第475話 停戦要求
口上交換している兵士達の真上にやってきた私達。
話している言葉は理解出来るけれど、話の内容はまるで理解出来ない。
数百年前に始まった戦争。被害の大きかった戦い。戦争が終わる前に死んでいった英雄達。
そんなことを互いに話している。
「ならばこの機に永劫なる決着をっ!」
「我が国に勝利の狼煙を上げてくれんっ!」
馬を操りながら大きな突撃槍を脇に抱えるように構える二人。
いよいよもって始まるようだ。
「ルージュ、シアン。いくよっ!」
「おっけぇっ!」
「いくっ」
地上の二者が馬で駆け出すのと同時に私は地上目掛けて急降下を始めた。
高速で迫り来る地面。
落下中は頭を下にしていた姿勢を地面ギリギリで反転、しっかり足から着地するために足下にだけ結界魔法を貼って地面を保護した。
ドドドオオオオオオオォォォォン
私から一瞬遅れて落下した二人も私と同じように地面を保護してくれたおかげでクレーターに降り立つなんて間抜けをしなくて済んだようだ。
しかし地上千メテルはあろうかという高度からの急降下とあって地面は無事でも巻き上がってしまった土埃はそのままだ。
口上交換をしていた二人はおろか、陣地にいる者達も私達の姿を確認することは出来ないだろう。
思わぬ効果で時間が稼げた。
次に私は地面の中を『ガイア』で探っていく。
……さすがに普通の土だと宝石の鉱脈は見当たらない。
それでも何とか出来るのが私の力。
土中から石英と長石だけを集めて合成。
足りない分は異空間に放り込んである水晶を取り出して更に合成。
みるみる巨大な水晶の塊が出来上がり、その形を整えていきところどころへ長石を配置していく。
さすがにムーンストーンやサンストーン、ラブラドライトのようなものは作り出す時間は無かったのであくまで彩りのためである。
そうして形作られていく、私による私のための玉座。
土煙が晴れそうになってきたところで私の作業も終了した。
「シアン」
「わかった」
シアンの名前を呼ぶだけで理解してくれた彼はいつの間にか持っていたバトンをクルリと回すと強い風が吹いて土煙を吹き飛ばしてくれた。
口上交換していた兵士や陣地にいる者達にとって、私達は突然戦場に現れたように見えるだろう。
「なっ、何者だ貴様らっ!」
私が顎を上げながら玉座に深く座っていると口上を上げていた兵士の一人が槍を突きつけてきた。
「誰でもいいでしょ。馬鹿な戦争してる馬鹿な国にみんな迷惑してるからお説教しに来たんだよ」
「ばっ、馬鹿な戦争だとっ!」
「我等の聖戦を愚弄するかっ!」
聖戦ときたか。
ヒマリさんに聞いて知ってるんだけど、この戦争が始まった理由。
もう大昔過ぎて覚えている人もほとんどいないらしいんだけど……ベルフェクス共和国の議長の息子がデンタミオーガ王国の姫を攫ったことに起因する。
それだけ聞けばベルフェクスの方が悪いかもしれないけど、ことはそんなに単純じゃない。
ベルフェクスの議長の息子には同じ国に婚約者がいたのだけど、デンタミオーガの姫が議長の息子を誘惑、横恋慕した。
よほどいい男だったのかと言えばそういうわけでもない。
彼は婚約者に婚約破棄を突き付け、自分は真実の愛に目覚めたとか言いながら隣国の姫を攫って姿を消した。
しかしデンタミオーガの姫も王国内の良い男を取っ替え引っ替えするような奔放な性格だったらしい。
おそらく議長の息子にもすぐ飽きたとは思うけれど、二人はそれから誰にも発見されることはなかったそうだ。
というのが二国間でわかった事実。
婚約破棄された令嬢の親である議員は議長に抗議、そしてそれをそのままデンタミオーガ王国へ。
デンタミオーガの王は姫を攫われたとしてベルフェクス共和国へ返還を要求。
抗議は跳ね除けられ、返還要求は却下される。
双方がお互いに責任を追求して、納得出来ないから戦争にまで発展したというのが、この戦争の原因である。
まぁ真実はこれで終わりじゃないのだけど、それはとりあえず置いておこう。
そんな二人の馬鹿な男女が引き起こした駆け落ち騒動が切欠だけど、それを国民に伝えるわけにもいかない。
ただ相手に非を押し付け、国民感情を煽った結果に過ぎない。
「馬鹿な王族やら馬鹿な議会なんて、あるだけ害にしかならないんだから仕方ないでしょ」
「我等が王まで侮辱するなど、死罪程度で許されると思うなよっ!」
「女と思っておればつけあがりおって。許さんぞっ!」
許さないとかなんとか言ってないでとっととその槍で攻撃してくれればいいのに。
やれやれと溜め息を零したところ、この状況を見ていたシアンとルージュのバトンが動いた。
ゴトン ブシュウゥゥゥゥッ
ほぼ同時に聞こえてきたのはシアンに切り落とされた槍の穂先が落ちた音と、ルージュに溶かされた槍。
「「なっ?!」」
獲物を失った二人は大層驚いてくれているものの、ただの鉄の槍なのだからそこまでのものでもないでしょう?
