第464話 社内視察8
会社を出た私達はデルポイ近くの食事処に入った。
ここはデルポイが運営しているお店ではないけれど、社員が利用することが多いので朝早くから夜遅くまで営業している人気店のようだ。
中に入ると部長は常連のようで、「いつもの席を」と言って店員が案内するまでもなく奥へ入っていった。
他の客がいる席からは離れており、個室のせいで中の様子は店員でさえ料理を持ってくる時しかわからない造りだ。
そして平社員がいつものやつと言って注文したのはまさかの蒸留酒。
デルポイでもまだあまり多く販売していないのに、なんでこんなところにあるのかという疑問は残るけれど、ご飯も注文せずにお酒だけ注文するのはどうなの?
そして運ばれてきたお酒とツマミは小さな器に入った木の実と塩だけ。
「よしっ、じゃあビーリヤンいけ!」
「うっす! ビーリヤン行きます!」
部長が平社員の一人を指名すると彼は蒸留酒をグラスに注ぎ、それを一気に口に流し込んで飲み干した。
「くうっはああぁぁぁっ!」
「「おおぉぉぉっ!」」
「次っ! ダリル!」
「ダリル、二番手、行きます!」
と、今度はダリルと呼ばれた男がグラスを煽った。
飲みきった後、器に入った塩を一舐めし何でもない風に装っているが……恐らくあまりお酒に強い方ではないみたいで目が既に泳ぎ始めている。
一気飲みは危ないのに、あの部長は何をやらせているの?
というかこれもアルハラよね?
物凄い場違い感を覚えながらもどこか遠くから見ている気分になったけれど、次の部長の一言でいきなり現実に戻された。
「よしっじゃあ次は新人! いけ!」
……って、新人って私?
キョロキョロと周りを見ると全員が私を見つめている。
隣にいたまだ飲んでいない係長がグラスにトクトクとお酒を注ぎ、「ほら」と言って私に飲むよう圧力をかけてきた。
これでお酒に弱い振りとかしたらどうなるんだろうか?
「あ、あの、私お酒あんまり飲めなくて……」
「何ぃ? 私の酒が飲めんのかねっ?!」
「い、いえ、あんまり強いのは……」
「大丈夫だ、酒なんてのは飲んでりゃ強くなるんだ。イリーネ君もブランド部門で頑張っていきたいんだろ? なら強くなりたまえ」
なんて無茶苦茶な理論だよっ。
戸惑いながらグラスを見ていると隣の係長が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「大変かもしれないけど、これが出来れば我々の仲間になれる。頑張って」
「う……わかり、ました」
私は覚悟を決めた風を装ってグラスの中身を一気に煽った。
一口飲むと喉が焼けるような強いアルコールの刺激が襲ってきて、鼻から抜ける香りは悪くないのに強すぎるアルコール臭いに噎せそうになる。
そして中身を何度か嚥下して飲み干すと空になったグラスを強くテーブルに叩きつけ、タンッと大きな音が鳴った。
「おおっ! お見事!」
パチパチパチパチ
周りからの拍手にぺこりと頭を下げてあげればそれなりに気分を良くするだろう。
「う、うぅ……あ、頭が……目が、まわ、りゅ……」
ちょっと演技過剰かなと思わなくもなかったけれど、私はそのまま酔った振りをしてテーブルに突っ伏した。
ちなみに異常無効スキルのおかげでお酒に酔うことはまず有り得ない。
身体の内側を強いアルコールで焼かれたような感覚はあったけれど、それすら私の高い回復力で既に飲酒前と同じ状態に戻っているはず。
とりあえずこのまま目を閉じて様子を見ておこう。
周囲の状況は聞こえるし、時空理術で見えるし、なんならこっそり出しておいた魔石に録音させてるし、映像も残している。
「……寝た、のか?」
「マジか。こんなに弱いとは思わなかったな」
「せめてもう一杯くらい粘らんと……見ていても張り合いが無い」
「うむ。だが……」
課長の言葉が途切れたところで彼は私の隣まで移動してきた。
……まさかとは思うけど……と思っていたら予想通り彼は私の胸目掛けて手を伸ばしてきた。
「ふにゃあぁぁぁっ!」
「うおっ?!」
危なく触られそうになったところで私は酔っ払った振りで突然頭を跳ね上げて猫のような叫び声を上げた。
それに驚いた課長は手を引っ込めて私の様子を見ている。
「ふにゅうぅぅぅ……」
そしてまた狸寝入りである。
「びっくりした……焦らせやがって……」
「はは、課長面白かったですよ」
「うるせー。しかし、やはり身体は悪くないな」
「そんな良くも悪くもないくらいじゃないです? 花街に行けばもっとバインバインのお姉さんとかいるでしょ?」
「馬鹿お前、こんくらいの方が素人っぽくていいんだよ」
今、物凄く失礼なことを言ったぞ?
