第455話 遠い将来
家族の訓練、育成を終えた。
次はデルポイの視察を行う予定だが、その前にやっておきたいことがあってノルファとエリーを連れて王宮に訪れていた。
私が騎士を二人も連れてやってくることは珍しいため、面会の約束をしていたのに陛下やアルフォンス殿下は驚きの顔を隠そうともしなかった。
「久しいなセシーリアよ。しかし今日は何用か?」
「そこまで時間は経っていないと思いますが……一つ報告を。ルイマリヤに子が宿ったようです」
「なんと! それは誠かっ!」
これは私じゃなくてアイカが確認したから間違いない。
「あのコルチボイスが父親か……感慨深いものがあるな……。もし女の子であれば昨年生まれたアルフォンスの息子と婚約させる話、覚えていような?」
「えぇ。それはコルチボイスもルイマリヤと話して了承済みです」
ちなみに既に妊娠してから四カ月が経過しており、後半年もすれば生まれる。しかも。
「どうやら双子のようです」
「それはめでたいことだな! 男女の双子であればアルフォンスに娘が出来た時にはそちらも婚約させよう。良いな、アルフォンスよ」
「はい、勿論です」
笑顔で頷くアルフォンス殿下の隣には息子を抱いたルーセンティア殿下が微笑む。
経産婦とは思えないほど体型を維持したままの彼女は母となったことで笑顔に慈愛の色が強く出ている。
「早くもアルバートにも婚約者か」
アルバート、というのがアルフォンス殿下とルーセンティア殿下との間に出来た王子の名前だ。
イケメンと美女の間に生まれた彼は絶世の美男子になることが約束されている。
まぁそれはコルとルイマリヤの子も美少女、もしくは美男子確定なので、私の曾孫もきっと凄い美形になるだろう。
「それと、こちらを」
私は懐から小さな箱を取り出すとルーセンティア殿下の前に置いた。
「これは?」
「アルバート殿下の一歳のお誕生日祝いでございます」
ルーセンティア殿下はその箱を手に取り、ゆっくりと開いた。
中にはスフェーンとホワイトゴールドで作ったブローチが入っている。
男の子なので勲章風にしてみたけれど、小さな男の子だから間違って口に含んで飲み込んだりしないように重さは控えめにしつつそれなりの大きさにさせてもらった。
当然スフェーンには『毒無効』を付与してある。まだ魔力の扱いは出来ないため、他には『幸運』くらいしか付けていない。
どのみち本格的な訓練をする頃には別の贈り物を考える必要があるだろう。
「素敵な贈り物をありがとう。そういえばセシーリアにもまた一人いい人が出来たと聞いたわ。どんな方でして?」
「耳が早いですね。彼女はチェリーツィア・ガットセント。第一大陸にある国の王女です」
「まぁっ。確か少し前に来られたリーライン様も王女ではなかったかしら?」
その通りだけど、なんで王族が私のところに来るのかはよくわからない。
二人とも綺麗だし可愛いけど……って、私がそう思うから二人もそういう風に気持ちが引っ張られるんだっけ。
ちなみにチェリーが魔王であることは伏せた。
私に宝石の眷属がいることも伏せているけれど、それが知られてしまえばあまりに強大すぎるが故に王家が私に対して本格的に口出し出来なくなってしまう。
元々不干渉なんだから気にしなくていいかもしれないけど。
「しかし本当にめでたいな。近い内にコルチボイスも登城するよう召喚状を送っておこう」
「……いえ。彼はかなり多忙ですからそれは控えていただければ……そのために私がこうして参ったわけですから」
「なるほど、そういうことならば仕方あるまい。もし出産に際して不安なことがあれば出産から産後しばらくルイマリヤ嬢を王宮にて預かることも出来るが?」
「問題ないでしょう。我が家にも優秀な助産婦や医師がおりますので」
ほとんどが出産経験のあるベテランママさん達だけど。
「ふむ。では出産間近にはまた話し合うこととしよう。それで、用件はそれだけではあるまい?」
陛下は私の後ろにチラリと視線を流すと隣に座るシャルラーン様に向かって一つ頷いた。
「セシーリア。今貴女が寄り親になっているのはコルチボイスのランディルナ家とミオリアーナのヴァルング家よね? 貴族社会に対して距離を取っている貴女に対しては余計なことかもしれないけれど、もう少し増やしたらどうかしら?」
「……仰りたいことはわかりますが、今アルマリノ王国は一枚岩です。そこに私が寄り子を増やすことで一つの勢力になれば、それこそまた不要な派閥が増える原因になります」
「あら? でも貴女は王家に対して刃を向けるつもりがあるのかしら?」
シャルラーン様はこういうところ卑怯だよなぁ。
私は王家に対して思うところは特にないのだから。コルの実家だから仲良くしておこうとは思うけれど、忠誠を誓っているわけじゃない。
「今はありません」
「今は、ね。それでいいじゃない。後ろのノルファとエリーと言ったかしら? 元帝国軍人と冒険者の二人に準男爵位を与えるわ」
「っ?!」
面倒なことを言い出したね。
さすがにシャルラーン様から言われたら断るのも角が立つ。
