第447話 ジリビール凍壁
「しかし、凄まじいの一言なのだ。何もない高野だったこの地に岩山を三つも作るとかおかしいのだ」
顕現させたメルは早速私が集めてきた宝石の山を見て一人そんなことを呟いた。
さすがの私も転移のしすぎで息が上がっている。
ここは『祭壇』を使った場所であり、今は私とメルだけでやってきていた。
ついでに『あそこ』とか『宝石の山集めたところ』だとバレやすいしメルにも伝わらないので魔法名から取ってこの場所を『祭壇』と名付けた。
「はぁっはぁっ……はぁ、けど、いつまでも、置いて、おけないんだしっ、仕方無い、でしょ」
「しかも、この後はどうせ大陸中の宝石を集めるのだ?」
「もちろんっ! そのために一人で来たんだからね!」
「流石にセシルのパートナーでも宝石集めに付き合う者はいないのだ……」
別にいいじゃんか。
そもそも彼女達に宝石を集める趣味を持ってもらいたいなんて思っていない。私がやりたいのは、あの可愛くて綺麗なパートナー達を宝石でもっと美しく飾って愛でることなのだから。
「さて、それじゃ結界を張ったら『ジリビール凍壁』に行くよ」
「わかったのだ」
メルの姿を消し、結界魔法 絶対領域で周囲を覆う。
これならば余程状態異常に耐性のある人じゃなければ近寄るだけで致命傷になるだろう。
祭壇よりも内側に張った絶対領域は強い悪意を持った相手に対して効果を発揮するようにしている。
宝石を守るためだから自重無しの全力を込めた結界。私のレベルの一割にも満たない相手ならその場で動けなくなってそのまま朽ち果てるだろうね。
準備が整ったので、私はそのまま上空へ飛び上がり北へと向かった。
ジリビール凍壁。
そういえばチェリーが強い魔物がいると言っていた場所である。そして青竜王が教えてくれた宝石の鉱床がある場所でもある。
「こんなところに宝石があるのだ?」
「まぁ確かに普通宝石っていったら岩山とか火山とかを思い浮かべるよね。でも宝石は出来るまでに何千年、何万年もかかるんだから当然その間に地殻変動とかがあって元々は火山に近くにあったかもしれない鉱床もこんな風に氷に閉ざされることだってあるんだよ」
事実、前世の地球でも南極からルビーやサファイアが見つかったという話を聞いたことがある。
それらはアフリカ大陸や南米で見つかった宝石とよく似ているのだとか。
「それじゃ早速始め……」
「待つのだ。このまま始めたら魔物が寄ってきた時に邪魔されるのだ」
「それは面倒だね」
メルの忠告を受けて周囲に結界を張る。さっきも使った絶対領域ならばよほど強力な魔物でなければ私に触れることさえ出来ないはず。
「準備万端! それじゃいくよ!」
オリジンスキル『ガイア』を使って地中深くを探っていくと、早速小さな宝石の反応をいくつか発見した。
しかしこれならば普通の人でも採集出来る深さであり、何百年かすれば自然と地表に現れるかもしれないので手は出さない。
あくまでも私がやるのは普通の人では手が出せない深さにある鉱床を手に入れること。
「ん? きたきたきた! あったよ!」
自然と独り言が増えていくけれど、そんなことは意にも返さずまるで釣りでもしているかのように地中深くから鉱床を持ち上げてくる。
ある程度近くまで持ってきたらその次。またその次と、ジリビール凍壁近辺にある鉱床を軒並み回収していく。
やがて周囲が暗くなり始めた頃、ようやく鉱床の回収作業を終えた私はこれも一つの岩山に偽装しておくことにした。
本当ならすぐにでもどんな宝石があるか確認したいたころだけど、どうせなら明るくなってからやりたい。
「終わったのだ?」
「うん。とりあえず今回は一山くらいで済ませたよ」
