第45話 魔法の先生の先生?
ファムさんはまだ仕事があるので私は一人で浴場へ向かい誰もいないお風呂に入ることにした。
今日も昨日同様貸切状態。
広いお風呂を一人で使うのってすごい贅沢をしてる気分だよ!
但し昨日と同じでやっぱりお湯の温度が低いので魔法で温度を上げていく。
「熱いお風呂に入ると今日一日の疲れがお湯に溶けていくようだよぉ」
反響する浴場の中で独り言を呟くけど誰も答えない。
この独り言を言ってる瞬間も心の清涼剤になっていると思うのよね。
そして誰もいないのを良いことに魔法を使って髪にお湯をまとわりつかせて頭皮を温めていく。頭皮全体をお湯でパックしているようなものだけどこれが非常に気持ち良い。お湯のパックをしたまま指を入れてマッサージすると今まで毛穴に溜まった汚れがどんどん落ちていってるような錯覚を覚える。これは堪らないかも…。
しばらく一人で悶えていたがあまりのんびりしすぎると他の人が入ってくる恐れもあるので湯船から出て頭に張り付かせていたお湯のパックも流してしまう。洗い場で先程作ったハーブ石鹸を使ってしっかり身体を洗っていく。昨日は無臭で洗っている感じがあまりしなかったが、今日はハーブのいい香りが広がってとても爽やかな気分になる。しいて言えば、元の石鹸より泡立ちが悪くなってしまったことだけど急いで作ったにしてはまぁまぁな出来だと思いたい。
その後ハーブシャンプーで髪を丁寧に洗い、毛穴一つ一つまで行き渡るよう指で頭皮を揉んでいく。ミントは使っていないのでメンソール独特のスーっとする感じはしないけど、カモミールとローズの香りでとても艶やかな香りがする。
ちょっと大人な気分?…胸のことは言うなっ!まだ8歳だもん!これからだもん!
昨日作った湯雨の魔法で身体と頭の泡を手で撫でながらしっかりと落としていく。たっぷり三回分使って綺麗に洗い流すと次はコンディショナーだ。レモンとローズを使ったコンディショナーをお湯に混ぜて再度頭にまとわりつかせる。全体をしっかり包むともう一度湯船に浸かる。
昨日と違ってしっかり洗ったせいか肌がスベスベしてる。
これはもっとちゃんと研究して最高の石鹸を作るべきだろうか?
10分程して湯船から上がって頭のお湯パックを流すと再び湯雨でしっかりと洗い流す。これまたたっぷり二回分。
少しだけレモンの香りもするけどローズ香るしっとりヘアーの出来上がり。金髪なのにしっとりというのも変かなと思ったけど、自分で撫でている感じは悪くない。いつかそのうちサラサラになるコンディショナーを作ってみたいものだね!
浴場から出てホカホカの身体で自室に戻るとカップを出して紅茶を入れる。面倒なのでポットは使わず、村でやっていた魔法で入れるやり方で。
「自重しないせいでいろいろ仕事増えた気がするけど、そろそろ冒険者ギルドに行ってみたいなぁ」
しかし明日も講義があるのでお預けになりそう。一応リードがどんなことを習っているのか一通り見てみたいし、それからでも遅くはないかな。
一応講義や訓練のない日もあるんだし、その日に行ってもいいよね。
しばらく自室で紅茶を飲みながらこれからのことを考えているとノックがしてファムさんが部屋に入ってきた。
「セシル様、入浴は…もうお済みになったのですね…」
一緒にお風呂に入ろうと誘いに来てくれたのであろうファムさんは目に見えて落ち込んでしまった。
ちょっと悪いことしちゃったかな。そんなに私とお風呂入るの楽しみにしてくれるなんてね。
「セシル様と一緒に入浴すればお風呂も温かくなるしシャワーという気持ち良い湯浴みもできましたのに」
そっちが本音かいっ!
私を便利な湯沸かし器や入浴道具にしないでほしいんだけど。
「ごめんなさい。ファムさんまだお仕事ありそうだったから先に済ませておこうと思って。明日は一緒に入りましょう?」
「約束ですよ?…はぁ、今日はまた温いお風呂で我慢しま…あら?」
スンスン
ファムさんは突然何か思い至ったように鼻を鳴らして始めた。何かの匂いを辿っているような?
