第461話 社内視察5
最後にやってきたのは花町の外れにある建物。
灯りも少なく、まるっきり廃墟にしか見えない。
元々この土地にあった屋敷で、テゴイ王国の貴族が所有していたものだけど、それをそのまま買い取って内部だけ補修して使用している。
「ふうぅぅぅ……アタシもいろんな女達の末路を見てきたけど、ここに送られてきて生きて出られる女の方が悲惨だろうねぇ」
紫煙を吐き出しながらメーミスが呟く。
ここはアネットの用意した普通じゃない娼館。
中に入るのはメーミスと私、護衛のジェイ。それとカンファとベルーゼだけだ。
「一応言っておくが、同じ人間として見たら耐えられないからね」
ドアに手を掛けながらメーミスは私達に振り返った。
そんな脅しは私には意味がないけれど、それでもコクリと頷いた。
ギイィィィィ
古く、油も注されていないようなドアは耳障りな音と共に開いた。
それぞれの部屋からは防音がしっかりしているからなのかほとんど何も聞こえてこない。
とは言え。
私の時空理術ではこの屋敷内には二十人近い人がいることがわかる。
メーミスはその中でも特に近い部屋の前に行くと、私達にあまり大きな声を出さないようにと特に注意してドアを開けた。
その部屋自体には何もないが、問題は隣の部屋だ。
はっきり言って悪趣味にも程があるでしょ、と言いたくなる。
四方と天井、床もが鏡張り。こちらの部屋の面だけマジックミラーになっていて隣の部屋の様子がわかる。
「これはまた……見ていてクラクラしそうな光景だな」
この中では割と常識人であるカンファが眉間を指で押さえた。
全ての物が合わせ鏡になって写るし、上下の認識さえおかしくなるような部屋。そこで見た目にもわかるほど気の強そうな幼い女の子が一人の男性の相手をしていた。
「メーミス、あの子は?」
「あの子はシュワールカ。セシル嬢が潰したミントウイェ伯爵の孫娘さ」
「えっ?! 確か……孫なら見過ごされていてもおかしくないのに……けど、ここにいるってことは?」
「とんでもない我が儘娘で金遣いも荒いし自分が一番でないと許せないんだろうねぇ」
つまりは典型的な駄目貴族のお嬢様だったってわけか。
確かにあの伯爵には随分馬鹿なことをされたし言われたけれど、まさかその孫がこんなところにいるなんてね。
「元々取り潰しになった後は王都の花街にいたんだがね。あの年齢じゃどこも雇えないし、何より我が儘ときた」
なるほど。
いい加減立場をわからせてやらないといけないってことだね。
転生者クラスにいるクローディアもオナイギュラ伯爵の三女だったけど、それでも私に対する恨みを募らせていただけで他者を貶めようとはしなかったから救いの手を差し出した。転生者だったからっていうのもあるけど。
けどあのシュワールカは駄目だったというだけのこと。 メーミスから見て駄目ならそれは間違いないし、だから同情するつもりもない。
今も拘束されたまま父親、いや祖父と同じ年くらいの男から執拗な責めを受けて叫びながら涙を流している。
「……セシル嬢はさすがだね。アンタやっぱり貴族の当主だけあるよ」
「そんなんじゃないよ。もっと酷いものを見てきただけだから」
ユーニャを助け出した時のことを少しだけ思い出しそうになって、はっとする。
ここで力を溢れさせるのは拙い。
「とりあえず生きていけるだけの食べ物をあげておいて。可哀想かもしれないけれど、あの祖父の下に生まれて我が儘放題に育った報いを受けてもらう」
それ以上部屋にいる気にはなれなくて、私は先に退室させてもらった。後ろからジェイもついてきて部屋を出てドアを閉めたところで珍しく彼は口を開いた。
「主殿、よろしいので? ステラ殿に言えば……」
「ジェイ」
私に対して進言してくるジェイを彼の名前だけで黙らせた。
それ以上は、言わなくていい。
私が守るべきは家族と使用人、会社の従業員達であり、アレはそうじゃない。
アレは商品であり、デルポイで売っているサービスの一貫だ。
「みんなが頑張って考えたものを私は許可した。それならどんなことでもちゃんと受け止める。それでいいんだよ」
ジェイは何も言わず、私にそっと頭を下げた。
「でも、そうやって私のこと考えてくれてありがとう。慎ましやかに想ってくれるジェイのことは私も大好きだよ」
「勿体なきお言葉にござる。今後も主殿に変わらぬ忠誠を」
それから私達は他の商品を見て回った。
そのほとんどが何かしらやらかした貴族の関係者だったり、デルポイに潜入しようとしたスパイなど。
一部あまりに悪質な借金の踏み倒しをしようとした者や犯罪者もいた。
当然全員が女性ではなく男性の商品もあったけれど、それはそれで使い道がいろいろある。
良さそうな者は私の屋敷の地下に連れて行ってるし、あれらはその残りだしね。
視察を終えてテゴイ王国の王都、デルポイのテゴイ支社へ戻ってきた。
部長達はこの時点で解放して、それぞれの業務に戻ってもらっている。
「お疲れ様でした会長」
「うん。とりあえず、さすがカンファだね」
「お褒めいただき光栄だね」