しかし後ろにいるノルファとエリーはそれが私の意に反することだとわかっているからか、全く嬉しそうにすることなく顔を顰めている。
それどころか後ろに組んだ手に力が入っていることからかなり怒っている様子。
「……シャルラーン殿下。今ならまだ聞かなかったことに出来ます」
どうやらアルフォンス殿下はノルファとエリーから発せられる怒気に気付いているらしくやや顔色が悪い。
しかしこのことは陛下も知っているようでシャルラーン様を窘めることをしないようだ。
「それに、この二人は私の寵愛を受けています。今更どこの馬の骨ともわからぬ男になどくれてやるつもりはありません」
「良いじゃない。準男爵は一代限りのところも多いのだから。縁談がいくつも届くようになるでしょうが、それは爵位がなくても同じでしょう?」
確かにこの二人にはいくつもの縁談が来ている。
二人だけでなく騎士団の隊長、副隊長。カンファやアネットとの縁談まで私に届く。
それはアルマリノ王国だけでなく他国からもだ。
ソフィアにも来ているけれど、あの子には本当にそんな貴族の柵は絶対に関与させないと決めている。
好きになった相手が貴族だったら別にいいけど。
「はぁ……。ノルファ、エリー。貴女達の好きにしていいよ。貴族になりたい?」
二人に発言しても良いと頷いてあげればまずはノルファが口を開いた。
「は。私はセシーリア様の忠実な僕、御命令とあれば拝命します」
ノルファは元帝国軍人だからね。命令されれば何でも受けちゃうよね。
続いてエリー。
「私は庶民でセシーリア様に死ぬまでお仕え出来ればそれ以上望むことはございません」
うん。二人ともステラの教育を受けた上に私に恩義があるからそう言うよね。
「ちなみに貴族になると自分の紋章を持つことになるから私の紋章つけられなくなるけどいいの?」
「「お断りします」」
「……はやっ。そういうことで二人が望んでいないので止めた方がいいですよ?」
貴族家当主は自分の家の紋章を必ず持ち歩かないといけないからね。
そうすると二人ともジュエルエース家の紋章を身に着けることは出来ないわけじゃないけど、基本的には自家の紋章を表に出さなければならない。
「……そのようね。やっぱり諦めましょう」
そう言うとシャルラーン様は何事もなかったように紅茶のカップに口をつけた。
何、この茶番?
「で、さっきのは何だったんです?」
場所を変えて私はシャルラーン様とルーセンティア殿下との三人でお茶会に参加していた。
ノルファとエリーは部屋の隅に控えている。
ちなみに私の用事はちゃんと済ませて陛下と宰相であるエギンマグル侯のサインが入った書簡を受け取っている。
「セシーリアは、きっと何十年、何百年も生きるのでしょう?」
「……ご存知でしたか」
「えぇ。貴女はきっとこの先もずっと王国を見ていく。その中できっとまたディルグレイルのような王子や王が生まれたときに抑止力になってくれればと思ったのよ」
ディルグレイル。
この国の第二王子にして私の村を滅ぼし、謀反を企んだ大罪人。
五年ほど前に私が自らの手で処刑した馬鹿王子である。
「そんなことしなくても、私は今の陛下やアルフォンス殿下が思う王国と相反するようなことがあればきちんと対処します」
一口紅茶を口に含む。
渋みのあるやや甘めな紅茶が口の中に広がる。
嘘でもあり本当でもある。
口で言ってわからなければ、私は見限るだろう。
我が家がいなくなったアルマリノ王国がどうなるかなど、大陸でも帝国や神聖国に劣るならば火を見るより明らかだ。
「嘘ね。貴女はきっとこの国を見限るわ。それだけのことが出来るもの」
バレた。
私ってそんなに顔に出やすいかな?
「セシーリア、顔には出てませんわ」
ルーセンティア殿下は可笑しそうに口に手を当てて微笑む。
「……まぁ、そうかもしれません。どうなるかはわかりませんが、そんな遠い将来のことを憂いてもしかたないでしょう」
どうしても不安なら他の国を全て滅ぼしてアルマリノ王国が大陸の覇者になればいい。
けれどそれはディルグレイルと同じ考えでしかないから私は手を貸さない。
「それに、今は王家とも懇意にしていますが私に思うところが全くないとでもお思いですか?」
「だから、よ。そのために今は貴女の好きにしてもらっているわ」
「それに、セシーリアには好きにしてもらっている方がいろいろと都合が良いもの」
意味がわからない。
こういう腹の探り合いみたいなのは好きじゃない。
言質を取ったとか言われても私には無視出来るだけの力があるのに、なんでこんなことするんだろう?
「仮に王家の子孫にそんな人が現れたら、その時は私が責任を持って退位させますよ……物理的に」
「物理的にって……相変わらずね」
「その時にはコルの子孫を王にしましょう」
「あら、セシーリアは王にならないの?」
ルーセンティア殿下は紅茶を飲む手を止めて首を傾げた。
「冗談はやめて下さい。私は人に囲まれて過ごしたいなんて思ったことはないですから」
私はキラキラの宝石に囲まれて生きていければそれでいいよ。




