第432話 赤竜王
翌日、私はアディス火山連峰の入り口に立っていた。
昨夜はミルルにいいようにされてしまったけれど、やることはしっかりやらないとね。
「セシルちゃん、早く行きましょう? お姉ちゃん待ち切れないわ」
私に抱きつきながらほっぺたをぷにぷにしてくるのはエメラルドから生まれたプレリ。
背中に彼女の豊満な胸が当たって気持ちいい。
「リーダー、行こうぜ。俺の剣が疼くんだよぉ」
短い髪をかき上げながら腰に下げた剣の柄に手をかけるのはトパーズのソール。こんな話し方をしているけれど、とてもスレンダーな女性タイプの眷属。女性型眷属の中で唯一私より胸が小さい。
このアディス火山連峰を攻略するために連れてきた二人の眷属である。
「プレリ、ソール。遊びに来てるんじゃないんだよ?」
「わかってるわよぉ。でも、お姉ちゃんセシルちゃんとお出掛けするの初めてだから」
「オレもだ。リーダーと一緒にいたらぜってぇ強い奴と戦えるだろ」
強い敵とかいなくていいから。
私は何事も無く攻略出来ればそれに越したことはないからね。
「じゃあ行くけど、基本的に途中の魔物は無視だからね?」
「はぁい」
「雑魚に用は無いぜ」
……不安だ。
果てしなく不安だ。
でもこの二人も私の宝石から生まれたのだから弱いってことはないはず。
溜め息を零しながらも飛行魔法に二人を巻き込むと、もっとも高いゼブロイド火山へと飛び立った。
ゼブロイド火山の中腹へと降り立った私達はとりあえず近くの岩に腰を下ろした。
ここに来るまでにも飛行型の魔物が大軍となって押し寄せてきたせいで、さすがに少し疲れてしまった。
「雑魚に用は無いって言ったが……思ったより雑魚じゃなかったぜ……」
私と同じく岩に腰を下ろしたソールが「はあっ」と大きく息を吐いた。
彼女の持った剣は何度も振るわれ、その度に飛行型の魔物を撃墜していったのだけど、彼女は近距離~中距離戦闘向けなので遠くから襲ってきたり、魔法で攻撃されると自分の手が届かないだけにストレスが溜まり、それが疲労となって現れたのだろう。
「ソールちゃんお疲れみたいだし、セシルちゃんもお昼ご飯にするかしら?」
「そうだね。それもいいかも」
時間はお昼にしては結構早いけど、この先の気配からすると休憩出来るのはここが最後になりそうだった。
腰ベルトからいつも入れている薫製肉、葉物野菜を取り出すとそれらを切り込みを入れたパンに挟む。その上からデルポイの食品部門で販売し始めたソースをたっぷりかけて齧り付く。
うん。普通の冒険者が野営で食べるものに比べたら上等な食事だ。
「あらぁ……セシルちゃん、そんなものじゃなくてもっとちゃんとしたものを食べないと……」
「さすがにのんびりご飯の用意は出来ないよ」
更に腰ベルトから一杯毎に分けられたスープの入れ物を出し、熱操作で温めるとそれを口にする。
パンを食べて口内の水分が失われていたところへゆっくりと染み渡るスープの味が、足りなくなった塩分を補い私の体を満たしてくれた。
それから魔法で出した水で更に水分補給をして一息つく頃には、ソールもプレリも再出発の準備を終わらせていた。
「ごめんね、お待たせ」
「もう少しゆっくり出来たら良いのだけどねぇ」
さすがにそれは無理だろう。
大体、火山の中腹とはいえ、ここの気温はおかしい。
雲が上にしか見えないからわかりにくいものの、標高は二千メテルを超えている。
普通なら地上より気温が十度は下がるはずなのに、ここは逆に暑い。周囲の景色が揺らめいて見えることから、三十度は間違いなく超えている。
「リーダー、この火山はあちこちにマグマが溜まってやがる。下手に刺激するとドカンといきそうだから、この先は慎重に行こうぜ」
「セシルちゃん、上空に積乱雲もあるわ。大気が不安定で強くて冷たい風も吹くから注意しましょ」
ソールは地魔法、プレリは天魔法を得意としているけれど、それぞれが環境をちゃんと読んでくれているようだ。
勿論私も把握しているけれど、こうしてちゃんと口に出してくれれば私も意識することが出来る。
「うん。わかったよ。この先、上空からの魔物はプレリに、地上の魔物はソールが相手をして。私はなるべく足止めしたり支援に回るから」
「りょーかいっ! 頼むぜリーダー!」
「セシルちゃん、お願いね」
私がやれば簡単に始末出来るのは間違いないのだけど、それでもなるべく二人に戦わせておきたい。
戦闘経験という点でもそうたけど、何より倒した魔物の魔石を自分に吸収することで眷属達は強くなるようになったから。
それは私が倒して二人にレベルを譲渡するよりもとても効率的なため、少しくらい遅くなったとしても二人に戦わせることにした。
これはケーヒャ首長国に行った時ジェイ、イリゼ、レーアの三人にもやらせていたからね。
「じゃあそろそろ出発しようぜ」
ソールは剣を山頂に向けると、意気揚々と足を動かし始めた。
プレリと私も彼女に遅れないよう、その後ろ姿を追い掛けた。
二人には熱操作で気温を下げてあげる必要はないし、補助魔法でバフを付けることも出来ないので襲いかかってくる魔物の行動を阻害したり、攻撃を弾いてあげることだけが私の役割だ。
さっきは雑魚じゃないって言っていたソールだけど、ここで向かってくるのは全て脅威度Aの魔物ばかり。珠母組のフィアロやリィンでも余裕で倒せるのだから彼女達が苦戦することなど有り得ない。
「だああぁあぁっ! おりゃあっ! つぎぃっ! しゃあっ!」
