第463話 社内視察7
ジブザの後について会社を出ると、どうやら材料の仕入先にやってきたようだ。
王都の西通りにある職人街。
以前アイカの店や私の秘密の部屋があった辺りである。
そこの一つに金属を加工して納めてくれる工房があるのだが、以前クドーが話していたことがあるので少しだけ知っているところだった。
「ここの工房の親方は気難しいことで有名だが、我々デルポイの名前で仕入れをしてくれるところだ。決して失礼をするなよ?」
「わかりました」
ジブザが言うように、腕は良いが偏屈で気難しいおじさんが親方をしている。
クドーに言わせると金属の加工にまだまだ粗があるらしいけど、私にはよくわからない。
そもそも私の場合はオリジンスキルの『ガイア』と四則魔法『鉱物操作』、更に『地魔法』を組み合わせることで自由に金属の形を変えることが出来るので、職人の加工技術の細かな粗までは見分けられないからね。
工房に入るとジブザは早速下働きの若者に親方を呼び出してもらっていた。
貴方ね、それってかなり失礼だからね?
職人の手を止めて呼び出すとか、そんなに親密で信用されてるの?
「こんにちは親方」
「何の用だ。こっちはお前んとこの無理な注文に応えるのに休んでる暇も無えんだ」
「いやだな親方。その分稼がせてあげてるでしょう? 今日は更に追加の注文を持ってきましたよ」
「……言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
へぇ。噂で聞く気難しい親方が話を聞くってことはそれなりに信用はされてるのかな?
「えぇ。指輪の台座になる部分を金、銀、ミスリルで二千ずつ追加で」
「……納期は」
「二週間で大丈夫ですよね?」
アホか。
全部で六千個を二週間?
機械で自動的に作られるならまだしも、全部手作業で作るものを?
「……金は材料費別で手間賃五十だ」
「それは高いでしょう? 手間賃で二十です。材料費だっていつもこちらの持ち込みでしょ?」
「無茶言うな。材料さえありゃ加工出来るわけじゃねぇ。最低でも四十五」
「じゃあ器具の損料と燃料代込みで二十五」
ここで言う数字が白金貨の枚数だと知り唖然とするのはもう少し後の話である。
手間賃と諸経費で日本円換算で二千五百万円?
それだけの良い仕事をしてくれるなら出しても良いけれど……。
私は出荷待ちであろう加工済みの品をチラリと横目で見る。
……道具鑑定なんてするまでもなく、加工の良し悪し以前の問題である。
何故なら指輪の台座にしても爪のサイズがマチマチ。ネックレスのチェーンの輪が揃っていない、キチンと閉じていない。
腕は良いと聞いてたけど、どうやら噂は当てにならないらしい。
これじゃウチの工房に納入してもまずは台座となる爪の加工直しからになる。ネックレスに至っては輪をキチンと閉じたり揃っていないものは使えないなど余計に経費がかかってしまう。
「仕方ねえ。まぁ金はそれでいい。だが納期はきついぞ」
「そこはいつも通りです」
「……ふん。阿漕な仕事しやがって……」
「親方も借金が減るんだからお互いに良いことでしょ。じゃあ二週間後に弊社の者が引き取りに来ますので」
さすがについてきただけの新人が口を出せるわけもなく、その商談はそこで終わった。
ジブザに紹介されることなく工房から出て少し歩いたところで彼は私に振り返った。
「これがブランド部門の仕事だ。良い物を安く仕入れ、そして付加価値を恐ろしく高くつけて売る。わかるかい?」
「言いたいことはわかります。しかしさっきの工房の品物が本当に良い物なんでしょうか?」
「……素人の君に何がわかる? 今日入ったばかりの新人が生意気言うんじゃない」
「新人であろうと良くない物はわかりますよ。このまま粗悪品を使っていたらいつかブランド部門の名が地に落ちます」
「黙れ!」
通りの真ん中で話していたのに彼は私からの追求に声を荒げた。
幸い職人街のため、あちこちの工房からガチャガチャと煩い音や親方の怒号が聞こえるのでそれほど悪目立ちはしていない。
「……イリーネ君、君にはブランド部門の何たるかをもっと良く知らしめる必要がありそうだ……うん、そうだな。そもそもブランド部門だと言うのに碌な装飾品を身に着けていないことが原因だろう」
後半はブツブツと独り言のように呟いていたのであまり聞き取れなかったが、私に対してブランド部門の何たるかを説くと?
釈迦に説法とは正にこのことだね。
「よし、特別だ。君に装飾品を見繕ってやろう。幸い、私の手持ちにいくつかある」
「は? いえ結構です」
大体装飾品なら目に見えないところにそれなりの数を身に着けている。
指輪なんかは目立つのでパートナー達全員と同じデザインの物だけにしているけれど、それ以外は小さめのペンダントトップがついたペンダント。イヤリング。上腕につけている腕輪。
完全に見えなくしているけれど、下着さえも最近は金属繊維と宝石をあしらった物にしている。
「いいから来たまえ」
しかし私の言などまるで聞こえていないかのようにジブザは強引に私の手を取るとそのまま早足で歩き始めてしまった。
西通りを南下し、そのまま冒険者ギルド方面へ。
と思ったら途中で東へと折れた。
南通りの店にでも行くのだろうか?
