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閑話 アイカ

前回ようやくソフィアをお迎え出来たのですが、一つ閑話を入れさせてもらいます。

 いつも目が覚めると同時に絶望していた。

 あぁ、今日も目が覚めてもうた。

 まだ生きなアカンのやと。


 ウチの生活は真っ白い病室の中が全てやった。

 たった一つの窓から見える景色だけが変わっていき、それ以外は毎日点滴されてベッドで寝てるだけ。

 たまにある検査は辛くてとても嫌いやった。

 唯一、病室に持ち込んだノートパソコンで両親が契約してくれた動画サービスで観れるアニメや携帯ゲーム機でやるゲームが楽しみで趣味と言えた。

 ただ時折えらい胸が苦しゅうなって起きてることもできへんことがあった。

 お医者さんの話やと誰かの心臓ととっかえっこせな治らへんのやと。

 けど誰かの心臓貰うっちゅうことは、その『誰か』がウチの代わりに死んでまうってことやん?

 せやからウチはあんま気が進まへんかったんやけど、両親がウチのせいで苦労してたり泣いたりしてるのを見るのは物凄く嫌やった。


 そんな生活が四年くらい続いて、ウチが十七歳の時や。

 やっと移植の順番が回ってきたんやて。

 けど、いろんな話聞いたり手続きせなアカンからって両親が病院に向かってきてる途中で事故ってもうた。

 急ぎすぎたんやて。

 スピード出し過ぎた車はカーブを曲がり切れんで、ガードレール突き破って五十メートル下まで真っ逆様。

 『全身を強く打って』って亡くなり方だったんて。

 それを聞いたウチの心臓も耐えられへんかったんやろな。そのまま止まってもうてん。

 なんや子どもの頃からずっと、いろんな我慢したまま、幸せになろうとした矢先に全部無くしてもうた。

 ウチの人生ってなんやったんやろな?

 そないなことを『考えられた』ことで、気付いた時には『神様』の前におった。


 異世界に転生出来るん?

 特典は一つだけ決められる?

 そんなん決まってるやろ。

 異世界転生お決まりの超鑑定能力以外あらへん。

 それでどんな病気でも治せる薬作ったるんや!

 ウチみたいな病気で苦しむ人全部治したる!


 それから生まれ変わったら夜人族っちゅう人間やない生き物にされてもうたんやけど、まぁえぇ。

 錬金術や調合、魔道具作りなんかにも手ぇ出して…気付いたら故郷も出てて、冒険者なんかやって、クドーと知り合って…アルマリノ王国に流れついたんや。

 それまでも転生者は何人か出会ったんやけど、みんな『転生者』ってことを誰にも話せへんかったからか、変に拗らせてる人が多かったと思う。

 けど、セシルに出会った。

 ホンマお人好しの宝石バカのどアホなんやけど…なんや放っておけへんかった。

 気付けばセシルにいつも肩入れしとった。


「私はアイカのこと好きだよ」


 なんてさらっと言ってくるんやで?

 とんだ人たらしや。

 それでも悪い気はせんかった。

 ただテゴイ王国にいたある女の子に会った時や。


「なんなら私の義理の娘として迎えてもいいと思ってる」


 なんやねん?

 全部全員救えると、ホンマに思ってるんとちゃうやろな?!

 ウチかて病気で苦しむ人がおったら何とかしたる思ってる。けどそれとは全然ちゃう。


「ねぇアイカ。全部を助けることは出来ないかもしれないけど、この子は助けたい。助けたいと思う子を助けないなら私は偽善者でもなんでもない、ただの無関心な人になっちゃう。それに、昔の…前世の私を思い出して、境遇がそっくりで…」


 セシルの前世のことは聞いとった。

 酷い両親に虐待され続けて死にそうになったんやてな。

 確かにこの子も同じかもしれへん。

 …なんもせんかったらそれこそ虐待しとった両親と変わらん。見なかったことにして、知らない振りして見捨てたらその最低最悪の両親と同じや。

 ウチは、前世も今世も両親はまともな人? やったからわからんかってん。


「あの女の代わりにいたぶって、デカくなったら犯してやろうと思ってんだ! 面だけはいい女だったからな…こいつもさぞ男受けするいいアバズレになるだろうよ! げひひひひっ!」


 あの子の父親はクズでしかなかったんや。

 ホンマ寒気がするほどのドクズ。

 全然他人で、見捨てたらえぇと思っとったのに…この子は絶対助けなアカン。

 そう思ったら、目の前の男に対して殺意しか湧いてこん。

 セシルは男に大金を差し出して女の子を引き取った。

 タダやないのに、魔法契約書まで作ってやで?