次々と魔物達を剣の錆にしていくソール。
単体で苦戦などは有り得ない。
「そぉれっ! やあっ! そこっ!」
プレリは天魔法で突風や真空波などで複数の魔物を纏めて始末していく。
珠母組でさえ余裕で倒せるけれど、ここにいる魔物は少なく見積もっても三百はいるだろう。あと何回こんな群れを相手にするかわからないけど、良い経験になってくれそうだ。
そうして私は二人がみっちりと経験を積んでいくのを眺めながら怪我したり危ない目に合わないよう魔法で助けながら進み、やがて遠い大地の向こうに太陽が沈む頃合いとなった。
「そろそろ終わりにして一度屋敷に戻ろうか」
「……はあぁぁぁっ……さすがに、疲れたぜ……」
「セシルちゃん、お姉ちゃんお風呂入りたいわ……」
この二人にもかなり無理をさせたし、明日には登頂出来るようにしたいね。
そのためにも今日はこの二人にたっぷり魔力を補給してあげよう。
私は二人の手を取ると、長距離転移で屋敷へと戻ることにした。
翌日。
昨日の場所まで戻ってきた私達を待っていたのは大量に発生していた魔物の群れ。
いったいどこにこれだけの数がいたのやら。
「さすがにこれをプレリとソールだけで片付けるのは手間だから、私も参加するね」
「正直、ありがたいぜ……。こんなの相手にしてたらいつまで経っても頂上になんか着かないからな」
特にソールは単体への攻撃がほとんどだからそうかもしれない。
プレリの魔法も火山にいる魔物とはそれほど相性が良いわけじゃないし、昨日も面倒臭そうにしてたからね。
「じゃあ、とっとと行くよ! 新奇魔法 極獄凍流波!」
バキバキと地面と空気が凍り付いていき、魔物達の身体をも巻き込んで周囲を極寒地獄へと変えていく。
脅威度Aの魔物とは言え、かつて連鎖襲撃で大量の魔物達を葬った私の魔法の前には為す術なく倒れていく。
魔物の群れの中央は大きく数を減らしたせいでぽっかりと穴が空いた状態だった。
すかさず私達三人はその穴目掛けて走り始める。
「どけどけぇっ! 道を開けやがれぇっ!」
ソールが張り切って剣を振い、時折襲い掛かってくる魔物達を斬り捨て、プレリも負けずに天魔法で魔物達を吹き飛ばしていった。
魔物達がまた集まってきたところで私の魔法が炸裂して、昨日までとは打って変わって早い速度で私達は山頂目指して走り続ける。
やがてお昼に差し掛かろうという時間になって、魔物の群れはピタリと私達への攻撃を止め、後を追ってくることも無くなった。
「なんだ? あいつら、この上に行けないのか?」
「多分、この先にいるナニカに近付けないんでしょ」
「確かに、凄く強い力を感じるわぁ」
そのまま歩き続けていくと、何かを通り抜けるような感覚があってゴツゴツした火山らしい岩場の風景からただの平らな荒地へとガラリと変わる。加えて火山特有の暑さが無くなってきて常時発動させている熱操作への負担がほとんど無くなった……元々無意識で使えるくらいの負担だから大したことはないけど。
「どうやら……白竜王の時と同じみたいだね」
荒野の先に小さく見える赤い塊。
そこに鎮座する真っ赤な竜はこちらを真っ直ぐ見据えたまま動かず、しかし攻撃的な意思も感じない。
白竜王もそうだったけど、多分ここに来れる人なんてほとんどいないからか、訪問者に対して無差別に攻撃したりすることはないようだ。
連戦を続けて消耗の激しい二人を気遣いつつ、歩いてその真っ赤な竜のところまで歩いていく。
やがてすぐ近くまで到着すると、改めてその巨体を見上げた。
白竜王も大きかったが、この赤い竜も負けず劣らず。
「こんにちは」
「あぁ、よく来たな。我が名はゼットヴィルデン。この大陸に住まう竜王だ。赤竜王、と呼ばれていた」
「ご丁寧にありがとうございます。白竜王の大陸にあるアルマリノ王国でセシーリア・ジュエルエースと言います。セシルと呼んでください」
「ふむ……お主が白竜王の言っていた娘か。……なるほど、聞きしに勝る馬鹿げた強さだな」
「あれ? 白竜王から聞いてるの?」
「うむ。少し前にな」
それにしても馬鹿げた強さって。
最近は眷属達にレベルを分け与えたりもしたから実際のレベルは下がってるんだけど……でもこの火山でかなり戦ったからまたレベル上がったかも?
「それで、ここには何用か? 我の知ることなど、白竜王と変わることはないが?」
「私の用件は、この大陸にもあると思うヴォルガロンデの研究所を探すことだよ。彼の文献から高いところにありそうだと思ったからこの山に来たんだけど……外れだったみたいだね」
「ヴォルガロンデ……随分と懐かしい名前を聞いたものだ。あの者の研究所かどうかはわからぬが、ここから西にしばらく行ったところに溶岩を讃えた巨大な池がある。山の高さはかなり低いが、その溶岩の池は直径で二万メテル以上あるのですぐにわかるだろう。あの者がこの大陸に居座っていた時の拠点がその池の中央にある小島から入れたはずだ」
標高の低い火山っていうと楯状火山かな? マグマ自体もあんまり粘り気がないからすぐ流れちゃうはずだけど……赤竜王の言い方からして今も溶岩が溜まっているみたいだし、どうなってるんだろ?
それにしても溶岩の池の真ん中にある島にある研究所って……ヴォルガロンデも研究所をもう少し普通のところに作ろうと思わなかったのかな?!
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