第441話 チェリーツィア
すみません、ストックが完全になくなりました……。
次回更新は少しお待ちいただくかもしれません。
試験場に乱入してきたのは町に入る時案内してくれた女性だった。
とんでもない実力を持っていることはわかっていたけど、まさか試験に乱入するとは思っていなかったよ。
「えぇ、また会ったね。私はセシルだよ。貴女は?」
「私はチェリーツィアなの」
「チェリーツィア……ならチェリーって呼んでいい?」
「む……それは父上かチェリーより強い奴にしか許可しないの!」
あー……昔の私も似たようなことしてたけど……私より強い男じゃないと結婚しないって。
さすがに愛称呼びまでは止めなかったし、っていうか『セシル』って名前に愛称なんてなかったけどさ。
「わかったよ、チェリーツィア。それで、私の格付け試験は貴女がしてくれるってことで良いの?」
「そうなのっ! セシル強そうだからきっと楽しいの!」
「チェリーツィアもね。貴女はこの国で『何番目』なの?」
ちょっとだけ気になっていたことを折角だから聞いてみることにした。
『格付け試験』なんて名前なんだから順位くらいつけてると思って。ラメル達の相手を見ると百番より下はかなり雑だとは思うけど。
「私がこの国で『一番』なの! 国王である父上より強いの!」
「……へぇ。それは、都合が良さそうだね」
乱暴にまとめれば、チェリーツィアを倒せば格付けで一番になり、国王とも話が出来るということだよね?
「ふぅん……どう都合が良いのか……教えてもらうのっ!」
彼女から溢れる力には魔力以外のものも感じられる。
わかってはいたけど彼女も上位種族。
私の闘気と似たようなものが使えるのは当たり前である。そしてそれがどのくらいの出力で放出されているか。
「いいよ、教えてあげる。掛かってきなさいっ!」
出力を五割まで上げて試験全体に封神縛絶陣を張り巡らせると、すぐに出力は二割まで下げ、ひとまず様子見させてもらう。
チェリーツィアも私が結界を張ったことに口角を上げると、彼女の足下が爆裂した。
「いいぃぃいいぃぃぃぃやああぁっ!」
チェリーツィアの力の大半を集中させて振り下ろされる拳。
まるで拳自体に意志があるかのように、凄まじい殺気を放ちながら私へと迫ってきた。
ドゴオォォォォォォォン
「ぐううぅつうぅぅっ!」
まるでユーニャと訓練している時に受けるような強烈過ぎる一撃に防御した私の腕が軋む。
その威力は凄まじく、試験場の地面も大きく窪んで巨大なクレーターを作り出してしまうほどだ。
「少しはっ、遠慮っ、してよねっ!」
「私の全力の攻撃を受け止めるとはやるのっ! もっともっといくのっ!」
一度腕を引いたチェリーツィアはさっきと同じだけの力を両腕と両足へと集中させた。
いくらなんでもあれを連続して受けていたら私の腕でも折れてしまうかもしれない。
さすがに様子見で大怪我するわけにはいかないのでチェリーツィアが向かってくるより早く出力を五割まで引き上げレジェンドスキル『武闘技』を発動。
「やっぱりなのっ! 私と同じ力が使えるのっ!」
まるで新しいおもちゃを与えられた子どものように喜色満面の笑みを浮かべたチェリーツィアが襲いかかってきた。
激しく打ち込んでくるチェリーツィアの拳や蹴りを私も闘気を込めた手足で防いでいく。
顔目掛けて突き出された拳を横から叩き落とし、脇腹を狙う蹴りを肘で防ぐ。
滅茶苦茶な攻め方をしながらも、何かしらの格闘技の型を見出した。
ただの暴れん坊ってわけじゃないらしい。
「うううぅぅぅっ! 当たらないのっ! セシル殴られるのっ!」
「嫌だよ。チェリーツィアに殴られたら大変なことになるわ」
「生意気なのっ! セシルは私を殴れないのにっ!」
チェリーツィアの言う通り、私はさっきから一度も攻撃していない。
様子見して、チェリーツィアの力量を見極めようとしていたからなんだけど、そろそろ頃合いかもしれない。
ちょうどそこへやや大振りなパンチが左側面から飛んできた。
そのパンチを叩き落とさず左手で彼女の肘を押さえる。
「へ? んぶうぅぅおぉぉぉっ?!」
半歩踏み込みながらほとんど寸止めくらいの強さで鳩尾へと掌底を叩き込んだ。
「そんな隙だらけの攻撃じゃ私に当たるわけないでしょ」
「ごほっ! あっ、が……っ! ……き、なの……」
当たるか当たらないかくらいの攻撃だったはずだが、闘気を使っていたせいで生身での攻撃よりもややリーチが伸びていたのかもしれない。
そうすると彼女は私の全力の半分は受け止められる力量はあるということに。思ってた以上の実力に内心舌を巻く。
「すご、い……攻撃、なの……ずっと、殴って、こなかった、のに……」
「チェリーツィアの実力を見たかったからね。でももう十分。このまま半分の力でも圧倒出来ると思ってるよ」
恐らくチェリーツィアのレベルは四千程度。この世界でも有数の実力者であることは間違いない。我が家では私の眷属と騎士団の団長、副団長くらいの力はあるもののアイカ達よりはやや低い。
「それでも……負けないのっ!」
どんっ
全身の力を込め、地面を踏み砕いたチェリーツィアが突撃してくる。
さすがにあれで殴られたらかなり痛いだろうけど、相変わらず直線的な動きで対処しやすい。
