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第41話 お勉強担当ティオニン先生

8/6 題名追加

 朝食が終わった後、私はリードが今日受けるという座学の講義を聞くために同じ部屋にいた。

 いや、正しくは講義が行われる部屋に先に来て待っていた。リードはまだ来てない。いくら貴族の息子と言っても教師より先に来て待ってるものじゃないの?

 部屋の中にはリードが使用するための机と教師用の机の二つがあるがどちらにも何冊かの教科書らしき本が乗っている。タイトルを見ると「アルマリノ王国史」「アルマリノ王政の変遷と特徴」「王国地理院発行地図」「ツェーブナス戯曲集」等という難しそうなタイトルが並んでいる。察するに主に歴史と地理、それと戯曲…演劇の台本を使った物語をなぞることによる語学の習得だろうか。それにしても八歳の子がやるには些か高度すぎるとは思うけど。


ガチャ


「ふぇ?今日ははや…どちら様ですか?」


 ドアが開く音がしたのでそちらを振り返ると十代後半と見られる女性が入ってきていた。彼女が今日の講義を担当するティオニン先生だろうか。薄い紫色のボリューミーな髪を後ろにまとめていてこれで眼鏡をかけていれば完璧な文学少女と言える出で立ちだ。そしてかなりの童顔で、服装もかなり余裕のある体のラインがわかりにくいものを着ている。しかし、だ。私にはわかる。この魂の奥底から拒否したくなる反応。間違いない。彼女は…きょぬーだ。ファムさんと比べてとなるとこの服装のせいでわからないけど、前世の私では逆立ちしたって届かない領域のはず。…いや逆立ちしたって胸は大きくならないけどさ。寧ろ逆立ちくらいじゃ何も変わらないくらいでしたさっ。


「私は昨日よりリードルディ様の武術担当の家庭教師をすることになりましたセシルと申します。以後よろしくお願いします、ティオニン先生」

「ふあぁぁぁ…あ!失礼しました。私は同じくリードルディ様の勉学担当の家庭教師をしていますティオニンと言います。こちらこそよろしくお願いします」

「リード…ルディ様はまだ見えられていないようです。彼が来るまでもう少し待ちましょうか」

「はぁ…またですか。仕方ないですね…そういえばセシルちゃ…先生は随分小さいのにとてもしっかりしてるんですね?」


 この人今「ちゃん付け」しようとしたね?実際小さいから構わないけどさ。同僚に対する態度は崩さないようにした方がいいと思うよね。というか、ティオニン先生も私よりちょっと大きいくらいでそこまで身長はないと思うけど?


「『セシルちゃん』でも構いませんよ?ティオニン先生」

「あはは…失礼しました。新しい武術担当が来るとは聞いていたのですが、まさかこんな可愛らしい女の子とは思っていなくて。改めてよろしくお願いします、セシル先生」

「すみません、生意気でした。それにしてもリード、ルディ様は遅いですね」

「ふふ、『リード』でいいのですよ。私達教師は彼をそう呼ぶことを許可されていますから。もちろん公式の場では駄目ですよ?上位貴族の跡取りですから私達なんか簡単に縛り首か打ち首です」


 結構昨日からリードっていろんな人の前で言ってた気がするけどあの場にいたのがオスカーロだけだったから助かったみたいなものなのかな。所謂青い血の人達っていうのは私達とは一線を画するんだろうね。

 助言をくれた彼女には「気を付けます」とだけ言い、二人で部屋の椅子に座ってリードを待つことにした。

 なのに一向に彼は現れない。そういえば


「先ほど『またですか』って仰ってましたけどこういうことはよくあるのですか?」

「…はい、恥ずかしながらリードは私の講義がつまらないみたいでしょっちゅうサボってまして…。このまま彼が講義を受けてくれないと私もここをクビになってしまうかもしれないです…」


 …あのバカタレちゃんは何をやってるんだ。全くどうしようもない。

 ティオニン先生は後ろにまとめた髪を前に垂らして手で握りしめている。時折煽ぐように束ねた髪をバタバタと動かしているのを見ると不安を感じているのかもしれない。

 以前に心理学か何かの本で読んだことがあるけど、女性が後ろ髪をかき上げたりして首回りを換気するのはストレスを感じている時、なのだそうだ。ちなみに男性だと襟を摘まんで煽ぐのがそれに当たるとのこと。

 私?前世では肩につかないくらいのミディアムだったからそんな癖はありませんでしたよ。髪長くするとシャンプー代がバカにならないし、不潔になりやすいからって園では髪を伸ばすのは禁止されてたからね。


「仕方ないなぁ…」


 私は気配察知と魔力感知を使って周囲を探ってみる。すると屋敷の敷地内、離れの建物があるところにリードはいるようだ。正確には離れの裏あたりだろうか?


