第476話 停戦ではなく終戦
「デンタミオーガの方は大きな馬車が首都から出発してたよ」
「ベルフェクス共和国は何台も馬車が出てた」
両国の国土を蹂躙しつつ、首都の様子を見てきてもらった二人の報告からするとおそらく明日の朝にはどちらも近くまでやってこれるだろう。
「様子を見ながら炎の壁の近くまで来たら通れるようにしてあげてね」
「はぁい」
軽い返事をするルージュと頷くシアン。
しかしどこか訝しげな表情のままであるのは理由がある。
「あはは……気になる?」
笑いながら二人に問うと少しばかり居心地の悪そうな顔になった。
「ずっと見張られてるみたいで気分が悪い」
嫌がる素振りを隠そうともしないシアンが吐き捨てる。
昨日私が火を放ってからずっとこちらを窺っている気配があるせいだ。
「件の新人魔王でしょ。放っておいていいよ。二人はもしデンタミオーガとベルフェクスの代表が襲われそうなら守ってあげて」
「……せーちゃんの手を煩わせるような奴を守るの?」
ルージュは私の指示にやや不満そうな様子。
でもこの子は説明したらちゃんとわかってくれる子だとわかっているので、玉座の上から微笑んだ。
「私だって両国がどうなろうとどうでもいいんだけどね。ヒマリさんとの約束は果たしておきたいから協力してくれない?」
「うー……ズルいよ。せーちゃんにそんなこと言われたら断れないのにさぁ」
説明というより弟に甘えたような感じになってしまったけれど、これはこれで有りかな。
再び二人を代表達の近くへやると私は一人戦場で目を閉じた。
ふと近くに気配を感じたけれど、これはジョーカーがまた誰かを連れてきたようだ。
「ようこそジョーカー。それとわざわざ来てくれてありがとうラメル、ソール、レーア」
私が玉座にいるせいか四人はその場で跪いて頭を垂れた。
「ご不要かとは存じましたが、我が君に少しでも慰みになればと思い連れて参りました」
相変わらずとてもよく気が効くジョーカーは顔を上げないまま答えると、「では」とだけ告げて帰っていった。
「三人も連れてくるとか……みんなは訓練とか良かったの?」
「問題ございません。御主人様をお一人にすることより優先するようなことではありませんから」
代表してラメルが答えるために顔を上げた。
うん、相変わらず透明感のある美少女だね。
アクアマリンの魔石を核にして作ったので薄い水色の長髪がサラリと顔の横で流れる。
「じゃあみんなでこっちに来て。一人で座っていたら寂しいから」
「しかし……お師匠様の玉座に私共の腰を下ろすなど……」
と、今度はレーアが反論してきたが有無を言わせず三人を理力魔法で近づけるとソールとレーアの腰を抱き抱えるようにして侍らせ、ラメルを膝の上に座らせた。
「ふふっ、これで寂しくないよ。みんな大好き」
「リーダーは甘えん坊だな」
「ソール、御主人様に無礼ですよ」
ラメルがソールを諫めるけれど、私はそんなこと気にしない。
このまま三人を愛でながら夜を過ごした私は翌朝になってデンタミオーガとベルフェクスの代表が私の時空理術の探知範囲に入ったことを確認した。
ほぼ昼前になって何台もの馬車が私から千メテルほど離れたところに停まった。
両国がやってきたのは同時くらいだったものの、どちらも警戒しているのかなかなかこちらまでやってこない。
仕方無いのでラメルとレーアを使者として送ると、鼻の下を伸ばした中年男性が数人と護衛と思しき兵士達がようやくやってきた。
「貴殿が勇者殿か?」
デンタミオーガの代表者がベルフェクスに先んじてやってくると、開口一番訝しげな顔を向けてきた。
「えぇ。私が勇者セシーリア・ジュエルエースよ」
「……やったことは魔王となんら変わらんがな」
意外なことに彼は私が勇者であることを疑っていないらしい。
続いてやってきたベルフェクスの代表にも似たようなことを尋ねられたが、こちらも私を疑ったりしなかった。
「よく勇者だってすぐ信じられたね? 別の大陸から来た魔王の可能性だってあるのに」
「勇者だろうと魔王だろうと大差はない。兵士から聞いたそなたの力を向けられれば我等はひとたまりもないのだからな」
確かに火を放つ前に使った爆発魔法の威力は一般的な魔法使いが使う魔法とは一線を画すものがある。
無駄にならなくて良かったと、こっそりと胸をなで下ろした。
「さて、代表者が来てくれたところで早速話し合いを始めよう」
私はソールに自分が座る玉座の前にテーブルと椅子を用意させると、合流したシアンとルージュに見張らせつつ全員を着席させた。
「話し合いの前に一応自己紹介くらいしておきましょ。まずはデンタミオーガ王国から」
話を振るとデンタミオーガの代表者は椅子から立ち上がり腰に佩いていた剣をテーブルの上に置いた。
「デンタミオーガ王国国王、クルズラント・ヴォル・ヤギス・デンタミオーガだ」
……国王が直接来るとはちょっと予想外かも。王太子あたりが来ると思ってたんだけどね。どうやら跡取りを城に残してきたようだ。
思ったより武人色の強いお国柄みたい。
「ベルフェクス共和国代表会議議長、ダンザ・ラリオと申す」
「同じく代表会議議員、ノイアー・ジギ」
対してベルフェクスは代表で二人来ていた。
これは彼の国が議会制だから仕方無いと思うし、別に私も一人で来いとは言ってないから問題はない。
それにラリオ議長の方はこの場の誰よりも高齢に見えるので、ジギ議員はその補佐という面もあるのかもしれない。彼は二十代後半くらいだからね。
「改めて、私は第三大陸にあるアルマリノ王国ジュエルエース大公家当主、セシーリア・ジュエルエース。勇者のタレントを持ち魔王ヒマリ・コーミョーインと友誼を結ぶ者」
