第396話 虹の橋解散
出力を上げたことと、リィンに手を出されたことで私の怒りが湧き上がってしまい殺意スキルが自動発動していた。
脅威度Sだろうと、マーダーレオは下位。
一番大きい個体のもので多分レベル三百相当と考えれば、今の私の十分の一程度。
怯えるのも無理はない。
「でも許さないけどね。剣魔法 光剣繊」
伸ばした指先から紫色の光線が走り抜ける。
五本指のそれぞれから出ており、それらは以前よりも威力が上がっている。
簡単に三体のマーダーレオの眉間を貫き、残り二体は辛うじて回避していた。
しかし紫色の光線は伸びていった先で曲がり、マーダーレオをどんどん追いかけていく。
やがて逃走制限の壁にぶつかって動きが止まったところで同じように眉間を貫かれた。
八つ当たりするには弱すぎるからこのくらいで十分だよね。
戦闘が終わり、マーダーレオの死体を回収した私はすぐにリィンの下へと戻った。
「終わったよ」
「も、申し訳ございませんでした! わ、私がもっと慎重に行動していればご主人様のお手を煩わせるようなことはありませんでした!」
と、すぐに土下座して頭を地面に叩きつけた。
そんなことしたら折角のリィンの綺麗な顔が台無しになってしまう。
私はすぐにリィンの体を起こして立ち上がらせた。
「困ったらすぐ呼んでって言ったのは私なんだから気にしないの。貴女が怪我をする前で良かった」
「…あ、ありがとうございます」
土下座して汚れてしまった服を洗浄で綺麗にしてあげたが、そこで気付いた。
「『制服』を着たんだね」
「は、はい。…それでも私には対処出来ませんでしたが…」
「だからそれはいいって。けど、『制服』を着たなら大分魔力を使ったんじゃない?」
珠母組に渡している『制服』は彼女達の核ともいえる体内の魔石に蓄えている私の魔力を使う。
それも結構馬鹿にならない量をだ。
「それも後でちゃんと補充しなきゃね」
「セシル」
私が補充用の魔石を用意しようとしたところへ近くを見回っていたミルルが戻ってきた。
その手には二人の人間の体が掴まれていて、彼等がおそらく冒険者パーティー『虹の橋』だと思われた。
「生きてるの?」
「一応息はありますわ。女の方は首が折れてますので持って数分。男は腕を食い千切られてますけど命に別状はありませんの」
「そっか。リィン」
「はっ」
私はミルルが引き摺ってきた二人を示しながら尋ねた。
「この二人はどうする? 助ける? それともこのまま見殺しにする?」
男の方は生きてるけど、ここに置いていけば間違いなく魔物に食われると思う。この人はそこまで強くないだろうしね。
「…見殺しにしても良いと思いますが、今後の冒険者としての活動に支障が出る可能性があります。なので生かされた方が得策かと」
「そうかな? まぁリィンがそう言うならわかったよ」
私は男の方に傷の手当てをする程度に、女も首が折れているのを治療し、牙を立てられた傷を癒やした。
ただこのままここに置いていたら結局魔物の餌になるだけなので一度森から出てテントでも張って休ませることになってしまったけれど。
「…ここは…」
森の外にテントを張って鐘一つ程度の時間が経った頃、ようやく腕の千切れた男、ギレンが目を覚ました。
「起きた?」
私は椅子に座ってミルルの淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
ギレンと、もう一人の首が折れたキシュという名の女はまだ横になっている。
そのギレンは私を見るとすぐに起き上がるために手をつこうとしたが、無くなった方の腕だったせいで盛大に転んでいた。
「いつつ…。こ、ここは…? それに、アンタは…?」
ギレンが私のことを『アンタ』呼ばわりした瞬間、周囲の気温がぐっと下がったように冷ややかな空気に包まれた。
「貴方…、今こちらのお方を『アンタ』呼ばわりされまして?」
