第434話 ハサミ
---超高レベル者同士の戦闘を確認しました---
---オリジンスキル保持者同士の戦闘を確認しました---
---空間隔離。世界への破壊行為阻止解除。決闘システム起動。オリジンスキル選択権獲得戦闘へと移行します---
まさか、egg以外でもこんなことが起こるなんてね。
ただ空間が隔離されたせいか、溶岩の池の上みたいな高温に晒されることはなくなったらしい。
魔法を使わなくても気温は一定に保たれている。
---セシル所持オリジンスキル---
---メルクリウス---
---ガイア---
---アフロディーテ---
---ゼレディール所持オリジンスキル---
---アグニ---
突然空間内に浮かび上がった文字。
それは私と相手である溶岩人形の持っているオリジンスキルの名前。
それを賭けて今から戦えって、そういうことよね。
オオォォォォォオオオオォォオォオオォォォッ
「うるさっ!」
溶岩人形改めゼレディールはとてつもなく大きな咆哮を上げると全身から炎を噴き出した。
身体からは何本もの手が生え、頭らしき部分はまるで噴き出す炎のように燃え盛っている。
「……私とやろうっていうの? いいよ、じゃあ相手になってあげるよ! 武闘技!」
進化してから今まで本当の本気で戦ったことなんてなかった。
でも、今なら出来る。
なんとなくだけど、この隔離された空間の中なら好きなように力を振るえる。
体の中から溢れる闘気が私の身体を覆い、更に魔力も纏って全身から力が漲ってきた。
ズオオオオォォォォォッ
私が両手に短剣を構えると同時にゼレディールはまるで大きく息を吸ったかのようにその体を膨らませた。
まるでドラゴンがブレスを吐く直前のような……?
その勘は当然のように的中した。
ゴオォォォッ
しかしゼレディールの頭部から放たれたのは炎のブレスなんて生易しいものではなかった。
噴火にも等しいほどの膨大なエネルギーと勢いを持った火砕流。
広範囲に放たれたそれは、私のスピードを持ってしても避ける余裕なんて与えてくれない。
「新奇魔法 極獄凍流波!」
だから私も全力を持って極寒地獄を与えるべく最大威力の魔法を放った。
凄まじいエネルギーがぶつかり合って私にもゼレディールにも強力な衝撃波が襲い来るも、手を緩めたらその全てを一身に受けるため引くことは出来ない。
「くっ、くくっ……なんてっ、威力なの……っ! こっ、のおおおぉぉぉっ!」
待機状態にあった並列思考を使い、更に三つの極獄凍流波を同時に撃ち出した。
ステータスを見なくても凄い勢いでMPが減っていくのがわかる。
しかしその甲斐あって、ゼレディールの火砕流がその場で凍り付き岩となって地面に落ちた。
ドオォォオォォン
火砕流を完全に凍り付かせた後、私の魔法はゼレディールの本体に直撃して、その体をあっと言う間に凍り付かせていく。
バキバキと音を立てながら氷付けになった炎の巨人。空気までも凍り付いて真っ白い雪となって隔離空間内にチラチラと舞っていた。
「……危なかった……。けど、思ったよりは楽勝だったかな」
やれやれ。
でもやっぱり全力を出して戦うのもたまには良いね。
こんなに力を使ったのって貴族院卒業前の連鎖襲撃以来かもしれない。
あの時はegg六個を取り込んだものと戦って……。
「あれ? そういえば……eggと同じような戦いなら、終わった後にもアナウンスが流れる……よね? まさか?」
それに気付いた私は改めてゼレディールを見上げた。
確かに氷付けになっている。
