第360話 セシルとミルルの決闘(セシル視点)
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ミルルは私に向かい合いながら、なんとか自分の勝ち筋を考えている。
その証拠に魔法の鞄に杖を収納して、細剣を取り出していた。
そしてゆっくりと鞘から抜き放つと、刺突の構えを取って切っ先を私に向けた。
「ここでセシルが引いて、私達のすることを黙って見過ごしてくれればこれからの王国でも貴女の立場は保証致します。いえ、それこそ侯爵の地位、王族を婿に迎えて公爵にだって…」
彼女の提案は本来とても魅力あるものなのかもしれない。なのに私にとってはこれ以上ないくらい陳腐なものに聞こえてしまう。
いつ私がそんなものを望んだというの?
私が貴族の地位にしがみついているような、そんな人だとでも思ってる?
「いい加減喋るのをやめてミルル。…私をこれ以上失望させないで」
ミルルから向けられている切っ先からも目をそらし、彼女の言葉を丸ごと否定した私に、ミルル自身も声を震わせていた。
「申し、わけ、ございません…」
「…いいよ。ミルルこそ、こんな馬鹿なことは止めて投降して。わたしの力なんて大したことないけど、貴女の命だけは助けてくれるよう陛下に奏上してみるから」
もう一度ミルルに向き合い、その目をしっかり見据えて伝えてみたけれど、彼女は今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めてしまった。
「…貴女の力は、貴女が思っているよりも強いものでしてよ? それに、私一人生き長らえたところでどうしようもありませんもの」
どうやら私の言葉は、彼女に全く届かないみたいだ。
「どうしても、この謀反を止めるつもりはないと?」
「くどいですわ」
「貴女に私を止めることが出来るとでも? 貴女の次は後ろにいるディルグレイル殿下だよ? 私は殿下を許すつもりはない」
「それでも、止めなければなりませんの」
一言喋るごとに互いの緊張感が増していく。
ミルルの顔もくしゃくしゃに歪んだものではなく、決意を秘めた鋭い眼光を讃えたものになっていく。
「私は王国の剣、仇なす者には断罪を」
「これは罪ではなく、救済ですわ」
交わらない。
私たちの言葉はどこまで行っても。
「救えないよ」
「救ってみせますわ」
やっぱり、今のままじゃ…私はミルルを救えない。
「そう」
「えぇ」
だから、やっぱりやるしかない。
私達のやりとりを何も言わず、固唾を飲んで見入っているディルグレイル。
村のことも、ミルルのことも含めて…絶対許さない。
すぐに地獄へ叩き落としてやる。
けど、今はミルルが優先だ。
「行きますわ」
「えぇ」
ミルルの身体から吹き出した魔力。
あれは魔闘術と補助魔法による身体強化だ。
この王国においてミルルほどの優れた魔法の使い手ならではの併用であり、彼女自身の身体能力の低さを補完している。現時点でも我が家のミオラに匹敵する程度にはなっているだろう。
更にそこからミルルが一歩踏み出すと地魔法によって足場が突き出して彼女を前へ押し出す。一歩前へ出れば風魔法によって体をより前に押し出し加速していく。
なかなかの速度だけど、相当に無茶をしているのがわかる。
限界以上に強化してしまったミルルの身体の至る所の皮膚が裂け、千切れた筋肉が外に飛び出してしまっている。
目からは血の涙、鼻血。
目を背けたくなるほどの凄まじい形相のミルルは、自分の細剣に付与魔法で魔力の刃を生み出して突撃してきている。
あれなら、私の体を傷つけることも出来るよね?
