第38話 オスカーロとの決着
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リンゴのように真っ赤な顔になったオスカーロはまた大振りな構えで私に斬りかかってくる。
ストレス耐性無さ過ぎ。煽り耐性も無さ過ぎ。しかも沸点低過ぎ。スリーアウトだよ?つまり。
「チェンジだよ」
私はさっきから木剣にうっすらと込めていた魔力を一気に増量して硬度を上げる。オスカーロの剣に斬りつけられても木剣が無事だったのは私のスキル魔闘術のおかげだ。本来肉弾格闘戦をする際に自分の肉体に魔力を込めて攻撃力を上げるスキルだが訓練している内に武器にも魔力を流して強化できるようになった。込められる魔力は武器の性能にもよるが、強化すれば枯れ木の枝で岩に刺すくらいのことはできる。
さっきからほとんど動いていなかったところから一歩踏み込んでオスカーロの間合いに入ると斬りかかってきた剣に合わせて木剣を振るう。
ギイィィィィン
「…な……ごぁっ?!」
彼の剣を半ばからへし折ってお腹に回し蹴りを入れると5メテルくらい吹き飛んで倒れた。さっきよりも強めに打ったので今度は立ち上がれないかもしれない。
私はゆっくり歩いて近付くともう一度首筋に木剣の剣先を当てた。
「剣、折れちゃいましたね。どうします?まだ続けますか?」
「ぐっ…ぐぞぉ……ぉっ」
起き上がる力も残っていないらしく折れた剣を握っているだけの彼に戦う力はもうないだろう。
私は背を向けて開始位置に戻ろうと踵を返した。
「こっ、この平民がぁっ!」
しかし私が背中を見せたところにオスカーロは折れた剣に熱魔法で高熱を込めて投げつけてきた。
尤も、貴方みたいな嘘吐きで見栄っ張りで卑怯者のすることくらい解りきってたけどね。
私は振り返ると左手を突き出して四則魔法の熱操作と力操作を使う。熱は取りあえず常温に、力のベクトルは180°真逆へ。すると熱を帯びて少し赤くなっていた折れた剣は熱を失いオスカーロの方へ投げた速度そのままに跳ね返ったように飛んでいった。
あ、これ当たる。
咄嗟に少しだけ横に力を加えてやると彼のこめかみを少しかすって後ろの地面に刺さった。
「オスカーロ殿…背を向けた相手に武器を投げつけるなど決闘としても試合としてもよくありませんな」
ゼグディナスさんが少し離れた位置からオスカーロに声をかけるが放心したように彼は動かなかった。よく見るとズボンの股の部分が湿っているのでどうやら漏らしてしまったらしい。
「背中に剣を投げるのは別にいいよ。でも…話にならないほど弱すぎる。やっぱり貴方にリードは任せられません」
「セシル…僕のことをそこまで…」
私の言葉に感銘を受けているリード。もちろん私がリードのことを思ってのことなのは間違いないけど、それだけで終わらせるほど私は優しくないよ?
事実領主様は何かを期待しているような目で私を見ている。
あの領主様は本当に性格が悪いね。とても好感が持てる。
「だいたい貴方に任せていたらただでさえ弱いリードが全く成長しなくて本当の役立たずになります」
「ぐぶっ」
リードもそんなトドメを刺されたような声を上げてうずくまらなくてもいいのに。彼には今後こういうメンタル面の攻撃も続けていく予定にしている。オスカーロのような煽り耐性ゼロのバカになったら困るしね。
「ふはははっ!面白い戦いだったな!さて、オスカーロ?先程の話は覚えているな?」
領主様の問い掛けにオスカーロは首だけ動かして絶望的な視線を送っている。彼自身は決闘と言っていたわけだし、どういう処遇に処されても文句は言えないだろう。
ただあの領主様のことだから物理的に首を切ったりはしないだろうけど。
「どうした、口も聞けんほど恐ろしかったのか?」
「あ…いえ、しかし…こ、こんなへいみ…」
「黙れ。セシルは私が連れてきたリードルディの家庭教師だ。貴様こそその無様な恰好をいつまでも晒しているつもりだ!即刻ここから立ち去り二度と近付くな!」
領主様の怒気に気圧されてかオスカーロはビクリと体を震わせた。それでも動けないようでゼグディナスさんが彼の脇を抱えて立たせるとそのまま門の方へと連れていった。
一瞬立ち止まると強い憎しみの表情で私を睨んでいたが、気にすることもなく完全に無視して木剣を樽に戻した。私が振り返ったときにはかなり距離が離れていて既に声も視線も届きそうになかった。
「さて、ご苦労だったなセシル。これで名実ともに君がリードルディの家庭教師となったわけだ」
「はい。それにしてもオスカーロ…さんはよくあれでリードの家庭教師が務まりましたね?」
「貴族のつまらん柵があってな。やむを得ない事情があったと察してくれ」
そう言うと領主様はクラトスさんを連れて早々に立ち去っていった。未だに打ちひしがれているリードはナージュさんが連れて、私はファムさんと一緒に部屋に戻ることにした。
部屋に着くとソファに腰掛けて一息つく。「ふぅ」と声が漏れてしまうとファムさんがニコニコしながらお茶を入れてくれた。
「ありがとうございますファムさん」
