第410話 ジュエルエース大公
ソフィアのデビュタントとコルの至宝伯引き継ぎを終えてから一月が経過した。
バタバタと過ぎ去る日々の中、コルとルイマリヤの結婚式も終えることが出来、一段落したといってもいい。
結果として私の仕事は学校関連のことだけになった。
その学校も少しずつ運営し始めている。
それについてはまた改めるとして、私は今王宮に来ている。
爵位は引き継いだために私が登城するには召喚状がないと駄目なんだけど、陛下から私とコルに呼び出しがかかったのである。
いつもの応接間にて私とコルが座り、後ろにはミオラとノルファが立っている。
待つこと三十分くらい、控え目なノックの音がして陛下が入ってきた。
後ろにはシャルラーン様とアルフォンス殿下、ルーセンティア殿下、レンブラント殿下と続いた。そして最後にエギンマグル侯。
なんだかすごく厄介事な予感がするよ。
「悪かったな突然呼び出して」
「いえ。それで陛下、こんな引退した者を引きずり出してどうなさいました?」
不敬とも取れる嫌味を吐き出しながら彼等の言う通りにはならないよと牽制する。
「そう不機嫌になるな。今日はセシーリアにとっても悪い話ではない」
『私にとって悪い話じゃない』なら誰にとって悪い話になるんでしょうね?
陛下が一つ頷くと、まずは雑談でもと言わんばかりにシャルラーン様とルーセンティア殿下が話し始めた。
爵位を引き継いだ際にもコルとシャルラーン様はずっと話していたし、ルーセンティア殿下も私としばらく会えなくなると言ってずっと隣にいた。
だからまた会えて嬉しいのはわかる。わかるけど、あからさまに外堀を埋めるような話し方で進行するのが納得いかない。
「それで、これからのことを話しておこうと思う」
雑談が一区切りしたところで陛下が再び口を開いた。
「まずは結婚おめでとうコルチボイス」
「ありがとうございます陛下。本日は私と母上のみでとありましたので妻は連れて参りませんでしたが、後日改めてご挨拶に伺います」
「うむ。それで今後コルチボイスの子が産まれた後の話をさせてもらいたい」
まだ結婚式したばっかりなのにもう子どもの話?
あんまりストレスかけると妊娠しにくいって話も聞くし、プレッシャーかけるのは良くないと思う。
あ、だからルイマリヤは呼び出さなかったんだね。
「実は、今ルーセンティアのお腹の中に子がいるんだ」
突然のカミングアウトに驚いた。
一カ月前に会った時にはそんな素振り全くなかったのに。
「それはおめでとうございます。お二人の子であればさぞかし可愛らしいでしょうね」
「兄う…殿下、おめでとうございます」
アルフォンス殿下とルーセンティア殿下も前世のアイドルが裸足で逃げ出すほどの美形だ。
それはもう天使しか産まれてこないだろうね。
「それでだ。産まれてくる子とコルチボイスの子が男女となれば二人を婚約させたいと思っている」
「…さすがにそれはまだ気が早いのではございませんか?」
「セシーリア、王族でなくとも貴族でも普通にある話だ。気が早いということはない」
マジですか。
嘘でしょ? と思ってコルを見ると彼も頷いた。
でもさ、結婚して二週間くらい経ったけど実はコルとルイマリヤはまだ行為に至ってない。というか同衾すらしていない。
それはステラにも確認しているので間違いはない。
まぁこれはルイマリヤにも話していることだけど、コルも転生していて性別が変わってしまったためになかなかそういう行為に至れないのだと。なので最低限の務めだけになるかもしれないと。
ルイマリヤもそのことは了承しており、夜の生活以外ではコルも彼女をとても大切に扱っている。
だからしっかりと記録を取りながら一発勝負にかけようとしているみたいだ。
「わかりました。いつ、とお約束出来るものではありませんが子が産まれた際にはこの話をお受け致します。ですが、アルフォンス殿下に男の子が産まれたら良いのですが、女の子だった場合は…」
「その時はそなたの子が王位を継げば良かろう」
良かろうじゃないよ、良くないよ!
「陛下、一般的な貴族家であればそれも許されますが王家ともなれば話が違います。王女様であれば我が家へお越し入れ下さいますようお願いします」
「ふむ…。であればその時はまた改めて考えるとしよう」
考えるまでもないと思うんだけど、陛下はそれ以上の言及を避けてきたので私もあえて話を続けることはなかった。
「それで、コルチボイスの子とアルフォンス兄上の子が結婚した場合だが…」
そこで今まで話に入ってこなかったレンブラント殿下が口を開いた。
「当然だがコルチボイスは公爵となる。だが今まで王国に多大な貢献をしてきたセシーリアに対し、何もないというわけにはいかない。何かしらそなたにも褒美を与える必要があると考えた」
「…その分は息子にお与えください」
「まぁそう言うな。現在ランディルナ家がある敷地は王都の北西一帯を占めている。これはスパンツィル、ニーレンヨードの土地も含まれ、広大な地域となっているが未だに手付かずの土地もあろう?」
「…そうですね。ニーレンヨードの土地は半分ほど未使用となっています」
「そればかりではないだろうが…では旧ニーレンヨード邸跡地に新たな屋敷を建て、そちらに至宝伯を住まわせるようにしてもらいたい」
うん?