「リードは離れにいますね。外の林?かな?」

「えぇ…そんなところに…講義受ける気全くないじゃないですか。というかセシル先生すごいですね!そんな離れた場所にいるリードがわかるなんて」

「これも訓練の賜物ですよ。それじゃあ少し待っててくださいね」


 私は開け放たれた窓から身を乗り出し窓枠に足を掛けるとそのまま外に飛び出した。ここは二階なのでそのまま落ちたとしても大した怪我などしないがティオニン先生は「あぁぁぁっ」と悲鳴を上げていた。

 気にしても仕方ないし、私のことをよく知ってもらうためにも今は無視しておく。

 地面に着地するとリードの反応がある方向へ走り出し、走りながら魔人化を使う。全力で使ってしまうと地面が抉れてしまう可能性があるので僅かに身体を強化する程度。このくらいなら身体強化でも十分に出せる出力でしかない。

 一分ほど走っていると聳える木々の向こうに離れの屋根が見えてきた。リードの反応があるのはその向こう側にある林の中だ。魔力感知があるリードに悟られないように魔人化を解除して隠蔽で気配を消しておく。

 離れから百メテル少し離れたところにログハウスのようなものがあり、リードはその中にいるようだ。しかしナージュさんに見せてもらった屋敷内の地図には記載のなかった建物だ。庭師の人達が休憩用に作ったものかもしれないね。

 窓からこっそり中を窺うとリードは椅子に座って剣の手入れをしていた。

 剣ばっかりの脳筋になってどうするつもりだよ。仮にも次期侯爵様だろうに。それでも随分丁寧にしているところを見ると頭ごなしに咎める気にはなれないけどさ。

 剣の手入れに夢中になってることをいいことにそっとドアを開けて中に入りリードの後ろに回り込む。


「リード」

「うあぁぁぁっ?!」


 私が声を掛けると彼は随分驚いて持っている剣を取り落としそうになる。落ちそうになった剣を受け取り、彼の胴体に腕を回すとそのままログハウスを出て、ティオニン先生の待つ部屋へ戻ることにする。

 途中リードが何か言いたそうにしていたけど結構揺れるから口開けると舌噛むよ?

 また数分走って部屋に戻るときにジャンプした後に魔人化を解いて窓枠に足を掛けた。


「戻りました」

「……おか、えり、なさい…」


 息も切らさず平然とリードを抱えたまま二階の部屋に外から戻った私を見てティオニン先生は唖然としている。

 八歳の子どもがすることじゃないから当然と言えば当然だけど。

 ちなみにリードはやっぱり舌を噛んだみたいで口を押さえてうずくまっている。剣は彼の魔法の鞄に収納しておいてあげた。

 ついでにバタバタとうるさいので回復魔法を使ってあげる。痛みが取れたリードはすぐさま私に食ってかかってくるかと思ったが床に座り込んだままそっぽを向いている。


「ダメだよリード。ちゃんと先生の講義は受けないと」

「…そうは言うがな。僕は一回でも多く剣を振ってもっと強くなりたいんだ」

「はぁ…またそれ?あのねリード。貴方はこのクアバーデス領の次期領主、次期侯爵様になるんじゃないの?」


 子どもの言い分に呆れちゃうよね、ってリードは子どもだった。

 普段無駄に大人びた発言をするせいで精神的に同い年と勘違いしてしまいそうになる。でもこの子は本当にそのまま八歳なのだ。だとしたら尚更今のうちに勉強していろんな知識を身に着けてほしい。


「勉強しないでなれるほど領主様も侯爵様も甘くないんじゃない?」

「…わかってる。…しかし勉学とはどうしてもつまらないではないか!」

「…つまらない…は、はは…」


 なんか私の後ろから忘れてた人の声がする。振り返るとティオニン先生ががっくりと膝を折って床に手をついている。あの回りだけ空気が重そうに見えるから不思議だね。


「リードの言いたいことはわかるけどね」

「せ、セシル先生までそんな…」

「ティオニン先生、その本で勉強してるんですよね?」


 私は机の上に置いてある数冊の本を指差した。先ほどもタイトルを読めていたけど言語理解のおかげで文字を読むのは問題なくできる。書くのは…あやしいかもしれないけど。


「はい、私がアカデミーで勉強した本を持ってきてそれを参考にしています」

「却下」

「えええぇぇぇぇぇっ?!な、なんでですか?!教えてくださった教授の講義はとても面白くて私すごく感動したんですよ」


 アカデミーというのは王都にある高度な学問を修めるための施設で前世で言うところの大学のようなもの。試験を受け入学するのは成人後になりほとんどの人は二十歳くらいで修了となるが、一部取りたい講義があったり研究などのために残る人もいるんだとか。結構前にイルーナに聞いたことがあり、その時は関係ないと思っていたけど思わぬところで役に立った。

 しかしだ。どこの世界に大学の講義で使うテキストを小学生の教科書にするバカがいるんだ。…ここにいた。


「ティオニン先生の感想はどうでもいいです。必要なのはリードに必要な知識をつけることなんじゃないですか?」

「あぅ…ぐぅの音も出ません…」


 先生なのだからよほど大人なのかと思えばコレか。

 というかオスカーロといい、ここの家庭教師は大丈夫なのだろうか…。

 私の領分ではないものの、このままではリードが勉強嫌いの本物の脳筋になりそうな事態に私は心の中で頭を抱えるのだった。

今日もありがとうございました。

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