第459話 社内視察3
すっかり夜になったけれど、テゴイ王国のカジノの視察にやってきた私はカンファ達に案内されていた。
「しかしまた、随分派手なホテル作ったね?」
「はは、目立つのは良いことなので」
この世界でも珍しい地上十階のホテル。
あちこちの灯りの魔導具を取り付けてまるでネオンのように煌びやか。そして地上からは光度の強いライトで照らしていて闇夜に浮かび上がっているようだ。
「最上階は白金貨五十枚のロイヤルスイートルーム。各種飲食からルームサービスまで万端整えてある」
白金貨五十枚。日本円換算で五千万ですか。
「凄い、けど……使われてるの?」
「ほとんど空きが出ることはないね。六泊までの制限をかけていても、数年先まで予約で埋まっているよ」
「なるほど、その下の階は?」
「白金貨十枚のスイートルームさ。ここも予約でかなり埋まっているけれど、一部屋は予約を入れず当日受け付けのみにしている」
どうやらカジノで大勝ちしたらその証明が貰えるらしく、それをこのホテルに見せるとスイートルームに泊まれるようになるらしい。先着順だけどね。
このホテルに近い建物はあと四つもあり、残るは普通の宿程度のものから、風が吹くだけで飛びそうな荒ら屋の雑魚寝部屋となる。
「このカジノに来る者は一度はホテルのロイヤルスイートに泊まることを夢見ております。故に、良い鴨です」
ボルテスが抑揚のない声で笑う。
しかしよくこれだけのホテルを短期間に作ったね。
それもこれも私のメイド達やデルポイ幹部達のパワーレベリングが成せる業。
強力な地魔法による骨組みとなる鉄骨を巻き込んでの突貫工事で僅か十日余りで外装を整え、更に十日で内装工事も終えたらしい。
ちなみに土地は元々あった貴族の屋敷を買い上げたのだが……貴族達は折角入った大金をカジノに注ぎ込み、資産はゼロになったとか。馬鹿だねぇ。
「じゃあ次はカジノを見せてもらおうかな」
「承知しました」
ボルテスに案内されるままホテルから直通のカジノ入り口へと向かう。
カジノにいる従業員達は現地採用で見目が良いものばかりで、無体をするような客を相手にする黒服は私が用意したリビングアーマーである。
カジノに入ると客が放つ熱気がまるで圧のように押し寄せてきた。
「なんか凄いね」
「みんなお金が絡むことで人が変わるんだね」
カンファが事も無げに言い放つが、前世でもギャンブルには無縁だった私にはちょっと理解出来ない。
あちこちから悲喜交々の声が上がっており、中には余程の大金を失ったのか声にならない悲鳴まで聞こえてくる。
「おっ……おあああぁぁあぁぁぁあぁぁっ!」
すぐ近くから聞こえた絶叫にそちらを振り向くと、どうやらスロットマシーンに興じていた客のようだ。
筐体を見ると「7」が三つ揃っている。
あれって大当たりってことだよね?
「素晴らしいね。あれはレートの高い筐体なのであれだけで聖金貨一枚にもなる」
「へぇ……じゃあさっきのホテルの高い部屋でも余裕で泊まれるね」
「けど、彼等はそんなことにお金を使うことはないよ」
私にはカンファの言ってることがよくわからなくて首を傾げた。さっきはホテルのロイヤルスイートに泊まるのが憧れだって言ってたのに?
それから他のゲームも見て回る。
ポーカーやブラックジャック、ルーレット。
馬の人形を使った競馬なんかもある。
ただ運だけのゲームでは面白みもないので、中には縁日にあるような的当てやボール掬い、型抜き、パンチングマシーンみたいなものまである。
これはカジノというよりゲーセンだね。
「運の要素が強いものほど高レートに。技術や力だけで勝てるものほど低いレートになっているのさ」
「なるほど、考えてるね」
ざっと一通り見て回った後、コイン引き替え所にも立ち寄るとそこには長い列を作ってお金とコインを変えている者が集まっていた。
稼いだコインを現金に、または現金をコインに。
当然ゲームに負けて何度もコインを買いに来る者もいる。
「白金貨十枚! もうこれで後がないんじゃっ!」
あんなに熱くなってたら勝てるものも勝てないんじゃないの?
