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第473話 魔王キレる

「いたたた……最近の勇者殿は容赦ないのぅ……」


 ヒマリ陛下は私のぶつけた氷の塊のせいで頭にたんこぶが出来たらしく、しきりにその闇のような黒髪が生えた頭を撫でている。


「さっきのアレ、全部受け止めてみたいのでしたら今からでも……」

「いやぁセシーリア殿は本当に慈悲深いお人だ。妾の悪戯を笑って許してくれるなど、本当にお心が広い!」

「調子良いなぁ、もう……」

「おっ、えぇな! そうそうっ、そないな話し方の方が好きやで!」

「何言ってんのアイカ。調子良すぎ」


 ピシリ。

 ん? あれ?

 なんで私今アイカって言ったんだろ?


「あ、そうか。関西弁のせい? それとも黒髪?」


 私が一人で考えこんでいる間、ヒマリ陛下は私を見ながら固まっていた。

 その顔は完全に引きつっていて、その目には様々な感情が見て取れる。


「なっ……」

「な?」


 そしてヒマリ陛下の口が大きく開いたかと思うと。


「なんでアンタがウチの馬鹿娘の名前知っとるんやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 アイカの名前を出したことでまさかの、驚きの事実が発覚するとは思わなかったよ。


「まさかっ! アンタがウチの馬鹿娘誑かしたんちゃうやろうなぁっ?! それがホンマなら戦争やでっ?!」


 ヒマリ陛下は私の胸倉を掴み、今度こそ手加減無しで私の身体をガクガクと揺さぶった。

 強いし速いし気持ち悪いっ!


「ちょっ、やめっ!」

「あぁんっ?! なんや言うことがあるやろっ! はよ喋らんかいっ!」

「だ、からっ……ちょ、止め……」

「さっさと口割らんと全力でぶち込むでっ!」


 さっきから全然話を聞いてくれないヒマリ陛下は右手に破滅魔法を出現させ、その魔力をどんどん高めていく。


「って! 危ないでしょっ!」


 身の危険を感じたので咄嗟に出力制限を完全解除して神気を発現させた。


「戦帝化っ!」


 更に戦帝化まで使い、能力を跳ね上げると胸倉を掴んでいるヒマリ陛下を引き剥がして彼女を結界魔法で包み込んだ。


「結界魔法 剛柔堅壁(イクストルデ)! からの……でいやっ!」


ドゴオオオォォォォォォン


 そして結界魔法ごと掴むと、彼女をそのまま武舞台へと強く叩きつけた。かなり遠慮無しにやったので武舞台は私の一撃で砕け散り、ヒマリ陛下は結界魔法で包んでいるとはいえ巨大なクレーターの中心に埋まってしまった。

 さすがに、やり過ぎだったかもしれない……。

 軽い後悔の念を感じながら戦帝化を解除してクレーターの底を覗き込んでみると、ヒマリ陛下は頭から地面に腰くらいまで埋まっていて彼女の妖艶なドレスが捲れてショーツが丸見えになっていた。


「やばっ!」


 何がヤバいってショーツが丸見えになっていることは勿論そうだけど、何あのデザインはっ?!

 黒の透け透けレース?

 デルポイにもアノンっていう服飾チートな転生者がいるけど、彼女に下着関係をあまり作らせていなかった。

 そっちは専らアイカがやってたからね。

 でもヒマリ陛下の下着を見ると……転生者なのに血は争えないってこと?