「単位が『山』になってることに違和感を覚えなくなってきているのだ……」
何やらブツブツ言ってるメルは放っておいて、作業していた範囲の外を確認してみた。
日はすっかり沈んで辺りは真っ暗になっているものの、私は夜目が効くので何があるかはっきり見えている。
「死屍累々ね」
「ほとんどまだ生きてるのだ。死んでるのは毒に耐性のない弱い魔物くらいなのだ」
百匹くらいはいるだろうか。
大小様々、強さもピンからキリまで。
「うん? フロストジャイアントって脅威度Sだっけ」
「こっちにアイスジャッカルの群れもいるのだ」
「とりあえずトドメ刺して魔法の鞄に入れておこうかな。帰ってから誰かに解体してもらうよ」
言うが早いかとりあえず見えるところにいる魔物達の頭に剣魔法の光縛剣を打ち込み、死んだことを確認してからどんどん収納していく。
「これでおしまい、っと。それじゃこの山持って祭壇に行こうか」
「もう少しまともな名前をつける気はないのだ?」
「ないよ。私宝石のことはわかるけど、アイカみたいにいろんなこと知ってるわけじゃないもん」
メルが困った顔文字になるのを見て蹴り飛ばしたかったけれど、まずは転移しようと思って山の近くで魔力を集中させた。
さすがにこれだけ大きなものを一緒に転移しようと思うとかなりのMPを消費してしまう。
やがてそろそろ行けるかと思ったところで私の時空理術の範囲に強力な魔物の反応が現れた。
しかも二体同時に、かなりの速さで近付いてきている。
「……何、この反応?」
「どうしたのだ?」
「なんか、凄く強い魔物が近くにいるみたい」
「セシルが『凄く強い』なんて言うのは珍しいのだ。わっちも確認するのだ」
油断しないよう魔物の反応がある方向に意識を向けつつ、メルに時空理術の権限を渡す。
ほんの少ししてメルが確認し終えたのか私に時空理術の権限を返してきた。
「セシル、あれは殲滅天使とブルーフェニックスなのだ」
「ちょっと聞いたことないんだけど、どんな魔物?」
「伝説級の魔物なのだ。脅威度S上位なのは間違い無いのだ」
マジか。
警戒していたせいで逃げることは出来ないくらいの距離まで近付かれてしまっており、飛んで離れられなくはないけれど、そうすると宝石を置いていかなきゃいけなくなる。
やがて吹雪で霞む空の向こうから青白く光る巨大な鳥と背中に白い羽を生やし、自身の背丈ほどもある大きな槍を持った人型の魔物が確認出来た。
「……ある意味、誰も連れてきてなくて良かったかもね」
「せめてアイカかクドーでもいれば楽が出来たのだ」
「言いたいことはわかるけど、今となってはね」
勝てないことはないと思う。
どちらもデリューザクスほどの強大さは感じられず、どちらかといえば魔人薬を飲んだ巨人ディルグレイルと同じくらいだろう。
折角宝石集めてウハウハな気持ちで帰ろうと思ったのに。
「来たのだ!」
まずはブルーフェニックスが私を射程内に入れたと思ったのか、翼をはためかせて青く燃える炎の矢を何本も放ってきた。
あの炎がもし色の通りの高温なら一万度を超えているので後ろにある宝石の山に直撃しようものならあっと言う間に溶けてしまう。
ただの炎色反応なら気にする必要もないけれど、確かめる術もない。
だから私のやることはただ一つ。
「全部撃ち落とす! 『神撃』!」
引き抜いた短剣に神気を流し、そのままの勢いで大きく振るえば神撃が飛び出して上空の炎の矢を撃ち落としていった。
ボボボッと音がして炎が弾けたのを確認したところで、今度はブルーフェニックスがその身体を回転させながら急降下してきていた。
「っ!」
