第474話 魔王と同盟?
「まぁあの新人は自分達の塒の地下にヴォルガロンデの研究所があるとか知らんやろうけどな」
と話してくれたヒマリさんの一言で少しだけ気が楽になった。
「ヒマリさんが話してどこかに行ったりしないかな?」
「無理やな。戦争に介入しようとしてんのも領土を得て自分の国を作ってブルングナス魔国に対抗しよう思ってるようやし」
それって……馬鹿なの?
正直、ヒマリさんの強さは普通に考えられるレベルを遥かに凌駕している。
私のパートナーの一人であるチェリーも魔王の一角だけど、あの子と比べてもヒマリさんの強さは別格だ。単純なレベルの話だとしても倍以上。恐らくレベル一万を超えている。
だからこそ決闘システムのことを知っていたのだろうし……ん? そうなるとヒマリさんは決闘システムで誰かと戦ったことがあるのかな?
まぁとりあえず今そのことは置いておこう。
実際のところ、三百年以上生きて戦い続けていたチェリーでレベル四千だったことを考えても、その新人がどれほどの強さなものだろうか。
そんな私の考えが顔に出ていたのか、ヒマリさんは唐突に吹き出した。
「ぷっ、あっひゃひゃひゃっ! セシルはん、新人のこと考えてるん? あんなんただの小物の雑魚やで? ウチかて魔王間の協定が無ければとっとと消し飛ばしとるわ」
「さっきの魔法が撃たれてたらその気が無くても消し飛ばしてただろうけどね」
「うっ……それは悪かったて……」
笑ったかと思えば、今度は足を組んで視線を横に逸らす。妖艶な生足が丸見えで私の視線も釘付けになりそうだ。
それにしても……笑い方がアイカそっくり。いや、この場合は逆か。
アイカがヒマリさんの笑い方にそっくりで、やっぱり二人は親子なんだね。
「それで、魔王間の協定って?」
「魔王同士は特別な理由無しに争わんっちゅうもんや。魔王同士の喧嘩は世界に影響が出るかもしれへんしな」
確かにチェリーの攻撃でさえ地形が変わるくらいのことは出来るし、ヒマリさんにいたっては大陸を吹き飛ばすことだって出来るしね。
「人間同士の戦争にも興味ないしそのうち終わるやろと思ってんけど、あの新人が国を興すと面倒なことになりそうや」
はぁ、と短く息を吐いて腕を組んだ彼女は少しだけ困った様子。多分今までも妙なちょっかいをかけられていたのかもしれない。
「つまりヒマリさんとしては人間同士の戦争はどうでもいいけど、新人魔王が何とかなればいいなと思ってるの?」
「せやな。まぁ人間同士の戦争も早よう終わってくれれば、国境に送る兵士を減らせてえぇことだらけなんやけど」
ほとほとうんざりしている様子のヒマリさんを見て私も一つ決心した。
「じゃあ、全部私がぶっ飛ばしてくるよ。そしたらいろいろ協力してくれる?」
「……セシルはん、見かけによらずとんでもないこと言うやん? ……せやな、もしそれが出来たらウチ、いやブルングナス魔国はセシルはんのやることに全面的に協力する。言わば同盟関係やな!」
ニヤリと暴力的に嗤う彼女と強く手を握り合い、私はシアンとルージュを連れて首都ブルムタットを後にした。
首都ブルムタットを出た私達はそのまま足を延ばしてブルングナス魔国をも後にした。
結局図書館にも寄らず、すぐ町を出たのは理由がある。
私達が町を出て数日、ようやく国境を越えたところでお供の二人は口を開いた。
「ずっと監視されてた」
「ホント嫌になるくらいだったよね! でもあの魔王様の指示じゃなさそう」
国境を越えたことで監視の目は無くなったけれど、それまでは二人ともピリピリしていた。
襲われたら余裕で返り討ちにしていたし、たかが部下の暴走くらいで私とヒマリさんの関係が揺らぐことはないのにね。
拳で語り合った仲というのはなかなかに強固なもので、エルフの女王と同じくらい信頼している。それはアルマリノ王国の国王陛下よりも遥かに上だ。
「二人ともありがとう。でも私は気にしてないから平気だよ」
「せーちゃんが平気でもせーちゃんが疑われること自体に腹が立つよ」
「本当は滅ぼしたい。……魔王には勝てないけど」
「はは……さすがにヒマリさんに勝てる人は世界中でもそういないでしょ。間違いなく五本の指に入るんだし」
ここ数年で私の力も大きく上がったからヒマリさんを制することが出来たけど、貴族院卒業時点くらいじゃ彼女に負けていたと思う。
まぁアイカっていう緩衝材があるし、彼女と争うことは今後ほぼないと言っていい。
「ちぇ。で、せーちゃんこれからどうするの?」
少し拗ねてはいるものの、私の眷属であり従者でもあるルージュは今後の予定を尋ねてきた。
「新人魔王のせいでヴォルガロンデの研究所に行けないから、まずはそれをどうにかして排除する。方法はなんでもいいかな。それと戦争を止めさせてヒマリさんの国に恩を売る。『階の鍵』はヴォルガロンデの研究所を見つけてから竜王を探して聞けばいいかな」
なんで竜王が毎回階の鍵の場所を知ってるのか気になるけど、あれらの世界への役割やヴォルガロンデの管理者代理代行という立場を考えればおかしな話でもないだろう。
