第465話 社内視察9
翌朝目覚めると、ベッドにチェリーだけが残されていた。
昨夜は凄くみんなに甘えてしまったから愛想を尽かされたのかと思ったけど、時間を確認するとやや寝坊気味だったらしい。
私はチェリーを起こし、ステラを呼び出して着替えると皆が待っているという食堂へと向かった。
「あ、おはようセシルママ!」
私に一番早く気付いたソフィアが駆け寄ってきて腰のあたりに抱き付いきた。そのまま私の顔を見上げるととても楽しそうに笑っている。
「おはよう、ソフィア。ママちょっと寝過ぎちゃった」
「セシルママ、あんまりお仕事頑張り過ぎちゃ駄目だよ?」
「ふふっ、気をつけるね」
まぁその大変な仕事も今日で粗方片付くはずだしね。
ソフィアを自分の席に戻し、私も椅子に座ると食堂にいるみんなも口々に挨拶してきた。
アネットは手鏡で自分のメイクを確認しながらなのでかなりおざなりだけど。
それでも半分以上寝てるアイカとクドーよりはマシである。あの二人はテーブルに突っ伏したまま手を上げただけなのだから。
ユーニャ、ミルル、リーラインの三人はいつも通り穏やかに微笑みながら私を見つめてくれている。
昨日何かあったのかと聞くこともなく、ただ私の我が儘に付き合ってくれたのに。
勿論ステラもチェリーもだけど。
うん。ちゃんと切り替えよう。
そして、今日でしっかり片付ける。
「待たせた」
デルポイの会長室で報告書を眺めていたところへミックが現れた。
会長室だけは空間魔法を付与した魔石の効果で室内が拡張されて、草原の丘に神殿が建てられている。
天気は快晴で室内温度も快適に保たれているのでついうとうとしがちだったりする。
尤も、基本的に私が部屋を開けるか、私が会長室にいる時でなければ入室出来ないようなシステムを構築しているため、私が居眠りしているところを見られる心配はほとんどないけれど。
「お疲れ様、ミック。昨日のあの子は?」
「あぁ、奥で控えてる。けど本当に大丈夫なんだろうな?」
「ちゃんと実験済みだし、安心して」
はいはい、と軽い返事をしてミックは私にもう一つ報告書を出してきた。
私がさっきまで見ていたのは経理とモルモから貰った書類で、基本的にはお金絡みのもの。
そして今ミックが渡してきたのは人事と監査からの書類。
パラパラと読み進めていくと、目を覆いたくなるような内容に頭が痛くなってくる。
「これ、本当に? 私の会社で?」
「あぁ。知らぬ存ぜぬで責任逃れは出来ないだろうな」
「……はぁ。さすがに、陛下にも報告しなきゃなぁ……」
「……マジか。そこまで大事なのかよ」
大事です。
今後のことを考えてざっと計算した結果を纏めておき、後でモルモに渡さないといけない。
そうこうしているうちにこの空間に誰かが入ってきた。
「御当……会長、皆さん到着しました」
「ありがとう。彼らを通したら貴女は控えてて」
は、と短い返事をして眷属のイリゼは私の隣へとやってくる。
見た目がショートカットのグラマラス美人のせいですごく秘書っぽいから今日はこっちを手伝ってもらうことにしたんだよね。
イリゼかっこいいなぁ……後でハグしてキスして膝に乗せて可愛がろう。オパールと同じようにキラキラと遊色効果のように輝く髪も撫でながら徹底的に愛でよう。
そうイリゼに対して欲情とも取れるような妄想を膨らませていると、彼女に案内された者達が私の前にやってきた。
「お呼びということで参りました。ブランド部門部長のコデゲニーダ・ビョルフォです」
呼び出したのは昨日私に不埒なことをしようとしたブランド部門の部長である。彼はビョルフォ子爵の三番目の弟であり、貴族名を名乗っているもののほぼ貴族としては扱われない人間だ。
ちなみに部長なのにレベルは十八しかない。どうやらパワーレベリクングの対象から外れていたらしい。
そもそもステラの教育を受けていればあんな馬鹿なことはしなかったはずだ。
「お疲れ様、ビョルフォ部長。他のブランド部門の人も」
この場所にも応接セットはあるけれど、あえて彼らを席に促したりはせずにそのまま立たせておくことにした。
勿論課長も、ジブザも、係長や主任、あの食事処に来ていた男性社員全員が来ている。
「さて、何故私が呼び出したかわかる?」
「……よく、わかりませんが……もしや、昇進、でしょうか?」
私に直接呼び出されて昇進出来ると思うなんて、凄くおめでたい頭だよ。
「昇進? 何を言ってるの?」
見下し、嘲るように鼻で笑ってあげると彼らは一様に顔を伏せた。
「思い当たる節があるって様子だね? 正直に言うなら私も考慮しないでもないよ?」
「……なんのことか、わかりません」
すっと目を逸らした部長を見て自分がとても冷たくなっていくのを感じる。
正直に言うつもりも反省する気もない、そういうことでいいと受け取った。
「なるほどね。ミック、来て」
「あいよ」
私の後ろ、イリゼよりも奥からミックが顔を出す。
突然現れた男に全員が首を傾げた。
何せミックは教育部門長という顔だけが先行しており、監査役という一面を知っているのはそれこそ部門長クラスにならないと知らないのだから。
「彼はね、我が社の監査役なの。教育部門を任せているけれど、人事や監査も彼の仕事。そのミックに私は貴方達のことを調べてもらったら……まぁ、出るわ出るわ不正の数々」
