第391話 リィン、今後について考える
ギレン達と難度の高目な依頼を受け始めてからしばらく経過した。
初回のワイバーンの調査では結局ワイバーンに見つかってしまい、やむなく私が討伐したわ。
産卵を終えたばかりで気が立っていたらしく、いきなり襲われてしまった。
巣を見つけて卵を持ち帰れば彼等の装備を新調出来るくらいのお金は入ってくるが、どうしても見つけ出すことは叶わなかった。
あまり深入りして他のワイバーンに見つかったら面倒だったし、ギルドにはワイバーンの死体を納品して依頼完了とした。
それから片道一週間以上かかる町への商隊の護衛任務。
魔物の襲撃を何度も受けながらこれも達成。けれど、ギレンとキシュは毎晩毎晩こっそり抜け出してはどこかで励んで戻ってくる。
毎回知らない振りをするこちらの身にもなってほしいものね。
それ以外にも脅威度Cの魔物討伐を何度となくこなし、ようやくCランクが見えてきた。
「よし、次はこれだな」
「ゲージの森の調査?」
ギルドに集まった私達にギレンが持ってきたのはダービスから東へ向かった先にある広大な森の調査だった。
この森の先にドラゴスパイン山脈があるのだけど、先日ワイバーンの調査に向かった場所よりかなり北にあたる。
「何を調査するの?」
「『フォレストウルフの大規模な群れ』だとよ」
「えぇ…何それ? それってDランクの仕事じゃないの?」
「群れの規模が巨大だからじゃないか?」
フォレストウルフ。
キシュの言う通り本来Dランク冒険者がやるような仕事。私達もDランクなので、相応な依頼内容ではあるけれど現在はランクアップのためにCランクがやる依頼をこなしているので、評価に繋がらないはずだった。
「依頼書にはなんて書いてあるのですか?」
「あぁ。『ゲージの森の外でフォレストウルフが多数発見された。詳細確認のため、森の奥地を調査すること』だってよ」
「情報が少ないですね…。フォレストウルフの群れなら私達でも対処は可能でしょうが…何より『森の外で』というのが気になります。森の奥地で何かあったのかもしれませんね」
「何かって?」
「…それはまだわかりませんが、例えばより強力な魔物が森の奥地を縄張りにした、とかでしょうか」
「なら尚更ちょうどいいじゃねぇか。俺達はランクを上げるために今は高ランクの依頼をやったり、強い魔物を討伐しなきゃならないんだからな!」
…初めて会った時はもう少し慎重な人だったはずなのに、最近のギレンはランクアップを焦りすぎているように思う。
今更ながらパーティー選びを失敗したかもしれないと反省している。
ふと、ご主人様の言葉が脳裏を過る。
「リィン、冒険者なんて自分勝手な人達だから合わないとか危ないとか思ったら別のパーティーに移ってもいいんだからね。勿論、貴女の任務を達成するのが難しい場合もだよ」
…ご主人様の声を思い出すだけで心が満たされ…っと、違う違う! パーティーの移籍、かぁ。
今回の依頼で見極めをしてもいいかもしれませんね。
実際にパーティーに入ってほしい、移ってほしいと言ってくれる人はいる。
中にはBランク冒険者のパーティーもあるし、Aランク冒険者からペアでと誘いも受けていた。
ギレンとキシュも悪い人達ではないのでと断っていたけれど、二人といても私の必要とする情報を得ることが難しいのでどこかで決心しなければならないことだとは思う。
「…わかりました。一応今回も言っておきますが、無理や無茶は厳禁です。調査することが今回の依頼内容なので、それが済み次第撤収します。魔物の深追いや高脅威度の魔物にちょっかいを出す行為は決してしないように」
「あぁっ! わかってるさ!」
「…毎回言っても、毎回守ってませんよね? 今回同じことをした場合、私は助けませんよ。私は貴方達のお守りをするために冒険者をしているわけじゃありませんから」
ギレンのあまりに脳天気な言い方につい私の言葉も強いものになってしまったが、彼は気にした様子もなく隣にいるキシュとイチャイチャするばかりだ。
キシュもそれを咎めることなく、彼にべったりと甘えていてひどく危ういものに見えてきた。
「…はぁ。では出発は明日。それまでに準備をしておくということでよろしいですか?」
「あぁ、構わねえ」
私は彼等との話を早々に終わらせると席を立った。
このままここにいて惚気に当てられては堪らない。
ギルドから出て、依頼のための道具を揃えるために足を雑貨屋へと向け歩き始めた。
最初はあれだけ慎重に依頼をしていたギレンだけど、私が加入した後からは頼りっきりになってきたし、最近では私がなんとかしてくれると思っている節さえある。
低ランク冒険者と行動を共にすることで帝国国内での怪しい動きを掴んでほしいというご主人様からの任務。
今のところはこれといった動きは何もない。
冒険者達はその日暮らしの破落戸と大差無く、これはアルマリノ王国でも変わらないと聞く。
けれど帝国の西側。
小国がいくつもあり、長い歴史の中で既に帝国に併合されたところでは魔物の数が増えているところもあるとか。
実際、つい最近も魔物の増えすぎが原因で帝国に助けを求めて併合された国があった。
何かあるのかもしれないけれど、ただ魔物が増えただけかもしれないし…。