しかしあの辺にある店の装飾品などデルポイのブランド部門とは比べるべくもないほどランクが落ちる。
どこへ向かっているのだろうかと思っていたら……ジブザがやってきたのは花街だった。
「は? ちょ、先輩?」
私が呼び掛けているのに彼は鼻息荒く歩き続けている。
私が少し力を込めれば余裕で引き剥がせるし、振り解くどころか片手で振り回すことさえ可能だけれど……。
「よし、行くぞ」
と、やっと話したかと思えばそこは連れ込み宿の前だった。
しかも花街にある中でもあまり綺麗とは言えないような、はっきり言えば廃墟に近いものだ。
「なっ?! 先輩っ! これはさすがにおかしいでしょ!」
「おかしくない。君を飾り付けるのに最適な場所だ。ま、まぁ今後も私の下にいたいというのなら、そそそれなりの対応をすれば考えなくもないが?」
妙に興奮しているジブザは時折セリフを噛みながら自分の正当性を主張するかのように尤もらしいことを言う。
「私、心に決めた宝石がいるから駄目です!」
「な、なにぃ……? 君のような地味な見た目の女のくせに」
……もう、いいよね?
さすがにこれは看過できない。
ハラスメントもだし、生まれ持った他人の外見を貶すようなことを言う者にデルポイで仕事をしてほしくない。
私は一瞬で暗黒魔法を使いジブザの意識を刈り取る。
邪魔法と破滅魔法が融合進化した暗黒魔法は威力も段違いであり、睡眠闇で眠らせただけではあるが叩こうが切り裂こうが目を覚ますことはない。
さてと。
溜め息を一つ漏らすと変身スキルを解除して懐から携帯電話を取り出した。
いろいろと懲らしめないといけないね。
「ただいま戻りました」
私が本社に戻ったのは五の鐘が鳴った頃だった。
「今日入った新人か。主任はどうした?」
「一人で済ませたい用事があるから一人で会社に戻るように言われました」
「……ち、あいつまたサボりか。仕方無い、この後は私が指導する」
「はい」
ジブザは置いてきたのだけど、明日には会社に来れるだろう。
私はそれから課長の下でいくつかの仕事をこなした。
「使えない」とか「こんなことも知らないのか」とか散々言われたけど、それ普通入社初日の人に言うことじゃないよね?
こめかみの辺りがピクピクと痙攣しそうになりながらも彼に言われた通りの雑用を処理していくと、やがて退勤時間である六の鐘が鳴った。
基本的にデルポイは六の鐘が鳴ったら退勤してもらうことになっている。
社内が仕事終わりの者達による喧騒に包まれているというのにブランド部門ではまだ誰一人として席を立とうとしない。
「課長、退勤時間を過ぎましたが?」
「あぁそうだな」
「本日の業務はこれで終了のはずでは?」
「あぁそうだな」
「でも課長はまだ仕事してますよね?」
「あぁそうだな」
この人さっきから同じことしか言ってないよ?
おかしくなったのかな?
「イリーネ君」
「あ、はい」
たっぷり一分以上口を閉ざしていた後、課長は首だけを回してひとこと。
「外部署は外部署」
ウチはウチで仕事が残ってるならやっていけ、と?
そりゃ間違いじゃないけどさ。
というか……なんでそんなに仕事が溜まるの?
一応潜り込む前にブランド部門の本社について調べてみたけれど、急激な市場拡張はしてないし取り扱い品を増やすようなこともしていない。
さっきのジブザみたいに取引する下請けに仕事を出したり、下請けを増やすのは大事なことだけど、彼等のような管理職が残ってまでやることって何?
書類整理を手伝いながら中身の確認もしてみたけれど、怪しく見えるところはない。
ひょっとして、経理部が怪しい?
うっかり首を傾げたりしないように課長の隣で言われるがままに仕事を続け、そろそろ七の鐘が鳴ろうかという時間になる。
なのに退勤した社員はまだ誰もいない。
もう十五時間も働いてることになるが、ここでようやく課長が椅子から立ち上がった。
「よし、これで一段落か。イリーネ君は帰る前に部長へ挨拶してくるように」
「え? 朝の挨拶も出来なかったのに帰る時に、ですか?」
「いいから早く行きなさい」
はぁ、と良くわからないまま椅子から立ち上がると部屋の一番奥に座ったまま何かの資料を見ている部長の前へと向かう。
「お疲れ様です部長。本日ブランド部門に配属されましたイリーネです」
私が声を掛けると部長はびくんとその体を跳ねさせた。
……寝てた、ね。
すっかり薄くなってしまっている頭を起こし、脂ぎった顔を向けてくると私の体を上から下までねっとりと行き来させた。
「お疲れ様。初日の勤務は大変だっただろう。どこかで晩御飯をご馳走しようじゃないか」
まさか、こいつも?
年上の男性が嫌いなわけじゃないが、立場を傘に食事に誘おうとしているのが丸分かりなのでこういうのは遠慮したい。
「すみませんがもう遅いので今日はこのまま……」
「いいですね! 部長、私もお供します!」
と断りの返事をしようとしたところへさっきの課長が自分の席から大きな声を張り上げた。
「じゃあ俺もっ!」
「自分も行きます!」
そうこうしているうちにブランド部門のあちこちから声が上がる。
ここには女性社員もいるけれど、彼女達はその流れには乗らず必死に目の前の仕事に取り組んでいるように見える。
「皆も行きたいようだし、イリーネ君も勿論付き合うね?」
「はぁ、わかりました。あまり遅くならなければ大丈夫です」
長時間労働に加えて業務後の強制飲み会参加はパワハラだよ。
結局部長、課長含め係長二人と平社員四人まで加わって飲みに行くことになった。
私達が会社を出ようとしているのにそれでもまだ会社に残って仕事をしている人もかなり多いようだし、一体何の仕事してるの?