「セシル様、私のことはファムで良いと…」
ファムさんはそんなことを言っていたもののその表情は苦笑いで「仕方ないですね」と言わんばかりだ。
私はちゃんとした陶器のカップに入った紅茶を手にしてまずはその香りを堪能する。
以前リードに貰った紅茶よりも若干香りが弱めだが鼻腔を抜ける爽やかな香りを楽しんでから一口飲む。十分においしい。惜しむらくはカップだろうか。この世界で見る初めての陶器の器だが透き通るような白さではなくベージュよりも濃い茶色がかった白さだ。陶器自体も厚く、前世で言うところのマグカップに近い形状のためどことなく残念な感じがする。折角の紅茶なんだし味、香りだけでなくその色も堪能したいものだ。
お茶を飲み終わるとファムさんは片付けをしてくれて、戻ってきた時にはその手に巻き尺を持っていた。
「それではセシル様。新しく服を仕立てるに当たりましてお体を計らせていただきます」
「うん、わかりました」
「では、着ているものを脱いでくださいませ」
「……え?」
「正確に計るために必要になりますので、服を脱いで計らせていただきます」
あとはされるがままに身体測定へと移行して隅から隅までファムさんに見られてしまいました…。かなりくすぐったかったのは言うまでもない。本来ならは見習いの服などを借りるところだけど私のサイズの服はないらしく出来上がるまでは今の服のままで良いとのこと。どんな服が出来上がるかちょっと楽しみだね。
新しい生活ということは新しい人との出会いがある。
続いては領主夫人との初会合…とは名ばかりの夕食に招待されただけなんだけどね。
「それにしても最初にあなたがリードの新しい家庭教師を連れてくる、しかも同い年の女の子と聞いたときにはどんな子かと心配しましまけど…」
「ははっ、リードの婚約者にしようとしたのは断られてしまったがな」
領主様、かるーく爆弾投下するのはやめてください。
しかし、そんな領主様の言葉を気にした様子もなく領主夫人、エルシリア様はにこやかな微笑みのまま私に視線を向けた。
「セシルさん、リードはまだまだ頼りないと思うけれど立派な領主となれるよう力を貸してちょうだいね?」
「はい奥様。微力を尽くします」
「ほほ…そんなに畏まらなくて良いのよ?でも、本当にすごいわ。あの村にずっといたなんて信じられないくらいに礼儀正しいし、知識も武芸も秀でているなんて」
「恐れ入ります。今後も自らを高めることには取り組むつもりです」
「えぇリードの良いお手本として、セシルさんには期待しますね?」
実はとてもキツい人かもと思っていたがそんなこともなく。ただ微笑みを湛えたまま食事をしながら談笑に花を咲かせていた。リードは微妙な表情をしていたけどね。
ともかく領主夫人に気に入ってもらえたようで何より。
その後は村での生活のことや村でリードに何を教えていたのかなどの話をして夕食を楽しんだ。
それにしても、さすがに夕食は豪華であったものの味付けはイマイチだった。ほぼ塩だけでの味付けで出汁も取っていない。
異世界転生モノで主人公達は食べ物にやたら拘るところがあるなぁと読みながらいつも思っていたけど、いざ食べてみるとその気持ちがよくわかる。本格的な和食は薄味なところはあるけどもっと奥深い味わいのあるものだしね。
異世界転生の主人公達大多数と変わらず私も味に関しては改善していきたいと思う。実家にいたときはこっそり少しずつ味を変えていったけど、ここではそう簡単にいかないかもしれない。何かいい方法を考えなきゃね。
しかし…やっぱり味に拘る日本人ということなのかな?ずっとこの食事が続くと思うと気分的に沈んできてしまう。早急に対応しないと。
夕食が終わると部屋に戻ってファムさんと一緒にお風呂に向かう。着替えを抱えて並んで歩く姿は姉妹に見えたりするのかな?
「セシル様?どうかなさいました?」
「ううん、こうして並んでたらわたしとファムさんは姉妹に見えたりするのかなって」
「ふふっ、私に妹はおりませんがもしかしたらそうかもしれませんね。とても強くて魔法も使えるセシル様のような妹がいたら私はきっとあちこちに自慢してしまいますね」
あらら、嬉しいことを言ってくれるね。
私達は浴場に着くと着替えを棚に入れて服を脱ぎ始める。わかっていたことだけどファムさんの胸はやはりかなり大きい。前世の園にいたときは子ども達何人かでお風呂に入っていたので発育の良い子ももちろんいたが、ここまで暴力的なメロンを見たことはない。それこそグラビアモデルとかそういう類の人達並みじゃないだろうか?
一応私も家庭教師という立場とは言え使用人の一人になるのでお風呂に入るに当たってはファムさんと一緒。貴族様とは違って湯着を着ることもないのでそのまま服を全て脱ぐと浴場に入る。
中は少し狭い銭湯のようなもので、洗い場はあるものの当然シャワーはない。湯船のお湯も温かいけど少し温めなのは使用人にそこまですることはないということだろうか。
取りあえず手桶でお湯を肩から浴びるとゆっくりと湯船に浸かることにした。
今日もありがとうございました。
 