よくわからないけど、コルとルイマリヤを家から出して独立させろってこと?
「わからぬか? セシーリア、そなたとは別の貴族家として独立させるのだ」
「コルチボイスを独立させることはわかります。ですが別の貴族家とは? 既にコルチボイスは至宝伯を引き継いでおりますので、我が家には爵位などございません」
「そうか? コルチボイスの子が婚約する際には余も引退し王位をアルフォンスに譲るつもりだ。そうするとセシーリア、そなたの立場はどうなる?」
陛下が引退してアルフォンス殿下が王位を継ぐ?
その子とコルの子が婚約する。
ちょっと血が濃くなりすぎるような気がするけど、従兄妹くらいならまぁ良しとして。
アルフォンス殿下は前王の子、コルも前王の子だけど私の養子になっている。
子ども達は従兄妹同士。親は兄弟。更にその親は本来同一だけど養子なので…私もその親になるわけで?
「…まさか、義理というか仮というか…私と陛下が兄妹のような扱いになる、とか…?」
「その通りだな。そういうわけで、セシーリアには新たな爵位が必要だ」
「いえっ?! さ、さすがにそれは強引すきるのではないでしょうか。特に私は成り上がりの平民ですよ?」
「それこそ何を言っている? そなたはイーキッシュ公爵の孫ではないか」
ええぇえぇっ?!
今になってそれを持ち出してくるのっ?!
さすがに話が大きくなりすぎて血の気が引いてくる。
「何、引退した身に無茶なことは言わん。余も王位を譲った後は日がなのんびり過ごすつもりだ。セシーリアもそうすれば良い」
爵位だけ渡してこの国の所属として拘束しておきたいっていう意図がありありと見えるけど!
多分断るといろいろ拙いんだろうことは間違いない。コルの今後とかもさ。
この国に拘る必要なんてないけど、面倒臭くなってきちゃったなぁ。
「母上、貴族としての仕事など私がやります。母上はご自身の思うままで大丈夫です。陛下とアルフォンス殿下の思惑は母上の持つ軍事力が国外に流出することを恐れているに過ぎません。どうしても乗り気になれないのであれば、この場で私共々捨て置き下さって結構です」
「コル…。…はぁ、息子にそんなこと言われたら母親としては頑張らなきゃいけないでしょ、もう」
本当にすごく面倒臭いけど、私は仕方なく頷いた。
「外敵に対する脅威を取り除く仕事は引き続きするつもりでしたので構いません。ですがそれ以外は学校の運営しかするつもりはありません」
「勿論構わないとも。しかし至宝伯として持っていた鉱山の視察権はセシーリアのみに適用した方が良いのではないか?」
「…まぁ、それは確かに…」
コルは鉱山の視察なんてそこまで興味はない。
やってやれなくはないけど、正しく運営されているかどうかしか見ないと思う。
その業務も引き継ぐつもりだったけれど、別にやらなくても問題のない仕事だ。
「ならば鉱山の視察権、鉱石、宝石の取り扱いの権利はセシーリアのみに適用することとしよう。今後ランディルナ至宝伯はランディルナ侯爵とし、至宝伯の爵位は以前と同様伯爵位と同等にし、セシーリアに持たせておく。またセシーリアには今までの功績、今後アルフォンスとコルチボイスの子達の婚姻、現在持つ屋敷のこと等含め、新たに『ジュエルエース大公』を与える。今後は『セシーリア・ジュエルエース大公』を名乗るが良い」
た、大公…?
公爵位の更に上?
本来ならアルフォンス殿下が王位を引き継いだ際に王弟となるオイツェント殿下やレンブラント殿下に与えられる爵位だよね?
あぁもう…どうにでもなれ…。
「…慎んで、お受けします…はぁ」
「爵位を貰って溜め息を漏らすのはセシーリアくらいだぞ?」
だって、別に欲しくないし嬉しくないし…。
一応内々で処理を進め、貴族会議でのみそのことは周知されることとなる。
大々的に叙爵式などは行われず、ただ静かにその地位に立つことになるとのこと。
こうして私はアルマリノ王国で王家に次いで地位の高い『大公』になった。
王宮での話を終えて屋敷に戻った私は主要なメンバーを執務室へと集めた。
そこにはデルポイの幹部も含まれており、みんなには見えない位置に魔鏡を置いてミルルにも共有している。
「そんなわけだから、今後ランディルナ家は侯爵家となります。旧ニーレンヨード邸跡地の残りに急いでコルチボイスの屋敷を建造して。それに当たってランディルナ侯爵家の紋章を書き換える必要があるからコルは紋章の製作を。現在の紋章はジュエルエース大公家の物になるよ。新しく屋敷を建てるに当たって使用人や護衛の兵の補充案を提出して、それから…」
「母上、そこから先は私の方でやります。陛下からものんびりするように言われたではありませんか」
「…そうだった。…というか、普通に執務室に来ちゃったし…」
「ですので、今からは私が引き継ぎます。母上はステラと一緒にお茶でもなさっていてください」
「え…あの…はい」
バタン
閉められた扉をしばらく見つめていたけれど、自嘲気味に息を一つ吐き出すとクルリと身体の向きを変えた。
やんわりと追い出されるような形で執務室を出た私はそのままステラを連れて屋敷の廊下を歩き出した。
今日もありがとうございました。
やっとこの名前をセシルのものにしてあげられました!