「小さなことからコツコツと。一つずつ片付けていけばそのうち全部終わる」
「じゃあその新人魔王のとこに行く?」
「うぅん。シアンの言う通り一つずつ片付けてもいいけど、まずは今人間同士がやってる戦争を台無しにするよ」
戦場がある方向を見て今からやることを考えていたら自然と口角が上がる。
私の関係ないところで国同士がどうなろうと知ったことじゃないけど、それでヒマリさんに迷惑がかかるなら話は別だ。
「それじゃ行くよ」
私達はその場でふわりと身体を浮かせると戦場へと向かって飛び立った。
飛行し始めて四時間程度でかなり前方に開けた平原が見えてきた。
かなりのスピードで飛ばしてきたけれど、シアンもルージュも平気な顔してついてきた。
それもそのはずで、彼等のステータスは。
シアン
従属期間:0年
種族:魔法生命体
LV:6,000
HP:27,631k
MP:23,350M
スキル
言語理解 5
威圧 5
杖 MAX
魔闘術 MAX
格闘 4
ユニークスキル
隠蔽 MAX
異常無効 MAX
吸収攻撃無効 MAX
吸収融合 -
レジェンドスキル
魔力闊達 MAX
聖魔法 MAX
邪魔法 MAX
神聖魔法 3
破滅魔法 7
時空理術 8
四則魔法(上級) MAX
新奇魔法作成 MAX
こんな感じ。
シアンとルージュの違いはややルージュの方が回復寄りで神聖魔法の方が得意だったりする。
一応生命魔法と暗黒魔法を覚えさせようかと思ったけれど、彼等の身体はまだそのスペックに満たないようでどうしても弾かれてしまうので今はこのくらいにしている。
完全に魔法特化の二人である。
範囲殲滅ならこの二人に敵う眷属はいないんじゃないかな。
さて。
「とは言ってもいい時間になっちゃったね」
上空から水平線を見れば太陽は既にタッチダウン寸前の状態。
戦場もすぐに開戦する様子は無さそうなので、ここは一度引いておいた方が良さそうだ。
私達は地面に下り立ち、位置登録だけするとアルマリノ王国の屋敷へと転移していった。
翌朝。
女性型の眷属達をベッドに寝かせたまま一人寝室から出てシアン達と合流すると早速第四大陸へと移動する。
最近の夜伽は持ち回りでパートナー達、眷属達、愛人達、パートナー、眷属、愛人の誰か一人という順番らしい。
愛人達は集まれる人だけ、みたいなので二人の時もあれば六人くらいいる時もある。
私の意向が最優先されるのでパートナーを呼ぶことが多いけど。
まぁそれはそれとして。
「なんか今日はピリピリした空気を感じるね」
「陣形も整えてる。ちょうど今日が決戦の日だったのかも」
私達は少し離れた上空から戦場の様子をうかがっていた。
シアンとルージュが感じ取った通り、互いに陣形もしっかり組んでいて今にも戦争が始まりそうな気配がする。
そしてそれを今か今かと待ち構えている各勢力がある。
「一つは北にあるベルフェクス共和国。それと南のデンタミオーガ王国。どちらの国も西側をブルングナス魔国と国境を持ってるね」
「ブルングナス魔国だってさっさと戦争で決着つけて国交を正常化させたい」
「ヒマリ陛下の心労を減らして恩を売ればやりたい放題かな?!」
「ルージュ、私とヒマリさんは同盟関係。わかりやすく言えば友だちだよ。友だちに恩を売るとか考えたくなんてないよ」
「はぁい」
渋々返事をするルージュ。
しかしあの返事は多分あまり効果はないかもしれない。ヒマリさんと友だちなのは私であってこの二人じゃない。
そうなると必然的に二人はヒマリさんに恩を売って私が何かしらの得をするように動きたいと思うのは仕方ないこと。
「でも、気持ちは嬉しいよ。ありがとね」
ふわりと身体を流してルージュの隣に行くと、彼の頭にポンと手を置いた。
それだけでふにゃりと笑う彼に抱きつきたくなるけれど、ここは我慢我慢……。
「セシル様、一騎前に出てきた」
戦場をずっと注視していたシアンがこちらを振り向かず、その方向を指差した。
私とルージュも魔法を使ってその方向を見てみると、デンタミオーガ王国側から一人の兵が馬に乗って戦場の中央まで進み出ているところだった。
「なんかよくわからない口上を上げてる」
「よくわからないなんて言ったら駄目でしょ。お互いの誇りとか掛けてるんだと思うし」
この二人、本当に私の眷属なのかな。
やたら口が悪いんだけど、私こんなこと言わないよ?
まぁあの口上交換に何の意味があるかは私もよくわからない。
そうこうしている間にベルフェクス共和国からも一騎出てきて槍を掲げながら口上を上げ始めた。
「……とりあえず、口上交換が終わったら行こうか」
「はーい」
ルージュの軽い返事と共にソロソロと彼等の頭上へと移動する。
二者が激突する前に戦場に降り立つために私も用意しておく。
とりあえず、度肝を抜くとかまでは出来ないけれど驚かせてあげよう。
私が私らしく、支配者らしく、戦争なんてつまらないこと起こそうなんて思わなくなるくらいにね!




