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第392話 コルチボイスの…

「おはようございます、コルチボイス様」


 クロウに声を掛けられて目を覚ました。

 ほぼ覚醒していたのだけど、これもこの世界のルールだ。

 彼が部屋のカーテンを一つ一つ開けていくと薄暗かった室内に朝日が入り込んで眩しいほどになっていく。


「おはよう、クロウ」


 ベッドから起き上がり、サイドテーブルに置かれた水挿しで喉を潤すとベッドサイドへと腰掛けた。


「ではお着替えを」


 クロウが手を差し出してきたので、その手を取ると体を引かれ立ち上がらされた。

 そのままパジャマのボタンを外されていき、肌着とパンツだけになるとクロウによって制服を身につけられていく。

 今着ているのは貴族院の制服ではなく、デルポイの制服だ。

 役員ならば私服出社なのだが、一般従業員は支給された制服の着用が義務付けられている。これは役職がついても変わらない。

 とは言え、デルポイの制服は人気があるので僕自身も着るのが嫌なわけじゃない。


「ふぅ…本日もとてもよくお似合いでございます」

「ありがとうクロウ」


 クロウにお礼を言うと彼は僕の頬に唇を軽く触れさせてきた。

 その仕草に微笑みを返すと彼を伴って朝食の場へと向かった。


「おはようございます、お義母様方」


 食堂へと入ると養母であるセシルさんとそのパートナーであるユーニャさん、ミルルさんが既に席についていた。

 クロウにはこのお三方が食堂に来るまでは決して僕を呼ぶなと言ってある。


「おはようコル」

「おはよう」

「おはようございます」


 相変わらず毎朝ツヤツヤの顔をしている。

 昨晩も相当盛り上がったのだろう。お互いに。

 僕も今でこそ男だけど、前世では女だったのでどうしてもそのことに精神が引っ張られているのか恋愛対象になるのが男性になってしまっている。

 特にクロウみたいなクール系イケメンとか!

 なので親子揃って同性愛者として、今世の本当の両親の頭を抱えさせてしまったよ。

 それから食堂にアネットさん、アイカさん、クドーさんが揃い、朝食を済ませるとクロウを引き連れてデルポイへと出社した。


 今の僕の肩書きはデルポイ本社商品開発部副部長兼商品戦略室室長となっている。

 コネでなったわけじゃなく、様々なことに首を突っ込み、口と手を出し、結果を出し続けてきた結果だ。

 カンファ社長にも認めて貰っているし、セシルさんにも話が通っている。

 何せちょうどいいスキルを持っているわけだしね。

 最初にスキルなんてものを見た時は驚いたけれど、今となっては便利なことこの上ない。

 特に便利なものが三つ。


コイントス:二つの選択肢の内、自分の意図する選択が選ばれる確率が上がる。スキルレベルに応じて確率が上がる。

ダウジング:必要と思うものを探し当てる。詳細な地図と魔石で作られた振り子が必要。スキルレベルに応じて精度が上がる。

賢王の杖:行く先を示す標となる杖を生み出す。この杖が倒れた方向へ進むと強い幸運が続く。進まなかった場合、達成困難なほどに酷く険しい道になるがより大きな結果が返る。


 ギャンブルに関するチートとしか思えないって…。

 でも人生なんて選択の連続なんだからこれ以上ないくらい助かっている。

 賢王の杖で倒れた方向と逆を選択したのは最初の一回だけなんだけどさ。

 それからデルポイでの仕事に取りかかり、夕方の業務終了間近になってカンファ社長から呼び出された。

 社長室に入るとそこにはソファで向かい合うカンファ社長とセシルさんがいた。


「社長、オーナー、お待たせしました」


 今は仕事中なのでセシルさんのことも会社のオーナーとして対応する。


「コル、お疲れ様」

「来たね。副部長、そっちに座ってくれ」


 僕はカンファ社長に促されるままセシルさんの対面に腰を下ろした。

 するとすぐにカンファ社長の姉であり、秘書であるベルーゼさんが僕の前にお茶を置いてくれた。


「早速で悪いんだけど、これを見てくれる?」


 セシルさんから渡されたのは三枚の紙だった。

 中にはびっしりと数字が書かれていて、僕はそれを見てすぐに理解した。


「デルポイの決算書ですね。これがどうかしましたか?」


 この世界には本来こんなものはなかったはず。

 シンプルに「いくら使って」「いくら得た」だけの決算書で、僕自身もそういう書類は見たことがある。

 前世の仕事を考えればひどく危ういなと思う。


「さすがコルだね。これは私が集められるだけのデータを集めて作ったの。ただ経費のところがどうしても曖昧になっちゃって」

「デルポイは世界的に見ても規模の大きい会社ですからそうなるでしょう。各店舗ごとにやれと言っても無理はありますが、『いくら使って』『いくら得た』くらいの報告は受けているはずです」

「そうだね。一番曖昧になるのがアネットの風俗部門。ついでブリーチの流通部門。前者はそもそも金銭感覚がおかしいが、年間予算はクリアしているし掛かった経費も予算内だ。後者は不確定要素による出費。行商や交易で利益を得ようとすればある程度仕方無いが…」

「最近海賊も増えてきたって聞いてるしね」

「それこそ社員と商品を守るための必要経費じゃないですか。利益が減っても社員と商品があればまた稼げるんですからきちんとした護衛を雇いましょう」


 それからも経費についての話は続き、それから。


「オーナー、貸借対照表についてですが」

「う、うん。何かな?」


 セシルさんが少し挙動不審になった気がする。

 触れられるとまずいところがある?