これでもユーニャやミルルにはすごく好評だしステラなんて私に触れるだけで感極まって泣きそうになるんだからねっ?!
「とりあえず、この娘もとっとと部屋に運ぶとしよう。今まで連れていった娘達も仲間が出来て喜ぶだろ」
「新人の女どもが俺達エリートの役に立てるなら本望でしょ」
「とりあえず部長には早々に開通式やってもらわないと!」
下衆共が……。
まさか、デルポイにこんな品の無い男共が巣くってたなんてね。
いい加減聞くに耐えない話ばかりで苛つきが限度を超えそうだし、もういい。
私はテーブルの放り投げていた手を立て、指をパチンと鳴らした。
後始末を終えて屋敷に戻ると、すぐに浴場へ行き身体を綺麗にする。
触れられたのはジブザに手を掴まれた時だけだから汚れてはいないものの、念入りに洗っていく。
やはりリアルの男は駄目だね。せめてもう少し紳士であってくれないと。そこにいくと、女同士ならいろいろ気遣ってくれるし私のパートナー達に不満なんてない。
でもさ、一番はやっぱり宝石だよね。
彼女達は絶対に裏切らないし、いつまでも綺麗だし、輝いてるし私の愛情をどれだけでも受け止めてくれるもの。
はあ、と大きな溜め息をつくと立ち込める湯気がそれによってふわりと流れていく。
あまり長湯しても休む時間が無くなるからと思い、勢い良く湯船から立ち上がった。
ザバンと大きな音を立てて湯船から出ると、魔法で温風を出して髪と身体を乾かしていく。
ほとんど水分が飛んだところで浴場から脱衣場へ移動すると、そこにはタオルを用意してくれているステラがいた。
なんとなく、彼女を見ていたらすごく甘えたくなってきた。
「お疲れ様でございますセシーリア様」
「うん、ありがとう。……ステラ、身体拭いて」
「……はっ、はいっ?! よ、よろしいのでっ?!」
「お願い」
私は普段から自分の身体を彼女に拭かせたりせずにタオルを受け取って自分で拭うようにしている。
だからか「拭いてほしい」という私の言葉に彼女がとても驚いているのがよくわかる。
「でっ、では、し失礼します」
ステラはまるでガラス細工を扱うようにタオルでそっと私の体を拭っていく。
時折力が入っているけれど、それよりもやや手が震えていることの方が気になる。
「んっ……」
「あ……失礼しました」
「大丈夫。それと」
私は空間魔法で亜空間から着替えを取り出して近くの籠に入れると、ステラに追加で指示を出した。
「あの服を着せて」
「しょっ、承知しました!」
普段からほとんど表情を変えないステラだけど、今ばかりは顔を真っ赤にして目を見開いていた。
そのまま彼女に言われるままに体を動かし服を着せてもらうも、甘えたい気持ちが収まらない。
しかもかなり我が儘にしたい気持ちまである。
なので遠話を使い、チェリーを呼び出すことにした。
屋敷内にいることはわかっていたので、彼女はすぐに脱衣場に来てくれた。
「セシル、呼んだの」
「うん。チェリー、抱っこ」
「……うにゃ?」
チェリーが猫になった。彼女は金虎族という獣人だから猫っぽいのは今までもだけど、話し方がそれっぽくなったことはなかった。
それでもそんな口調が出たのは私が今までにないことを言ってるからだろう。
「抱っこ。抱っこして部屋に連れてって」
「セシルどうしたの? 今までそんなこと言ったことないの」