しかしその内に秘めた力は消えるどころか衰えることさえ無く、真っ直ぐに私への殺意となって向けられていた。
オオオォォオオオォォォォォォッ
バリイィィィィィィン
「うそっ?! きゃあぁぁぁぁぁっ!」
内側から高熱で氷を打ち砕いたゼレディールはその勢いで巨大な腕を振り回した。
七本もある巨大な腕はその質量からは考えられないほどのスピードで私の体を殴りつけてくる。
攻撃を一度受けてしまったせいで途中からの防御がうまく出来ずにまともに数十発もの殴打を受けて千メテル以上も地面に削られた。
グオオォォォッ
ドガンと一際大きな衝突音がすると、私の身体は凄いスピードでゼレディールから遠ざかっていった。
更に千メテル以上飛んだだろうか。
地面に激突しながら転がり、ようやく止まったところで初めて、私は全身がバラバラになったんじゃないかと思うほどの痛みがやってきた。
「ぐっ……がっ、は、あぁ……はっ、はあっはあっ……いっ、つつつっ……」
息が詰まりながらも呼吸をして、酸素が全身に行き渡ると同時にやってくる激痛。
今着ているのは貴族用の服であり、クドーが作ってくれた頑丈なものだ。オリハルコン繊維とミスリル繊維で魔力の通りを良くしてあって、ところどころアダマンタイト繊維も織り込んである。
胸のブローチに魔力を込めれば、それが増幅されて飛躍的に防御力も魔法に対する抵抗性も上がる代物。その上で私自身の防御力もあるのにそれを容易く貫通して打撃を与えてきた。
幸いなのは、あの攻撃で服や装飾品が破損しなかったことか。
「ぐっ! ごほっ! ごぼっ! ごぼぉっ?!」
濁った咳が出て、私の口から真っ赤な血が地面に落ちた。
鈍く重い痛みに少し慣れてきた頃、今度は突き刺さるような痛みを覚えたのはゼレディールの纏った炎によって負った火傷のせい。
「新奇、魔法……聖光癒」
たまらず、回復魔法で自分の怪我を癒やしていく。
このくらい放っておいてもそのうち治るけれど、この状態で今もこちらに走ってきているゼレディールの相手をするのは難しい。
全身を光が包み込み、至る所に染み込んでいくとすぐに怪我が治っていく。数秒もしないうちにほぼ無傷の状態になるが、あれほどの怪我を負わされたという私の精神は天狗になっていた鼻と一緒にポッキリとへし折られてしまっていた。
「痛かった……苦しかった……」
久々に、思い出す。思い出して、しまった。
前世の母親に、冷たい湯船に顔を押し付けられて息が出来ずに溺れそうになったこと。
熱湯のシャワーを浴びせられて火傷したこと。
殴られて奥歯を折られたこと。
ガクガクと震える全身を両腕で抱き締めるが、なかなか震えは止まってくれない。それなのに迫り来るゼレディールの巨体に、私は本能的な恐怖を覚えてしまった。
「いっ、いや……なんで、なんで私が……私ばっかり……っ!」
イヤイヤと首を振り、逃げ出そうと後ろを振り向こうとした時、ポンっという間の抜けた音と共に黄色い玉が目の前に現れた。
「しっかりするのだセシル! お前はこんなことでは負けないのだ! 前世の両親なんて関係ないのだ!」
「メ、メル……けどっ」
「もっと綺麗な宝石を集めるのだ?! セシルを好きな者とずっと一緒に過ごすのだっ?! 今逃げたら何もかも無くなるのだ!」
その言葉に、私の意識はようやく恐怖から解放された。
どんどん澄んでいく頭と、迫る巨体。
「もう、大丈夫なのだ?」
「うんっ。けど……くそっ、よくも……よくもやってくれたねっ!」
私にあんな嫌なことを思い出させた、その報いは絶対に受けてもらうからっ!