「『神の祝福ロック解除』。ミルルを登録」
---神の祝福のロック解除が宣言されました---
---大いなる神の祝福が齎されます---
---経験値1000倍が拡張されます---
---自身の得られる経験値を100000倍にします---
---半径100メテル以内に味方がいる場合は、自身が経験値を得られなくなる代わりに味方へ譲渡されます---
---味方の判定は自身の認識、もしくは宣言に依るものとします---
---味方が複数存在する場合、人数によって割り振られます---
---効果時間は10分です---
今正に斬りかかろうとしているミルルをパーティーに登録する。
そして傷つけられつつも、あの剣をへし折るくらいの力を右手に込めると、力一杯握り締めてミルルの細剣へ真っ直ぐ突き出した。
「「はああぁぁぁぁぁぁっ!!」」
バキィィィィィィィィィン
ミルルの纏わせた魔力の刃によって私の右拳には指先くらいの深さの傷がつけられた。
対して私の拳はミルルの細剣をへし折ることに成功した。
しかもうまい具合にディルグレイルの方へ飛んでいき、彼の足下に刺さったようだ。
ついでに頭にでも刺さってくれても良かったけど、そうするとこの後のことが面倒になるから、刺さらないでくれて良かったと思うべきかな。
しかしディルグレイルの目には私達の間で起きたことが全く見えていないみたいで、自分の足元へと突き刺さった折れた剣を見てキョロキョロするだけ。未だに理解が追いついていない。
「ふ、ふふ……やはり、貴女は強いわ…セシル」
「…ミルルの剣で、私を倒せるわけがないでしょう…?」
普通ならミルルの剣を素手でへし折るようなことはなかなか出来ないだろう。
でも、残念ながら今貴女に対峙しているのは私なんだよ?
「それでもっ! 私はぁぁっ!!」
なのに諦めきれないのかミルルは残る魔力を手に込めて私へ突き出してきた。
ミルルの顔に絶望はない。血塗れで、憤りを隠せなくなっているけれど、貴族の令嬢らしさなんて欠片もない。
その方が、ミルルらしくて私は好きだよ。
だから、綺麗な身体になってやり直そう?
ぱしん
「空間魔法 強制転移」
彼女の腕を片手で払い除けると、すかさず小声で魔法を使った。
対象を強制的に指定した場所へ送り届ける魔法で、スキルレベルが上がったことでようやく使えるようになった。
ただ難点というか…今の私には都合がいいけど、魔法を使ってから発動するまでにちょっと時間がかかる。
空間魔法の転移は全て同じだけど、そのせいで戦闘には全く使えず移動用の便利魔法となっている。
それに、それまでにやらなきゃいけないことも、ある。
「ミルル…もう、終わりにしよう?」
「…っっっ!! だったら、だったら貴女が私を殺しなさいよセシル!!!」
血の混じった唾を飛ばしながら、ミルルが激昂する。
やっと、ちゃんと泣いて、ちゃんと怒ってくれた。
今から私がすることに貴女はもっと悲しんで苦しんで怒るかもしれないけど、ちゃんと全部受け止める。
本当にごめんね。
もっと早く貴女の異変に気付いていれば別の方法だってあったかもしれないのに。
私は何も出来なかった私が…嫌いだ。
なんで現実はいつも私達に理不尽なの…?
