第397話 ルイマリヤ嬢
ギレンとキシュを放置してテントの外に出た私達。
リィンは早速馬車の用意をしていた。
馬車って言っても本当の馬を使ってるわけじゃなくて私が作ったゴーレムの馬で、車の方もアイカが作った吊り下げ式の揺れが少ないものだから乗り心地は普通の馬車より格段に良くなっている。
「リィン」
そこへミルルが声を掛けるとリィンは作業を中断してその場に膝をついた。
「本来なら主人を呼び出すなど言語道断、厳罰物ですが、貴女を失う損失の方が大きいと私も判断致しました。よって貴女の処罰は行いませんが、今後はこのようなことがないようにしなさい」
「はっ。ミルリファーナ様にもお手を煩わせてしまい申し訳ございません」
またミルルは…いちいち固いよね。
けどこれで私がそんなことを言うと小言が増えるからやめておこう。
「リィン、これからも頼むね」
「ご主人様…。承知致しました! 必ずやご期待に応えてみせます」
ミルルが視線で「甘い」と言ってるけど、気にしない。
翌日、私とミルルは一度屋敷に戻った後再び野営地に戻ってきていた。
昨晩はノルファとエリーの相手をしたけど、あの子達は大人しいから体力的にはかなり余裕がある。
「それで、貴方達には二人で聖金貨十枚払う資産はないわけですね?」
「だから払えるわけないだろ! お前だって俺達がどのくらいの報酬を貰ってたか知ってるはずじゃないか!」
「わかりました。では約束通りダービスの貴方達の家までお送りします。その後私の方で冒険者ギルドへ報告しておきます」
リィンに彼等との話は任せ、私とミルルは二人でその成り行きだけを聞いていた。
出発直前、ギレンとキシュは私を見つけると恨みの籠もった目で睨みつけてきた。
「…金の亡者がっ! アンタみたいな奴がいるから俺達みたいな奴らが出てくるんだ!」
「アンタなんか死ねばいいんだ!」
すごい言われようだけど、私には何も響かない。
チートはあったけど、私だって貧しい村の出だから。
何も言わない私に代わり、ミルルが後ろから一歩出てきた。
「この方は今は魔物に滅ぼされた小さな村の出身ですわ。それから一人で冒険者として身を立て、名を示し、ついには爵位まで戴いたのです。貴方達のように強い者に寄生する愚か者とは違いますの。恥を知りなさい!」
ミルルの言葉にちょっとだけ胸にこみ上げるものがあった。
そういえば私の村の跡地にはまた新たな村が建設されているのだ。クアバーデス侯の下でリードが立ち上げた事業なのだとか。
私も出資させてもらい、より良い村作りは今も進んでいる。
そしてミルルにお説教された二人はそのまま馬車に乗り込み、リィンに連れられてダービスへと向かっていった。
「ミルル、ありがとう」
「当然のことを言ったまでですの。私、セシルが謂われのない暴言を吐かれるなんて耐えられませんもの」
ドレス姿のまま私の腕に自分の腕を絡めてくるミルル。
彼女の頬に触れる程度のキスをして、私達は王都の屋敷へと戻ることにした。
屋敷ではちょうど朝食の時間になっていて、私はフィリライズ・ベルギリウスとなったミルルとともに食堂へとやってきた。
「こっ、これはベルギリウス公!」
「ローヤヨック侯。朝食の席にお邪魔させてもらってすまない。ここの食事は美味しいからよく来させてもらっているんだ。私のことは気にしなくていいから、まずはご馳走になろう」
突然現れたベルギリウス公に慌てるローヤヨック侯。
彼は侯爵になってからまだ日が浅いのもあって公爵に対してやたら腰が低い。
ちなみに私は三公爵のうち、イーキッシュ公は祖父だし、ベルギリウス公は恋人という立場なのであまり遠慮しない。
ゾノサヴァイル公だけは礼を欠かないけど、リーゼさんに頭の上がらない人と思うと、ちょっとね?
