第415話 道標
気絶してしまったジジョイル公爵とその護衛の二人をソファーに寝かせ、とりあえず起きるまで待つことにした。
その間に部屋から出ていたアイカも戻ってきたけど、やっぱり「やりすぎや」って言われた。
それから一時間もしないうちにジジョイル公爵は呻き声を上げた後、ゆっくり目を開いた。
「起きたね」
「あ…私は…」
「私の圧力に負けて気絶しちゃったんだよ」
本当は殺意なんだけど、それを言えば話がややこしくなりそうなので黙っておく。
「圧力…。他のSランク冒険者にも会ったことはあるが、このようなことはなかったのだが…お前はどうだ?」
ジジョイル公爵はここに来て初めて護衛の人に声を掛けた。
護衛の男性は公爵よりも少し早く目を覚ましており、私達を警戒していたけれど、誰もがその場から動かなかったせいか剣の柄に掛けていた手を今は下ろしていた。
「恐るべき力だと思います。それこそ彼らが本気になれば我が国などひとたまりもありません」
「それほどか…」
「おそらく、かの帝国軍が相手でも三人で渡り合うほどではないでしょうか」
帝国の情報は珠母組から齎されているので凡その戦力は把握している。
フィアロと同じくらいの実力者が将官クラスになるとチラホラいるらしいので、いくらなんでも私達三人で楽勝ということはないけれど。
「私達がどのくらいの強さかは、わかってもらえたところでさっきの話に戻っていいかな?」
「あ、あぁ…すまない」
公爵なんだからいくらSランク冒険者といえど簡単に詫びの言葉は口にしないでいいと思うんだけど、それが彼の人柄なのかもしれない。
まぁ自分の第二夫人に、って話したことは殺意スキルで気絶させちゃったこともあるし忘れてあげよう。
「で、ジジョイル公爵がこの国の王様をやっつけて新しい王様になるって話だったよね。それで私達に何をしてもらいたいの?」
「何を、とは…貴女達には戦う力を提供してもらえれば、こちらで何とかするとも」
「今までもまともに国を運営出来ていなかったのに? 知識も経験もないじゃない。それにお金は? 国王が持ってるとしても貨幣として持ってるかわからないし、調度品なんかに変わってたらどこに売ったらいいかとか。公爵にそういうツテがあるの?」
勿論伊達に公爵の地位に就いてるわけじゃないのだから、ある程度はなんとかなるとしても滅びかかっているこの国をどうにかしようと思ったら電撃的に物事を進める必要がある。
「それも…なんとか、するつもりだ…」
「いい方法はないんでしょ。私にはあるわ。とびっきりの方法がね?」
「…それを聞いたら、最早引き返せないのだろうな…」
「そもそも私達にこの話をした時点で、公爵とも一蓮托生だよ。じゃあ説明するね」
私はそこで公爵相手にこれからの行動について話し始めた。
時間にすれば一時間にも満たないほどだったけれど、彼は興味深そうに何度も相槌を打ち、ところどころで質問さえしてきた。
やっぱり公爵だけあってそれなりには優秀らしい。
「わかった。それではその話に乗らせてもらおう。それで、結局貴女への報酬はどうすればいい? 私の妻になることより魅力的な報酬など想像もつかないが」
まだ言うか。
「夫がいるわけじゃないけれど、私にも大事なパートナーがいるからそういうのはいらないよ」
「パートナー、か。それはそちらの男性かね?」
ジジョイル公爵はクドーの方へ視線を送りながら聞いてきた。
クドーも外見は悪くないし頼りがいもあるけど、彼はアイカのものだしねぇ。
「俺とアイカはセシルの相手ではない。詮索するより話を先に進めたらどうだ」
「…失礼した」
ありゃ。
珍しい。クドーがちょっと苛ついてる。
でも正論だしね。
それよりクドー以上に苛ついてるのがアイカだね。
…別にクドーに手を出したりなんかしないからこっち睨まないでほしいんだけど。
「だが、そうなると尚更報酬はどうしたらいいかわからん。何を望む?」
さて、どうしたものかな。
この国の財政状況じゃまともな報酬はもらえそうにないし。
(セシル、良い方法があるのだ)
悩んでいたところへメルから声がかかった。
私は悩んでいる風を装いながらメルの話に耳を傾けた。
(そんなにうまくいくかな?)
(いかなくても良いのだ。どうせ言うだけならタダなのだ)
(それもそうだね)
話がついたところで私は顔を上げて公爵を真っ直ぐ見つめた。
「あの城の地下から大昔の魔道具が出土しているでしょう? その魔道具の優先買取権、ってどうかな。こっちには道具鑑定を使える人もいるし、適正な金額で売ってあげる」
「そんな、ものでいいのか?」
「えぇ。けど、多分この国の人はそれほど探索が進んでないんじゃない? だから私や私のクランメンバーが探索して得たものはこの国へ手数料を払って引き取らせてもらう。仮にガラクタの類であっても。この条件を飲んで書面化してくれるなら例の調度品の買取もこちらでやらせてもらうよ。当然、優先探索権ももらうけど」
メル曰わく、この国の人が探索しているのは地下の極表層のみらしい。
ダンジョンになっているわけじゃないらしいけど、相当深く広い迷宮で侵入者に対する警備システムも稼働しているとか。
いろいろちょうどいいよね?
