第425話 ケーヒャ首長国へ行こう
結局三人に問い詰められそうになったジョーカーはその場から姿を消してしまった。
私の前から下がるのに軽く「我が君、失礼します」しか言わなかったのはジョーカーにしては珍しい。
「とにかくジョーカーにしても、あなた達にしても私は気にしないよ。こうして起きてくれて本当に嬉しいの」
「主殿…。これからはいかようにも我等をお使いくだされ。拙者は主殿に仇なす者を斬り捨てる刃にござる」
ジェイはどこから取り出したのか、鞘に入ったままの刀を床に置いて跪いた。
「ありがとう。早速だけど、三人に頼みがあるの」
「どのようなことでも仰ってくださいまし。お師匠様のお言いつけならどのようなことでも」
レーアは綺麗なカーテシーをしつつ私に頭を下げた。
「これからテゴイ王国からケーヒャ首長国に向かいたいと思ってるんだけど…アイカとクドーがまだ研究中で同行出来ないの。一人で行ってもいいんだけど折角だからこの四人で行きたい」
「御当主様…。承知しました。全力で御身をお守り致します」
イリゼは短い銀色のステッキ…じゃない、あれは指示棒? 授業とか講習の時に指し示す棒だ…ってしかも伸びるしっ?! え、じゃあ秘書っていうより女教師?
よく見たらレーアもいつの間にか扇子を持ってる。
ひょっとして二人の武器ってあれなのかな。ジェイはすごくわかりやすい武器なのに。
というか別に守られるようなことはないけど…何かあっても私が戦闘に出ることはないかもしれない。
「ただ一緒に楽しく旅が出来れば良いと思っただけだよ。だからそんなに気負わないでね」
それからステラを呼び、三人を紹介した後ですぐにテゴイ王国へと転移した。
研究に没頭してから一カ月くらい経過しちゃったせいか、テゴイ王国の王都はかなり変わっていた。
王都に関しては町自体にお金を落とす必要がなかったために現地の作業員をほとんど雇っていない。
せいぜい町の地理を担当していた役人といくつものグループに分かれていたギャングのような連中のトップだけ。
衛兵なんかは何の役にも立たないし賄賂しか要求してこないからとっくに王都から追放している。
転移してきたデルポイテゴイ支社の支社長室ではカンファが一人で事務作業をしているところだった。
「派手にやってるねぇ?」
「会長、お疲れ様です。…そちらは?」
「今日から私の眷属になったんだよ。ジョーカーの仲間って言えばわかる?」
カンファは仕事の特性上ジョーカーと頻繁に会っている。だからジョーカーが普通の人間ではないことも説明しているし、貴族としての私に仕えているわけじゃないこともわかっている。
「なるほど。みなさん初めまして。セシーリア様の下で総合商社デルポイのテゴイ支社、カジノ部門長を担当しておりますカンファと申します。以後お見知り置きを」
「これは丁寧な挨拶を頂戴した。拙者主殿に仕えるジェイと申す。無骨者ゆえ剣しか取り柄はござらぬが、よろしくお頼み申す」
三人のうち何故かジェイが代表して挨拶したけれど、イリゼとレーアも名乗るくらいしか言うことないもんね。目が覚めてからまだ一日も経ってないし。
「町の話は報告書である程度は把握してる。詳しい話は次の会議で聞くね」
「わかりました。会長はこれからどちらへ?」
「アイカとクドーがまだ研究に没頭してるから、この三人と一緒にケーヒャ首長国まで行ってくるよ」
私達はカンファに別れを告げるとそのまま王都から出た。
既に王都から入る時と出る時の馬鹿みたいな税金は撤廃されているので、衛兵が賄賂を要求してきたら通報して下さいと門に張り紙がされている。
「よしじゃあ行こう!」と思って門から出て少し歩いたところで突然レーアがピタリと足を止めた。
「お師匠様。アルマリノ王国唯一の大公がこのように歩いての旅というのはよろしくないのではありませんこと?」
え。
なんかどこかの貴族令嬢みたいなこと言い出したんだけど?
