第494話 精霊の王
年末年始特別連続投稿です!
1/3までの四日間ですが、毎日投稿します。
その日、私はソフィアを連れて白龍王の下を訪ねていた。
第五大陸に向かう為の準備で時間が無い中、こうして訪れたのはあちらから呼び出されたからだ。
「それで私達を呼んだ理由はなんだったの?」
白龍王がいるところまでは転移でやってこれるのでそれほど手間がかかるわけじゃないものの、突然の呼び出しとなれば気分の良いものじゃない。
「先日のセシルの娘の件でな」
「ソフィアの? 精霊とは言っても魔物なんだから倒すのは当たり前だよ?」
若干の殺意を込めて答えるが白龍王はどこ吹く風だ。
ソフィアが卒業試験に臨んでいる間、白龍王に監視してもらっていたのだが、聞いた話ではソフィアが殺戮の限りを尽くしたとか戦意のない魔物まで討伐したとは聞いていない。
「そう怒るな。オレイアスの王が話があるというから来てもらったのだ」
「絶対文句言うやつでしょそれ。でも私も一緒でいいなら聞いてあげるよ」
「構わんとも」
白龍王が右前足を振り上げると、今まで何もなかった空間に突然全裸の女性が現れた。
せめて服くらい着てほしいんだけど、精霊達に言っても無駄なんだよね。
「白龍王殿、取り次ぎいただき感謝致す。その者が我等の同朋を狩り尽くした人間か?」
オレイアスの王らしき女性は厳しい目つきをしてソフィアを指差してきた。
オレイアス
総合戦闘力 718,044k
総合技能 269,728
間違いなく脅威度Sの魔物だ。王だろうと女王だろうとオレイアスにはキングやクイーンといった名前はつかないようだけど。
それでも他のオレイアスとは一線を画する強さである。
「そうだよ。私がオレイアスをたくさん倒した。言い訳なんてしない。私にも譲れないものがあるの」
「ほう……。幼子にしてその心意気は素晴らしいが、我も同朋を殺された恨みというものがあるのはわかるか?」
「……うん。謝ったりなんてしないけど、貴女の気持ちはわかるよ」
「ならば、どうすれば償えるかも、わかろうな?」
唐突にオレイアスから放たれる殺気が溢れ出た。
私達に向けられたそれは空気を弾けさせたかのように肌がピリピリとして、否が応でも緊張感が高まっている。
ここで私が前に出ても良いのだけど、白龍王はまるで手を出すなと言わんばかりに私を睨んでいた。
はいはい、何もしませんよっと。
「わかるけど、私も死ぬわけにはいかないの。どうしてもっていうなら戦うけど」
ソフィアもオレイアスに対して威圧を放つ。
まだまだ幼いけれど、脅威度Aまでの魔物なら逃げ出すレベルで強力なものだ。
腰の剣帯に佩いた短剣に手をかけようとやや前屈みになり、一触即発の空気になる。
しかし。
「……やめておこう」
「え?」
オレイアスが放っていた殺気は急に霧散して、緊張していた空気が緩んでいく。
「戦ったとて、我がお主に勝てるとは思えん」
「でも、私は貴女達の仲間を……」
「まともな自我もない狂った同朋共など知ったことか。強い魔力さえあれば我等はいくらでも増えることが出来る」
そう笑うオレイアスは白龍王を見上げた。
なるほど、彼女達が増えるために白龍王の魔力が必要ってことなのか。
「この地に余計な人間どもが立ち入らぬよう精霊に頼んでいるのだ。その見返りとして魔力を分け与えているに過ぎん」
持ちつ持たれつ、良い関係が築かれているようだ。
だとすると本当に何のために私達をここに呼んだんだろう?
「幼子よ、名はなんという?」
「ソフィア……ソファイア・ジュエルエースだよ」
「ソファイア……ソフィアだな? よかろう」
何がよかろうなんだと思っていたらオレイアスがうっすらと光り始め、やがてソフィアの手のひらの上に魔石がコロンと落ちた。
「これ……魔石?」
「そうだね。……白龍王、どういうことか説明してくれない?」
私がソフィアの手の中で転がる魔石から白龍王へと目線を移すと彼は何も言わずに再び右前足を振り上げた。
「だからっ、結局なんだったの?!」
「見たままであろう? 精霊達がお主の娘に力を貸そうというのだ。心配せずともこの地には並みの人間では手が出せぬ魔物も多い」
つまり自分が面倒なことにならないって言いたいのかな?
