第444話 青竜王
「それで、セシルはどうやって登るの?」
一緒についてきたチェリーは上を見上げながら尋ねてきた。
外側から試しに登ってみてもいいけれど、どうせ試すなら魔物がいなさそうな内側からにしたい。
「とりあえず中に入ってみるよ」
私は塔に近付くと、扉も何もない物凄く長い煙突にしか見えない塔の内部へと足を踏み入れた。
「ご主人様、お気をつけください」
ラメルが心配して声をかけてくれるのが嬉しい。
中に入って上を見上げる。
採光するための窓もないためか中は薄暗く、上の方は真っ暗で何も見えない。
「先生、どうっすか?」
「んー、何にも見えないね」
某有名マンガの凄く高い塔は一番上に猫がいたんだっけ。あれは中からは登れなかったけど。
それにしても、中も普通に直径三メテルくらいの広さしかない。
てっきり空間拡張でもされてるかと思ったけど、これではチェリーが外から登ろうとしたのも頷ける。
「このくらいの広さがあれば全員中に入れるね。三人とも入ってきて」
中に三人を呼び込み、四人で輪になって並ぶ。
そのまま上に私が飛んで引っ張ろうかと思ったけど、さすがにそれだと何かあった時に対処が難しいかもしれない。
そこで足下に結界魔法の剛柔堅壁を張り、それごと持ち上げていくことにした。
「それじゃいくよ」
ぐっと下に押さえつけられる感覚がして身体が宙に浮く。
「うわわわっ?! うっ、浮いたのっ!」
「チェリーツィア様、落ち着いて。暴れてご主人様の結界魔法が壊れたら我々は地面に真っ逆様です」
「う……わ、わかったの……」
少しだけ青い顔をしたチェリーはラメルの注意のおかげで大人しくしてくれるようだ。
そしてその功労者であるラメルは光灯の魔法をいくつも放ち、進行方向である上を常に確認してくれていた。
真っ暗な塔の中をどんどん上へ進んでいく。目印となるものが何もないため、四人ともほぼ無言。
時空理術で確認すると既に五千メテルを超えていたが、目に映る光景に変化はない。
「つまらないの」
チェリーがそんなことを漏らすのも頷ける。
「……そうね。でも、寒くもなければ魔物に襲われることもないよ?」
「そういえばそうなの。セシルが何かしてるの?」
「うん。私の近くにいれば体感気温がちょうど良くなるよう調整されるんだよ」
「すごいの! セシル便利なの!」
さすがにゼレディールの溶岩みたいな超高熱だと調整は出来ないけどね。
この第一大陸はやや北にあるせいか第三大陸よりも寒い。タンベルハイムにいた時の気温が十度くらいだったとすると、既に氷点下二十度くらいにはなっているはず。
なるほど、これじゃチェリー一人で登りきるのは厳しいかも。
尚も上昇を続けていた私達だが、ようやく私の時空理術で先端、なのか行き止まりらしいものを見つけた。
終わりが見えたことで上昇速度も上がる。
「先生、速くなったっすか? もうすぐ終わりっすかね?」
「うん、急ぎすぎると危ないけど、先は見えたよ」
上昇速度は普通に歩くのと同じくらいだから時速五メテル程度。それでも到着までにまだ一時間以上はかかる。
焦っても仕方ないので、私達はほぼ無言のまま上昇を続けていき、ようやくその行き止まりへとやってきた。
「扉ですね」
行き止まりには小さな扉が一つだけ。
しかも、この形は見たことがある。
「これ、ヴォルガロンデの研究所にある扉の取っ手と同じものだね」
「ではここはヴォルガロンデの研究所だったのでしょうか」
「うぅん……まだわからないね。とりあえず中に入ってみないと」
意を決して扉の取っ手を掴むと、やはり以前も感じたように大量のMPを持って行かれる。
七割以上のMPが吸われ、そろそろまずいかなと思い始めたところでようやくガチャンと音がして鍵が開いた。
扉を手前に開き、更に上昇するとそこは十人も入ればいっぱいになりそうな小さな部屋だった。
とりあえず全員を床に下ろし、私も一息つく。
失ったMPが一気に回復していって一安心したけれど、それ以上にチェリー達は地に足がついてる感覚に安心しているようだった。
「ここ変な部屋なの」
「特に何もなさそうっすけどね」
見渡しても窓もない。
たった一つ、更に上に上がるための梯子があるだけだ。
「ご主人様、行ってみますか?」
「ここまで来たんだし、行くしかないよ」
ラメルの言葉に頷くと、私は率先して梯子に手をかけた。
高さは私の身長の三倍くらいなので、あっという間に登りきることが出来た。
そして梯子を登りきったところで薄い膜のようなものを通り抜けた感覚がして、一気に視界が開けた。
半径百メテル程度の床と、どこまでも広がる空と雲。
遮るものがない大空の景色の中、彼はそこいた。
大きな身体を見せつけるように立ち上がり、巨大な翼をばさりと広げると強い風が巻き起こる。
「よく来たな。我が名はギークモスアド。この大陸に住む竜王、青竜王なり」
やや違和感を覚えたけれど、私は彼に続いて名乗り出た。
「はじめまして。私はセシル。第三大陸にあるアルマリノ王国の大公、セシーリア・ジュエルエース」
「そなたが白竜王の話していた『セシル』であるか。強き者よ、このようなところに何用か?」
やっぱり竜王同士は何かしらのコミュニケーションを取っているようで私のことは筒抜けみたいだ。
「本音を言えば貴方には用が無くて、ヴォルガロンデの研究所かと思ってやってきたんだよね」
「ほう……ヴォルガロンデか。懐かしい名だ。彼の者に辿り着くための……階の鍵はそこにあるではないか」
青竜王はチェリーを指差し、首を傾げた。
「そうじゃなくて、ヴォルガロンデの研究所に用があるんだよ。青竜王は知らない?」
「知っておるよ。セシルはここに来る時に扉を手前に引いたのではないか?」
何の話だ、と今度は私が首を傾げる。
いや、そういえばさっきMPを吸われる扉を開くときに手前に引いたね。
「あの扉を奥に開けばこちらではなく、彼の者の研究所へ通じておる」
「……そういうことなんだ。なんかヴォルガロンデの研究所にある仕掛けがあるのに青竜王がいておかしいなとは思ったんだけどね」
「彼の者の研究所には貴重な物も多くあろうからな。特に今の……」
青竜王の言葉が突然途切れて聞こえなくなった。
恐らく、世界に関する何らかの情報を話そうとしてしまったのかもしれない。
「私の権限じゃまだ無理ってことだね」
「……そのようだな」
そりゃまぁ毎度のことですから。
てことで、毎度のことならこっちも同じことさせてもらうよ!