「…デルポイはオーナーのものですが、それでもランディルナ至宝伯家の帳簿とはわけていますよね? 僕も帳簿を見ているのでわかります。で、どう見ても仕入額と還元額が合わないのですが?」

「そんなことないよ。『ランディルナ至宝伯家』としてのものと、『冒険者セシル』としてのものがあるせいでしょ」

「…ちなみに、例えば?」


 僕は恐る恐るセシルさんに聞いてみた。


「えっと、一般的な魔道具はアイカやディックが作ってるから『家』、魔法の鞄とかターミナルの維持管理は私にしか出来ないから『私』へ。あと私への還元は現品支給もあるからより複雑になってるんだろうね」

「つまりわかっててやってらっしゃる、と?」


 …駄目だ。

 さすがにオーナーの意向じゃ逆らうわけにもいかない。

 けど、なるほど。それで利益の割には仕入額が低く、オーナーへの還元額も減ってるんだ。

 セシルさんの言う現品支給とは宝石のことだろう。一度地下のミュージアムを見せてもらったけれど、冗談抜きで宝石博物館だし、あそこにあるものだけで図鑑が出来そうだった。

 しかもあれで一部というのだから、全部合わせたら国一つくらい買えてしまうんじゃないかな。


「とまぁ、我々経営陣と普通に話が出来、より良い提案まであった。ひとまずはいいんじゃないかな」

「でしょ? 私としては遅いくらいだと思ってるよ」


 僕が思案に暮れているとセシルさんとカンファ社長は別のことを話し始めていた。


「あの、なんのことでしょうか?」

「コルが貴族院を卒業したらすぐにデルポイの社長を任せようって話」


 またセシルさんの突拍子もない話か。


「ですから、それは社員のみんなに認めてもらってからだとお話…」

「ちなみに役員と主要な社員、本社勤務の社員全員に聞き取り済み。不安を口にする者はいても不満を言う者はいなかった」


 そりゃ元王族に対して不満なんて言えないと思う。


「内心どう思ってるかはともかく、君の働きはみんな見ているし認めていることは間違いない。私も社長の座を譲ってもいいと思ってる。何より私は経営よりもやはり現場にいたいと思う」


 体のいい厄介払いな気がしなくもないけど、チャンスと言えばチャンスだろう。

 立場が微妙で出来なかったこともこれからは社長という立場からごり押しが出来る。

 けれど。


()()()は本当に良いのですか?」


 少し驚いた顔をしていたけれど、あえて僕が仕事中の呼び方を使わなかったことをセシルさんはすぐに理解してくれた。

 ゆっくりと頷くと一枚の紙をテーブルの上に置いた。


「『辞令』、ですか。普通社長に就任させるなら取締役会や株主総会で投票されるのでは?」

「まぁいいじゃない。私はそんなこと知らないし、株式会社でもないんだから」


 セシルさんの前世は小さな会社の事務員だったと聞いている。

 短大を出たばかりのOLがそういうことを知らないのも無理はない、か。


「わかりました。謹んでお受け致します」

「ありがとう。コルチボイス新社長の就任と私の退任は大々的に行うのでそのつもりでね。時期は君の卒業後一カ月程度と思ってほしい」

「あ、それと社長の次はオーナーに、っていうのは無理だから。オーナーの座は譲るつもりがないからコルにはずっと働いてもらうよ」

「望むところです」


 僕達は笑いながら話を終えて再び自分達の仕事へと戻っていった。


 その日の夜。

 僕はセシルさんに呼ばれてクロウと一緒に執務室で待っていた。

 セシルさんは執務机で何かの書類を作成していて、「終わった」と言いながらそれを持って僕が座っているソファーの前へと腰掛けた。


「はい。今度はこれ」

「…次期ランディルナ至宝伯に指名する、という書状ですね。以前から話していたのに今更どうしたんです?」

「いろいろ周りが五月蠅くて」


 なるほど。確かに飛ぶ鳥を落とす勢いの我が家と繋がりを持ちたいと思う家はかなり多いだろう。

 セシルさんの元にさえ未だに婚姻の申し込みがあるという。国内だけに留まらず、だ。


「こんなこと今更するまでもないことはわかってるんだけどね。コルが二十歳になったらランディルナ家を継ぐのは決まってるんだし」

「それでも元王族とは言え、反逆者の片棒を担いだ者に継がせるのは勿体ないとでも思ったんでしょう。けど国内にもまだそんな輩がいたんですね」

「粗方、叩き潰したつもりだったんだけどねぇ…。ザッカンブルグや帝国にまだ夢見てる人が多いみたい」


 セシルさんはここ数年、国内で不穏な動きや活動をしている貴族や富豪、裏社会の者や冒険者を徹底的に潰してきた。

 貴族に関しては自らが、富豪は僕やカンファ社長が、裏社会の者や冒険者はミルルさんや騎士団をそれぞれ使っていた。

 何が気に入らないのかは知らないけれど、潔癖すぎるくらいに感じたほどだった。

 まるで自分がいなくなってもいいように準備しているみたいに。


「セシルさんは僕に後を継がせたらどこかへ行くつもり?」

「うーん…ほぼ毎日帰ってくるつもりでいるけど、あちこち行くことにはなるかな。私がいないと不安?」

「まさか。直接的な力は僕にはないけどクロウも騎士団もいるし、どうとでもしてみせるつもりです」


 セシルさんは「そっか」と頷くと、僕の前にもう一枚の紙を置いた。

 そこには予想外のことが書かれていた。

 いや、いつかは来ると思っていたけれど。


「コル、そろそろ婚約者を決めさせてもらうよ」

今日もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「それでも元王族とは言え、反逆者の片棒を担いだ者に継がせるのは勿体ないとでも思ったんでしょう。けど国内にもまだそんな輩がいたんですね」  いやいや。 勿体ないでもなく、当たり前だって。…
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