第367話 三人の罪人
牢に入ったディルグレイルは特に何かしているわけでもなく、壁を背にして座り込んでいた。
「お久しぶりです。ディルグレイル殿下」
私が皮肉を込めて名を呼ぶと、ゆらりと顔を上げて視線を交わした。
「貴様か…」
「罪人如きが私を『貴様』呼ばわりなんていい度胸ね」
「ふっ…どうせ死に往く身。不敬もなにもなかろう」
なんかすっかり諦めちゃってるね。
これで彼にも奥さんや子どもがいれば違ったんだろうけど、ミルルにも酷いことをしただけで婚約者らしいところはほとんど見せていなかった。
「つまらない男だね」
「どのみち、この王国に貴様がいる以上は何を企んだところで無駄だろう」
んー、もうちょっと追い込まないと駄目かもしれない。
ディルグレイルから目線を外して隣の牢を見る。
そこには牢の隅でガタガタと震えるオードロードの姿が目に入った。
「気分はどう? オードロード元近衛騎士団長?」
「わわ、わた私はっ、そ、唆されただけ、だけだ! 従えば、ああ新たな王国で軍務大臣にするとっ!」
何言ってるんだろ?
頭の中まで筋肉で出来てるこいつにそんな重役務まるわけないのに。
ゴルドオード侯みたいに信頼出来る右腕でもいれば別だけど。
「馬鹿なのはわかってたけど、本当にただの馬鹿だったの?」
後ろに立つレンブラント殿下に目を向けると、彼は苦笑い。更にその後ろに立つオッズニスが口を開いた。
「それでも戦闘能力だけは王国一だった。ランディルナ至宝伯がおいでになるまでは」
「ふぅん…じゃあ私のせいでもあるってこと?」
「いっ、いえそのようなことは…っ!」
オッズニスへ少しだけ殺意の籠もった視線を送ると、彼はそれだけで震えて勢い良く頭を下げた。
彼も貴族ではあるけれど、当主ではない。
内定とはいえ、侯爵家当主には間違っていてもそんなこと言ってはいけない身だ。
「まぁ正直どうでもいいんだけどね。貴方に会うまで名前も知らなかったくらいだし」
「ぐっ、ぬぬっ…! わっ、私を侮辱するつもりかっ!」
え、こんなことで怒るの?
沸点低すぎない?
仮にスパンツィル侯爵家の嫡男であっても、現当主の私にその言葉は駄目だよ。
「無礼な奴だな。現侯爵家当主に、たかだか侯爵家の跡取り風情が…いや、今はただの罪人だったか」
「きさまぁっ!」
バチン
立ち上がって殴りかかろうとでもしたのか、スパークでも散ったような音がしてオードロードは全身から白い煙こようなものを上げながらその場に膝をついた。
魔力封じの枷。
あれもアーティファクトの一つらしい。
あんな感じで魔力を放出しようとすると腕輪から全身に電撃が流される。わかってたと思うんだけど。
「ぐぅっ、ぬっ!」
あ、惜しい。
いや何が惜しいかはともかく。
「貴方はそうやって今は何も出来ないただの罪人。一応教えておいてあげるけど、貴方の両親スパンツィル侯爵家当主とその夫人も国家反逆罪で処刑することが決まっているわ。第一騎士団にいた貴方の弟も処刑。貴族院五年次の妹は貴族籍剥奪の上で放逐。将来は場末の立ちんぼってところね」
絶対に許さない。
何の関係もない、ただ下らない野望のために死んだ両親や村の人たちのためにも、尊厳を踏み砕いた上で殺さないと私が私を許せない。
「慣れるためにも人前でする練習でもさせてあげましょうか? ふふっ、きっと泣いて感謝されるわね」
「ぬうぅぅぅぅっ! 悪魔か貴様あぁぁっ!!」
「よく言うよ。自分達の勝手な野望のために私の村を滅ぼしたくせに。貴方にはその一部始終を見せてあげる。無力な自分が家族に何も出来ず、家族が尊厳も未来も打ち砕かれてゴミのように捨てられるのをただ見ていればいい。それから最後に殺してやるっ」
それだけ言うと私はオードロードに邪魔法を使って意識を刈り取った。
「はーっはーっはーっ! うぅぅっ!!」
「セシル、落ち着いて」
荒い呼吸を繰り返し、胸の奥がかき回されるような気持ち悪さに自分自身を抱き締めた。
ミオラがそれを背中から抱き止めてくれて、ブローチに魔力を流してくれた。
来る前にお願いしていたことの一つで、私が興奮しすぎたらブローチの真ん中にセットしてあるオパールに魔力を流せば私の精神状態が良くなるからと。
実際に安心穏の効果を付与しているのは別の魔石だけど、ブローチのオパールは私が身につけている全ての魔石の司令塔になっている。
「ふぅぅ…ありがと、ミオラ」
無意識にブチ切れて出力制限に手を出さなかったのは良かった。ミオラの処置が早かったからっていうのもあるだろうね。
「復讐の対象にそんなことでは貴様も大したことないのだな」
隣の牢から私の様子を見ていたディルグレイルが不敵な声で嘲笑っていた。
「これでも数年前まではただの従者だったんだからね。自分が大したこと無い奴だってことくらいわかってる」
ちょっとだけ嘘。
理不尽の権化とか言われず、普通なんだなって言われたみたいでちょっと嬉しい。
こいつ、少しはいいとこあるんだね。
最近は慣れてきたからそこまで気にしてないとはいえ、だ。
「けど、そんな大したこと無い奴に無様に倒された貴方は虫けらみたいなものね」
