第348話 セシルとミルルの決闘
また予約忘れてました…
セシルとミルリファーナは向かい合っていた。
ミルリファーナは杖から細剣に持ち替え、刺突の構えを取っているが、セシルは相変わらずだらりと両腕を下げたまま何の構えも取っていない。
「ここでセシルが引いて、私達のすることを黙って見過ごしてくれればこれからの王国でも貴女の立場は保証致します。いえ、それこそ侯爵の地位、王族を婿に迎えて公爵にだって…」
「いい加減喋るのをやめてミルル。…私をこれ以上失望させないで」
僅かに顔を俯かせ、ミルリファーナを見ないようにして絞り出した声はいつも明るく振る舞っていたセシルからはほとんど聞いたことがない。
ミルリファーナは自身が彼女にそんな声を出させてしまったことをすぐに詫びた。
「申し、わけ、ございません…」
「…いいよ。ミルルこそ、こんな馬鹿なことは止めて投降して。わたしの力なんて大したことないけど、貴女の命だけは助けてくれるよう陛下に奏上してみるから」
「…貴女の力は、貴女が思っているよりも強いものでしてよ? それに、私一人生き長らえたところでどうしようもありませんもの」
一度は逸らした眼を再びミルリファーナへと向けたセシルだが、彼女にかけた言葉は新年の夜空へと溶けてしまったかのように届いていかない。
「どうしても、この謀反を止めるつもりはないと?」
「くどいですわ」
「貴女に私を止めることが出来るとでも? 貴女の次は後ろにいるディルグレイル殿下だよ? 私は殿下を許すつもりはない」
「それでも、止めなければなりませんの」
「そう」
「えぇ」
徐々に短くなっていく応答に、後ろで見守るディルグレイルも息を飲む。
もうすぐ、彼女達はぶつかり合うだろう。
衝突は一度だけになる。それだけでセシルはミルリファーナを殺すだろう。
「行きますわ」
「えぇ」
優れた魔法の使い手であるミルリファーナは自身の身体能力の劣る部分を魔法によって補完している。
ミルリファーナが一歩踏み出すと地魔法によって足場が突き出して彼女を前へ押し出す。
ミルリファーナが前へ出れば風魔法によって体はより前に押し出される。
ミルリファーナの身体がディルグレイルの目から追えなくなった時、彼女の細剣には付与魔法によって魔力の刃が生まれていた。
その細剣はベルギリウス公爵家の家宝とも言えるほどの名剣、だった。
「はああぁぁぁぁぁぁっ!!」
バキィィィィィィィィィン
「は、なっ?! な、何が、起きた?」
ディルグレイルの目には二人の間で起きたことが全く見えていない。
激突の激しい音の後、自分の足元へと突き刺さった折れた剣だけがその結果を物語っているのだが、未だに理解が追いついていない。
「ふ、ふふ……やはり、貴女は強いわ…セシル」
「…ミルルの剣で、私を倒せるわけがないでしょう…?」
セシルはミルリファーナが真っ直ぐ突いてきた細剣に対し、自身の拳を同じく真っ直ぐ突き出してその剣をへし折っていた。
王国内でもトップクラスの魔法の使い手であるミルリファーナの魔力は普通の魔法使いの平均を遥かに超える。
その全魔力を込めた剣を、素手で容易く打ち砕いてみせた。
ミルリファーナに出来たのはセシルの手の皮を傷付け、ほんの僅かに血を流させたにすぎなかった。
「それでもっ! 私はぁぁっ!!」
だが諦めきれないミルリファーナは残る魔力を手に込めてセシルへと向けた。
ミルリファーナの顔に絶望はない。セシルの顔にはどうしようもない悲しみと諦めの、笑み。
ミルリファーナの腕を片手で払い除けると、まるで別れを告げる祝詞のように何事かを呟くセシル。
「もう、終わりにしよう?」
「…っっっ!! だったら、だったら貴女が私を殺しなさいよセシル!!!」
ここにきて、ようやくここまできてやっと涙を零したミルリファーナにセシルもやっと、怒りを見せた。
それは自らを殺せと叫ぶ友へ向けたものではなく、自分自身への、やるせない現実への怒り。
「ミルル……ごめんね」
ドスッ
ディルグレイルからはミルリファーナの背中に突然真っ赤な花が咲いたようにしか見えなかった。
彼女達が話している内容もほとんど聞き取れなかった。
それでもあの真っ赤な花が彼女の命を刈り取った何かだということはわかった。
「がっ、あ、は……」
「私に出来るのは、こうしてあげることだけだから」
セシルの腕はミルリファーナの胸当てを紙のように貫き、ミルリファーナの身体はスライムに突き込んだようにほとんど抵抗もなく背中まで到達させてしまった。
「ゼ、ジブッ……わ、わだぐ、じ…」
「いいよ。もう、何も言わなくていい。せめてあの馬鹿王子に辱められることないように綺麗に逝かせてあげるから」
セシルの腕を震える手で掴み、まるで抱擁されているかのように微笑んだミルリファーナはコクリと小さく頷いた。
そしてセシルから強い魔力の波動が放たれる。
「新奇魔法 煉獄浄焦炎」
