第471話 魔王と謁見
日本人のような見た目と名前のド派手なピンク色の鎧を着た中年男性、シグレ・キノと出会った私達は関所内にある一室に通されて彼と話をしていた。
「ふむ。ではセシーリア殿は探し物をするためにわざわざ第三大陸からこの第四大陸へやってきたと。しかしそこで戦争していたがために、それを避けて知らず知らずに我がブルングナス魔国にやってきたわけですな?」
「そうなるね。まさかいきなり戦争しているところに出くわすとは思わなかった」
前回位置登録するために寄った時には戦争してるような大勢の兵士とかは見なかったんだけど。
「ベルフェクス共和国とデンタミオーガ王国はここ数百年ほどずっと戦争状態でな。今回のように戦場で兵士同士が睨み合うようなことはほぼ無かったものの、いつこうなってもおかしくなかったのだ」
はた迷惑な……。
「そこに最近新しく建国しようとする輩まで介入してやや面倒なことになっていてな。それで現在我が国はその者らが入れぬよう国境を封鎖し民を守っているのだ」
「なるほど。しかし商人の行き来も無くなっては貿易に支障が出るのでは?」
「……ふむ。儂にはわからぬことだが、それほど商人の行き来は元から多くはない。我が国だけでも民が食っていけるだけの食料は賄えると陛下からは聞いておる」
そうなのか。それならさっきの村みたいなことが起きることは無さそうかな?
食料自給率の高い国なら他国との貿易に頼ることはあまりないだろうけど、上層部が贅沢を覚えてなければただ食べるだけなら数年くらい耐えられそうだ。
「とりあえずその探し物をしたいんだけど、貴国の国王陛下に拝謁賜ることは可能かな?」
「我がブルングナス魔国の魔王陛下は忙しい方ですからな。余程のことが無ければお会い出来ないでしょうな」
……魔王って言った?
確かにブルングナス『魔』国って言ってるくらいだから魔王でもおかしくないのか。
チェリーとは違う魔王かぁ。ちょっと興味はあるけど、忙しいなら別に無理に会う必要もないね。
私はシグレに探し物だけしたい旨を伝えると、それならば首都へ行き他国の貴族であることを示した上で図書館に行けば良いと教えてもらった。
「ありがとうシグレ殿。それじゃ私達はそろそろ行きたいんだけどいいかな?」
必要な情報を仕入れることが出来たので、早々に首都へと向かいたい。
しかしそんな私の思惑通りには行かず、軍上層部に連絡を取っているからしばらくはこの関所に滞在してほしいと言われてしまった。
無理矢理突破しても今後この大陸での活動に支障が出ては困るため、渋々私達は従うこととなった。
「一応、他国の貴人ってことで個室があるとはいえ……まさか足止めされるとは思わなかったなぁ」
関所内に留まること二日。
夜には屋敷に戻っているけれど、退屈なのは否めない。
無駄に時間が出来たおかげで私が製作した装飾品は二百品を超える。
「せーちゃん、暇だねぇ」
「セシル様、もうここ壊して出よう」
更にはルージュとシアンがゴロゴロと私に甘えてくるので、彼等を撫でつつ宥めながら過ごしていた。
二人とも、というか私の眷属達は結構こうして甘えてくる子が多い。
ついてきているのがこの二人じゃなくて女性型の眷属だったら朝から夜までずっとベッドインしてたかもしれない……。
パートナー達に以前相談したら眷属といえども、元無機物の宝石だろうとも男性型とは駄目って言われてしまったので結局私の相手は同性に限定されることに。
まぁ別にいいんだけどね。
男性とする感覚自体は珠母組と感覚共有すればどうとでも。
以前の感覚を思い出して口角が上がっていくのを感じていると、部屋のドアがノックされた。
あれからすぐに謁見許可が出たため、私達は兵士達に護衛されながら首都ブルムタットへと向かった。
「セシーリア殿には護衛など不要かと思うが、我が国にも面子というものがある故、受け入れていただこう」
というのがシグレの話。
護衛されながらだと通常より時間がかかるため、早馬で一日の距離を、やたらと揺れる馬車を使いたっぷり三日もかけて私達は首都ブルムタットに到着した。
馬車の窓から見る首都は隣国で戦争をしているとは思えないほど穏やかで、それでいて賑わっていた。
人々の顔には笑顔があり、この国が豊かである証明には十分だろう。
魔王が治める国だからと質実剛健のような国を想像したけれど、どうやら間違いのようだ。
「魔族が多い」
シアンも窓から外を見ていたのだろう、そんなことを呟いた。
実はシグレも魔族だったのだけど、見た目は人間とほとんど変わらなかった。
角も羽もなかったし。
魔力の質だけはアイカやユーニャのように力強いものを感じたけど。
馬車はそれからも進み、首都の中央に建つ巨大な城へと通された。
そこで護衛役の兵士に案内され、すぐに謁見となるらしく、さすがに待ったを掛けた。
今の私は冒険者をするために旅装をしているので、一国の主と会うならば着替えておきたい。
以前はクドーに作ってもらった貴族服を着ていたけれど、あれはもはや戦闘服であり正装なので最近は着る機会が減っていた。
「ではこちらをお使い下さい」
一つの客間を与えられた私達は室内にも、また室内を監視するような気配もないことを確認して着替えることに。
とりあえずドレスでいいかな。
「装着」
私が登録しているドレスは何着かあるものの、今回は長袖の白いドレスにしておく。
上半身は身体のラインにピッタリと合わせ、ヒップからスカートが広がっているのでマーメイドラインよりも少しだけふわりとした印象があるだろう。
着替え自体は一瞬で終わり、シアンとルージュにも従者らしい服を着せてあげる。
「うん。可愛くて似合ってるよ」
「えへへっ、ありがとせーちゃん」
「セシル様ありがとう」
男の子に『可愛い』って言うと怒られてしまいそうだけど、この二人は私からの褒め言葉なら何でも受け入れてくれる。
ルージュの愛嬌があるところも、シアンの無表情ながら素直なところもどっちも可愛くて大好きだよ。
そして彼等の髪型をセットし、自分のメイクも済ませると私達は部屋から出て待っていた兵士に案内をお願いした。
城内をわざと遠回りしているのではないかと勘ぐりたくなるほどそれなりの時間歩かされた後、目の前に現れたのは私の身長の三倍は大きな金属製の扉だった。
「どうぞ」
「は? ……いや、まぁ、いいけど……」
兵士が扉を開けてくるかと思いきや、まさか自分で開けて入れと言われるとは思っていなかったので呆気に取られてしまった。
金属製の扉に指先で触れると、すぐにわかった。
鉄か何かだと思っていたけれど、この扉はアダマンタイトで出来ている。
扉の厚さは私の掌の幅ほどなので普通の鉄なら大型バイクくらいの重量だけど、アダマンタイトは鉄の十倍以上重い。
つまり片方だけで最低三トンはある計算になる。
それを見た目だけなら淑女の私に開けさせようとか頭おかしいんじゃないの?