でもそれより驚くべきことがある。
「お前らさぁ、さっきからせーちゃんに無礼なんだけど」
「というか頭が高い。お前ら虫は地面に這いつくばってろ」
……二人の沸点の低さよね。
別にこれぐらいのこと昔から何度も言われてるから私は慣れちゃってるけど、二人にとっては耐え難い侮辱だったみたい。
「「重力魔法 過重接」」
二人はお互いに背を預けるようにして両陣営に向かってバトンを突き出した。
「「ぐぶあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」」
彼等の魔法はその恐ろしいまでの効果範囲で数千はいる兵士達を軒並み地面に這い蹲らせる。
目の前にいる兵士はその力をまともに受けてしまい、既に地面にめり込んでしまっていた。
けれど私もそのことを咎めるつもりはまるでない。
遠話を使い、この戦場にいる全ての者へ声を届けるためあえて声のトーンを落として話し始めた。
「聞け、愚かな戦を繰り返す者共よ」
私の『殺意』スキルは効果範囲がせいぜい十メテル程度でしかないので、出力制限を解除して私の力を周囲に撒き散らした。
普通の人間からはかけ離れた力を解放することで、『殺意』スキルには及ばなくても『威圧』スキルと同じくらいの効果はこの戦場にいる全ての人間達に届くだろう。
「私はブルングナス魔国、ヒマリ・コーミョーイン陛下と友誼を結ぶ勇者セシーリア・ジュエルエース。愚かな戦いに身を置く亡者共に告げる」
多分ヒマリさんが本気でやればわたしと同じようにこんな戦争簡単に両国を滅ぼして終わらせることは出来る。
それを私に託したのであれば、私が彼女のやりたいことをやるだけだ。
「速やかに両国代表による終戦宣言をせよ。私の言葉が届かぬ国は、その大地を焦土に替えてくれよう」
言葉だけでは届かないことは私にもわかっている。だからこそ言うだけでなく、私の力も示さなくてはならない。
見た目が派手で、威力も申し分ないものが良い。
だから遠話の魔法を解除すると、私達の真上に向けて魔法を放った。
「爆発魔法 神話崩壊」
上空五百メテルほどの位置で急速に高まり収束しいく魔力。
極限まで圧縮された炎と風の魔力が臨界点を超えた時、第四大陸全体に激震となって悪魔の暴力が襲いかかった。
あまりの爆音に鼓膜がやられないよう、私達三人の耳の近くは真空にしておくことと、爆発の余波を受けないよう結界魔法で防御しておくことは忘れない。
「……やりすぎた?」
「全然。せーちゃんなら何も言わずにどっちも滅ぼせるのに優しすぎるよ」
「僕もそう思う。今からでも僕とルージュでやってこれるのに」
相変わらず過激な二人には苦笑いを返し、爆発の余波が収まったところで再び遠話を使う。
「さて、私の力は理解してくれたな? すぐに軍を引き、両国代表をこの場に連れてこい。時間は二日やろう。しかし今からすぐに両国首都に向けて火を放つから急いだ方が良いぞ」
くつくつと笑い声を乗せながら遠話の魔法を解除した。
同時に新奇魔法の煉獄浄焦炎を放つ。
両軍の端から端まで届く人の背ほどの高さある炎が矢よりも速く走り抜けていく。
これを本気にしなくても良い。
炎だって氷魔法のスキルレベルが5もあれば多分一部くらいは消せると思う。
まぁどっちでもいい。容赦しないだけのことだから。
そのまま炎を操作して人が歩くよりもやや遅い程度の速度で進めていく。
「……一応軍は陣形を変えて引っ込めるみたい」
「ついでに早馬みたいなのも出してる。首都の司令部に伝達するのかな」
私が魔法の操作に専念しているせいもあって二人が状況を説明してくれる。
「ここから早馬で首都まで半日くらいだっけ?」
「どっちの国もそのくらい」
「じゃあしばらくはこのままだけど、シアンとルージュは二日経っても誰も来なかったら好きにしていいよ」
私の言葉を聞くと嬉しそうに頷く二人。
そして同時にクルクルとバトンを回していくつもの魔法を放っていく。
私が出した迫る火の壁よりも先に威力の弱い攻撃魔法を撃ち続けた。
弱いと言っても私達からすればの話であり、普通に冒険者ランクB相当の魔法使いが放つものと遜色はない。
さぁ、どれだけ急げるかな?
夜になり、さすがに魔法の操作でその場を離れられないので夕飯はジョーカーが持ってきてくれた。
「我が君がここまでお力を注ぐことなどありませんでしょうに……。シアンとルージュに命じて即座に滅ぼせば済むかと」
なんてことを言っていたのを聞くと、眷属達はみんな血の気が多いんだなと感じる。
「まぁ一応魔王との約束があるからね」
「魔王ってアイカさんのお母さんなんでしょ? 連れて来なくて良かったの?」
「まさかアイカさんのお母様が魔王だったとは驚きですね」
ジョーカーと一緒にきたユーニャに食事の世話をされながら、これまた一緒に来たリーラインに身体を拭いてもらう。
アイカとヒマリさんのことについてはパートナー達には話してある。
アイカにもヒマリさんと会ったことは話したんだけど……。
「さよか。ウチは行かへんで」
と一蹴されてしまったのだ。
いろんな家族の形があることは理解してるからそれ以上のことは言わなかったけれど、ユーニャもミルルも母親を早くに亡くしているし私も成人直後にイルーナを亡くしている。
だから会える家族がいるなら会っておけばいいのにとは思うんだけどね。
「どんな顔して会ったらえぇかわからへんねん……」
なんてぼそっと言われたら何も言えなくなるのは仕方ないと思わない?
ユーニャ達にお世話され、ジョーカーと一緒に帰っていった後シアンとルージュは夜明けととも私のところへ帰ってきた。
その顔は今まで暴れられなくて溜まった鬱憤を晴らせたからか、少しだけすっきりしているようだった。
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