---条件を満たしました。タレント「怨嗟」が進化します---
---タレント「怨嗟」を糧に、新たなタレント「滅ボス者」が開花しました---
またよくわからないシリーズのタレントか。
確かこれは『魔王』のタレントに結び付くんじゃなかったっけ。
まぁ、どっちでもいい。どうせこのタレントに効果なんてない。
ドシンドシンと轟音を響かせながら走り寄るゼレディールに目をやれば、頭部の炎の揺らめきが、何故か薄笑いを浮かべているように見えた。
「何、笑ってんの……? 何笑ってんのよぉっ!」
両手に握った短剣に力を流し込むと、金色の光が刀身となって伸びていく。
湧き出る怒りの感情と共に私からもゼレディールへと走り寄っていき、大きく剣を振った。
「亢閃剣!」
極大の光の剣がゼレディールの脇腹から入り、その身を両断する。
しかし、炎で出来た身体は私の攻撃など無かったようにただ通り抜けて上下に別れた体も元通りになってしまった。
「ちょっと! そんなのズルいでしょっ?!」
「精霊や高位の生命体、精神体、神性の身体ではよくあることなのだ。これから先、こういう者とも戦うことになるのだ」
「面倒くさっ! てかそれじゃこっちの攻撃は効かないってこと?!」
さすがにそれじゃ勝ち目なんてないんだけど。
「ちゃんとあるのだ。タイミング良く、少し前にセシルが使えるようになったスキルで、精霊とかに攻撃出来るものがあったのだ?」
「あ……『神撃』? あれってゴーストとかを攻撃するものだとばっかり」
「あれは質量のない肉体を持つ者へ攻撃するスキルなのだ。だから『神撃』が最も有効なのだ」
「メルがそう言うなら間違いはないんだろうけど……わかった、やってみ……って、うわったあっ?!」
メルと話し込んでいたらゼレディールの口らしきところから特大の火の玉が撃ち出されたので、咄嗟にメルを蹴っ飛ばしながら大きく避ける。
見ればさっきまで私がいたところは地面がドロドロに溶けて溶岩の池になっている。
本当にどれほどの火力を内に秘めているんだか。
「あんまり余裕ないから、メルの言う通りやってみるよ! 『神撃』!」
両手に握った短剣に魔力、闘気とは違う力である『神撃』スキルを発動させて纒わせると、金色だった光の刃はその色がやや薄くなり白金色になった。
単独で使った時にはそれほど強い攻撃力を持つスキルではなかったけれど、組み合わせることでそれぞれの効果を何倍にも引き上げているような気がする。
「だあぁぁぁぁぁっ!」
その場で短剣を振るうと、斬撃が飛び出してゼレディールへと襲い掛かった。
ゼレディールも防ごうとして腕を前に出した。が。
ザンッ
ブオオオォォォォォォォォォッ
「え、あれ? こんな、あっさり?」
「セシル! チャンスなのだ! 一気に畳み掛けるのだ!」
私が呆気に取られていると、いつの間にか戻ってきていたメルが後ろから檄を飛ばしてきた。
確かにメルの言う通りだ。
「ここは一気に決めるよ! 金閃迅!」
魔力を大量に込めて放ち、ゼレディールの周りに半透明の壁が百枚以上浮かび上がらせると、全力の一歩で最初の一撃をゼレディールに叩き込む。
神撃で斬りつけると、ゼレディールにも大きなダメージが入るようだけど、斬ったそばから炎でその身を元通りにしていく。
「一回で終わると思わないでよね!」
すれ違いながら斬りつけ、次の壁に足をつくと即座に反転して次の壁目掛けて飛び出してゼレディールを斬りつける。
普通ならドラゴンの身体すらもあっさり両断出来るほどの威力。
制限を解除した私の攻撃は僅か数秒の間に全ての壁を足場として破壊し尽くし、ゼレディールの身体を削り落としていった。
「止めの一撃いぃっ! 『戦帝化』!」
久し振りに使う戦帝化によって爆発的に能力が跳ね上がる。同時に下がり始める私のレベル。
極限まで込められた魔力、闘気、神撃の力を二本の短剣に込めると、ゼレディールの身体と同じくらい巨大な刃となった。
その二本の刃を交差させて重ねて放つ、私の敵をぶった斬る最大威力の攻撃。
「金光剪!」
金色の巨大なハサミがゼレディールを両断する。
決闘に勝利したのは、私だ。
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