「ギレン、貴様助かった命がいらないようですね?」
はい、ミルルとリィンが犯人でした。
二人の殺気に圧されてギレンはすっかり萎縮して口がきけなくなってしまっている。
「ちょっと二人とも、彼が話せないでしょ」
若干呆れながら二人を諫めるとようやく殺気を抑え、私の後ろに控えた。
「これで大丈夫かな。私はセシル。貴方のことはリィンから報告を聞いて知ってるよ。よろしくね」
「リ、リィンから? じゃ、じゃあアンタ…」
ギレンが再び私のことを『アンタ』呼ばわりしそうになったところでまたもや二人の目に殺気の炎が灯る。
全然話が進まない…。
「あ、いや…セシルさ、ま? がリィンの主人なのか…ですか?」
「そうだよ。…だから二人とも怒るの禁止! 話が終わるまで待つ!」
私が二人を諫めていることにギレンは驚いているようだった。
確かに出力を最低まで落としている今の私はこの二人よりも弱く見えるかもしれないから当然で、ちょっと口調の砕けた貴族令嬢みたいに見えるだろうからね。
「リィンに呼ばれて彼女を助けに来たの。ついでに貴方達も近くにいたから手当てしたってわけ」
「あ、ありがてぇ……そっ、そうだ! キシュ、キシュはっ?!」
「慌てなくても貴方の後ろで寝てるよ」
私が彼の後ろを指差すと、すぐに後ろを向いてキシュの下へと向かった。
片腕がない状態でよくやるね。
「キシュ! おい、キシュ! 起きろよ!」
ペチペチとギレンがキシュの頬を叩くと、彼女はうっすらと目を開けた。
どうやら生きてさえいれば回復自体は出来るみたいで、図らずも回復魔法のテストが出来たことが嬉しくなった。
「よ、良かった……俺、もう駄目だと…」
「ギレン……私達、どうして…」
二人が自分達の状況を確認しようとしていたので、私はリィンにあの時の状況を説明させることにした。
リィンが私を呼んで助けてくれたこと。マーダーレオは全て私が倒したこと。瀕死の二人に回復魔法を使って森の外で休んでいること。
彼女の話が終わる頃には紅茶も飲み終わっていた。
ただ、ここで一つ問題が。
「ね、ねぇ…私の体…全然動かないんだけど…」
キシュの体は首から上以外が全く動かなくなっていた。
彼女はマーダーレオに首の骨を折られており、私の回復魔法で骨は繋がっただろうけど、恐らくその時に傷ついてしまった神経までは治らなかったのかもしれない。
「命があっただけでも良かったですね。ご主人様が来られなければ二人とも今頃マーダーレオの腹の中です」
「命があっただけって…これじゃ私何も出来ないじゃない?!」
「お、俺も腕が無くなったし…もう冒険者はやれそうにない…」
「そうですね。お気の毒です」
悲嘆に暮れる二人に対し、無傷のリィン。
彼等がリィンに向かって非難の目と言葉を向けたのはすぐだった。
「なんでアンタは無事なのよ! アンタだってマーダーレオと戦ったんでしょ?! なんで傷一つ無いのよ!」
「そ、そうだ! 俺達にこれからどうしろって言うんだ!」
予想通り。
後ろで聞いてるミルルさえもあまりに自分勝手な彼等の言い分に苛ついているのがわかる。
この苛つきは近い内に私に向けられることになるからほどほどにしてくれないかな。
ミルルの責めってユーニャと同じくらい過激だから大変なんだけど…。
「どうするも何も…そんな状態の二人とはパーティーを組めませんから『虹の橋』は解散ですね。私は別の方とパーティーを組むことにします」
「なっ?! そ、そんな勝手なこと許されると思ってるのかよ! 俺達は働く事すら出来ないんだぞ?!」
「そうよ! リィンが責任持って私達を養いなさいよ!」
うん。流石にそろそろ私もイライラしてきた。
「あのさ。冒険者は体が資本。怪我するのも死ぬのも自己責任。なのになんで怪我した貴方達を私のリィンが世話しなきゃならないの?」
「ご主人様…」
って、なんで今の私の言葉に貴女が顔を赤くするのリィン?