見た目は正しく貴族令嬢だけど。
「いや…今の私は冒険者だし、別に問題ないでしょ?」
「わたくしが嫌ですわ」
ジョーカーみたいに私のイエスマンってわけじゃないのか。
けど…。
「うぅん…でも今からまた町に戻って馬車を借りるのも面倒だし、かと言って飛んでいくのも味気ないと思わない?」
「ふむ。確かに旅の醍醐味はござらんのぅ」
「ですがレーアの言うこともわかります。御当主様自らこの地を歩くなど、祝福を与えるようなものです」
ジェイはすごく常識人っぽいけれど、イリゼはどちらかというとジョーカー寄りの考えみたいだ。
言いたいことはわかるけど、出来れば私はのんびり歩いて旅がしたいし今から馬車の用意をするのは現実的じゃない。
「じゃあ仕方無いけど、今日の予定は取り止めにしようか? 一度屋敷に戻って馬車と一緒に転移してくれば…」
「それには及びませんわ」
バッとレーアが扇子を開き、どこに持っていたのか地面に小さな宝石を二つ落とした。
すると地面がもこもこと動き出し、宝石を巻き込んで何かの形に変わっていく。
あれは擬似生命創造でゴーレムを作ってる、のかな?
そして同時に四則魔法で土からまた別の物を作り出している。
しばらくして完成したのは、馬車だった。しかも馬はゴーレム。
「そういう手があったね…」
馬車と言っても車部分に屋根はなく、向かい合って座る形はそのままに完全なオープンカー。
車輪と客車は板バネのようなもので切り離されており長い時間座っていても疲れないような設計になっている。
「レーアすごい!」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。ささっ、お師匠様こちらへ」
私はレーアにエスコートされたまま客車に上がり椅子に座った。
流石に全て土で作ってあるから固いけれど、それは私の魔法の鞄に入っているクッションを使えばいいこと。
四人分のクッションを椅子に敷くと、三人も客車に上がってきた。
私の隣は馬車…いやゴーレム車を作ったレーアが座り、正面にイリゼ、斜め向かいにジェイが座った。
「それでは出発致します」
レーアが扇子を軽く振るうと馬ゴーレムは静かに動き出し、ようやく旅が再開された。
相変わらず、というか…カンファがいろいろやっていたけどすぐに状況が変わるわけでもない。
つまりは物凄く治安が悪い。
国全体で。
私の時空理術で感知している範囲内に二十人くらいの人間が確認出来る。
村があるわけではなく、森の外縁部に潜んでいるのだ。
「主殿、気付いておられるとは思うが賊が潜んでおる」
「そうだね。レーアの作った馬車が綺麗だからお金持ちの貴族が乗ってるとでも思ったんじゃない?」
「普通貴族ならば荷物用の馬車に加え、護衛を多く連れて行きます。寧ろ我々はかなり怪しい部類でしょう」
わかってるけどね。
でもこの国の人達はそれ以上に飢えて追い詰められている。
何をしても税金でほとんどの稼ぎを持っていかれ、他者を殺めてでも自分が生きるのに精一杯。
勿論それを言い訳にして良いわけじゃないし、許されるものでもない。
だからどんな事情があってもクドーなら賊に落ちた時点で命を奪うし、それが本来正しい盗賊の対処法だ。
「どうやらこちらを獲物と決めたようですぞ。主殿、拙者にお任せいただいてよろしいか」
「ジェイ、独り占めは良くありません。私も御当主様のお力になりたいのに」
ジェイとイリゼはやる気みたいだ。
対してレーアは何もするつもりがない。ゴーレムの操作で手一杯? 私のレーアがそのくらいのことで必死になるわけがない。
