第497話 トラブル解決
わかりきっていた勝敗は決したため、盗賊達を生死問わず砦内の広場へと集めた。
彼等の戦闘能力は決して低くはなかったけれど、それはあくまでも一般人と比べての話。
仲間助け出そうとしていた魔人の三人は盗賊達よりも強かったけど、盗賊達に見つからず仲間を助けるなり殲滅するなりには実力不足が否めなかった。
「炎焦殺」
大きな穴を掘り、その中へ死んでしまった盗賊達を放り込むとミルルが何の感慨も無く炎を放った。
ミルルにも私の新奇魔法を教えているので煉獄浄焦炎を使えば一気に灰にすることも出来ただろうに、そうしなかったのは生き残った盗賊達に配慮するためだ。
勿論、私達にとっては良い意味で、彼等にとっては悪い……いや、絶望的な意味で。
「セシーリア様、魔人達が仲間の救出を完了したようです」
「わかった、そっちに行くよ。ステラはここでミルルと一緒に盗賊達に『いつものやつ』しておいて」
「承知しました」
ステラにお願いする『いつものやつ』とは、最近はあまり見かけなくなった王都の屋敷にやってくる間諜や暗殺者などに対して行うものだ。
聞くこともなく、ただ相手を痛めつけて回復することを繰り返す。
私は得意じゃなくて、どうも加減が難しくてすぐに瀕死にしちゃうから二人からはやらなくていいと言われてしまっていた。
得意にならなくていいけどさっ。
「セシーリア」
魔人達のところへ行くとリーラインが彼女達の治療を行っていた。
その魔人達は仲間を助け出した後は席を外してもらっているようだ。
ちなみにユーニャとチェリーもこの場にはいなくて周辺の警戒をお願いしてある。
「お待たせリーライン。……思ってたより重症みたいね……」
「セシーリア……心の傷は重いのが普通なのよ」
魔人達の捕まっていた仲間というのは女性だけだった。
彼等が助け出した際に「あの子は」「奴の息子は」とか話していたから、子どももいたかもしれないけど、地下牢に入れられていたのは魔人やそれ以外の種族の女性のみ。
その殆どが盗賊達の慰み者にされており、こればっかりはどの大陸……いや、どの世界だろうと変わらないのかもしれない。
救出された女性はリーラインによって聖浄化が掛けられ、身体に汚れなどはついていないものの、地魔法で浴槽を作って簡易なお風呂を作ったら全員がお湯の中へと飛び込んだ。
それだけでも助け出されたことを実感して表情を緩める者もいるほどに。
「リーライン、もし希望する人がいるなら私が魔法で治療するから」
「えぇ。その時は頼むわ」
リーラインもレジェンドスキル『生命魔法』を覚えてもらったけど、私ほど自由には使えない。
身体欠損の回復は可能だけど、ミルルやステラも同様に時間がかかる上に『元通り』にするイメージが湧かないせいだと思っている。
対して私の生命魔法は欠損回復もほとんど瞬時に可能であり、目の前で首を切断されても心臓を失っても三秒以内であれば回復させられる。
多分、ではなく実験により得た知識である。
「それと、あっちは……」
「えぇ。完全に心が死んでしまっているわ……」
「そう。……はぁ、どうしたものかなぁ……」
身体の傷と違って心の傷は重くて当たり前とさっきリーラインに言われた通りだけど、死んでしまったものを生き返らせることは出来ない。
それは心だろうと身体だろうと同じこと。
大きく違うのは前者は魂が身体に残っているが、後者は抜け落ちてしまっていることだ。
「セシーリアにも治せないわよね」
「……まぁ、なんとかならないこともないんだけど……」
「本当に?! だったらお願いっ、彼女達をこのままにしておくなんてやっぱり可哀想よ」
「わかるけど、必ずしもそれが良いことだとも言い切れないよ?」
与えられる非道な行いに対しての自己防衛なのに、もし元に戻っても思い出すことによって再び心が死んでしまう。
だから心を生き返らせることはしないし、出来ない。
「……もし正気に戻ってもまた心が死んでしまったら、私が責任を持って処理するわ」
「そういうのでもないんだけど……絶対私に協力するって約束してくれる?」
「えぇ。私はいつだってセシーリアの味方よ。輪廻の彼方まで貴女を信じ愛すると誓っているもの」
リーラインの愛が重すぎて嬉しい。
真っ直ぐ見つめてくる彼女を押し倒したい気持ちになるけど、それは夜まで我慢しよう。
さて、心が死んでしまったのは全部で三人。
「魔人が二人と、有翼人種?」
「第二大陸にいるような亜人とは違うわね。多分天使族じゃないかしら?」
「天使って……」
以前第一大陸で脅威度Sの殺戮天使と戦ったけどあれと同じ種族?