バサリと私は書類の束をデスクに放り投げた。
新入社員についても男性でも彼らの誘いに乗らなければ無能の烙印を押して追放し、女性であれば昨日私にしたように無理矢理関係を迫る。
「我が社の社内規定に『ハラスメントの禁止』を唱ってるのは知ってる? 立場の強い者からの強制労働、異性への性的な嫌がらせは処罰対象だけど……貴方達のは度を越している」
「そっ、そんなっ! 事実無根です! 私は会長が仰るようなことは何もっ!」
「……まだ惚ける? じゃあ次。ミック、呼んできて」
ミックに命令すると彼は奥からフードを目深に被った背の低い女性を一人連れてきた。
その女性がフードを取ると、前髪ははらりとさせているものの、一纏めにした薄茶色の髪が現れた。
しかし顔を出してすぐ、怯えるように私の後ろに隠れてしまった。
昨日私が変身していたイリーネの姿である。
「おっ、お前っ! どうやって抜け出したっ!」
「ばっ、馬鹿っ! 喋るな!」
それを見て昨日食事に来ていた一人の平社員が声を上げるも、それをすぐに部長が窘めた。
「抜け出す? ……まぁいい。彼女は昨日貴方達に乱暴されてとある部屋に連れて行かれたそうだよ。そこには彼女以外にも何人もの女性が捕まってて、全員が酷く乱暴された痕が残ってたって」
「そっ、それが我々の仕業だと会長は仰るのですか?!」
「違うと? イリーネ、どうなの?」
私が首を少し倒して後ろに隠れたイリーネに声を掛けると彼女は隠れたまま私にしがみついた。
「う、嘘です。私、昨日……強いお酒飲まされて、あの人達全員から……はじっ、めて、だったのに……」
「うっ、嘘だ! 会長っ、その女は嘘をついています! 我々はデルポイの社員としてそのようなことは決してしていません!」
「これでも?」
私はデスクの上の魔道具を作動させると、昨日食事処に入ってからの様子が映し出された。
当然編集してあるけれど、彼らにその繋ぎ目を見破ることは出来ないだろう。
イリーネが酒を煽って眠ってしまった後、男性社員全員で彼女を運び出す。
そこで視点が切り替わり、イリーネ視点で別の部屋に運び出された後、部長にのし掛かられるところまでを映し、そこで止めた。
「これ、貴方でしょ?」
部長を指差し、映し出された彼の顔を見比べる。
色に狂った目で嫌らしく顔を歪めた顔はとても醜く見えた。
「こ、こんな……まさか……何故っ……」
「私はこんなの見たくもないからミックに確認してもらったけれど、貴方達全員の顔が映ってたそうだよ」
まさかと思われる証拠が出てきたからか、彼らは青い顔で口をパクパクさせていた。
「ちなみに、この部屋にいた女性は全員今朝のうちに助け出した。中には無断欠勤で解雇になっていた新入社員もいたな」
しかも三人くらいは妊娠までしてたしね。
腸が煮えくり返りそうだったよ。
「あっ、あのっ! よろしいでしょうかっ! 自分はっ、そこにはいなかったはずです! 自分は無実です!」
と、そこに声を上げたのはジブザだ。
確かに彼はあの場にはいなかったし、映像にも映されていない。
けれど、だからって無実と言えるはずもない。
私は魔道具を操作するともう一つの映像に切り替えた。
そこには乱暴に服を剥ぎ取るジブザの姿とベッドの上で必死に抵抗するイリーネの姿が映っていた。
「これは?」
「そ、そんな馬鹿なっ! あ、あれは突然、そうしようと……こ、これはつい、魔が、差して……」
「魔が差したら女性に乱暴していいの? 我が社の社内規定にそんなこと書いてある?」
私が問い詰めるとジブザも黙って顔を青くしていた。
はぁ……呼び出されてさっきの映像を出した時点で同罪だと思わないのかね?
「ちなみに王国法では貴族に対する略取は重罪として扱うけれど、平民に対する誘拐や暴行を取り締まる法律はとても緩い。だから法に照らし合わせると貴方達に対する処罰はせいぜい罰金か鞭打ちくらいだね」
私がそう告げると彼らは一様に安心したのか表情が緩んだ。
そこへ私の後ろに控えていたイリゼが待ったをかけた。
「お待ち下さい。会長は貴族、それも大公という王族に次いで身分の尊き御方です。会長の持つ会社の社員とは、即ち会長の所有物となり、彼らは会長の所有物を不当に扱いました。これは大公閣下へ弓を引いたものと考えられます」
そう。デルポイは私の紋章を掲げている。
つまりデルポイの社員は私の所有物扱いであり、私の資産とも言える。
それを略取したのであれば、話が違ってくる。
「……だそうだよ? その場合の罰は?」
「今回はあまりに悪意が強く、己の欲望を叶えるために罪を重ねております。その対象が大公閣下であることを鑑みれば反逆罪も適用される可能性があります。良くて死罪です」
反逆罪となれば王宮前の広場でディルグレイルを処刑したような処刑方法も有り得る。
平民の場合はそこまでのものは用意せず、斬胴……生きたまま腹を切り裂いて腸が零れ落ちても死ぬまで放置するという処刑方法だ。
「そっそんなっ! わ、我々とてデルポイの社員です! それをそのような……」
「さっき言われなかった? デルポイは私の所有物。つまり貴方達従業員も私の所有物。私の持ち物を私がどう扱おうと勝手でしょ」
さて、どうしたものかなぁ。