「ミルル……ごめんね」
だから、せめて一度は望み通りに。
ドスッ
「がっ、あ、は……」
私の右手はミルルの身体を簡単に貫いた。
これは、私に何の相談もしなかったミルル、貴女への罰。
こうして貴女を殺すことになるのはミルルが嬲られ続けていたことに何も気付かずにいた私への罰。
彼女の身体を貫く右手に、肉を裂き骨を砕いて進む嫌な感触が残っている。
それでもちゃんとやるべきことはやった。
一瞬、ほんの僅かな間にミルルの心臓があった場所を通過するときに魔石を設置することに成功した。
あとはレジェンドスキル『擬似生命創造』を使えばいい。
ミルルが、死んでから。
ディルグレイルにチラリと視線を送ると、彼もまた呆然と私達の姿を見ている。
多少離れてはいるものの、何が起こっているかくらいはわかるはず。彼欺くための芝居だけは続ける必要がある。
「私に出来るのは、こうしてあげることだけだから」
半分は私の自己満足や自分勝手な望みなんだけどね。
それでもミルルがいなくなるなんて、嫌だ。
「ゼ、ジブッ……わ、わだぐ、じ…」
「いいよ。もう、何も言わなくていい。せめてあの馬鹿王子に辱められることないように綺麗に生かせてあげるから」
私の腕を震える手で掴むと、安心したようにミルルは微笑んでコクリと小さく頷いた。
「新奇魔法 煉獄浄焦炎」
私の使える最強の炎を出せる魔法を使い、ミルルの身体をディルグレイルから見えなくする。
これだけ真っ赤な炎に包まれていたら、彼からは何も見えないだろう。
実際には私とミルルには炎の熱さが伝わっておらず、火傷はおろか汗もかいていないのだ。
そして、腕を掴んでいたミルルの腕がダラリと下がった。
ミルルが、死んだ。
いや、私がミルルを、殺した。
なんでこんなことになったのか、こうしなければならなかったのか。
ちゃんと考えたし、納得もしてきた。
一瞬、ほんの僅かな閃きの中にミルルと過ごした貴族院時代の楽しい思い出が過ったけれど、決して失われたわけじゃない。
だから落ち込むことも、悲観に暮れることもなくすぐさまミルルの身体から腕を引き抜き、擬似生命創造を使ってミルルの体内に設置した魔石を作動させた。
どくん、と心臓が鼓動するかのような反応があり、ミルルのフレッシュゴーレム化が成功したことを確信した。
「ぐおぉぉぉぉぉっ?!」
外からディルグレイルの悲鳴が聞こえてきたけど、どうでもいい。
炎の熱は外側へは伝わるようにしておいたから、相当な熱波に襲われているに違いない。
その様子を確認しながらもミルルへと回復魔法を使って傷を癒やしているところへ強制転移がようやく発動した。
キィィィン
強制転移を使うとどうしても発生してしまう魔力の輝きをやり過ごした私は、更に魔力を込めて炎をより強くすると青白い炎が上がり、新年の王都を明るく照らし出した。
地面はギラギラと水晶質に黒光りし、周囲の草もぶすぶすと白煙を上げていた。
時間にして十秒くらいだけど、なんとかうまくいった。
「な、何を、貴様ミルリファーナに何をしたあぁぁあぁっ!」
…今更何を言ってるんだ、この馬鹿は?
ミルルをその手にかけた感触を忘れないように、強く握り込むとディルグレイルに向き直った。
「これ以上馬鹿王子にミルルを穢されないように、浄化して送ってあげただけよ」
「な、な、な…なんだと?!」
「貴方のことだからどうせミルルのことを倒れた後でも足蹴にするでしょう? 悼む心のない馬鹿になんか彼女を触れさせない。あの子はこれから綺麗なところで生まれ変わるのだから」
「こっ、この狂人がぁっ!」
謀反なんて起こして実の父親と兄をその手にかけようとした馬鹿に言われる筋合いはない。
「狂人はそっちでしょ馬鹿王子。それよりいいの? これで貴方を守ってくれる人は誰もいなくなったのだけど」
ディルグレイルは私に言われたことでようやく気がついたのか、辺りをその血走った目で見渡した。
既に私から向けられた殺意でディルグレイルを除く全員が気絶、もしくは戦意喪失。
この場に立っているのはもう自分と私の二人しかいないってことに。
徐々に顔から血の気が引いて青褪めてきていることにも。
自分の顔を温めるかのように手甲のついた手で顔をペタペタと触ると、今度はヒステリックに叫び始めた。
「き、きさっ、貴様! い、いいのか?! イ、イーキッシュ公爵領では…」
「だから、どうでもいいって言ったでしょ。連鎖襲撃は起きてないし、貴方の望むことなんて何一つ出来ていない」
「だっ、黙れぇっ! だ、だいたい何故連鎖襲撃が起きていないとわかる?! ここは王都だぞっ! イーキッシュ公爵領のことなどわかるわけあるまい!」
声を荒げるディルグレイルを見てると情けないほどに滑稽だ。
私は大きな溜め息を吐くと、ジャリッとガラス質になった地面に一歩踏み出した。
今日もありがとうございました。
明日も投稿します!




