第489話 八つ星
コミカライズされました!
ピッコマ様で先行配信されております!
セシルもユーニャもとっても可愛く描いてもらっています!
思わぬところでヴォルガロンデとの繋がりが出来てしまったけれど、それはそれとして最後の第五大陸へ行く準備も抜かりなく続けなければならない。
ステラと生体神性人形の合体? はあの後すぐ行った。
「不思議な感覚です。実体化している時よりセシーリア様とのより強い繋がりと力を感じます。ただ敷地内の事象を全て把握することが出来なくなります」
とのこと。
なので基本的には夜だけ人形に入ってもらうこととして、外出時など屋敷のことを把握しなくて良い時だけはずっとそのままでいられることに。
そしてアイカは屋敷に帰ってきてからずっと研究を続けており、転生者であるナナもまたその研究に付き合わされている。
第四大陸にあった研究所の資料はほとんどが錬金術関連だったから仕方無いけど、ナナはまだ体が幼いので無理だけはさせないよう言いつけてある。
ちなみにクドーのところで弟子ような扱いだったドワーフの兄弟がいたのだけど、先日独立してデルポイと専属契約することになったとか。
これでようやくクドーも本格的にヴォルガロンデの資料を使った研究が出来るね。
と思ったら。
「セシル。この前剣が折れたと言っていたな」
「クドー。折れたというか、亀裂が入っちゃって」
クドーの離れへやってきたのはたまたまだったけれど、エイガンとの戦いで刀身に亀裂の入った短剣を彼に差し出した。
ちゃんと魔闘術とかで強化していればこんなことにはならなかったんだけど、あの時は咄嗟だったから間に合わなかった。
「ヴォルガロンデの資料の中に面白そうなものがあったからな。そいつでお前の剣を打ってやる」
「それはありがたいけど……多分近々第五大陸に行くよ?」
「ならば尚更だ。あの大陸にいる者は第一大陸にいる者よりも厄介だ」
「行ったことあるの?」
亀裂の入った短剣と資料を読み込むクドーに聞いてみると、「昔な」と一言だけ返ってくるばかりでそれきり話さなくなってしまった。
こうなったクドーは何を尋ねても一向に答えてくれないことは短くない付き合いでわかっている。
私も明日明後日にでも出発するわけじゃないから、クドーの剣が出来上がるまで待つのも良いかな?
私は音も無くクドーの離れを出ると、今度は長距離転移を使った。行き先は王都管理ダンジョン。ユアちゃんのところだ。
目の前の景色が歪んで薄暗い部屋にやってくると、ユアちゃんはいつも通りソファーに座ってタブレットと睨めっこをしていた。
「こんにちはユアちゃん」
「セッ、セシル! ここっ、こんにちは!」
「あはは……いつも突然来てごめんね」
「ぜぜぜ全然いいっ! いつでも来ていい!」
相変わらずコミュニケーション能力の低いダンジョンマスターだね。
まぁそこが可愛いんだけど。
「それで、またちょっと調べてほしいことがあって」
「調べ……あ、セシルま、またオリジンスキル増えてる」
「そうなの……どんな効果か教えてほしくて」
困ってます、と苦笑いを浮かべると彼女は逆に嬉しそうに満面の笑みを見せた。
「まっ、任せて! すぐっ、やるから!」
「慌てなくていいからね」
ユアちゃんが座るソファーの対面に腰を下ろすと、自分と彼女の分のお茶を入れる。
先日ヒマリさんから貰った『緑茶』である。
残念ながら湯飲みはないので、ティーカップという少々決まらないけれど、問題は中身。
ずずっとお茶を啜るように飲むと熱い液体が喉を通っていく。
ビリビリとした感覚と共に胃の中にも広がる熱と鼻腔から抜ける緑茶の風味がノスタルジックな気分を醸し出してくれた。
「はぁ。おいし」
そのまましばらくユアちゃんが調べものをしてくれている間に私も手に入れたばかりのダイヤモンドやコスモス・グリッドナイトを加工していく。
コスモス・グリッドナイトは魔石にしないよう注意しながらカボションカットで丸みのあるルースへ、ダイヤモンドはラウンドブリリアントカットへと加工……と思ったけれど、たまには趣向を凝らしてペアシェイプブリリアントやハートシェイプブリリアントも試していく。
グリーンダイヤモンドをハートシェイプブリリアントにして四つ並べると四つ葉のクローバーみたいで可愛いよね。
「セシル、お待たせ」
かれこれ十個ばかりルースを作ったところでユアちゃんから声が掛かった。
ステータスを開いて時計を見れば既に五の鐘が鳴った後だ。
どうやらかなり集中していたみたい。
すっかり冷めたお茶で喉を潤しつつ、手元にあった宝石を片付けてユアちゃんに向き直った。
彼女は調べたであろう情報を包み隠さず私に伝えてくれる。それというのもダンジョンマスターという嘘をつくことが出来ない特性によるものだ。
嘘がつけないだけで隠し事は出来るはずだけれど、ユアちゃんは隠し事が出来ない性格のせいか本当に調べた内容そのままに伝えてきてくれる。
これが複合ダンジョンのダンジョンマスター二人だと平気で隠し事もするし、問い質せば「黙秘します」とか言い出すから質が悪い。
「えっと、まずね」
そしてユアちゃんから語られた内容はこうだ。
アスタルテ:豊穣の美女神。多くを生み出し、より美しくあらんとする。手ずから作り出した物はその力を強くし、豊かな実りに更なる力を。
ウルカグアリー:財宝の守護神。宝石と金属を司り自在に操ることが出来る。また『財宝』と認めたものを金色の縛鎖で守る。
イシュタル:愛と戦の相反するものを司る女神。何者にも侵されぬ八つ星を持つ。
なるほど?