 しかも貴族相手に使うようなやつや。一枚で白金貨くらい平気で飛んでいくはず。

 結局身売りしたようなもんやけど、実際方法なんてなんでも良かったんやろな。

 一刻も早くあの父親から救い出さなアカン。

 そしてセシルがあの子を連れて出ていき、クドーもそれに続いた。

 町の広場に向かったところでウチはこっそり引き返した。クドーには気付かれとったけど、セシルに余計なこと言うような奴やないしえぇやろ。

 そのままさっきの父親の家まで戻ってきたウチは入り口のドアをノックもせずに開けた。


「ひっ、ひひひっ…うへへへ……あ? なんだ? まだなんかあんのか?」


 父親はセシルの渡したワインを飲みながら目の前に積まれた大量の金貨と宝石を舐めるように見入っていたようやけど、それには構わずに彼の隣へと進んだ。


「な、なんだ? 俺に何の、ンゴッ?!」

「そのくっさい口から息すんなや。汚い町がもっと住めへんようになるやろ」


 男の顎に手を掛け、無理矢理開けた状態にすると腐っても成人男性でそれなりの力で暴れ始めた。

 とは言え、ただの町人Aがセシルのパワーレベリングで四桁レベルになったウチに何か出来るわけあらへん。

 そのまま男の臭い口に持っていた瓶の封を開けて中身を飲ませるとウチは力を緩めて解放した。


「ごほっ! ごほっごっ…な、何しやがる…」

「セシルは大甘のお人好しやけどな、ウチはお前みたいなドクズ許さへんで」

「お、俺はあの女と正式に、子どもを売っただろうが!」

「せやな。そういう意味では金で子どもをやり取りするのは二人ともクズや。けど…それに輪ぁをかけてお前の方が生きてる意味ないんちゃう?」

「なに、を…? ま、まさか…おええぇえぇぇぇぇっ!」


 男はウチが飲ませたのが毒薬やと勘違いしたのか何とか吐き出そうと喉に手を突っ込んだ。

 あんま意味ないけどな。


「勘違いせんでえぇ。折角セシルが生かしたんや。ウチかて殺すつもりはあらへん。せいぜい頑張って生きるんやな。ま、死にたくなったらこれ飲み。次の日の朝には間違いなく死ねる薬や。ほなな」


 ウチはセシルが残した金貨の隣に小さな瓶を一つだけ置くと小汚い小屋から早々に立ち去った。

 背中に男のドロリとした敵意を感じたものの、無視して歩いてセシル達に合流することにした。

 屋敷に戻ったウチらはセシルが急いであの子の世話をし出したところで、クドーと二人で離れへと帰ることに。


「アイカ、あの子の父親のところへ行ったのか」

「…別にえぇやろ。…なんや、セシルに言うつもりなん?」

「言うつもりはない。それに、アレは生かしておいてもロクなことにならん」


 クドーはウチのやったことは正当だと、言外ににおわしてきた。

 正しいことをしたとは思ってへんけど、やっぱり子どもに愛情を注がんのは許せへん。


「俺はお前のことを知ってるから、何も言わん。せめてあの子の未来がセシルに拾われたことで明るくなるのを祈るのみだ」


 クドーは流しからショットグラスを二つ持ってくると、トクトクと琥珀色の蒸留酒を注いでその内の一つをウチの前に置いた。

 カチンと、グラスを合わせる音を立てるとちびりと舐めるように酒を口に含んだ。

 喉の奥を強いアルコールが流れ込んで焼けるような痛みを覚えた。

 これからもセシルの甘ちゃんを助けることは無くならないんやろうなぁ…それでも、ウチはあのお人好しのことやっぱ気に入ってるんよなぁ。

 ホンマ、厄介な友達作ってもうたもんや。

 ま、せいぜいウチの人生の目標を達成するためにこれからも協力していきたいところやな!

 もう一口酒を飲むと、再びアルコールが喉の粘膜を刺激して焼けるような感覚に襲われた。

 焼けるような、と言えば…あの男はちゃんと楽しんでくれとるやろうか?




 翌日から男は手足にチリチリとした痛みを感じるようになった。

 酒の飲み過ぎかと思い、男は気にしなかったが、酒を飲むことで一時的に痛みも和らいでいたので更に酒を飲んだ。

 だが次の日になっても、チリチリとした痛みは消えることはなかった。それどころか前の日よりも少し範囲が広がっている気さえした。酒の量はまた少し増えた。

 更に次の日になると、範囲は広がりチリチリとした痛みはまるで火鉢を触ってしまったかのような鋭い痛みになった。痛みを誤魔化すために更に酒を求めたが、腹でたぷんと音がするほど飲んでも痛みは消えなかった。

 日を追うごとに範囲は広がり、火傷のような痛みはずっと続いていた。


「い、いてぇぇぇぇ…あづうぅぅぅいぃぃ、いでえぇぇぇ…」


 次第に男は酒を飲んでも痛みが引かないことから、酒を飲むのを止めた。

 そもそも酒を買いに行けないほどに四肢全体に焼けるような痛みが広がっていたからだ。


「く、そ…絶対、あの女だ…あの女が、俺に、毒を……」


 アイカが飲ませた薬によって引き起こされたのは手足の神経を傷付けるためのものであり、それによって引き起こされた灼熱痛。

 この世界には傷付いた神経をも修復する回復魔法というものがあるが、一般的な回復魔法より高度なものを用いなければならないため、平民は諦めるしかない。

 男の目にはあの時女が置いていった小瓶が映っていた。

 あれを飲めば死ぬが、痛みからは解放される。


「くそったれっ!!」


パギャッ


 男は小瓶を掴むと勢いよく床に叩き付けて割ってしまった。

 その目は落ちくぼんでおり、ここ何日もまともに眠れていないことがわかる。


「ふうぅぅぅっ! ふうううぅぅぅっ!」


 荒い鼻息を吹き出し、目は血走っていて既に正常な精神ではないようだった。

 小さなロウソクだけが男の怒り狂った影を壁に映していた。それはまるで御伽噺に出てくるような悪魔のよう。

 そして悪魔はいつも、狙ったように業を持つ者の下へとやってくる。


「おっほほほ。貴方のその痛み、アテクシが治して差し上げましょうか?」


 その日から男の姿を見た者は誰もいなかった。

 男の家には大量の金貨といくつかの宝石があったが、家の主人の留守が知れ渡るとあっと言う間に家の中はからっぽになった。

 まるでそこには最初から誰もいなかったかのように…。

今日もありがとうございました。

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[一言] >「おっほほほ。貴方のその痛み、アテクシが治して差し上げましょうか?」 >その日から男の姿を見た者は誰もいなかった。  あー…………。  魔人薬だったかなんかの供給源に拾われて実験台にされ…
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