかないかもしれませんわ」
「それなら先にちょっとだけ買い物しないとね」
ミルルがユーニャに「買い物?」と聞き返すより早く、彼女は近くの店へと向かっていった。
町の入り口近くにあったその店は雑貨屋だ。
ポーションなどの回復薬や携帯食料、他にも旅に必要な道具が店内に並べられている。
ポーション自体はアルマリノ王国でもよく売られている傷を癒やすもので、私でも簡単に作れるようなものだからユーニャならば相場を把握しているだろう。
ユーニャはその中から一本のポーションを手に取ると店員のいるカウンターへと向かった。
「すみません、このポーションっておいくらですか?」
「一本かい? それなら四千ボルだね」
「四千、ボル?」
「なんだい? 今はどこも薬不足なんだから仕方ないだろう? これでもウチは良心的な方さ」
店員のおばさんはユーニャを訝しげに見ているけれど、私達が気にしたのはそんなことじゃない。
「えっと……実は私達つい数日前この国に来たばかりで……」
「国? 国なんてものがあったのはもう何百年も前じゃないか。何言ってるんだい?」
「うぅん、海を渡ったずっと遠いところにある大陸なんです」
「ウミってのはなんなんだい?」
どうやら思った以上にこの大陸はヤバそうだ。
ユーニャはそれから根気良く店員のおばさんと話を続けていき、おばさんが知らない単語を一つ一つ丁寧に説明してなんとかこちらの話が通じるところまで辿り着いたのはそれからかなり経ってからだった。
チェリーは退屈になって店の外で座りこんでいるし、リーラインとステラは二人で町を散策しに出掛けてしまっていたのでユーニャに付き合っていたのは私だけだ。
ミルル? あの子ならチェリーと一緒に外で待ってるって。みんな自分勝手でちょっと面白いなと思ったのは大変な役を引き受けてしまったユーニャには言えそうにないなぁ。