 私がヒマリ陛下を助けもせずにそんなことを考えていると、砕けた武舞台がコトコトと動いているのが目に入った。


ドォォォォン


 力を爆発的に高めたヒマリ陛下が周囲の地面を吹き飛ばしながら飛び上がった。

 私はそれを地面から見上げながら「スカートの中身見えてるよ」と伝えるべきか考える。

 うん。そんなこと考えてる場合じゃないんだけどさ。


「こんガキャ調子ん乗ってウチしばくたぁえぇ度胸しとんやないかあっ!」


 ガキって……。

 確かにアイカが今百三歳だし、ヒマリ陛下はかなりの長命種だろうから私なんて子どもにしか見えないかもしれないけど。

 それにしても滅茶苦茶頭に血が上って冷静さなんて欠片もなさそうだね。


「絶対泣かしたるっ! 破滅魔法っ!」


 ヒマリ陛下は血走った白目と躑躅色に輝く瞳で怒りのまま自身の魔力と闘気に類する力を一気に収束し始めた。

 あれは、本当に拙い。

 あんな力が放たれたら第二大陸どころか、この世界そのものが崩壊してしまいそうだ。


「『地平崩壊(ホライズンブレイク)』!」


 彼女の全身全霊、全力全開の破滅魔法は多少の躊躇もなく私めがけて放たれた。


「本気で世界を壊すつもりっ?! まったくもう親子揃って自分勝手なんだから! 戦帝化! それと神の祝福ロック解除っ!」


 再び戦帝化で能力を引き上げ、魔力と闘気を神気に混ぜ合わせていく。

 ヒマリ陛下の攻撃が私に到達するまでの数秒で練り上げたこの力は、以前なら相殺せずに弾くのが精一杯だったかもしれない。

 けれど、今は違う。


「暗黒魔法っ! 『虚無回帰(リ・エンプティ)』っ!」


 全ての力を無かったことにする。

 野球のボールサイズの黒い球を投げると、それに触れたヒマリ陛下の魔法は暴力と殺戮の意思でしかないその力を消しゴムで綺麗にするように、世界から消えていく。

 しかしそれは関係のない命さえ消し去る力でもある。


「生命魔法っ! 『未熟創世(バッドジェネシス)』!」


 同時に世界があるべき形で維持されるよう同じだけの生命魔法を注いでいく。

 多分ここはヒマリ陛下の作った異空間だと思うけれど、壊してしまうことでどんな影響が出るかもわからない。

 だからこそ、最初から何もなかったことにしないといけない。


「ぐおおおおおぉぉぉっ!」


 私の放った破壊の黒と創造の白い魔法がヒマリ陛下の魔法諸共彼女を覆い尽くしていく。


「これで……終わりだよっ!」


 力を振り絞り、魔法の出力を上げると空間内が光に包まれて全ての力が消えていった。




 ふと戻った意識と同時に目を開くと、そこは異空間に隔離される前の謁見の間で立ち尽くしていた。

 ヒマリ陛下は玉座に座っていたものの肘掛けに身体を預けるように意識を失っており、さっと顔から血の気が引くのを感じる。

 しかしよく周りを見ると、謁見の間にいた臣下達は全員その場に倒れて意識を失っているしシアンとルージュさえも跪いたまま前のめりになって倒れていた。


「……どういう状況なのよ、これ……」


 しばらくして意識を取り戻したヒマリ陛下によってなんとか全員の意識は回復。私もシアンとルージュを回復させ、通された別室にてヒマリ陛下と対面していた。


「いや、ホンマに申し訳ない」

「謝るくらいならちゃんと話聞いてください。危なく第二大陸が地図から消えるところでしたよ?」

「アレはウチの新奇魔法やからそないなことにはならへんて。まぁまさか異空間を突き抜けた衝撃だけでウチの部下をみんな気絶させるとは思わへんかったけど」


 あれは私の暗黒魔法や生命魔法じゃなくてもヒマリ陛下の破滅魔法だけで起こったと思う。

 それほど凄まじい威力だったし。

 だいたいかつてデリューザクスの渾身の魔法を異空間へ押し込めた時に衝撃だけが突き抜けてきたことがあったし。


「で、ヒマリ陛下は何故私がアイカを拐かしたと思ったんですか?」


 アイカの名前を出した後のヒマリ陛下は異常だったし、相対していたのがシアンやルージュだったらやられてしまっていた。

 なのでここはきっちり事情を説明してもらわないと私も納得出来ない。


「あぁ……実は百年くらい前やったと思うんやけど……」

「アイカは今百三歳だからそれじゃ三歳ですよ?」

「……じゃあ八十年くらい前にあの子のとこに一人の人間がやってきたんや。その直後に城を飛び出してってもうてん……」


 一人の()()

 アイカはクドーと出会って旅に出たと思ったけど違うのかな?