風俗部にはちょっと問題はあったけれど、目くじらを立てるほどのものじゃないし、あれはキキルが優秀すぎるのが問題だった。
カンファ含めみんなは人間で私とは違う時間の流れの中で生きるのだから、ちゃんと次代のことも考えて仕事をしていってほしい。
そのあたりカンファはちゃんと見据えているのだろう、任せられる部分はちゃんと部下にやらせている。
「でもさ、思うんだけどカンファは私から離れて自分だけで商会をやろうとおもわないの?」
「はは、今更だね。かいちょ……いや、セシルと組んで仕事をしたいと言ったのは私だよ。それを今更棒に振るようなことをするわけがないさ」
カンファはあえて私のことを『会長』と呼ばずに名前で呼んできた。
今は仕事ではなく、あえてただのセシルとカンファとして話したいということだろう。
「そうかもしれないけど、私は従業員達に無理をさせないような方針であまり好きじゃないかもって」
ブラックは駄目けど、多少の無理や無茶ならこの世界の商人達は平気でやるからね。
「だがそれで効率は上がっているし、何より彼等が自ら進んで会社の為に何が出来るかと考えて働いてくれるなら間違った手法とは思わない。それに、セシルと一緒でなければこんな大きな仕事は出来ていなかっただろうさ」
「……それなら良いけど、私だって間違ったことするかもしれないんだからね?」
「それを止めるのは私の仕事じゃないな。帰ってユーニャさんの膝枕の上で話すといい」
さらっとユーニャの話になって私の言葉はそこで止まってしまった。
しかも膝枕とか。
まぁ胸の中で、とか言われなくてよかったけど。
「そう、させてもらうよ」
それだけ伝えるとカンファはニコリと微笑む。
私は何か言おうと思って口の中でもごもごとしただけで、結局「はぁ」と溜め息だけを吐き出した。
ちらりと時間を確認するとそろそろ八の鐘が鳴る頃合いだ。
「それじゃ、そろそろお暇するよ」
「あぁ。またいつでも視察を受け入れるからね」
「はは、信用してるよ」
ソファーから立ち上がり、長距離転移を使うと私は彼の前から姿を消した。
次の日、気になることがあったのでリーラインと一緒に学校へと向かった。
一度校長室に寄って予定を確認するという彼女に付き添い、一段落するまでソファーで待たせてもらっている。
「セシーリア、お待たせ」
予定の確認が終わったのかリーラインが椅子から立ち上がり私の前にやってきた。
濃い緑色の生地で作った身体にピタリと合う細身のドレスは彼女のスレンダーな体型を丸分かりにしており、何人かの男子生徒はリーラインを見る度に頬を染めている。
私もその類に漏れないけれど、彼女の身体に身につけられている数々の装飾品。
大きなエメラルドで作ったペンダントはチェーンにも拘っていて、ただの鎖ではなくダイヤモンドをあしらった金の小さなペンダントトップをいくつも繋いだ形になっている。
彼女の長い耳にいくつもつけられたピアスはパライバトルマリンを。
以前プレゼントしたエメラルドとスフェーンで作られたブローチは今も彼女の胸に輝いており、それを愛おしそうに撫でる彼女の指には第一大陸で手に入れたデマントイドガーネットが、反対側の手にはアレキサンドライトの指輪がはまっている。
当然腕にも腕輪がつけられていて、そこにはいくつものヒスイがミスリルベースの台座に収まっている。
基本的に植物の蔓をモチーフにしたデザインが多く、エルフであるリーラインに相応しいものが出来上がったと満足している。
何より。
「はぁ……綺麗」
「きっ?! ……セシーリア、貴女また宝石に見惚れてたわね?」
「違うよ。宝石とそれを身に着けたリーラインにだよ」
「ふふ、ありがとう。素敵な贈り物をたくさんくれて。これでもっと貴女好みの女になれたってことよね?」
「好き」
「えぇ、私もよ」
リーラインは私の肩に手を置くと緑色の髪をかきあげながら唇をそっと重ねてきた。
こういうことをしてくるのがリーラインの可愛らしいところで、いつでもドキドキさせられてしまう。
ユーニャみたいにベッドの上でだけ激しいのとか、ミルルは……あの子は私の眷属でもあるから信奉的だったりって、それはステラもか。
チェリーだけは未だに慣れないのか反応が初々しいというか、年上なのに妹みたいな感じがして可愛い。
しかもみんな長命種だから、これから何百年も一緒にいられる。
「少なくともあと百年は見惚れたままだと思うよ」
「じゃあ私は二百年はセシーリアに見惚れているわ」
「む? なら三百……」
「キリがないわよ」
苦笑いするリーラインは私の唇に人差し指を当てた。
「それに、いつまでも見惚れられ続けられる二人でいたいわ」
この子ここで押し倒しちゃ駄目ですか?
まだ朝ですね。知ってます。
さて、それじゃここに来た目的を果たさなきゃ。
「リーライン、クローディアを呼んでくれる?」
「わかったわ」
私がお願いすると彼女は何も聞かずにデスクの上に置かれた携帯電話を手にして担任へと直接連絡してくれる。
別にリーラインに聞かれて拙いことなんてないけれど、場所は変えて理事長室に来てもらうことにしたので彼女に挨拶をして校長室を後にした。