ウルカグアリーはわかる。既に持っているガイアと合わせたら宝石の加工がより進みそうだしね。
金色の縛鎖っていうのがよくわからないけど。
アスタルテも、まぁわかる。私自身が作った宝石とか装飾品の能力が上がるってことだと思う。
で、イシュタルよね。
わからん。八つ星ってなんだろう?
「ど、どう? セシル、難しい顔してるけど……」
私が首を傾げているせいかユアちゃんは不安そうな顔で覗き込んできた。
「うん、ありがとう。私だけじゃもっとわけわかんなかったと思う。このイシュタルの八つ星って言うのがイマイチピンと来ないんだけどさ」
「え、えと……こういうのって、た、例えば自分のだ、大事なもののこと、とか……?」
大事なもの?
私の大事なものといえばまずは宝石でしょ?
あとは私のことを好きだって言ってくれるユーニャ達と養子とはいえ私の子どもであるコルとソフィア。私のために働いてくれるジュエルエース家の使用人達。騎士団。学園の子ども達を含めた今後進めていくクラン。勿論ジョーカー達眷属も大切だよね。デルポイで頑張ってくれている幹部含めた社員のことも大切にしてる。
それほど深く考えたことがない自分にとっての宝物を指折り数えていると、思ったよりもこの世界に来てから大切なものが増えていることに気付いた。
「……セシル? ど、どどどうしたの?!」
「え?」
「あ……き、気のせいだった。セ、セシルが泣いてるみたいに見えたから」
「私が、泣いて?」
ふと自分の頬に手を当ててみる。
当然ながら指は全く濡れていなかった。
英人種になったせいか、感情の高ぶりで涙を流すことが出来なくなって久しい。
泣けないことにストレスを感じることもあるけれど、それももうすっかり慣れてしまっていた。
「ありがと。大丈夫、ちょっと嬉しかっただけだよ」
未だ心配そうに見つめてくるユアちゃんに微笑むと私はもうしばらく彼女とお茶を楽しんだ後、王都管理ダンジョンを後にした。
その日の夜、私はベッドの上でいつものように五人を侍らせながら八つ星ことを考えていた。
それを心配したパートナー達にも話すと、何故か怒られてしまった。
「セシルはそういう大事なことをいつも一人で決めてしまいますわよね」
「本当にね。あのね、セシルの問題はみんなの問題。みんなに問題が起きたらセシルは必ず首を突っ込むのに、自分のこととなると途端に一人でなんとかしようとしちゃうもんね」
「そうね、悪い癖よ、セシーリア」
「ご自覚下さいませ」
「セシルは一人じゃないの」
そんなこと言われたら今度こそ泣きそうになる。涙出ないことに慣れたなんて強がってみても、本当はストレスを感じているなんてわかってたことだ。
そしてミルルが起き上がって指を一本立てる。
「とりあえずセシルといえば」
「「「「宝石」」」」
はい、そうですよ。
「次は私達、と言いたいところですが……どう考えてもユーニャが頭一つ抜けていますわ」
「そ、そうかな?」
「ユーニャ様もご自覚なさいませ」
ユーニャの顔がわかりやすいくらいに赤くなったけれど、多分私の顔も同じくらい真っ赤になっているに違いない。
「それから私達とソフィア、コルチボイス様、ディックの家族ですわね」
「……私もよろしいのでしょうか」
「ステラはどう考えても家族なの」
そっか、家族。
前世では結局縁のないものだったけれど、この世界ではいつの間にかこんなにたくさんの家族が私にはいたんだね。
「本当ならここでアイカさんとクドーさんと言いたいところだけど、なんか違う気がするね」
「……ユーニャの言う通りね。なら確実なところで眷属達ね。セシーリアの溺愛ぶりは凄いもの」
眷属達を候補に上げたリーラインはそのことが面白いのかコロコロと笑った。
「セシルは騎士団も大切にしてるの」
「それなら学園の子ども達もね。今後クランの立ち上げをするなら学園はそこに入るわね」
「デルポイだって。元々私はセシルとお店をやりたいっていうのは子どもの頃に約束した夢なんだから」
「でしたらこのジュエルエース家の者達もです。他の貴族家よりも遥かに重宝されております」
うん。やっぱりこの八つかな?
「うぅん……なんか今一つピンとこないというか……?」
「騎士団、クラン、デルポイ、ジュエルエース家では駄目ですの?」
「駄目じゃないけど、なんか違う気がして」
今日はすぐ隣にいるチェリーが自分の匂いを擦り付けるかのように私と頬ずりをしてくる。
しかしそんなチェリーが「そういえば」と呟いて顔を上げた。
「セシルの話の中にはいつも自分が入ってないの。でも本当は大切なものを守るために自分が強くならなきゃっていつも考えてると思うの」
チェリーのその言葉は不思議と私の中にストンと落ちてきた。
自分、か。
私は『セシル』になってからとてもたくさんの人に支えられてきたと思ってるし、恩返しとまではいかなくても彼等に対して私も支えてあげたいと思っている。
そんな自分を大切にしているのかもしれない。
「なら、『宝石』『ユーニャ』『家族』『眷属』『仲間』『夢』『家』そして『自分自身』。これがセシーリアの大切にしたいもの、なんじゃないかしら?」
リーラインがまとめてくれたことで、やっと最終的に自分の中に確たるものが出来上がったように何かが『カチリ』と嵌まった。
そっか。
そっかぁ……私って、そんなに大切なものがたくさんあったんだなぁ。
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