どうしてこんな性格になったのかわからないけど、いかにもな貴族令嬢っぽい対応よね。
「ジェイ、イリゼ。二人に任せるけど、殺さないように。終わったら彼等と話がしたいから近くまで連れてきてね」
「「はっ」」
二人に指示を出すと同時に走り続けているゴーレム車から飛び降りて賊が向かってきている方向へと走っていった。
レーアにゴーレム車を止めさて待つことしばし。
イリゼの手から伸びる薔薇のツルみたいなものに縛られた盗賊達が引きずられてやってきた。
ジェイは刀すら抜かずに当て身で、イリゼは植物の毒を使って動けなくしたようで、多少の傷や苦しんでいる人はいるけど死者はいない。
「お疲れ様。さて…」
私は聖魔法で彼等を治療すると、縛られている人の中でちょっとだけ良い装備をしている男の前にしゃがみこんだ。
「貴方が盗賊のボス?」
「ひょぉぅ…まさかこんな綺麗なお嬢様が乗ってるたぁな。うまくいきゃ俺達全員で可愛がってやったのによぉ」
私もよく見た目だけはただの貴族令嬢って言われるからこうやって侮られるのは慣れている。
だから。
「ひいぃぃぃぃっ?!」
ボスっぽい男に対して軽く殺意スキルを向けてあげた。
「へ、へへ…俺達もここまでか…。まさかこんな強ぇ貴族様とはな…」
まだまだ全力じゃないんだけどね?
まぁいいや。
「実力の違いがわかってもらえたところで…あなた達はこれからどうなるかわかる?」
「へっ…盗賊は斬首だろうが。んなこたガキでも知ってることだ」
「そうね。けど…ちょうどあなた達みたいなのにやってもらいたいことがあるんだよね。言うこと聞くなら生かしてあげるけど断るなら今すぐ殺す」
「殺す」と呟いただけなのに私から漏れる殺気に賊の何人かは悲鳴を上げた。あ、失神してるのもいるね。
「言うこと聞きゃ、殺されねぇんだな?」
「今私が殺すことはないね。言うこと聞かずにまた盗賊の真似事してたら、必ず探し出して次は間違いなく殺す」
「………っ。ち……っ、わかった」
たっぷりと間を開けて、ボスらしき男は首を縦に振った。
「やってもらいたいのは、王都に行ってこの手紙をデルポイのテゴイ支社にいる支社長に渡すこと。受付にいる女性にはこっちの手紙を渡して」
郵便配達?
まさかそんなことをやらせる必要なんてない。
手紙には間違えないよう受付嬢向けには赤い封筒。カンファ宛てには白い封筒で用意した。
「ここからなら明日には届けられるでしょ」
「…は? なに、馬鹿な…王都だぞ? ここから王都まで、馬車でも二日以上かかる!」
「頑張って走ってね。明日の六の鐘までに届けなかったら逃げたと見てやっぱり殺す」
「ひっ?!」
再び私の殺気を浴びて短く息を吸った。
仮に失神したとしてもその時はそれだけ時間が無くなるだけだし、起きてるだけ頑張ってる方だと思う。
王都を出てからゴーレム車で鐘一つ。
これが普通の馬車なら明日の夕方までなんて余裕で辿り着く。
しかしゴーレム車は普通の馬車の三倍くらいは早い。
多分フルマラソン三回分ってとこだから、本当に死ぬ気で走らないと無理かも。
私はイリゼに目配りして薔薇のツルを外させた。
時折棘で切られたりした人もいたみたいだけど今度は治療しない。
「じゃ私達はもう行くから。生きたかったら精々頑張ってねー」
彼等に背を向けて客車へと歩きながら後ろ手に手を振った。
別に彼等が本当にカンファのところに行くなら良し。
行かないなら私がクドーが出ていけばいいだけのこと。
それじゃ予定通り、遠回りしながらケーヒャ首長国に行こうかな!
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