ちなみにルイマリヤ嬢はガチガチに緊張しているみたいだ。
「本来なら私のような平民がこのような場にいることは烏滸がましいのですが…」
ユーニャが私の隣の席で苦笑いすると、ベルギリウス公ことミルルからすぐにフォローが入る。
「気にすることはない。貴女がセシーリアのパートナーということは王国中に広まっているのだから」
貴女も公になってないだけで立派に私の恋人ですけどね?
「そうですな。私もユーニャ・カーバンクル殿のことは存じております。総合商社デルポイの幹部であり、ランディルナ至宝伯のパートナー。若くして王国中、今や外国にも拡大を続けるデルポイコモン部門を纏める女傑だと。お会い出来たことを光栄に思いますぞ!」
「勿体ないお言葉にございます」
それから社交辞令も終わり、食事を済ませた私達は昨日に引き続きローヤヨック親子の対応を続けた。
今日は屋敷に来てくれたカンファとユーニャでローヤヨック侯を、私とコルでルイマリヤ嬢の相手をさせてもらっていた。
「なるほど。魔法でそこまでコントロール出来るんだね?」
「は、ははは、はいっ! わ、わ、わ…わわ、私がっ、かい、開発した魔法で…」
ルイマリヤ嬢は魔法の使い方を私とは全然違う方向へと考えていた。
私のは攻撃魔法を主体にそれを使った魔法や魔道具の開発をしていたけれど、彼女はそもそも魔法の使い方が違う。魔力を持って動力を生み出し、それを軸に様々な技術を提唱している。
例えば回転運動を行う回路を私が作るなら天魔法で空気や水を回すことを考えて作るけど、ルイマリヤ嬢はシンプルに回転させているだけ。
これだけでも今までの魔道具の根幹が変わる。
魔石一つで消費する魔力量が大幅に減少すればもっと違うアプローチで魔道具を作ることが出来るはずだ。
というかなんで私気付けなかったんだろ?
「なんやおもろそうな話しとるやないか」
「アイカ?」
三人で話しているところへアイカが飄々とした様子で歩いてきた。
その様子にローヤヨック侯があてがった護衛達が少し腰を落としたけれど、我が家の護衛やリビングアーマー達は無反応だったので動くに動けないでいた。
「彼女は我が家の相談役です。主に錬金術や薬の開発をしてもらっています」
「よろしゅうな!」
「ル、ルル、ルイ、マリヤ・ロ、ローヤヨックと、も、ももうし、ま…」
「ウチに固い挨拶なんか不要やで。ルイマリヤちゃんやな。ウチはアイカや。よろしゅう」
ケタケタと笑うアイカだったけど、私に向かって軽く顎をしゃくってきたのを見てすぐに立ち上がった。
「申し訳ないけど、少し外させてもらうよ」
私はアイカと二人で少し離れた場所までやってくると、彼女から一枚のメモを渡された。
ルイマリヤ・ローヤヨック
年齢:17歳
種族:人間/女
LV:9
HP:44
MP:537,423
スキル
言語理解 MAX
棒術 1
格闘 1
算術 MAX
礼儀作法 4
弁明 4
ユニークスキル
凝縮思考 5
炎魔法 1
氷魔法 1
天魔法 1
地魔法 1
理力魔法 4
空間魔法 1
隠蔽 2
魔道具作成 1
彫金 1
細工 1
レジェンドスキル
魔力闊達 1
聖魔法 1
邪魔法 1
四則魔法(上級) 1
新奇魔法作成 2
魔法変異 1
神の祝福
継続運転
タレント
転生者
研究者
魔ヲ極メル者
理ヲ修メル者
細工師
魔工技師
やっぱりいるとこにはいるものだけど…すごすぎない?