声にならない息を吐き出してそれを回避すると、ブルーフェニックスが通った跡は地面がドロドロに溶けてしまっていた。
「うわぁ……すごい高温の身体だね」
デリューザクスほどではないと思ったけれど、その身体は彼と同じくらいの高温で出来ているようだ。
ブルーフェニックスは急降下して突撃した後、再び上空へと逃れていったが、今度は私の真後ろにもう一つの反応が突撃してきた。
ガキィィィィィィン
殲滅天使が持っていた巨大な槍ではなく、どこからか取り出した大剣を振り下ろしてきたので、それを後ろ向きのまま短剣で受け止めた。
力だけでいえばユーニャの方が遥かに強いので、難なく受け止めたものの、その僅かな隙を狙って巨大な槍を突き出してくる。
「くっ! ちょっと、こんな危ないイチモツ突っ込まないでよ、ねっ! 電撃魔法 雷槌貫!」
ドゴンと大きな音がして殲滅天使の身体を蹴り飛ばして、追撃に放った電撃魔法も直撃して身体を大きく痙攣させて地面に落ちた。
「感覚的にはレベル三千くらいかな?」
「第三大陸や第二大陸なら一匹でも国が崩壊するクラスの魔物なのだ」
「第三大陸にはこのくらいの魔物はいないの?」
「アルマリノ王国の大樹海とジェーキス魔国にこれより強い魔物がいるのだ」
へぇ。良いこと聞いた。
ちょっと考えてることがあって魔物の魔石を集めたいと思ってたんだよね。可能な限り強力な魔物のね。
っと、話し込んでる間にブルーフェニックスが戻ってきた。
ブルーフェニックスは私がさっきの攻撃に怯んで避けたと思ったのか、再び回転して襲ってきた。
かなりのスピードではあるものの、一度見た攻撃だし避けること自体は問題ない。
けれど所詮は鳥か。馬鹿の一つ覚えみたいにまた回転して突撃してきた。
「それはもう見飽きたよ! 新奇魔法 極獄凍流波!」
ピキピキと空気を凍らせながら放たれた極低温のレーザーは真っ直ぐ突っ込んでくるブルーフェニックスを逃すことなく直撃した。
しかしブルーフェニックス自体もかなりの高温で出来た身体のせいか、すぐに凍り付くことなく未だ回転し続けながら極獄凍流波と均衡を保っている。
「ふふっ! いいね! じゃあ、強くするよ!」
そこでようやく私は結界を張った時から上げてなかった出力を三割から五割まで引き上げた。
ギエェェェェェェェェッ
途端に威力が跳ね上がる私の魔法の前に断末魔の悲鳴を上げたブルーフェニックスは、そのまま身体を凍り付かせていき、あっと言う間に動きを止めて地面に落ちた。
そしてまた背後から近付く気配。
「貴方も馬鹿の一つ覚えみたいに後ろからばっかり攻撃しないでよね!」
いつの間にか立ち上がった殲滅天使は低空飛行しながら巨大な槍を突き出してきていた。
しかし出力を上げた私にそんな攻撃が通るわけもなく、その先端を素手で掴むと手前に引き寄せてから空に殴り飛ばした。
「閃亢剣!」
真っ直ぐ空に向かって放たれた金色の斬撃は殲滅天使の身体に食い込むと、胸部を貫通して大量の血をぶちまけた。
レベル三千相当の魔物ならかなり余裕を持って対処出来る。これも屋敷にあるチーちゃんとレニちゃんの複合ダンジョンで訓練した賜物だね。
最近物足りなくなってきたからまた魔改造を頼んでるけど……まぁそれはまた今度だね。とりあえず、魔物の死体を回収しよう。
倒した魔物達を回収しようと足を一歩踏み出した時、私にとっては聞き慣れた、けれどもドキリとする言葉が脳内に流れた。
---egg所有者---egg所有者同士の戦闘を確認しました---
---能力解放、周辺部保護、所有権移譲戦闘へと移行します---
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