左手に闘気を集中させて向かってくるチェリーツィアの拳に合わせて外側へといなしてあげると、彼女は容易く体勢を崩して地面に倒れ込んだ。
しかしすぐに立ち上がるとまたすぐ私に攻撃しようと向かってくる。
「根性は認めるけど、それだけで倒せるほどの実力差じゃないことくらいわかるでしょ?」
「うるさいのっ! 私は世界一強いのっ! セシルになんか負けないのっ!」
「自惚れは身を滅ぼす、よっ!」
今度は寸止めせずにチェリーツィアの左肩を殴りつけた。ゴキリと嫌な音がして彼女の左肩の骨が折れた感触が伝わってくる。
その痛みに動きが止まった彼女に追い打ちするために下段蹴りで右足の脛をへし折ると、そのまま仰向けに倒れた。
「あ……あああぁぁあぁぁぁぁっ! いっ、いだああぁぁぁぁっ! いだいいだいいだいぃぃぃっ!」
「そろそろ降参したら? いい加減私に勝てないことはわかったでしょ?」
目に涙を浮かべ「痛い痛い」と泣き喚くチェリーツィア。
さすがにちょっと罪悪感を覚える。
「もうやめろーーーーっ!」
「姫様ああぁぁぁぁっ!」
「てめぇ殺してやるうっ!」
気にしないようにしてたけど、観客席にいる見物人達が騒いでいた。
知らない家の飼い犬に吠えられた程度にも感じない怒号では寧ろ私の機嫌を損ねるだけなのにね。
加えて言えば、これは武闘大会みたいなものじゃなくて私の実力がどのくらいのものかという格付け試験のために行っている試合。
それなのに私を非難するのは道理に叶っていない。
「ねぇ審判? そろそろ止めた方がいいと思うんだけど、まだ続けるの?」
私が話し掛けると審判は私とチェリーツィアの間で視線を行き来させた。
「しっ、しかし……姫様はまだ……」
『まだ諦めていない』とでも言うつもりか。
さて、どうしようか。
「うっ、ううぅぅぅぅうううぅっ!」
獣の唸るような声が聞こえてチェリーツィアを見てみると、彼女は折れていない方の足一本で器用に立ち上がり残った右手に全ての力を集中させていた。
かなりのダメージを受けているものの、それでも彼女の残った力を集中すればこの町くらい簡単に吹き飛んでしまう。
「ちょ、ちょっと! そんなのここで使うつもりっ?!」
「うるっ、さいの……私は、負けないの……っ。ぜったい、負けないのおぉぉっ! レジェンドスキル……『限界突破』!」
私が止める間も無く、チェリーツィアは拳に集めた力をそのまま解き放った。
避けたら町が消える。
ほとんどの住民は耐えられるわけもなく死ぬ。
力を使い果たしたチェリーツィアも技の余波だけで死ぬ。
何より私の眷属であるラメルとラーヴァも死ぬ。
「うあああぁぁぁぁぁぁっ! レジェンドスキル『戦帝化』!」
躊躇うことなく戦帝化を使い、私の能力も十倍に引き上げた。
直後、爆発したかのようなチェリーツィアの力を無理矢理私の闘気で抑え込む。
互いのほぼ全力に近い力を出しているせいで試験場に張り巡らせた結界が軋んで今にも壊れてしまいそうだ。
それでもこのまま私にだけ向かうようにすれば町にも、試験場さえ無事に済むはずだ。
しかし残る力を集結させたチェリーツィアの攻撃は凄まじく、闘気も魔力も使っているのになかなか大人しくしてくれない。
戦帝化の影響で私のレベルはどんどん下がっていく。
「いい加減……大人しくっ、してよっ!」
更に自分の奥底から力を引き出そうとしたところに、私の頭の中でカチリと何かが嵌まった感覚がして声が響いた。
---スキル「神気」を獲得しました---
「……な、なにっ?!」
それは自分で意図しようともせず、自然と力が溢れ出してきた。
闘気とも魔力とも違う温かな、それでいて厳かな空気さえも感じられる……力に対する畏怖。
これが、神気?
「くうぅっ……あああぁぁぁあぁぁぁぁあぁっ!」
ばしゅっ
神気に包まれたチェリーツィアの最後の攻撃は、まるで風船の空気が抜けたような音だけ立ててその場で消滅してしまった。
「は、はあぁあぁぁあぁぁぁぁ……なんとか、なったあぁ……」
なんとかチェリーツィアの攻撃を抑え込むことが出来たので、すぐに戦帝化を解除して出力も一パーセントまで落とす。
危うく煽りすぎたせいで地図から町が一つ消えちゃうところだったよ。
ふと周りに目をやればチェリーツィアの攻撃に恐れをなした観客達は我先にと出口へと向かったせいか人の雪崩が起きている。
あれはかなり怪我人もいそうだが、当の本人は完全に力を使い果たし地面に仰向けになって倒れていた。
「やれやれ……ちょっとチェリーツィア。起きて」
声をかけてみるけれど、やはり微動だにしないところを見ると気絶してしまっているようだ。
魔力も使い果たして魔渇卒倒も起こしているだろう。
それに、もしさっきチェリーツィアが使った『限界突破』が私の持っているものと同じだとすれば三日間は身動き出来ないはず。
「ご主人様っ!」
「先生っ!」
慌ててやってきたラメルとラーヴァに苦笑いしながら手を振ると、もう一度考える。
ひょっとしてチェリーツィアは『勇者』のタレントを持っている?
気に入っていただけましたら評価、いいね、ブックマーク、お気に入り、レビューどれでもいただけましたら幸いです。




