第439話 格付け試験
村に入ってとりあえず情報を集めようと適当に歩いていた村人に声を掛けた。
「すみません、ちょっといいですか?」
私が話し掛けると村人は怪訝な顔で私を見てきた。
「……アンタ達、どこから来たんだ?」
「海の向こうからだよ。この近くで大きな町ってどこにあるかわかる?」
「海の向こう? そんなとこがあんのか?!」
「ずっとずっと遠くだけどね」
予想通り、ただの村人には海の向こうといってもピンと来ないようだった。
ちなみにこの村人、獣人だ。
耳の位置が頭の上だし、角みたいなのも生えてる。更に体の何カ所かは毛皮で覆われており、明らかに人間的とは体の作りが違うことがわかる。
「なんでまたそんな海の向こうからこんなとこ来たんだ?」
「ちょっと探し物があってね。それで知ってるの?」
「村の反対の出口から出て何日か行くと町があるってのは聞いたが、オラは行ったことないな」
「そうなんだ。行ったことがある人を紹介してもらえると助かるんだけど、心当たりはある?」
「ああ、それなら……」
その村人から紹介されたのは村長で、彼は何度か町にも行ったことがあり、更に王に謁見したこともあるらしい。
「でもさ先生。あの話し方って、謁見した風じゃなかったような?」
顎に指を当て首を傾げるラーヴァ。
確かに彼女の言うように、村長は全く相手にならなかった、などと申しており……あれはまるで模擬戦でもしてきたかのような言い方だった。
「実際会えばわかるでしょう。ほぼ誰とでも会ってくれるそうですし、楽が出来そうで良いのではないでしょうか」
「ラメルの言う通りだね。で、村を出て北西に一月半くらいって言ってたっけ。結構遠いね」
「はい。ですがご主人様なら二日もあれば到着出来るのではないでしょうか」
徒歩で一月半を二日?
ざっと……青森から広島くらいまでの距離があるよね?
何もかも無視して最大速度で飛行すれば一日で着くだろうけど、旅をしている感じはしないような……でも。
「本来ならゆっくり歩いて旅を楽しむところだけど、それほど時間に余裕があるわけでもないからね。ラメルとラーヴァの身体を慣らすくらいの運動をしながら三日くらいの予定で行こうか」
「承知しました。お手数ですがよろしくお願い致します」
ラメルはしっかり話を聞いてくれていたがラーヴァは周りをキョロキョロしているだけで全然私の話を聞いていなさそうだ。
それでも決して私の近くから離れないようにしているところは可愛いよね。
結局十日ほどかけてこの国の王がいるという町のすぐそばまでやってきた。
途中何度かラーヴァとラメルに戦闘させてみたけれど、やはり起きてからまだそれほど日が経っていないのもあってか脅威度Bくらいの魔物の群れにそこそこの時間をかけていた。
というか脅威度Bの魔物の群れが普通に出てくる時点でこの大陸の平均的な強さがわかる。
人があまりいないような小さな村に冒険者ランクA相当の人がいる時点でわかっていたことだけど、現れる魔物も結構強い。
「ラーヴァは自分の次の動きをちゃんと考えて攻撃して。ラメルは魔法の狙いをもっと精密に」
「せんせぇ……そんな難しいこと出来ないっすよぉ」
「貴女が魔物なんかに負けるところを見たくないから言ってるんだよ。それともただ私に愛でられるだけのお人形になりたいの?」
「うぅっ……やっぱり頑張る」
明るい子ではあるけど、ちょっと残念な感じがして可愛いね。
それに対してラメルは「精密に」と言ったことを反芻しており、今もいくつかの魔力球を浮かせながら魔法操作の練習をしていた。
この子は他の眷属に比べると魔力量がやや劣るので、より精密な魔力操作を身に着けてもらいたい。
魔物の強さが第三大陸とも第二大陸とも上であるこの地に二人を連れてきたのはちょっと失敗だったかもしれない。
いざとなれば私が助けられるし、やっぱり二人とも可愛いから私自身が一緒にいたいと思う。
時折魔物と戦いながら、普通の速度で歩くこと鐘一つ分。私達は王がいる町へとたどり着いた。
着いた、んだけど……。
「なんで町の入り口が何カ所もあるんだろ?」
初めて来る場所だし、情報収集も徹底していないためわからないのとだらけだ。
それはそれで面白い部分があるけれど、こういう時に困ってしまう。
私達三人はゾロゾロと町へ入っていく人々の波を見ながら、何かしら共通点がないかを探っていたところ、ふいに後ろから声を掛けられた。
「お姉さん達、なんか困ってるの?」
振り返ると、そこには私と同じくらいの背丈の女性が立っていた。
似ているのはあくまで身長だけの話であり、彼女の髪は真っ黒でうなじが見えるほど短く揃えられている。
また身体にピッタリとフィットするような服を着ているせいでその体型もまるわかりである。かなり鍛えられている肉体なのは間違い無く、引き締まってはいるものの腕や足はそれなりの太さがある。残念ながら鍛えすぎたせいか胸はリーラインよりも薄いかもしれない。
しかし屈託なく微笑む表情に距離感が薄れてしまうような親密さを感じられる。
やや幼い顔立ちではあるものの、美少女と呼ぶに相応しい容姿だった。
そして何より目立つのが頭の上についた猫耳!