魔法は全部上位スキルなのに、ほぼ成長してない。
でもMPの量は私が同じくレベルだった頃よりも遥かに多いから、多分魔法とか研究に特化した転生者なんだと思う。
そして転生者ではあるけど転移者ではない。それは多分継続運転って神の祝福のせい、かな。
多分だけど、記憶を保持したまま生まれ変われることが出来るってものだと思うんだけど…彼女はいつの時代からの生まれ変わりなのか。
こればっかりは本人に聞かないとわからないか。
「セシルの神の祝福で成長させたらとんでもないことになりそうやな?」
「そうだね。でも根っからの研究者っぽいし、このままコルと一緒にデルポイで好きなことさせてた方が良いかもしれないよ?」
「そうやな。戦力だけやったら珠母組かてかなり使えるんやろ?」
アイカに言われて珠母組のことを頭に浮かべた。
フィアロを筆頭に女性の襲撃者をフレッシュゴーレムにして強制的に従属させているメンバー達。
彼女達は全員生まれ変わらせた後で訓練を施し、レベルも二百五十前後まで育てている。
Sランク冒険者でも中位から上位に入るほどの強さではあるけれど、昨日のリィンみたいに脅威度Sの魔物の群れとは戦えないので、汎用的な戦力にはなるけれど一人で戦略的な運用が出来るようなものじゃない。
そういうのはアイカ、ミルルの役割であり、強力すぎる個体の対処ならクドーやユーニャ。
私は単独で脅威度Sの魔物が含まれる連鎖襲撃を殲滅出来るのだからなんでも有りだよ。
って、今はルイマリヤ嬢のことだった。
「なかなか面白い子だし、知識もすごい。私としてはこのままコルの婚約者にしたいんだけどね。ローヤヨック侯とも話はつけてあるし」
「ええんちゃう? お互い王族やら貴族やらに生まれとるんやし、やらなアカンことくらいわかってるやろ」
言われてみればその通りだ。
私みたいな成り上がりと違って生まれた時から貴族な二人ならわかっていることだと思う。
私はアイカにお礼を言うと話し込む二人のところへと戻り、話の合間を狙って本題に入った。
「さて、まだまだお互いのこともわからないだろうし話したいことも尽きないかもしれないけど、本題に入らさせてもらうよ」
そう言うとコルとルイマリヤ嬢はさっきまでのにこやかな顔から一転、真面目な表情を貼り付かせた。
「コルはどう? ルイマリヤ嬢のことは気に入った?」
「気に入るも何も、僕は義母上の決められたことに逆らうつもりはありません。ですが、とても知識の引き出しが多く『なるほど』と気付かせてもらいました。出来ることなら今後も近しい者として側にいてもらいたいと思っています」
コルの言う『気付き』って言うのは商売に関することだろう。それだけのキッカケを与えてくれるルイマリヤ嬢を近くに置きたいと思うのは納得だけど…言い方ってものがあるでしょうに。
「ルイマリヤ嬢はどうかな? コルチボイスのことは?」
「わ、わたた、たし、は…」
私はコルの義理の母ではあるけれど、ルイマリヤ嬢とはそこまで歳も変わらないし、あまり緊張しないでもらいたいんだけどな。
歳は四つ差か。
って、あれ? ほとんど妹みたいな年齢なのに私は彼女から『お母さん』って呼ばれることになるの? マジで?
「わたし、も…コルチボイス様とお話するの楽しい、です。ここ、こん、んな、話し方でも、気になさいませんし…私も、帰ってからいろいろ試したいことが出来ました」
いい感じよね?
「わかった。後は私とローヤヨック侯との親同士で話すことにする。二人には決して悪いようにはしないとここで約束するよ」
本当はもう話は済んでいるのだけど、こう言っておけばルイマリヤ嬢も変に緊張したりはしないと思う。コルにはバレてるみたいで少しばかり呆れた顔をしていたけれど。
私はその場を二人のために立ち去ることにして、大人同士の話をするために屋敷の中へと入ることにした。
今日もありがとうございました。




