第371話 未来が見えてきた?
ユーニャ、アネット、カンファ、ブリーチの四人を連れてデルポイ社の地下へと続く通路を歩いていく。
ここは馬車でも通れるようにかなり広めの通路にしてある。更には速度が出過ぎないよう緩やかな斜面にしているため、何度か折り返してようやく目的の地下室へと辿り着いた。
「到着。ここがみんなに見せたかった場所だよ」
そこは地下とは思えないほど広い空間。
天井には灯りの魔道具が設置してあって多少薄暗くはあるものの、普通に室内を見渡すくらいは出来る。
「セシル、ここは?」
「地下にこんな広い部屋があるのは驚いたけど、何なのよここは」
「通路にやたらたくさんある扉はなんなんだい?」
ブリーチからの質問に口角が上向いてしまうのを我慢出来なかった。
ニヤニヤと笑いながら一つの扉の前に行くと、扉に貼ったネームプレートを指差した。
「ベオファウム・コモン?」
「バスタルザ・風俗、マズ・コモン…これはそれぞれの都市にあるデルポイの支店っていうこと?」
「とりあえず一回試した方が早いよ」
私はベオファウム・コモンのドアノブを回すと、自ら先頭に立って扉をくぐった。
扉の先はまたもや地下であり、それほど広い部屋ではないものの、五人くらいが立っていても少し余裕がある。
他の四人は恐る恐る扉をくぐってきていて、アネットなんかは目をきつく閉じていた。
そして今度は階段ではなく梯子によって上の階に上がるようになっている。
私は梯子は使わずにふわっと浮かび上がるとそのまま上の階へとやってくると、ここにもカード認証用の柱がある。
「中から開ける時もカードが必要になるからね」
ぴっ、とカードを当てるとカタカタとあまり音を立てずにシャッターが開いた。
そこは元カーバンクル商会ベオファウム支店の倉庫だった。
「…セシルは一体いつの間にこんな大掛かりな魔道具を取り付けにきていたんだい?」
「設置するだけならすぐだからね」
「そういえばセシルから各支店の視察をするって連絡受けてたけど…もしかしてその時に?」
ユーニャから聞かれた質問は微笑むだけに留めた。
実際取付にかかった時間は全部の支店を回っても三日くらいだった。
その間にディルグレイルとオードロードの対応もしていたので、なかなか密度の濃い予定をこなしていたのだ。
「じゃ屋敷に戻ろうか」
私達は通ってきた扉から再び王都の屋敷へと戻ることにした。
「そんなわけで、あれがあれば流通は今までにないくらいスムーズになるよね」
「……そんな規模の話じゃない。今まで苦労していた行商は軒並み廃業。荷運びで生計を立てていた冒険者達は仕事を失う。そもそも人を運べるとなれば護衛も不要、馬車すらいらない。もうこれは商売なんて話じゃない。世界を牛耳ることだって出来る技術だ」
珍しくカンファが頭を抱えていた。
いや彼だけではなく、ユーニャも含めた四人が四人ともだ。
落ち着くためにとステラにお茶を用意してもらったけど、誰一人として手をつけていない。
「私はこれを流通以外に使うつもりはないよ。それにブリーチの流通部門には今まで通り行商はしてもらうから。あくまでもここは各店舗と王都の本社を繋ぐターミナルステーションにするつもり」
「つまり、今までの仕事に取って変わるつもりはない?」
「そりゃそうだよ」
私の言葉に安心したのか四人はようやく抱えた頭を起こし、ステラが淹れたお茶を手にした。
それから今後のデルポイの展開を話し合った後、カンファとブリーチは自分の連れてきた者と一緒に帰っていった。
ユーニャは自分の父親をコモン部門の王都本店へ連れていくために少し外出するとのこと。
「アネット、ミック」
「なんだい?」
「他のメンバーの前だったから大っぴらに聞かなかったけど、そっちの人員の集まりはどう?」
アネットとミックの仕事は主に花街の運営にある。
そのため、他の仕事よりも人員を集める際に大々的に喧伝するわけにはいかない。
「あちこちの農村とかで口減らしに売られるような若い子はみんなウチで買うようにしてるわ。男も女もね」
「あとはマズに入ってくる海外から違法に入荷してる人間以外の奴隷も可能な限り購入している。これらが育ってくれれば人員に余裕はあるけど、それまで数年は辛抱が必要だ」
違法奴隷。
アルマリノ王国は法律上では奴隷制度を、人身売買を禁止している。
当然裏ではそんなの当たり前に横行していて、今まではゼッケルン公爵家が取り潰しになり闇ギルドの影響力も少なくなったとは言え、スパンツィル侯爵、ニーレンヨード侯爵が幅を利かせていたため徹底的に取り締まることが出来なかった。
その三家が無くなったので今後はそういうこともないだろう。
ちなみに、両侯爵家からも捕らえられていた奴隷が見つかっており、彼等の所有権及び処遇は全て私に一任されることになった。
お金よりも人材が欲しい我が家としては、褒美としてもらっていた両家が保有する資産のほとんどを王国に返還したのだ。
貰ったのは、私の屋敷から最も近いスパンツィル侯爵家の屋敷と土地。調度品の類も不要として全て王国に返還した。
それだけだと褒美として少ないと言われたので、もう一つ今後国内で発見された違法奴隷の所有権と処遇は全て私に貰えることになった。
「真っ黒な伯爵達に捕らえられている奴隷達は?」
「ミントウイェ伯爵が約百人。オーユデック伯爵が約五十人。オナイギュラ伯爵は多過ぎで正確な数はわからんけど、多分千人くらいだな」
「…何そのデタラメな数は…」
千人の違法奴隷を保有する領主って…。もう王国の臣下って思ってないんじゃないの?