「その人間の錬金術を見て、勝手に弟子入りしたんや。人間自体は嫌いやないけど、娘を勝手に連れ出したその人間は好きやない」

「陛下の好き嫌いはともかく、今アイカと一緒にいるのは神狼族の男性ですよ?」

「ほぉん、神狼族かぁ…………あ? 神狼族やてっ?! 千年くらい前に滅びた言われとる幻の種族やないかっ?!」


 へぇ、クドーってそんなレアな種族だったんだ。

 それだと同族を探すのは無理かもしれない……って言っても彼はそんなことに興味はないだろうけど。

 どこまでも究極の武器を作り出すことしか考えてなさそうだし。


「幻かどうかはともかく、もう何十年も一緒にいるみたいだから仲も良いしすごく楽しそうにしてますね」

「……まぁ、ウチら夜人族かて似たようなもんやけどな。こうしてウチとアイカが親子揃って夜人族なんて滅多にあることやない。せやけど……」


 ヒマリ陛下はそこで一度言葉を切ると、目に穏やか光を灯らせた。


「そっか……楽しくやっとるんやな……」


 その笑顔は一人の母親のものだった。

 私は彼女に何も言わず、目の前のお茶を一口飲んで窓の外へと視線を流した。

 視界の端で一人の母が袖口で目を拭う時間稼ぎは、それだけで十分でしょう?


「はぁ……おおきに」

「私は何も。……そのうちアイカを連れて来ますから」

「せやな。ウチはもう何も怒ってへんて、言うといてもらえるやろか?」

「えぇ、必ず」


 それから彼女が落ち着くまで待ち、ようやく本題を話す時間に入ることとなった。


「で、結局セシルはんは何しに第二大陸まで来たんや?」


 公の場ではないからと、砕けた口調になったヒマリ陛下と互いに隠し事は無しだと告げた上で話し合いを始めた。

 私も彼女を『陛下』とは呼ばずに『ヒマリさん』と呼ぶことになってしまったけど。

 そのことでヒマリさんの後ろに控えていた魔族の近衛兵達が色めき立ったけれど、私が何かするまでもなく。


「おどれら、ウチに恥かかす気ぃか? ウチとセシルはんは対等の関係や。セシルはんに牙剥くっちゅうならウチが徹底的にボコったるさかい、死にたい奴から前に出ぇ?」


 と、極道も真っ青な言葉で凄んで近衛兵達全員を失神させていた。

 彼等を失神させた後、ヒマリさんは「ホンマは対等どころか圧倒的にやられてもうたけどな」と苦笑いしていたのが印象的だった。


「私達が第二大陸に来たのは『階の鍵』とヴォルガロンデの研究所を探すためだよ」

「『階の鍵』……? それはようわからんけど、ヴォルガロンデの研究所なら知ってるで」

「本当にっ?!」

「嘘は言わへんて。まぁちょっとばかし厄介なとこやけど」


 そう言って片手を自分の頭に乗せるヒマリさんの表情はとても面倒くさそう。


「他のところは溶岩の中とか馬鹿みたいに高い塔の上だったし、大抵の場所には行けるはずだよ」

「ちゃうちゃう、そういうんやない。……今この大陸で戦争しとるんは知ってるやろ?」

「まぁ、ここに来るまでに見てきたんで」


 ブルングナス魔国の兵士達に比べるべくもないほどレベルの低い兵士しかいない国同士の戦争だったね。


「その戦争に介入しようとしてる魔王がおんねん」

「……魔王って、人間の戦争に介入するの?」

「あれは新人の魔王やから領土も何もあらへん。せやから二つの国を奪おうとしてんねんけど……その新人魔王の塒がヴォルガロンデの研究所の真上なんや」

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[一言] >「嘘は言わへんて。まぁちょっとばかし厄介なとこやけど」 >「あれは新人の魔王やから領土も何もあらへん。せやから二つの国を奪おうとしてんねんけど……その新人魔王の塒がヴォルガロンデの研究所の…
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