彼女が魔法を唱えるとミルリファーナの身体は真っ赤な炎に包まれ、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「ぐおぉぉぉぉぉっ?!」
そのあまりの熱と魔力の波動、強い上昇気流にディルグレイルは現場を直視することが出来ずに目を逸らして、なんとかやり過ごすことしか考えていなかった。
そしてより魔力を込めた次の瞬間、弾けるような光が煌めいて青白い炎が上がり、新年の王都を明るく照らし出した。
時間にして十秒ほどだっただろう。
炎が消えた後、そこにはギラギラと黒光りする地面だけが残っていた。
「な、何を、貴様ミルリファーナに何をしたあぁぁあぁっ!」
「これ以上馬鹿王子にミルルを穢されないように、浄化して送ってあげただけよ」
「な、な、な…なんだと?!」
「貴方のことだからどうせミルルのことを倒れた後でも足蹴にするでしょう? 悼む心のない馬鹿になんか彼女を触れさせない。あの子はこれから綺麗なところで生まれ変わるのだから」
「こっ、この狂人がぁっ!」
「狂人はそっちでしょ馬鹿王子。それよりいいの? これで貴方を守ってくれる人は誰もいなくなったのだけど」
ディルグレイルはセシルに言われ、ようやく気がついた。
既にセシルに向けられた殺気で気絶している者が大半であり、意識のある者でもすっかり戦意を失っている。
この場に立っているのは自分とセシルの二人しかいないことに。
そして、徐々に顔から血の気が引いて青褪めてきていることにも。
「き、きさっ、貴様! い、いいのか?! イ、イーキッシュ公爵領では…」
「だから、どうでもいいって言ったでしょ。連鎖襲撃は起きてないし、貴方の望むことなんて何一つ出来ていない」
「だっ、黙れぇっ! だ、だいたい何故連鎖襲撃が起きていないとわかる?! ここは王都だぞっ! イーキッシュ公爵領のことなどわかるわけあるまい!」
声を荒げるディルグレイルにセシルは大きな溜め息を吐くと、ジャリッとガラス質になった地面に一歩踏み出した。
「だから、説明するつもりはないっての。私が起きてないって言ってるんだから、起きてないの」
「そんなものが答えになるかっ!」
「答えたつもりはないよ。それでどうするの? 捕まる? それとも、ここで処刑される?」
一度力の放出を止めていたセシルから再度暴風のような波動が溢れ出してきた。
今までと違い、彼女はどんどんこちらに近付いてきているため、その異常としか思えないほどの力に為す術もなく立ち竦むディルグレイル。
セシルの施した結界魔法のせいで退却して立て直すことも出来ないことはわかっていても、未だに意識のあった騎士達はガチャガチャと煩く蠢き出した。
「ちょっとそこ煩いっ!」
セシルの放った強い気配をモロに受けてしまった騎士達は今度こそ意識を失いその場に崩れ落ちた。
ディルグレイルもその余波を受けてその場に尻餅をついてしまっていた。
その彼に対し、セシルは冷たい目で見下ろしながら告げた。
「さぁ選びなさい。一応教えておいてあげるけど、捕まった後の死刑執行人は私よ。王都中の大観衆の中でみっともなく泣き叫ぶ姿を晒せるように尊厳も誇りも全て踏みにじって殺す。今処刑されるなら村の人たちが味わった苦痛の全てを与えて殺す」
「な、何故王族である私が処刑されねばならんのだ!」
「貴方だって陛下やアルフォンス殿下を処刑するつもりだったじゃない。立場が変わっただけのことよ」
「そんな理不尽があってたまるかっ!」
セシルに見下されながらも必死に声を張り上げるディルグレイルに彼女は大きな溜め息を吐いた。
「ミルルが言ってたでしょ。私、『理不尽の権化』らしいよ?」
セシルは右手に込めていた魔力から邪魔法を使い、ディルグレイルを拘束し意識を奪った。
ディルグレイルの最後に見たセシルは感情の籠もっていない無表情な少女でしかなかったが、一言だけ吐き出すように呟いた。
「あ、くまめ…」
ディルグレイルが完全に気絶したことを確認したセシルは、そこで冷たく微笑んだ。
「…絶対に許さない。楽には殺さない…」
それからはあっという間だった。
主犯であるディルグレイルは国王や第一王子側近の騎士達によって捕縛。同行していた蒼の血族のメンバーやオードロード率いる近衛騎士達も全員装備を剥奪された上、魔力が使えなくなる拘束具を着けられて投獄。
当然王族には被害者などなかったが、唯一コルチボイス第五王子だけは牢ではなく、王宮から離れた塔に幽閉となった。
ディルグレイルに肩入れしていた貴族達への処分はこれから行われることになるだろう。
だが、彼だけは現在幽閉も投獄もされることなく一人屋敷で魂が抜けたように呆けていた。
「ミルリファーナ…すまない、すまない…。ミルリファーナ…」
ウィルフリード・ベルギリウス公爵。
ミルリファーナの父である。
今日もありがとうございました。