ランディルナ家の騎士団育成と違って冒険者を育てるなら普通の訓練だけじゃなくてダンジョンにも潜らせないとだね。
私の屋敷にあるチーちゃんレニちゃんの融合ダンジョンは推奨レベルがかなり高めな上にレベル上げや戦闘力向上を最優先させてもらっているので、騎士団育成には良いけど冒険者としての経験を積むにはちょっと向かない。
あそこも勿論罠とか設置しているけど、あくまで「そういうもの」があることを知ってもらうため。本格的な罠が仕掛けられているエリアは何故かメイド達に人気があるって聞いている。
ランディルナ家改め、ジュエルエース家はどこを目指していたんだっけなぁ…。
おっと思考がそれた。
「あまりにこちらにとって都合の良い話にしか聞こえないな。話だけして決起当日に不参加とするつもりではあるまいな?」
「こっちにとってもかなり利益が見込まれるんだけど? じゃあもう一つ、私と繋がりのある商会のお店を出させてほしい…いえ、支店を置かせてもらおうかな」
「ほう? それはなんという商会かね?」
「『総合商社デルポイ』って聞いたことある?」
ガタタッ
デルポイの名前を出すとジジョイル公爵は勢い良く立ち上がって身を乗り出してきた。
それどころか護衛の男性までも同じくらい前のめりになっている。
「デッ、デルポイだと?! アルマリノ王国で立ち上げ帝国や神聖国、ザッカンブルク王国にもその手を広げている巨大商会ではないか!」
「この周辺国ではアルマリノ王国から離れすぎているため出店が見込まれていないと聞いています! その支店を出せるのですか?!」
あれ?
西側小国群に出店しないなんて話はなかったはずだけど。
時間掛け過ぎてそう思われてるのかな。
多少のリスクがあったとしても出店するようコルに言っておこう。
「一体…貴女は何者なのだ…」
「最初に名乗ったじゃない。私はSランク冒険者のセシルだよ」
それからの話はスムーズだった。
報酬も決まったし、やることも確定した。
ついでにその後のことまで。
日が落ちてきて町がオレンジ色に染まり始めた頃にジジョイル公爵は護衛とともに帰っていった。
そして私はまず一言呟いた。
「なんでこうなった…」
おかしくない?
ヴォルガロンデを探そうと旅に出たはずなのにさ?
ソフィアの故郷がどんな国か確認しようとしただけなんだよ?
「トラブルに好かれる体質なんやろ。それこそメルに聞いてみたらえぇんちゃう?」
答えを聞いてるわけじゃないけどアイカが私の呟きに答えたことで、ぽんっという音と共にメルが現れた。
「なんなのだ?」
「ねぇ、メルクリウス。貴方は私のスキルだけど道標なのよね?」
「うむ。それがわっちの役目なのだ」
「ヴォルガロンデを探すはずだったのになんでこんなことに巻き込まれてるの?」
「セシルの運命まではわっちにもわからないのだ。しかしこの国でやることは決して無駄にならないのだ。理由はないのだ。そう示されているのだ」
はぁ、とわかりやすく溜め息を零した。
メルを引っ込めることもなく、私はソファーにもたれたまま天井を見つめた。
確かに急いでるわけじゃないけど、だからって遠回りを好んでいるわけでもない。
ジジョイル公爵の王位簒奪に協力することが私の今後にどう関わってくるのかはわからないけど、デルポイにとっては良いことだし、アーティファクト級の魔道具がいくつも手に入るかもしれないのならば十分に価値がある。
「理屈じゃわかってるんだけどなぁ」
「えぇやん。世の中うまくいかないことだらけや。前世で嫌ってほど味わったはずやん?」
「…それも、そうだね。ま、やると決めたからにはしっかりやらせてもらうけどさ。とりあえず、町の様子を見たら部屋に結界貼って屋敷に戻るね」
私はメルを含めた三人に話したつもりだったけど、返事が来たのはアイカからだけだった。
長距離転移で屋敷に戻ってくる時は常に私の部屋に来ることになる。
アイカとクドーはそのまますぐ自分の部屋へ行ってしまうので、私もいつもなら執務室へ出てから食堂なりに行くようにしていた。
でも今日はなんとなく部屋から出る気になれず、そのまま椅子に体を預けた。
「ねぇ、メル」
「なんなのだ?」
「…ひょっとして、大昔にあの城の地下に魔道具を溜め込んでいた魔王ってさ…ヴォルガロンデなんじゃない?」
「…セシルにしては、珍しく勘が鋭いのだ。正解なのだ」
「だから、遠回りでもヴォルガロンデが通った道を辿らせようとしているんだよね。そもそも『道標』としての役割も、ヴォルガロンデの通った道を示すものなんでしょ」
「…正解なのだ。わっちにはその道しか示すことが出来ないのだ」
「その先にヴォルガロンデがいるならいいよ。でもそこまで私に同じ道を歩ませようとする理由はなんなの?」
真っ暗な部屋でプカプカと浮かぶメルと話す。
確証があったわけじゃない。
ただ何故か、そうなんじゃないかとしか思えなかった。
「…ヴォルガロンデの寿命が尽きようとしているのだ。もう限界をとっくに超えているのだ」
「それは、後何年って話?」
「持って数年なのだ」
気にはなっていたけれど、やっぱり遠回りしてる暇なんてないんじゃないの?
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