そこまで話したところで出力制限を三割まで解放する。
爆発的に周囲へまき散らされる私の力。
その力の前に両国の代表は皆揃って顔を青ざめさせた。
さすがにこのままでは話し合うことなんて出来ないから一度完全に出力を抑えると私の眷属を除く者達は荒い息をしながらその場にうずくまった。
彼等の部下はどれほどレベルが高くともせいぜい五百止まり。それではジュエルエース家騎士団の五番手クラスでしかないので私から発せられる力に対抗出来なくても仕方がない。
私のレベルはそれを遥かに凌駕しているのだから。
「私の力をわかってもらえたところで話を続けようか。まず言っておきたいのは私は両国に対して無理矢理終戦しろなんて言うつもりはない」
予想外だったのか両国の代表達は驚き目を見開いた。
「それは、ど、どのような意図があって……」
まず最初に口を開いたのはベルフェクスの代表会議のラリオ議長だった。
しかし私の話はまだ終わっていない。
そのせいかベルフェクスに使者として送り出したラメルが目を吊り上げた次の瞬間には手にしたアクアマリンの魔石が入った杖から圧水晶円斬を槍状に形成して彼の首元へ突き付けた。
「聞きたいことはあるだろうけど、まず私の話を聞いてほしい」
首元に自分の死が迫っていたことにこの時点で気付いたラリオ議長はパクパクと口を開いてまるで必死に餌を求める金魚のようだ。
「両国には三つの選択肢がある。まず一つはこの場での話し合いの下で終戦すること。私の前で交わした約束はそのままヒマリ陛下との約束だと思うように」
彼等にとってヒマリさんは目の上のタンコブどころの話ではない。機嫌を損ねれば国を滅ぼされるかもしれないほどの脅威なのだ。
私の機嫌を損ねてもそうなるかもしれないと思っているかもしれないけど、私はそんなことしないよ?
「多分それが一番平和的に終わる方法かな。もう一つは、このまま戦争を続けること。但し……その場合は私が、いえジュエルエース家が第三勢力として両国を滅ぼすべく動く。それはこの話し合いが終わった瞬間から始まる」
私が戦争に参加する。
それだけでベルフェクス共和国の代表二人は白旗を上げたように首を凄い速さで横に振っていた。
だがデンタミオーガ王国の国王は。
「さすがに国を滅ぼされるわけにはいかぬ。及ばぬまでも貴殿をここに足止めすれば家族と民の命は守られよう」
チラリとテーブルの上に置いた剣に目をやった。
その行為だけでもこの話し合いの場では芳しくない。
「貴方、次に剣を見たらその首を落としますわよ?」
レーアは要にアウイナイトが入った藍色の扇子を畳んだままクルズラント王へと向けた。
彼の回りには四体のゴーレムがその首の四方を囲むように剣を交差させている。
また一段とゴーレム生成速度が上がったみたいで、一秒かかるかどうかというところか。
「ぐっ、ぬ、うぅ……」
「クルズラント王。私を足止めしたいなら好きにしていい。しかし私の眷属達も止めないといけないから全部で六人。さて、どっちが早いかな? 国が滅ぶのとね」
大雑把でいいなら上空からそれっぽい方角に向けて砲撃するだけでも充分だと思う。
そのことを気付いたわけではないだろうが、クルズラント王はがっくりとうなだれた。
「それで、最後の一つ。この大陸にいる新人魔王に両国が力を合わせて立ち向かうこと。つまり同盟を結び、同じ敵と戦う仲間になってもらう」
新人魔王という単語に反応した代表達。
さすがに代表なだけあってもう一人魔王がいること自体は知っていたようだ。
この前からずっとこっちを見ている覗きの正体も彼が犯人で間違いない。
「その、新しい魔王と戦うというのは、何故でしょう?」
「彼は貴方達の国を手に入れてブルングナス魔国に対抗する力を得たいみたい。ヒマリ陛下のような魔王はお互いが争うことを禁じているせいで、彼を止めることは出来ないから見ているだけになる」
ブルングナス魔国は食料自給率が百を超えているので近隣他国と交易出来なくなっても民が飢える心配はないけれど、絶対何かしらの嫌がらせは受けることになるしね。
そして、私の目的のためにヴォルガロンデの研究所から早く立ち退いてもらわないと困る。
「……我々は貴女の差し伸べた手を払った場合、確実に滅ぶ未来しかない、そういうことですか」
「そうは言ってない。どちらかの国が勝ち、その上で魔王を討ち滅ぼせば良いだけのこと」
勿論それが不可能なのは言うまでもない。
仮に武勇を誇る第一大陸にあるチェリーの故郷ガットセント国だとしても、チェリー無しで他の魔王に対抗することは難しいだろう。
だからか、代表者達は呟くように「無理だ」と口から零している。
「……デンタミオーガ王国は、セシーリア・ジュエルエース殿の提案を全て受け入れる……。ベルフェクス共和国との終戦は勿論、これからどのような話があろうと、クルズラントの名に置いて約束する……」
「ベルフェクスも、ここにいない議員に代わってデンタミオーガ王国との終戦を受け入れる……。ヒマリ陛下の怒りを買うのは勿論、魔王に国を奪わせるわけにはいかん」
これから私が話そうと思っていることを先んじて約束してくれたクルズラント王とラリオ議長に少なからず驚いたけれど、私くらいの小娘が説明しなくても彼等はちゃんと考えることが出来る頭があって良かった。
私はそこで席に着く両国代表と、ずっとこちらを監視している者達へ交互に笑みを返した。
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