「参りましたね…」
「何が参ったのよ?」
「…独り言に返事をしないでください、マルギットさん」
「はは、ごめんね」
いつの間にか私の隣にいた彼女は、私の諫めるような言葉を聞き流してカラカラと笑った。
彼女がここ最近ずっと私をペアにと誘ってきているマルギットさん。Aランク冒険者、戦斧の使い手であり、彼女の真っ赤な髪と赤く色付けされた武器から『スカーレットアックス』と二つ名で呼ばれている。
「それで、何か悩み事? どうせアンタんとこの発情猿どものことでしょうけど」
「…半分正解、でしょうか」
「半分ってことは、ようやくあいつらに愛想尽きたのかしら? アタシはいつでもアンタと組むよ!」
マルギットさんは豪快に笑うと自分の豊満な胸をドンと叩いた。
その衝撃で揺れたたわわな胸に周囲の男性達の視線が釘付けになっていることなどお構いなしだ。
「…いつも言ってますが、本気ですか? 例えば拠点を変えたいと言っても?」
「よし、じゃあ早速旅の支度をしよう! どうせアタシ達は宿無しの冒険者稼業なのよ? 魔物がいればどこでだって仕事は出来るもの」
「それはそうですが…。あの、本当に本気ですか?」
それまでずっと止まらず、話しながら歩いていた足を止めてマルギットさんの目を見つめる。
琥珀色をした瞳は私をしっかり見つめ返し、笑顔さえも止めて真剣に頷いた。
「えぇ、本気よ。アタシはリィン、アンタと組みたい。アタシとアンタが組めばどんな奴にだって負けないコンビになれる!」
嘘なんて一つも混じってない、とても純粋な言葉だった。
以前の仕事柄、相手に嘘をつかれることばかりだったからか必然的に身についた嘘を見破る癖。
なんて真摯な顔だろうか。
「わかりました。私もマルギットさんと組んでみたいと思います」
「…本当かっ?!」
「はい。拠点は移すことになると思いますが…それと、もう一つ」
彼女の前に指を一本立てる。
「ギレン達と依頼を受けてしまいましたので、それが済み次第となります。この依頼を最後に彼等のパーティーから抜けることを話しておきます」
「依頼? 何の依頼? いつかのワイバーンの調査みたいなものじゃないわよね」
「ゲージの森にフォレストウルフが大量発生しているので、その原因の調査となっています」
そう説明したところで、当然のようにマルギットさんからも私が危惧していたことを説明された。
「わかってるならいいわ。でも、アンタの体はこれからアタシと組むためのものでもあるんだから怪我には気をつけなよ? …最悪の場合は、あの猿どもを囮に逃げちまいな」
「ふふっ、わかりました。依頼から戻ったらギルドに伝言しておきますね」
「アタシもしばらく泊まりの仕事はしないで町にいるわ。じゃあ、気をつけて!」
マルギットさんと手を振り合いながら背を向けて再び歩き出した。
…多分、これで良い。
ギレン達も西に行きたいと言えば付き合ってくれるかもしれないけれど、彼等はこの町に拠点を、家を買った。
Cランクの依頼なら無理せずとも月に二つ三つすれば生活するのに困らないほどのお金が手に入る。
彼等が求めているのは安定。
ご主人様のために働き、ご主人様のために生きる私とは住む世界が違う。
きっと今回の依頼を達成すればCランクへは上がれるだろうし、私の役目はそこまでとしよう。
その日の晩。
「そう、パーティーを移ることにしたんだね」
「はい。現在のパーティーメンバーでは任務達成が非常に困難と言わざるを得ません。次はマルギットというAランク冒険者とコンビを組むことで事前に話を付けてきました。時間を無駄にしてしまい申し訳ございません」
私はご主人様へとパーティーを変更する旨を報告していた。
無駄な時間を過ごしたことによる罰もあるかもしれない。心して続く言葉を待っていると。
「リィンがそう結論を出したってことなら間違いないでしょ。それにマルギットの名前は知ってるし、彼女とリィンならすごく気が合うと思うよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ明日からの依頼が済んで、マルギットと話を付けたらすぐに西側諸国との国境付近まで行ってね」
「畏まりました」
魔鏡の前で恭しく礼をする。
厳しい叱責を受けると覚悟していたけれど、どうやら杞憂だったようだ。
「でも、リィン。一つ忘れないでほしいことがあるんだけど」
魔鏡の向こうでご主人様が僅かに目を細めた。
目の前にいらっしゃらないというのにかなり強い圧を感じる。
「貴女は私の眷属なのだから自由に冒険者を続けさせることは出来ない。だからマルギットとはいつか一緒にいられなくなる。珠母組の面々には任務以外にも良い人材がいたら我が家にスカウトしてもらうことや『鑑定』を弾く人を見つけてもらうこともお願いしてる。リィンならわかるよね?」
「はっ。承知致しております」
ご主人様はマルギットをスカウトしてくるようにと仰っている。
礼儀も何もないような冒険者なのに良いのだろうか。
私はその日の打ち合わせを終えると眠りにつき、ギレン達との最後の依頼へと向かうことになる。
今日もありがとうございました。