「虫けらか…そうかもしれん。私の剣は王位を取るには足りなかった」
剣ねぇ。
そんな脳筋思考だから、うまくいかないってことわからないのかな。
「ディルグレイル、貴方の作戦ってさ。私だけじゃなくてクアバーデス侯爵にも知られてたよ? それ、どういう意味かわかる?」
「なに?」
「セシル」
レンブラント殿下が私の口を止めようとするが、それを私は手で制した。
「本来なら作戦がいつ決行されるかなんてすごく重要なことなのに、なんで私があそこにいたか考えた?」
「どういうことだ。貴様は蒼の血族の集会で情報を得たのだろう?」
「違うよ。別のルートから既に知ってた。そして私は貴方達が来る前に王宮で話していたのよ、アルフォンス殿下とね」
「…ま、さか…」
気付いたのはさっきだけど、どう考えてもおかしい。
なんで決行日がバレてるんだろうって。
当然それの情報を流した人がいる。内部に? いいや違う。そんなことするメリットがある人なんて蒼の血族にはいない。
「貴方はアルフォンス殿下に利用されたの。不穏分子でしかない貴方を私に始末させるためにね。大人しくアルフォンス殿下の下で武力を奮っていればこんなことにならなかったのにね。今回謀反を事前に防いだことでアルフォンス殿下の株は上がる。貴方がアルフォンス殿下の下で武力を奮っても株は上がってた。どう転んでも貴方はアルフォンス殿下に利用されていたのよ」
ディルグレイルに近寄ってしゃがむと、目線の高さを合わせよく聞こえるようにゆっくりと、伝えた。
「貴方は王国を盤石にするための、ただの捨て石。礎なんかじゃない。噛ませ犬。無駄な労力、ご苦労様」
僅かばかりの殺気を込めた声は思った以上にディルグレイルの心を抉ったようで、「ひっ」とディルグレイルが小さく息を吸った。
「無様だね」
それだけ告げると私は彼の前から立ち去った。
地上に戻るとレンブラント殿下から何もしなくて良かったのかと聞かれたけれど、さっきの達観していたディルグレイルに何をしたところで無意味だと言えば、少しだけ顔を青くしていた。
殺してくれとか死にたいなんて言わせない。
「コルチボイスと穏やかに話していた者と同一人物とはとても思えないな」
そんなことをぼそっと呟かれたけれど、聞こえない振りをして王宮を後にした。
屋敷に戻ってすぐステラに呼ばれた。
ようやくミルルが目を覚ました、と。
彼女のことはかなりの機密事項となるので、今はステラしか会わせないようにしていた。
他のメイド達も我が家の秘密や王国の機密に関することを口外するとは思えないけど、いかんせんミルルは立場が、ね。
ステラに与えてある地下室。そこの一室だけは綺麗に整えられていて、ミルルはベッドから体を起こしていた。
「おはようミルル。気分はどう?」
「セシル…? ここは…牢ではありませんの?」
「ここはランディルナ至宝伯家の地下だよ。…あの時のことは覚えてる?」
私の名前を呼んだということは記憶はあるようだけど、直前のことをどれだけ覚えているか、それを確認しなければならない。
「…覚えていますわ。けれど、私はあの時セシルに心臓を貫かれて…死んだはずでは…」
どうやら、全て覚えてるみたいだ。
私はミルルに安心穏を付与した小石サイズの水晶を持たせると、ゆっくり話し始めた。
「私は確かにあの時ミルルを殺した。けれど、その直後に貴女をフレッシュゴーレムとして…私の眷属として生まれ変わらせたの」
「私を…セシルの眷属に?」
「えぇ。だからミルルはもう人間じゃない。歳も取らない。私の魔力がある限りほぼ死ぬこともない。私に…決して逆らえないモノになった」
「…私の、身体…。でも私は以前のままの、身体…から、だ、で…」
「…うん。彼等にされたことをなかったことには出来なかったし、その記憶を消すことも出来なかった。それでも私はミルルを失いたくなかったから、こうして生まれ変わってもらったの」
自己満足も甚だしい。
友だちを無くしたくないから辛い記憶を持ったまま生き続けろなんて、私は本当に理不尽で乱暴だね。
「…本当に、セシルらしいですわね。けれど…それが私の罰だと言うならば受け入れます」
ミルルはベッドの上でゆっくりを頭を下げ、渡された水晶を握り締めた。
「けれど、以前のような気持ち悪さはありませんの。セシルのために生きられることが嬉しくてたまりませんわ」
「…私に絶対的な忠誠を誓うように組み込まれているからだよ、それは。…その気持ちは私によって作られたものなんだよ」
「それでも構いませんわ。以前のようにはいかないかもしれませんけれど、セシルのためにセシルと共に生きていけるのなら、それ以上に嬉しいことなんてありませんもの」
自分でそういう風に作って仕向けたのに。
ミルルにそう言われるだけで、涙が出ないのに私の方が泣きそうになってしまう。
「ありがとう、ミルル。これからもよろしくね」
「えぇ。こちらこそ、ご主人様」
「もうっ、セシルって呼んでよぉ」
「うふふっ、ごめんなさい」
やっと零れたミルルの微笑みに、少しだけ私の罪悪感は薄れてくれた。
今日もありがとうございました!