開けるけど。
ゴゴゴゴゴゴッ
指先で触れたまま手の平を付けて押し始めると扉はゆっくりと開いていく。
さすがに出力制限で最低まで落としていると無理なので、三割ほどまで上げさせてもらっているけれど。
そして扉が開いていくと、謁見の間の中から「おおっ」というどよめきが聞こえてきた。
「ふぅ」と軽く息を吐いて室内へ入ると、視線を真っ直ぐ前へと向けた。
けれど、それと同時に向けられる様々な視線。加えて放たれる最も奥にいる者からの強烈な殺気。
周囲より三段ほど高い位置に玉座を設け、その座にいるのがこの国の王。
黒と赤の扇情的なドレスを身に纏い、左肘を玉座の肘置きについて足を組む妖艶な女性。
漆黒の長髪と躑躅色の瞳はまるで閨で誘うような情景を思い起こす。
あれがこの国の魔王。
室内に入り、前だけを見つめて赤いカーペットを進んでいき、床との途切れ目で歩を止めた。
シアンとルージュも私の二歩前で歩みを止めて、その場で跪いた。
「突然の訪問にも拝謁に機会を賜りまして感謝の意を表します。ブルングナス魔国魔王陛下。私は第三大陸はアルマリノ王国、セシーリア・ジュエルエース大公にございます」
あまり大きくは広がらないドレスのスカートを摘まんでカーテシーをする。
大公自体はほとんど王族と変わらない扱いを受けることが出来るけれど、相手は一国の王である以上目上の存在であることは間違いない。
チェリーのように魔王でありながら一国の王でないならばともかく、この魔王は普通に王様なのだから。
「くくっ、随分殊勝な勇者殿ではないか」
しかしなるべく下手に出ていた私に対し、魔王陛下は何がそんなに面白いのか小さく笑い声を漏らしていた。
その笑い声と共に先程までの強烈な殺気が霧散していく。
「陛下?」
「あぁ、すまんな」
そこへ近くにいた文官らしき人から咎められ、コホンと一つ咳払いをして姿勢を正した。
「遠いところから遥々よく来たな。妾がこのブルングナス魔国の魔王、ヒマリ・コーミョーイン。長いからヒマリと呼ぶが良い」
「陛下っ?!」
いきなりファーストネームで呼べという魔王陛下
に対し、周囲の側近達が慌てている。
どうやら筋書きにはなかった模様。私としてはどちらでも呼びにくいということはないし、本人がそうしてくれと訴えるならその通りにしてやりたい。
というか、この国の人って日本人の名前が多いけどみんな転生者なのかな?
機会があったら尋ねてみたいけど、そんな雰囲気になるような気軽しない。
「……ではヒマリ陛下、と」
「「貴様っ!」」
私が彼女を敬称付きで呼ぶと、色めき立った周囲の者達から怒声が上がった。
「控えよっ!」
しかしそれさえもヒマリ陛下が一喝するだけでみんな黙ってしまう。
それほどの圧が彼女にはあるし、彼女がこの国で最強であることの証明でもあった。
「……スマンな。部下共の教育が悪かったようだ。後でキッチリ締めておくのでこの場で妾に免じて許してやってくれ」
「……私は何も気にしていません。ではお近付きの印にお持ちした品をお贈りさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。ご厚意傷み入る」
私の言葉を受けてシアンが音も無く立ち上がり、魔法の鞄を取り出した。
その魔法の鞄を受け取ると中から小さな箱を一つだけ取り出し、ヒマリ陛下へと向けた。
「ほぅ……随分見事な装飾品だ」
「はい。こちらは加工した黒曜石をチェーンに嵌め込み、ペンダントトップには燃えるように赤いガーネットを設えました品に御座います。きっとヒマリ陛下の胸元にお似合いになるかと存じます」
うむ、と大きく頷いた彼女は近くの文官を私の前に寄越してそれを受け取った。
「他にもいくつかご用意して御座いますので、後ほどじっくりご覧いただきたく存じます」
「これほど素晴らしい品をありがとう、ジュエルエース公……いや、是非ともセシーリア殿と呼ばせていただきたい」
「光栄に存じます」
なんとか、好印象のまま謁見を終わらせることが出来そうでほっと胸を撫で下ろす。
が、それに続く彼女の言葉に私の顔と頭は凍りついてしまった。
「では早速戦うとしよう。準備は良いな?」
……さっきまですごく友好的だったのになんでこうなる?
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