「なんでしょう?とても良い香りがします」
「うん?多分私からかな?」
「セシル様?少々失礼致します」
ファムさんは私に一言断りを入れると近くまで来て私の匂いを確認し始めた。手から始まって首筋、服の上からだけど胸の辺り、そして髪まで。
「はぁ…なんだかお花のようなとても良い香りです。それに髪もとっても艶やかで素敵です」
「ありがとう。昨日使った石鹸を私なりにちょっと改造したり一緒に使えるものを作ってみたの」
「改造、ですか?」
「うん、ハーブ石鹸とシャンプー、それとコンディショナーだよ」
「私も使ってみたいのですが…よろしいでしょうか?」
「あぁ…ごめんなさい。今日の私の分しか作ってないの」
「そ、そんなぁ…」
ファムさんはぺたりと床に座り込むと目を潤ませて捨てられた子犬のような視線を私に投げかける。
そんな目で見られても無いものは無いし。
このままでは埒が明かないと感じ、明日には作ることを約束して彼女を退室させた。
なんかどんどん私の生活が大変になってきている気がする。
翌日、私は朝食を済ませたところでモースさんから声を掛けられた。
「なぁなぁ、セシル様ぁ。そろそろまた新しい料理とか思いついたりしてないですかい?」
何かと思えば…。
でも新しいものを取り入れようとするその心には感心どころか尊敬すらできる。とは言え、調味料も碌にないこの世界では私の作れる料理なんてたかが知れている。せいぜい砂糖をあまり使わないようにしたスイーツやお菓子をいくつか作れるくらいだろう。
「また時間を見て別のデザートを作ってみるよ」
「すいやせんなぁ…セシル様も忙しいのは解るんだが、どうにも新しいレシピを教えてもらえると思うとつい…」
「うん、私もその気持ちはわかるから。だから適当に教えるんじゃなくてちゃんと時間取りたいの」
「セシル様…。わかりやした、それまでパンケーキをもっと美味しく作れるようになってみせます!」
「あはは…。じゃあモースさんにヒント!あのパンケーキは焼いたけど、他にも調理方法があると思わない?それと混ぜたのは小麦粉、卵、牛乳だったけど他にも何か混ぜられないかな?味?香り?他には?」
「ちょちょちょ、っと!あのパンケーキってのはそんなにいろいろ種類があるんですかい?」
「ふふ、期待してますよモースシェフ」
それだけ声を掛けると私は彼から歩み去った。後ろからまだ呼ばれてる気がしたけどそろそろリードの講義の時間だしいつまでも彼と料理の話ばかりしているわけにはいかない。
今日もリードが講義を受ける部屋までやってきた。当然のように彼はまだ来ていない。教師もまだ来てないし、彼のことだからギリギリか少し遅れて来るのだろうけど。
ガチャ
「おや?今日は…っとどなたですかな?」
やっぱりリードより先に教師が来てしまった。
今日は魔法の授業なので今入ってきたお爺さんが魔法担当の教師ということだろう。いかにも魔法使いというような出で立ちで、三角のつば広帽子を被りダボダボのローブを着ている。杖は持っていないが分厚い羊皮紙で装丁された本を持っている。魔法書か何かだろう。ローブも帽子もモスグリーンで統一されており熟練者の雰囲気を感じさせる。帽子の下からわずかに見える表情は穏やかそうな顔をしているが、かなりの実力者だと思われる。
こんなすごい人が先生なのにリードはまた遅刻とか…。こういうところを彼には直してほしいと思うんだけど貴族様っていうのはそういうものなのかな。
「私は先日よりリードの武術担当教師をすることになったセシルと言います。他の先生方にご挨拶しておこうと思いましてお邪魔させていただきました」
「ほっほっ、それはわざわざすみませんの。儂は少し前から魔法担当の教師として呼ばれましたアドロノトスといいますじゃ」
「アドロノトス先生ですね、この通りまだまだ若輩ですが宜しくお願いします」
「ほっほっ、いやこちらこそ宜しく頼みますじゃ。それにセシル先生はあのイルーナの娘と聞いておりますしの」
自己紹介を済ませてあとはリードを待とうと思っていたのに以外なところでイルーナの名前が出てきて驚いた。一体イルーナは昔何をしていたんだろう?
「母さんを知ってるんですか?」
「彼女は儂の孫弟子じゃの。尤も、バカ弟子が手に負えなくなって儂の下でも学んでいたから弟子も同然かの」
更に驚いた。まさかイルーナの魔法の先生とは。世間は案外狭いんだなぁ。それならアドロノトス先生がかなりの実力者というのはやはり間違いないんだろうね。
私は興味を引かれたので彼に対して鑑定してみることにした。
アドロノトス・ゼブファート
年齢:141歳
種族:人間/男
LV:84
HP:3,075
MP:1,038k
スキル
言語理解 5
魔力感知 MAX
補助魔法 4
杖 MAX
格闘 3
魔闘術 4
闇魔法 6
魔力自動回復 7
人物鑑定 5
野草知識 MAX
鉱物知識 9
道具知識 8
ユニークスキル
炎魔法 8
氷魔法 2
天魔法 3
地魔法 7
上級光魔法 1
理力魔法 3
魔法同時操作 4
魔力運用 5
魔力圧縮 6
詠唱破棄 2
四則魔法(下級) 2
錬金術 8
魔道具作成 6
タレント
魔導師
錬金術士
魔工技師
うわぁ…今まで見た人の中で圧倒的に強い!
しかも見たことないスキルもあるし、私よりレベルの高いスキルもある。錬金術とか魔道具作成とかちょっと私も欲しいかも。
何より驚きなのは年齢だよね…141歳って。この世界の人ってそんなに長生きなの?
あれ…?アドロノトス先生って人物鑑定持ってる…?ってことは…?
「ほっほっ。どうじゃったかの?儂の鑑定結果は」
うわ…バレてる…なんで?
なるべく動揺が出ないようにしたつもりだったけど、アドロノトス先生相手にそれは全く無意味でほんの僅かな視線や体の動きから簡単にバレてしまったようだ。
「鑑定をする時は相手に悟らせないよう視線は変えずに情報を読む訓練をせねばならんの。セシル先生の場合は分かり易すぎじゃの」
「むー…返す言葉もないです…」
「それと無闇やたらと鑑定するのはあまりよくないかの。貴族様は痛くもない腹を探られたと思って激昂することもあるでの」
うぇ…。確かにそれはあるかも…。
ここに来てからはあんまりしてなかったとは言え、今後はもっと慎重にやるべきかな。
「じゃが訓練さえすれば相手に悟られずに鑑定もできるで、そう気に病むこともないかの。もちろんセシル先生のように隠蔽スキルを持っていると正確には鑑定できないがの」
え?私いつの間に鑑定されてたの?!
目の前のアドロノトス先生はさっきから全く変わらず穏やかな笑顔のまま机に魔法書を置いて椅子に腰掛けた。
パッと見は本当にただの魔法使いのお爺さんなのに、私はこの世界に来て初めての強者との遭遇に冷や汗を流すのだった。
今日もありがとうございました。
 