「闇ギルドってほとんど解体されたんじゃなかったっけ?」
「奴等は今じゃその三つの伯爵家に雇われてる。誘拐やら違法奴隷は奴等の一番得意な商品だからな」
人を商品呼ばわりするのはどうも気分が悪い。
このあたりはまだ前世の倫理観が残っているのかもしれない。
「まぁいいか。ジョーカー」
「はい」
私はそのままの姿勢で彼の名前を呼ぶとジョーカーはどこからともなく現れ、ミックとアネットはその様子に驚きの声を上げた。
「い、今どこから?」
「突然現れるのはステラさんだけじゃねぇのかよ」
二人は驚いているけど、今は放っておいていい。
「ジョーカー、聞いてたと思うけどさっき言った三人の伯爵の悪事の証拠を集めてきて」
「承知致しました。ですが…そのような外道は問答無用で消し炭にしてしまえば宜しいのでは?」
「そうすると跡継ぎが資産も奴隷も引き継いじゃうでしょ。家ごと消しても自称親戚とか現れるのは目に見えてる。彼等がどうなろうと知ったことじゃないけど、この国で抱える必要悪以下でしかない貴族はいらない」
「承知致しました。ベルギリウス公爵とも相談しまして早々に片付けて参ります」
ベルギリウス公爵とは、変装しているけれどミルルのことだ。
彼女は父親からその爵位と大臣としての役職も引き継いでいる。
オーユデック伯爵だけは私が鉱脈をもっと地下へ押しやったことで起きる契約違反で、鉱山没収も合わせて行うことにしよう。
ジョーカーは私から指示を受けると来た時同様、転移によって姿を消した。
「なんか、セシルがいきなり貴族らしくなった」
「アタシ達、場違いなんじゃないの?」
「そんなことないよ。それより、花街のジャンル分けは進んでる?」
私はアネットに普通の娼婦だけがいるかつての娼館から、様々なニーズに答えられるような風俗のシステムを提案していた。
男が女を買うだけじゃなく、その逆だってあって然るべき。更に同性同士だって有りなんだからね。
転生してから同性としかしてない私にとっては身近な問題だよ。いや前世でも男性との経験はないけども。
「セシルに言われたもの全部はまだまだ遠いけど、男娼や同性向けの娼館はなんとか出来たわ。それと…男の娘だっけ? それももうすぐ開店出来そうよ」
「あぁ…ありゃやべぇな。男だってわかってんのに、滅茶苦茶可愛い女にしか見えねぇ」
順調みたいで何より。
前世でたまに薄い本を読んでいただけの私の知識じゃ足りなくて、アイカからアドバイスを受けることで完成した。
「男は下半身を空っぽに、女は心を満たす。アネットには今後も頑張ってもらうからね」
「もっちろんよ! アタシはセシルにずっとついてくわ!」
風俗部門のことはアネットとの話で終わりだ。
私は続いてミックとの話に移る。
「さて、ミック。『教育部門』について、報告してもらえる?」
「あぁ。って言ってもさっき話した通りなんだがな」
「スパンツィル侯爵家の屋敷を今後デルポイと我が家の教育機関に改造して。やり方は任せる」
私は引き出しから皮袋を取り出すと、白金貨をじゃらじゃらと入れていく。
袋の口をきつく縛りミックに渡すと、彼も考えていた案をいろいろ試せるからか何となく嬉しそう。
「当たり前だけど、風俗部門の人達が他の部門の人に襲われたりとかしないようしっかり管理してね」
「当然だ。俺達の飯の種なんだからな」
「でもさ、従業員同士の結婚とかは許可してくれるのよね?」
「勿論だよ。そのあたりの取り決めはランディルナ至宝伯家の使用人達と同じ扱いにするつもりだから、後日役員会議で話すね」
基本的に会社の運営は私を含めた五人の役員会議で決定するつもりだけど、福利厚生は私の意見を百%押し通す。
この世界で横行しているブラックな就業体系なんて絶対許さないよ。
役員には休日なんてないだろうけど、それは前世の会社でも同じなわけで。
ミックも帰り、アネットは自室へ戻ったので私は執務室で他の仕事をしていた。
間もなく夕方。
王都でも夕食の準備のために町に人が溢れかえる時間だ。
「私もそろそろ休もうかなぁ」
「セシーリア様、 デルポイが機能し始めましたら決済書類は格段に少なくなります。もうしばらくの辛抱です」
「わかってるよ。ねぇ、セドリック。法衣貴族でここまで仕事してる人ってどれだけいるのかな?」
「大きな商会を抱える貴族、もしくは大臣や次官くらいでしょう」
大きな商会を抱える貴族…私か。
しかも今はまだちゃんと機能していないから、三つの大きな商会を抱えていることになる。
「デルポイにかなりの権限を持たせましたので、最終的にはカンファ殿から回ってくる予算書と決算書のみになるでしょう。それ以外は通常の業務程度かと」
なるほど、うまくいけば月に百枚ほどのサインで済ませられるようになりそうだ。
「いいね。そんな未来がちょっとだけ見えてきたよ」
早くそんな日がくればいいなぁ。
遠くない未来を夢想して、少し浮ついた気持ちで仕事を続けていた私の耳に届いたのは、大きな地響きだった。
今日もありがとうございました。




