第460話 社内視察4
仕事の忙しさがヤバいレベルで完全に投稿を忘れていました……
メーミスに連れられてやってきた風俗店が建ち並ぶ花町。
本当に風俗店だけで一つの町が出来上がっている。
食事処やちょっとした宿もあり、夜だからこそ怪しく光る看板がより一層妖艶な気配を醸し出している。
「セシル嬢、とりあえずこっちに来な」
メーミスに誘われて辿り着いたのは小さな事務所。
中には事務員が一人いるだけで、大量の書類が山と積まれている。
「お疲れ様です部長……ってそちらはカンファ支店長、と他の部長方まで……と?」
「キキル、失礼なこと言うんじゃないよ。このお嬢さんがウチらのボス、デルポイのオーナー様だよ」
「え、ええぇぇぇえぇぇっ?! オ、オーナーって……セシーリア・ジュエルエース?!」
キキルと呼ばれた事務員は私の名前を呼び捨てにしたところでメーミスに拳骨を落とされた。
あれはかなり痛いだろう。
「馬鹿かおまえはっ! 相手は貴族様だよ! 申し訳ないセシル嬢。この子は悪い子じゃないんだ」
痛そうに頭を抱える彼女に代わり頭を下げるメーミス。
失言はあったけど大切にしている女の子みたいだ。
「あはは、いいよ。メーミスが可愛がってるなら間違いないしね。今は仕事中ではあるけど公式な場ってわけじゃないし」
それに呼び方ならメーミスだって大概失礼でしょ。
事務所の奥へ向かうとそこにはこじんまりとした応接セットが置かれていて、私とメーミスだけがソファーへ腰を下ろした。
「ここでこの花町を管理してるの?」
「大抵のことはそうさね。娼館の売上から備品の注文、経費と女達の給料。物品販売所の売上、発注、在庫管理。喫茶店、飯屋のこと。休憩所、浴場の利用、整備、警備……商品を置く倉庫と管理所は別だがね」
「それを全部キキルがやってるの?」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
突然私の口から名前が出たからか、キキルは事務室の椅子から飛び上がったようだ。
「あの子はその日の売上から女達の出勤状況、在庫状況を全部頭に入ってるんだよ」
「ふむ……確かにかなり有能みたいだね」
凄い記憶力があるけれど、あの子が休むだけで業務に支障が出るんじゃないかな。
今回の私の視察はそういう部分を洗い出したいから行っているようなものだからね。
「キキル、最後に休みを取ったのはいつ?」
「えっ、や、休みですか? えっと……デ、デルポイに入る前、でしょうか……」
マジですか。
はあぁ、と大きく溜め息を漏らすとメーミスに視線を送った。
「メーミス」
「仕方ないだろう? この子がいなきゃ花町が立ちゆかないんだよ」
「それでも駄目。ちゃんと休みをあげて。事務員ならもっと雇っていいし、建物だって改修していい。万が一キキルが病気にでもなったら花町どころかカジノ部門全体に迷惑がかかるんだよ?」
正論なだけにメーミスも何も言えず、私に負けないくらい大きな溜め息を漏らした。
「わかったよ。もっと従業員を雇う。娼婦を引退しなきゃいけないような女達を十人単位で雇えばキキルの代わりにくらいなるだろうさ」
「カンファ、この事務所は増築するのに向かないから新たに別のところに大きな事務所を建てるよう手配して」
「承知しました、会長」
とりあえずカンファに任せておけば私の目が届かなくてもちゃんとしてくれるだろう。
私がソファーから立ち上がると、キキルが仕事をしているデスクに近寄って腰をかがめた。
「キキルも、人員が補充されるまではもう少し頑張ってね。これは私からの臨時ボーナスってことで」
そっと彼女の腕にプラチナの腕輪を取り付けた。
「……これ、は?」
「私からのプレゼントだよ」
あの腕輪にはインペリアルトパーズに『HP自動回復』と『精神再生』を付与しておいた。
これを付与しておけば魔石の魔力が尽きるまでは疲れ知らずで働ける。
インギス愛用の社畜御用達アイテムである。
「一人の社員を特別扱いするのは良くないから内緒だよ」
「ふ、ふえぇ……かいちょおぉ……わだじっ、いっじょうづいでいぎばずうぅぅっ!」
感極まったキキルは大粒の涙を零しながら私に抱きついてきた。
ちょっと残念なところはあるけれど可愛い子だよね。
「はあぁ…またセシル嬢は女を誑かして……ほらキキル、会長のためにしっかり働きなっ」
「はいっ!」
別に誑かしてなんかない、よね?
仕事に集中し始めたキキルをそのままに、私達は花町へと繰り出した。
決して店を利用するためじゃない。
いやまぁカンファとか部長達が行きたいって言うなら止めないけど。
私は……興味あるけど無理です。
もしこれがユーニャや他の奥さん達にバレたらとんでもないことになるからね。多分リーラインあたりが泣く。そしてユーニャとチェリーにボコボコにされて、ミルルに一日抱き枕にされるだろう。ステラは……多分私に何もさせずに身の回りの世話をする。
うん。多分三日は何も出来なくなる。無理でしょ?