ソフィアの手の中には今や六つの魔石が転がっていた。
仕方ない……これも良い機会だと思うことにしよう。
「でも次からはちゃんと説明してよね」
私は白龍王に軽く文句を言ったけれど、やはり彼は何も言わずにその巨躯を軽く揺らしただけだった。
そのまま私達はドラゴスパイン山脈から戻ると、すぐに地下の研究室へと入った。
「ここってセシルママの……?」
「そう、私の研究室だよ。ステラ」
名前を呼べばすぐに現れるステラは、敷地内であればどこにいても私の元へとやってくる。
「お呼びでしょうか」
「ちょっと面白いことになったから、私が作業してる間ソフィアにいろいろ教えてあげて」
ステラに指示を出すと同時にソフィアの腕につけたバングルを取り外して彼女から魔石も受け取った。
精霊の魔石は私もいくつか持っているけれど、ソフィアから受け取った魔石はどれも非常に高品質。
さすが精霊の王といったところかな。
私はまずバングルに魔石を取り付けられるような台座を十個作る。これは鉱物操作もさることながら、新たに手に入れたオリジンスキルのウルカグアリーの効果によるところが大きい。
そしてアスタルテの効果で私が作り上げたものの品質までもが跳ね上がる。
おかげでデザインを意識するだけで金属が動いてその形をとってくれるという便利能力。
ソフィアには何が似合うかと考えて、ちょっと乙女になりすぎたかとも思いながらもデザインは完成する。
「じゃあ次に……」
精霊の魔石を並べて、それぞれに私の眷属や魔物の魔石にしたものと同じようにヴォルガロンデの技術を施していく。
主に水晶をベースにして鉱物操作でフォルサイトを融合した後、そのフォルサイト融合水晶で魔石をコーティングする。
続いてその魔石を迷宮金で作った特製の容器に入れて天魔法で内部を真空に、生命魔法へと進化した光魔法、暗黒魔法に進化した闇魔法を七対三の割合で鐘一つ分照射する。
「この工程が一番キツいんだよね……」
何せ魔法の放出を止められないし、割合を一定に保つ必要があり、且つ高出力で行わないと最後の工程で失敗してしまう。
三つの魔法を同時に使い続けるのはなかなかに骨が折れる作業だ。
そして最後に、ミスリルを魔法による超高火力で昇華、蒸着させていく。
処理後、更に鐘一つ分待ってゆっくり熱を下げていくと、虹色の輝きを放つ魔石が出来上がった。
「はぁ……やっと完成した」
「お疲れ様でございました」
「あれ? ソフィアは?」
「それが……」
つい、とステラが視線を向けた先には休憩用のソファーが置いてあり、ソフィアはそこですやすやと穏やかな寝息を立てていた。
「あぁ、待たせ過ぎちゃったね」
「申し訳ありません。セシーリア様を待ちましょうと話し掛けてはいたのですが……」
「いいよ。ソフィアだってまだ子どもなんだから」
いかに転生者といえども、彼女は前世でもあまり長く生きられなかったみたいだし。
それにこうして娘の寝顔を見ているのも悪い気がしない。
ソフィアを起こさないようにそっと彼女の隣に腰掛けると、頭を持ち上げて自分の膝に乗せてあげた。
その小さな頭に手を乗せて撫でてあげると、柔らかい緑色の髪がサラサラと零れる。ソフィアもくすぐったいのか、時折身体をくねらせていたけれど起きる素振りはなかった。
「起こさなくてよろしいのでしょうか?」
「……うん。この子には甘えられる時には目一杯甘えさせてあげたいしね」
私とこの子との間に血の繋がりは勿論無いけれど、それでもユーニャやミルル達との子どもだと自信を持って言える。
もちろんコルだって私の息子だけど、彼の前世は私より年上だし実の両親も知っているだけにどうしても一歩引いているからね。
しばらくそうしてソフィアが寝たまま待っていた。ステラは夕食の支度で一度退室しており、私とソフィアの二人きりだったけれど、タイミング悪く訪ねてくる者はいる。
「リーダー邪魔するぜ」
やや乱暴にドアが開かれソールが入ってきた。
濃いめの短い金髪と鍛え抜かれた筋肉に覆われた彼女の身体はついさっきまでダンジョンに入っていたのだろう、埃まみれで体のあちこちに大小の傷が刻まれていた。
「ととっ……わりぃ。ちびちゃんがいたのか」
「うん、だからちょっとしぃっ、ね?」
私が唇に人差し指を当てるとソールは自分の口を両手で覆ってコクコクと頷いた。
「あ、あのよ……その、さっきまでダンジョンにいたんだけど、やたら強い奴と戦ってたら……俺の剣が……」
「あらら……これはまた見事に折られちゃったね」
剣の柄に近いところでぽっきりと折れてしまった剣を差し出してきたソールは居心地の悪そうな顔をしている。
別に怒ったりなんてしないのにね。
「いいよ。後でクドーに頼んでおくね」
彼等も生まれてすぐ自分の武器を持っていたのだけれど、クドーに渡された武器をいたく気に入っていてたまにこうしてメンテナンスや修理を受けることがある。
「訓練に集中するのもいいけど、たまにはちゃんと休むんだよ?」
「あぁ、俺だってたまには休むぜ?」
知ってるよ? ソールが生まれてから今まで一度も休みを取ってないってことくらい。
でもそれを私から言うのは私の眷属達に対してあまりにも失礼だと思う。彼等は私のために強くなろうと努力してくれているのだから。
「しばらくは予備の剣でやってるけど、出来れば早めに貰えると助かる」
「はいはい。ちゃんと伝えておくよ」
なんだかんだ言ってクドーも武器を触れるのが嬉しいみたいで修理に出せばすぐ直してくれるだろう。
「ん……セシルママ? ……あれ、ソール?」
「わりぃ、起こしちまったか?」
私達が話していたのが煩かったのか、ソフィアは寝ぼけ眼をこすりながら身を起こした。
それからソールは「よろしくな」とだけ言って退室していった。
ソフィアにいろいろ説明しようと思ったけれど、どうやらそれは夕食の後になりそうだ。
こっそり開いた自分のステータス画面にある時計を確認すると間もなく六の鐘が鳴ろうとしていた。