そうかと思えば、
「も、もう金がないんだ……」
「でしたらお客様にはあちらの受付へお願いします。お客様のように持ち金以上に負けてしまった方へ短期間での融資をしてくださいます」
ゲームの中には勝敗後にコインを支払うものもあるため、彼のように手持ちでは払いきれない人も出てくる。
「あちらの金貸しはまだ低額のため低利率での貸付だ。表にはないが、高額高利率のところではそれこそ故郷の家から家族の身柄まで売り払うことになるようなこともあるね」
「……まぁ、自業自得だけどね。何も知らないような子どもには無茶苦茶なことしてないよね?」
「勿論さ。まぁ子どもも傲慢に育っていたら、私達も商人だから容赦しないがね」
前世のことを思い出すとちょっと気分が鬱屈としてくる。
父親の稼いだ生活費を全部ギャンブルに注ぎ込むような最悪な母親のせいで、幼い私はいつもお腹を空かせていたし、ギャンブルに負けた時は散々八つ当たりされたものだ。
当時の私は幼い故に何もわからず、ただされるがままだったけどさ。
「はあ……。傲慢な親だったとしても、子どもが何も知らないような家庭なら普通に引き取ってね。カジノで見習いとして働かせても良いし、ウチの孤児院に入れてもいいから」
私が溜め息と共にカンファに告げると彼は短く頷いた。
続いてやってきたのは買い物が出来るお店……なんだけど。
「入って右がブランドストリート。ブランド部のお店だけが集まっている。左がコモン部のお店だけがある商店街」
つまりここはヘルブハットとシレンの管轄だね。
まずはシレンの商店街に。
「良い物を通常よりもやや安く。良くない物や人気のない物を格安で、しかし大量にセットで販売することにしています」
「それで利益はちゃんと出てる?」
「元からデルポイは利益率が異常なほどに高いですから。やや薄利となりますが、その分多く売ることで利益は確保出来ております」
典型的な薄利多売な手法だね。
そしてブランドストリートへと向かうと、今度はヘルブハットから真逆の手法を伝えられる。
高く利益を取り、販売は少なく。
こうもやり方が違うのに同じところに店を構えているのも面白いね。
あれ?
「あの人ってさっきスロットマシーンで大当たりした人?」
「……そのようです。早速換金してこちらにやってきたのでしょう」
さっきはあまり良く見てなかったけど、背格好からすると冒険者のようだ。
さっきからクドーの作った武器を売る店と私が作った装飾品の店とを行ったり来たりしている。
「何かお探しですか?」
私はちょっと気になって声を掛けてみることにした。
ジェイを除く後ろの五人は少し慌てているようだけど、彼等には構わないように後ろ向きに手を上げる。
「あ、あぁっ。さっきカジノで大勝ちしたんで、折角だがら良い物を買おうと思ってな」
「へぇ、凄いですね。見たところ冒険者みたいですが、ランクは?」
「……いや、まぁまだCランクなんだ」
彼は謙遜しているけれど、Cランクといえばこの大陸のほとんどの冒険者がそれに当たる。
だからごく普通の冒険者ということだ。
「ご立派です。そこまで上がらずに命を落とす者も多いと聞きますし、熟達なさっているんですね」
「はは、ありがとよ」
「より強い武器が必要なら武器を、と勧めますが……もしもっと確実に生き残りたいと思うのであればこちらを」
照れて鼻の頭を掻く冒険者の男に私は一つの商品を指し示した。
効果を結界内に入れないように限定した『絶対領域』とその場から立ち去りたくなるよう『逃走制限』の効果を真逆に付与した御守りだ。
「もし自分だけじゃどうにもならない魔物と相対した時でも最後まで逃げ切れるものです。脅威度Sの魔物から十日間攻撃を受け続けても破れない結界が張られます」
「それは……すげぇな。けど、それより強い魔物を倒せる武器の方が……」
「それはお任せします。ただ、魔物が突然現れた時にいきなり腕を切り落とされることだってあるでしょう? 武器はその時点で役に立たなくなりますが、これなら最後まで役に立つでしょう」
男はそれからしばらく考えこんでいたけれど、結局私に「ありがとよ」と礼を言うと武器屋の方へと歩いていった。
命を軽く見てないといいけど。
「……主殿。戦いの考え方は人それぞれにござる。あれもあの者の考え方、生き方なのでござろう」
「うん。でも、ちゃんと命は大切にしてほしいね」
ジェイと話しながらちょっとだけ寂しい気持ちになったけれど、いつまでもよく知らない人のことを引き摺ってても仕方ない。
切り替えて風俗店への視察へ向かおうと踵を返したところ、さっきの男が武器屋から走り出てきた。
「おっ、お嬢さんっ! やっぱりアンタの言う通り、さっきの御守りを買うことにするわ。なんだかんだ言っても、やっぱ命は一つしかないからな!」
恥ずかしそうに後ろ頭を掻く男は気弱な態度を窘められるかと思っているのかもしれない。
でも私は決してそんなことを思わないよ。
「うん。立派な考えだと思うよ」
私は店員に言って御守りのショーケースを開けてもらうと、その場で彼に手渡してあげた。
「……お嬢さん? 店の物を勝手に渡したら駄目だろう?」
「いいんだよ。ここ私のお店だから」
「は? ここらの店はデルポイがやってるから私の……私のっ?!」
「そうだよ。私がデルポイのオーナー、セシーリア・ジュエルエースだよ」
懐から一本の短剣を取り出して紋章を見せつける。
同じ紋章がブランドストリートの店の看板には必ず入っているので、それらが全て私のものだとわかるだろう。
「ちゃんと私の忠告を聞いてくれたから、それはプレゼントするよ。カジノで勝った分はおじさんの欲しかった武器を買ってね」
別にここまでする必要なんてない。ただの気まぐれだけど、なんか悪い人じゃ無さそうだしこのくらいサービスしても良いだろう。
「じゃあカジノも楽しんでいってね」
冒険者の男に微笑んでやると、彼は顔を赤くしながらコクコクと頷いていた。
「会長、やりすぎだ」
「ぐっ……ま、まぁいいじゃない。あのお店には後でちゃんと補填しておいて」
私はさっき冒険者の男に渡したものと同じ御守りを腰ベルトから取り出すとヘルブハットへと渡し、風俗店を案内してくれるメーミスの後へと続いた。