「じゃあ代わりにこの大陸にある宝石のこと教えてよ」
「……くふふふっ……本当に、そっくりよな。よかろう、まずは……」
私は青竜王から宝石が眠っているであろう鉱床をいくつか聞き出すと、すぐにその場から離れることにした。
ラメルとラーヴァだけじゃなくて、まさかのチェリーまでもがガクガクと膝を震わせていたからね。
竜王に相対するのはなるべく私だけにした方が良いかもしれない。
ギギギと手前に引くときより遥かに重い音を立てて扉を奥に押し開いた。
すると先程とは打って変わり、図書室のような部屋になっていた。
部屋の大きさは私の執務室と同じくらいだけど、所狭しと本棚が並び、人が横向きにならないと通れないくらいの通路しかない。
その本棚自体にもほぼ空いてるスペースが無いくらいびっしりと本で埋め尽くされているし、それでも入りきらなかった本は床に山積みにされている始末。いや、まだ本になっていればマシな方でメモや下書きらしき状態のまま放置されている物も多数あるようだ。
「メル」
「呼んだのだ?」
ポンと小気味良い音を立ててメルが顕現してきた。
「な、なんなの? セシル、それは?」
「ん、あれ? チェリーには説明してなかったっけ。これは私のスキルの一つなんだよ。便利な解説係みたいなものかな」
「言い方は頭に来るが、間違ってはないのだ。それで呼び出した理由はなんなのだ?」
チェリーには後で改めて話すからと一旦言葉を飲み込んでもらい、私はメルと研究所内を見て回った。
「ふむ。やはりゼレディールの話していた通りスキルの研究資料のようなのだ。詳しくはまた持って帰って調べてみる必要がありそうなのだ」
「そうだねぇ……さすがにこの量だし」
ざっと見ても五、六千冊分程度はあると思われる。
これ全部に目を通すだけでもかなりの時間が必要になりそうだね。
「それは後で考えれば良いのだ。それより、あそこなのだ。部屋の奥」
メルは人差し指を立てた絵文字になると部屋の奥を指差した。
そこには小さな扉がついた窓のようなものがある。
いやあれは窓というより……。
「金庫?」
「中身が気になるのだ。しかしまたあの取っ手なのだ」
この部屋に入る時にも、というかヴォルガロンデ絡みの施設に入る時には大体こうして魔力を持っていかれる取っ手がついている。
「今度はどのくらいMP吸われるんだろう? この部屋に入る時でさえ七割くらい持っていかれたのにさ」
「セシルは最近ステータスを確認していないのだ?」
「して……ないね。それが?」
「……いや、いいのだ。帰ってからゆっくり話すのだ」
「うん? 変なの」
妙に言葉を濁すメルを適当にスルーして私は取っ手に手をかけた。
くらり
「ご主人様っ?!」
「先生っ!」
一気に吸い出されていく私の中のMP。
あまりの勢いに眩暈を覚えて身体がフラつき、倒れかかった私は咄嗟に駆け寄ったラーヴァ達によって支えられた。
しかし取っ手に手をかけたままの私からどんどんMPが吸われていく。
眩暈から視野狭窄、嘔吐感を経て、頭の内側から直接金鎚で叩かれているような酷い頭痛。
何年振りかになる、魔渇卒倒。
カチャン
私の意識が飛んでしまいそうになる直前、ようやく鍵が開いたのか小さな金属音がして取っ手が下がって扉が開いた。
「っ!」
小さく息を飲むような声がしたかと思うと、私の手は取っ手から無理矢理引き剥がされていた。
狭くなった視界の真ん中には心配そうな表情を浮かべたチェリーが映っていたが、その直後に意識を失ってしまったのだった。
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