獣人や魔族の多い第一大陸では珍しくもないけど、猫耳美少女が嫌いな人を私は知らない。
「困ってる、ってほどじゃないんだけどね。なんでこんなにたくさん入り口があるんだろうって思って」
町の門は大きく開かれているのだが、全部で七カ所もの入り口があり、皆それぞれ自分が行くべき入り口を把握しているようなのだ。
「あぁ、あれ? 初めてこの町に来る人はちょっと慣れないかもしれないんだけど、ちゃんと理由があるの」
「理由?」
「そう。商人達は一番左。旅人や冒険者はその隣。移住希望者はその隣。国内の上級貴族は一番右。中級はその隣。下級や他の町の町長、村長が更にその隣」
随分細かく分けてるなぁ。
そこまでして分ける理由はなんなんだろ?
「最後に真ん中は、格付け試験希望者用」
「格付け試験?」
「……お姉さん達、ひょっとして外国の人なの? よく見たら毛皮とか角とかもない、の?」
「えぇ。私達は最近この大陸の外からやってきたから」
ジロジロと私達を舐めるように観察する少女の目線をそのまま受け止める。
別に見られて困るようなことはしていないし、恥ずかしいと思う身体をしているわけでもない。
「へえぇっ! そうなの! この町には観光なの? それとも何か他の用事があるの?」
「王様に会えないかなと思ってね。簡単にはいかないかもしれないけど、近くまでいかないとわからないでしょ?」
「王様? 王様に何か用事なの?」
「用事というか、ちょっと聞きたいことがあってね」
あまり詳しく話すつもりはないけれど、そこまで話したところで後ろからラメルが「ご主人様」と釘を差してきた。
「ふぅん……? 王様に会うのに一番てっとり早い方法なら知ってるけど、聞きたいの?」
「罪に問われるようなことじゃないなら聞きたいけど、誰でも会ってくれるって前に寄った村で聞いたよ?」
「ちょっと違うの。王様に会っていろいろ聞きたいなら格付け試験で一級を取ることなの! 一級っていうのはこの国の上級貴族と同じ扱いだから、申請すればすぐに会えるようになるの」
ふむ?
それは、いいかもしれない。
「でも格付け試験って、どんなことするか知ってる?」
「この国は強さが一番の証明なの! 強いことが何よりの証になるの」
どうでもいいけどさっきからやたら「の」が言葉の端々につくね。……メルの「のだ」と一緒でただの口癖なんだろうけど、メルと違ってとても可愛らしい。
「強さ、と言うと模擬戦などして実力を計るのでしょうか?」
「そうなの」
「わあぁぁっ、メッチャ楽しそうっす! はいはいっす! アタシやりますっす!」
ラーヴァはこの子の話を鵜呑みにしてすっかりやる気になっていた。
まぁ嘘は言ってないと思う。
けど、ねぇ?
「とりあえず私達は全員真ん中の入り口だね」
「おぉっ! お姉さん達やる気なの! すごく楽しみなの!」
聞けば格付け試験は闘技場のようなところで一般公開されるらしい。
見物するには入場料が必要で、高い等級ほど入場料も高いんだとか。面白いシステムだしテゴイ王国にあるウチのカジノ部門でも取り入れられないかな?
今度カンファと話してみよう。なんなら私が出てもいいし、我が家の騎士団やクラン、眷属達に出てもらってもいい。
まぁそうすると相手がいないんだけどね……。
いろいろ教えてくれた少女に手を振り別れを告げると、私達は真ん中の入り口へと向かった。
「ご主人様、さっきの少女は……」
「あぁ、うん。その話はまた後にしよ。今はどこで誰が聞いてるかわからないしね」
ラメルが小声で話し掛けてきたものの、私は手を上げて制すると入り口のカウンターで受付をしている男性に声を掛けた。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。格付け試験をご希望ですか?」
「えぇ。手続きのやり方がわからないから教えてもらえます?」
私達はその彼に渡された書類に目を通し、必要事項を記入していく。
ちなみに書類はちゃんとした紙だったけれど、やや作りが雑で第三大陸で使われている紙より低品質だ。
内容としては、冒険者がある場合はランクの記入箇所があったけど、ラメルとラーヴァには関係ない。
そういえば気にしてなかったけど、他の大陸にだって冒険者ギルドはあるんだよね? 折角だし、この町の冒険者ギルドに顔を出してみよう。
続いて得意武器や魔法、特技など。
私は双剣、魔法全般、特技欄には彫金と書いておいた。
「最後に皆さんのレベルを調べさせていただきます。その紙を持って奥にいる検査官から鑑定を受けて下さい」
鑑定かぁ……そういえば最近偽装用のステータスを変更してなかったかも。
ひとまず大騒ぎにならないようレベル二百くらいにしておこう。
しかしそんな私の考えは甘かったと、すぐに思い知ることとなる。
「レッ、レベル二百っ?! ありえないっ!」
「いや……私Sランク冒険者だから」
それに本当のレベルの百分の一以下だし。
「……他の大陸のSランクとは……」
とかちょっとぶつぶつ言ってたけど……ひょっとしてこの大陸だと二百っていうのは低すぎたのかな。
「レベルどころかステータスが一切見えぬ……ひょっとして神の祝福持ちか?」
ラメルとラーヴァに至っては眷属鑑定じゃないとステータスを見ることさえ出来ない。
とりあえず三人揃って格付け試験は初めから高い等級で行われることになった。
レベル百以上が条件みたいだけど、なんか渋々という感じがありありと窺えた。
低い等級からだったら面倒くさそうだし、こちらとしても都合が良かったのであえて訂正などせずにそのまま受けいることに。
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