メーミスに案内されてきたのはごく普通の娼館。
男性の利用客でごった返しており、既に待ち時間が鐘一つとなっている。
この花町で最も大きな娼館であり、働いている娼婦の数も五十人を超える。
「お金を出して仮初めの恋人ごっこを楽しんで夢を見るにはいいところだよね」
「セシル嬢にゃ縁が無いところさね」
ひひひ、と妖怪みたいな笑い方をするメーミスに何も言い返せないでいると、奥から一人の女性がやってきた。
「部長、お疲れ様です。カンファ支店長もようこそいらっしゃいました。今日こそは遊んでいかれますか?」
「ラウラ、ご苦労様。悪いが仕事中でね。またの機会にさせてくれ」
「まぁっ。そう言って一度でも機会を作ってくれたことがあったかしら? 前も……」
やれやれと肩をすくめるカンファ。そこへメーミスがジロリと強い視線を送ると、ラウラと呼ばれた女性は口を噤んだ。
「ラウラ、こちらはデルポイのオーナー様だよ」
メーミスに紹介されたので私はラウラの前に出ていくと、手を差し出しながら微笑んだ。
「セシーリア・ジュエルエースだよ。よろしくね」
「……オーナーとは知らず大変な失礼を致しました。私はこの娼館を預かっておりますラウラと申します」
彼女は私の差し出した手をふわりと握って一度だけその手を上下させた。
「カンファ支店長からとても若くて可愛らしい方だと窺っておりましたが……お目にかかれて光栄です」
「ごめんね。従業員みんなに一度くらい会ってあげたいんだけど、なかなか忙しくて。いつも一生懸命働いてくれてありがとう」
「……とても素敵な方ですのね。カンファ支店長が手放しでお褒めになるわけです」
一体普段どんな話をしてるのさカンファはっ!
私が睨んでも彼はどこ吹く風で、娼館の中を見回しているだけだった。
「折角なのでご案内しますわ。部長様方は何度も視察なさっておいでですので、奥の応接室でお待ち下さい」
「セシル、良い機会だからよく見てきて」
カンファに送り出された私はジェイだけを連れて未使用の部屋をラウラに案内された。
部屋の中には大きめのベッドと、二人掛けのソファー。
何枚ものタオルがあるけれど、部屋の中に浴室はない。
「お客様は女と部屋に入る前に必ず入浴してもらうことになっています」
「なるほど。女の子達はちゃんと毎日薬を飲んでるよね? 接客後の魔道具の使用も義務付けてる?」
「はい。徹底させております」
娼婦達が飲んでいるのは避妊薬。
魔道具は感染症対策で、一度の接客ごとに必ず使用させて万が一性病などに感染した場合に反応するようにしている。
割と昔からある魔道具だけど、私が作った物は精度が良いため今はデルポイのほとんどの娼館に置かれている。
万が一性病が判明した場合はアイカから薬を処方され、一カ月以上休まされることになる。
当然無給なので、娼婦達は収入を無くさないために必ず実行しているようだ。
「うん。ありがとうラウラ。それじゃ戻ろうか」
「よろしいので? 実際に女達の接客はご覧になられないのですか?」
「あー……私のパートナーって同性しかいないから異性とのそういう場面を見たってだけで怒られそうだから」
「それは……お察し致します」
何を「お察し」されたんだろう?
私達は時折女と腕を組んで嬉しそうに歩く男とすれ違いながらみんなが待つ応接室へと向かった。
その後ラウラに見送られて娼館を後にすると高級娼館へ。
こちらは部屋に浴室があるタイプで部屋のレイアウトはアイカとコルが行ったものだ。
多分前世では一般的なそういうホテルをイメージしたんだと思う。
あちこちの部屋から女達のあられもない声が聞こえてくるけれど、さすがにそんなことでは動揺しない。
高級娼館以外はリフレ店で膝枕だけをするところだったり、メイド喫茶やツンデレ喫茶まで足を運ぶ。
そして。
「どうだいセシル嬢? ここが女のための娼館さ」
「……目が痛いほどのイケメン揃いだね」
「セシル嬢なら何人か持って帰っても構わないよ?」
「勘弁して……」
私だって男に興味はあるけど、今のパートナー達を悲しませたくないんだから。
ちなみに意外と若い女性の利用客が多かった。
それなりのお姉様方もいたけれど、全体で見ればそれほどでもない。
「じゃあ今度は女による女のための娼館だね。セシル嬢のために用意を……」
「目の毒だからもういいって!」
「あの子なんてセシル嬢の好みなんじゃないかい?」
メーミスに言われてついつい目線をそちらに向けてみると、そこにはやや幼い外見であるものの顔の下には私よりも大きな実りを持った女の子がいた。
あれはミルルに似てるなぁ……確かに可愛い。
「ひひっ、セシル嬢? あんまり見つめてると見初められたと思われちまうよ?」
「それは拙いって。やっぱり早く出るよ」
一人連れて帰るくらいしてもいいかな、なんて思っちゃったよ。
今夜はミルルと徹底的にしよう。それで解消しなきゃ。
……でも、なぁ……。
「メーミス、さっきの子、後で名前教えて」
「おやまぁ……情が移っちまったかい?」
「よく、わからないけど……可愛いしね」
やれやれと肩を竦めるメーミスを余所に私達は早めに店を出ることにした。
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