「抱っこしてっ」
ちょっと不機嫌になりながらもチェリーにもう一度告げると、彼女は苦笑いしながらも私の肩と膝裏に手を通して抱き上げた。
「今日は甘えたい日なの? いいの、ちゃんと運んであげるの」
なんだかんだ言って優しいチェリーである。
そのまま屋敷の中をチェリーにお姫様抱っこされたまま歩き、ステラはその後ろからついてくる。
そして私の寝室に入ると、ユーニャとミルル、リーラインが椅子に座って待っていた。
「あら……どうなさいましたのセシル?」
「突然チェリーを呼び出したと思ったら……」
ミルルとユーニャがチェリーに抱かれた私を見ると口に手を当てて微笑んでいる。
私はチェリーに指示してユーニャの隣に下ろしてもらった。
「別に……いいじゃんか」
「ふふ、セシーリアだってそういう日くらいあるわよ」
さすがリーラインはわかってらっしゃる。
「ユーニャ、お茶飲ませて」
「セシルから言ってくるなんて珍しいね。……んっ、んんっ」
ユーニャは私のカップに程よく冷めた紅茶を口に含むと、私の肩に手を置いて抱き寄せてから口移しで飲ませてくれた。
私もユーニャの首の後ろに手を回し、コクコクと喉を鳴らして飲み込むと少し強めにユーニャを抱き締める。
ポンポンと背中を優しく叩くユーニャに甘え、おかわりを所望すると何も言わずにもう一度飲ませてくれた。
「かなり遅くなりましたものね。今日はもう休みましょう」
ミルルは諭すように後ろから私の頭を優しく撫でてくれた。
「ミルル、膝枕して」
「えぇ。勿論良くってよ」
「ステラ、さっき着せてくれた服脱がせて」
「はい、承知しました」
ミルルに手を引かれて立ち上がると、次にさっきステラに着せてもらったばかりの服を脱がせるようにお願いする。
そしてベッドの上に上がるとミルルが先に座って私の頭を自分の膝の上に載せるようポンポンと自分の太股を叩いた。
言われるままに彼女の太股の上に頭を載せる。
上を見上げるとミルルの大きな胸が遮って彼女の顔は全く見えないが、ふわりと香る花のような香りに少し眠気がやってくる。
「リーライン、ユーニャ、添い寝して」
「えぇ、わかったわ」
「はぁい」
二人とも嬉しそうに微笑み、私を挟むように寝転がる。
ミルルに頭を撫でられ、ユーニャに手を握られ、リーラインからお腹をポンポンを叩かれていると、なんだかとても幸せな気持ちになってきた。
気付けばチェリーとステラも服を脱いで私の腰あたりにしがみついている。
そうして微睡みの中に沈み込んでいく途中、右隣に寝転ぶユーニャが耳元で囁いた。
「愛してるよ、セシル。みんな貴女が大好きよ」
すると今度は頭の上から、左から、下からも。
「私も、セシルのことを世界で一番想っていますわ」
「セシーリア、何度でも伝えるわ。私の愛は唯一貴女にだけ捧げるわ」
「私もセシルのこと大好きなの。心配いらないの。私が守るの」
「お慕いしておりますセシーリア様。いずれ滅びが訪れる日まで決して違わぬと誓います」
宝石に囲まれてキラキラな生活を送るのは私の夢だけど、ここにいるみんながみんな私のことを思ってくれてる。
それだけで、宝石のキラキラにも劣らない輝きがある気がする。
「私も、大好き……幸せ、だなぁ……」
温かい気持ちのまま、私の意識は夢の中へと溶けていくのだった。