しかしそれにしては飛べそうにないほど小さな白い羽が申し訳程度に背中についているだけで、僅かな脅威も感じさせないほど弱々しい外見をしている。
「魔物の天使とは違うわよ? かつてはそういう偏見で迫害されたこともあって、今では第五大陸にしかいないみたいね」
魔物じゃないならいいね。
リーラインに一つ頷くと、私は両手からそれぞれ別の魔法を発動させた。
一つは破滅魔法情報改変。もう一つは破滅魔法編集。
この二つを上手く使って彼女達の記憶を改竄していく。まだ慣れていないためこういう使い方になるけど、上手く出来るようになれば一つの魔法として完成させられる。それが。
「暗黒魔法『二次創作』」
黒い魔力が水のように彼女達を包み込むと、まるで咀嚼しているかのような音が聞こえてきた。
ぐっちゃぐっちゃ ぐちゅっ じゅるっ
「……ね、ねぇセシーリア? これ、本当に大丈夫よね? トドメを刺してるわけじゃないのよね?」
「ごめん。何故かわからないけど、この音だけは無くならないの」
「そ、そう。うまくいけば、問題ないのだけど……」
あまりに大きな異音に救出して浴槽に入っていた女性達も青ざめた目線を送ってきていた。
確かにこれは私が酷い方法でトドメを刺してるようにしか見えないよね。
そしてまるで巨大なスライムのように蠢く黒い塊からの不気味な咀嚼音が無くなる。
ぱんっ
これまた何故か終わると弾ける。
ビチャビチャと黒い水が撒き散らされて一部が救出された女性にかかってしまい「キャッ」と短い悲鳴を上げさせてしまった。
「あ……私……」
しかし効果はバツグンだ!
「正気に、戻ったの?」
「あー……うん。ただ、ちょっと面倒なことになると思う……」
黒い水の中にいたはずの彼女達だけど、出てきた時にはしっかり綺麗になっていた。リーラインの魔法で綺麗にしてもらってはいたけれど、擦り傷なんかの回復はしてなかったにも拘わらず。
あの魔法は本当に謎しかないんだよね……。
「……あ、セシーリア、様……」
「え? セシーリア様?」
正気? に戻った魔人の二人が私を見つけると、ぱあっと表情を輝かせた。
その直後、何かを思い出したように顔を真っ赤に染めて俯く。
「え、ちょっと……セシーリア、これ、何?」
「……だから、面倒なことになる、って……」
「どういうこと?」
ぎりっとリーラインが私の二の腕を抓ってきた。
レベルが上がったせいもあってかなりの力で抓られてちょっとだけ痛い。
「いたたた……だから、ね。嫌な記憶を相手が私ってことに改竄して、傷つけられたことも無かったことに編集したの」
「……つまり、あの子達を襲ったのが貴女ってことになってるの?」
じとぉっと纏わりつくように昏い目を向けるリーラインからそっと視線を外すも、彼女から感じられる圧は周囲を威圧するほどの威力を持ってしまったようで女性達も苦しそうにしていた。
「リーライン」
「……はぁ……もう、今更よね。貴女が女性にだらしないことは知ってるのだし……」
「あ、はは……そんなつもりはないはずなんだけどね」
「あるでしょ」
なんとかリーラインを宥めると、正気に戻った三人も同じように浴槽へ入ってもらうことにした。
そういえば天使族の子だけは特に表情が変わらなかったけど、効きが悪かったのかな?
女性達を綺麗にした後、急いでデルポイの倉庫から服を拝借して着替えさせ、更に食事の用意までしてあげた。
体が綺麗になり、温かい食事も得られたからか女性達は砦の中で休んでもらった。
私に襲われたと記憶を改竄した三人をこちらで引き取る必要があるかもしれないが、それも含めて魔人達と話し合いをすることにしよう。
「今回の助力に心より感謝する」
一段落して六人で軽い食事をしているところにちょうどよく魔人の三人がやってきて、彼等は両手を胸の前で交差させて片膝をついた。
「お礼はいいよ。その作法は魔人の敬礼か何かなの?」
「あぁ、我等の中でも最上位の方々へ礼を尽くすものだ」
「本当に気にしないで。でもちゃんと報酬はもらうから」
彼等は揃って「無論だ」と頷くと、私達の近くに腰を下ろした。
とりあえず、聞きたいことを片っ端から聞いていく。
まずはこの第五大陸で一番高い山や建造物のこと。
それとこの大陸にいるであろう魔王のこと。チェリーに聞いても彼女は何かしらの制限を掛けられているみたいで名前すら喋れない。
念の為竜王を知っているかどうかも。
「我等が知っているのはこのくらいだ。済まないな、あまり有益な話にはならなかっただろう?」
「うぅん、十分だよ。あ、これは報酬の話とは別なんだけど、貴方の仲間って魔人だよね? あの天使族の子はどうするの?」
一人だけいた、どこからか連れ去られてきたのか天使族の女性……という割にはやや幼さが残る容姿ではあるけれど、小さな白い羽を生やし薄紫色の髪と金色の瞳をした可愛らしいあの子の今後は気になる。
「我々が引き取ることも出来るが、魔人しかいない町なのでな……肩身の狭い思いはするだろう」
「そう。かといって私達が連れていくのもね。悪いけどお願いするよ」
「心得た」
もし馴染めなくて彼女が彼等の下から去って命を落としてしまったとしても、それは彼女の選択として受け入れよう。
聞けるだけの話を聞いたし、食事を済ませた私達は六人揃って私のテントへと入った。
相変わらずの広さがあるので、六人いても全員分のベッドはちゃんと揃っている。残念ながら大きなベッドは入れていないので、みんなと触れ合えるのは寝る前までとなるけどね。