「じゃ、じゃあアンタが俺達を養ってくれるってのかよ?!」
また私を『アンタ』呼ばわりした。
あ、でも話終わるまで怒るの禁止って言っておいたからミルルもリィンも耐えてるよ。圧がすごいけど。
「私が? なんで? さっき言ったでしょ? 冒険者は怪我するのも死ぬのも自己責任って。自分達の実力に見合わない依頼を受けるからこうなるんだよ。リィンに関しては私が助けるけど、貴方達を助けたのはついで。そのまま死んでたら良かったって言うなら今からここにいる二人に殺してもらう?」
私の言葉にリィンはすぐ剣の柄に手をかけた。ミルルも指先に魔力を溜めている。
「だ、だからって…私達、これからどうすれば…」
キシュは首をこちらに向けながら涙を流していた。
これからの自分の人生に絶望しているのだろうけど、これまでリィンを利用して実力に見合わない報酬を得ていたんだし、似合いの末路でしょうに。
かと言って仮に回復させたとして、この二人は実力が無さ過ぎて騎士団に入れても役に立たない。事務仕事なんて論外だろうし、他の仕事もプロがいるので彼等の出番はない。
何か出来ることなんてあるのかな?
「一応、治療は出来るよ。ギレンの腕を再生させて、キシュの体も動けるようになると思う」
「セシル?」
私の提案にミルルから冷たい声が届く。
必要ないと言いたいんだろうけど、私もそう思ってるから。
「ほ、ほんとか?! やってくれよ! 頼む!」
「お願いよ! 私このままなんて嫌!」
必死の形相で私に頼み込む二人。
けど、対価は何にしよう?
我が家で出来る仕事はない。
デルポイで流通部門の護衛をさせる…のも実力が無さ過ぎるし、店員は…礼儀の一つも知らないこの二人じゃ無理。
後は私やステラ、もしくはリーゼさんの実験台…も捕らえた賊やら犯罪者で事足りてる。
なんか考えるのが面倒になってきた。
結論、我が家には不要。対価は分かり易くお金にしてしまおう。
「一人聖金貨五枚。もしくはこのテントいっぱいになるくらいの宝石でいいよ」
このテント、と言ったけど視察旅行でも使っていたモンゴルの遊牧民が使うようなテントなので下手な一軒家よりも大きい。このテントいっぱいの宝石だと十トンくらいは最低でも必要だろう。
「な…何言ってんだ?! 無理に決まってるだろ!」
「そ、そうよ! 私達みたいな中ランクの冒険者が払えるわけないじゃない!」
予想通りの返事が返ってきたけれど、ミルルとリィンが放つ負のオーラはどんどん高まっていってる。
「別に無理に払わなくていいよ。頑張って生きていってね」
「せめてもの情けに、ダービスまではリィンに送らせてあげますわ。その後は好きになさいな」
大袈裟に白銀の髪をかき上げると、吐き捨てるようにミルルは彼等を見下ろした。
「そ、そんな…せ、せめてもう少し安くならないのか?! な、なんならアンタのところで仕事をしてもいい!」
「貴方達を雇ったところで年中発情してばかりで役に立つとは思えませんね」
「は、発情って…リィン、貴女気付いて…」
っと、今度はリィンがゴミを見るような目でキシュを見下ろしていた。
「分割、後払いは一切認めない。お金が用意出来たら治してあげるよ。せいぜい頑張って働くことだね」
「だっ、だから働こうにもこの体じゃロクな仕事が出来ねえって言ってんだ!」
「そんなの私に関係ないし、真っ当な方法で稼げって言うつもりもない。帝都のお金持ってそうな屋敷に強盗でもしてみたら? 案外うまくいくかもね。とりあえずこのまま話してても平行線だし、このままダービスへ送ってあげて」
私はリィンに振り返りそう告げると、彼女は一つ頷いてテントから外へ出ていった。
「あぁ、言い忘れてた。…私と会ったことは決して口外しないこと。破ったらもっと酷いことが起きると思うよ」
にこりと微笑んで彼等に告げると、私はミルルを伴ってテントから出ていくことにした。
今日もありがとうございました。




