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第346話 新年の夜

しばらく三人称となります。

 その日、王国内は新年を祝う祭りで賑わっていた。

 老いも若きも、男も女も、貴族も平民も浮かれていた。

 しかし王族の一部やいくらかの耳が早い貴族はこれから起こることを知った上で動いていた。

 ある者は遠い領地へ避難し、ある者は戦うために精神を研ぎ澄まし。

 これから起きるのは内乱である。

 戦争ではない。

 ただ王国内の力を減退させる。

 未来に希望を見い出せるか、それとも絶望の後に朽ち果てるのか、それは誰にもわからない。

 しかしその内乱を聖戦と言い、王国の力の全てを手に入れようと動く者。

 常識で考えれば兵の数も現王国の方が多いのだが、それすらも覆せる策を用意していた。

 アルマリノ王国王宮。近衛騎士団詰め所。

 王都が新年の祝いに沸く中、一つの知らせを持った兵が扉をぶち破らん勢いで開け放ち、その言葉を告げた。


「イーキッシュ公爵領にて連鎖襲撃(スタンピード)が発生しました!」


 その届いた言葉に詰め所にいながら軽くワインを傾けていた騎士達は一気に酔いを覚ましていく。


連鎖襲撃(スタンピード)だとっ?! 規模はっ?!」

「はっ! 規模は確認出来ただけで凡そ二万! 現在もダンジョンから溢れ出てきているとのことです!」

「ちぃっ、ダンジョン産の連鎖襲撃(スタンピード)か! スタイナン、ゼクセルス、直ちに第二、第三騎士団に討伐へ向かわせ、二人も同行しろ! 兵士団にも声を掛け、全力を持って討伐するのだ!」

「「はっ!」」

「私は陛下に報告してくる。スタイナンとゼクセルス以外のメンバーは全員待機。休みの奴も全員引っ張ってこい!」


 近衛騎士団長であるオードロード・スパンツィルは一人詰め所を出たところでほくそ笑んだ。

 彼は軍務大臣であるスパンツィル侯爵の長男である。

 この度の王位継承騒動において対立派閥である第一王子派に与するエギンマグル宰相の息がかかったスタイナンとゼクセルスはこの計画を知らない第二、第三騎士団と共に王都から追い出した。

 王都に残っているのはこちらの手駒である第一騎士団と彼の子飼いである近衛騎士十数名のみ。

 騎士団は馬を使いイーキッシュ公爵領へと向かうため、あと鐘一つ時間が経てば簡単に戻って来れないところまで行く。

 仮に戻ろうにも連鎖襲撃(スタンピード)は実際に発生している以上、そちらも見過ごすわけにはいかない。

 つまりは王都の防衛を担う騎士や兵士が軒並み不在になるのだ。

 王や第一王子の周りには直属の兵がいるだろうが、そんなものはSランク相当と言われる彼の前には何の障害にもなり得ない。


「しいて上げるとすればランディルナ至宝伯だが…あの娘はイーキッシュ公の長男次男に言い含められ我らに賛同したと聞いている。これは決まりだな」


 込み上げる笑いを堪えきれずにオークのように荒い鼻息を吹き出しながら、オードロードは一人暗い王宮の廊下を進んでいった。




 その男は王宮の前に立っていた。

 ディルグレイル・ツイース・アルマリノ。

 アルマリノ王国第二王子であり、今回の内乱の首謀者である。

 既に計画は順調に推移しており、王都には騎士はおろか兵士すらロクにいない。

 これから自分のものになる王宮を見上げ、今後のスケジュールについて頭の中で反芻する。

 まずは兄であるアルフォンス第一王子、父でありこの王国の国王でもあるアルガニール・ヴォル・ディガノ・アルマリノ両名の捕縛。

 母であるシャルラーン王妃、弟のレンブラント第四王子は捕縛、もしくは殺害。

 それ以外の王族は抵抗するならは殺害。従うならば捕縛し幽閉。

 対立派閥に組する高位貴族どもの殺害。

 最も厄介なのは頭の切れるクアバーデス侯爵と戦闘能力の高いゴルドオード侯爵だが、それは自分が王にさえなればどうとでも出来る。

 ニチャリと口角を上げて邪悪な笑みを浮かべる王子のすぐ後ろ、三歩ほど下がった位置に生気を失った少女が一人。

 ディルグレイル王子の婚約者であり、今回の内乱に賛同した者達へ生け贄として捧げられたミルリファーナ・ベルギリウスも立つ。

 残る彼女の役目はこの内乱が終わった後に次代の王を産むことのみ。

 仮に死んでも代わりはいくらでもいる。

 ディルグレイル王子はミルリファーナを娼婦程度にしか見ていなかった。


「さぁ、我らの国を立ち上げるその時は近いぞ! 私に続け!」


 声を張り上げるディルグレイル王子に呼応し、蒼の血族に参加している貴族の子弟達が声を上げた。

 血の気の多い者達だが、残る少ない兵の目を向けさせるにはちょうど良い。

 彼等は王宮の敷地に入ると各々が武器を抜き、近くを通った使用人やメイド達を斬り伏せていく。

 既に致命傷になっている傷の者でも事切れている者でも幾度となくその刃を振り下ろす。


「ふっ…やはり、武を持って国を制するべきなのだ。我らの蒼き血の下でな!」


 王の住まう後宮までの道のりは長いが、それでも王宮に入ってさえしまえば後は早い。

 敷地内での騒ぎを聞きつけて近衛騎士団がやってくるが、彼等は貴族の子弟達と同じように使用人達を切り捨ててディルグレイル王子の前で跪いた。


「お待ちしておりました。ディルグレイルでん…いえ、陛下」

「うむっ。さぁ、最後の締めだ。予定通りアルフォンス兄上と父上を捕縛しろ! 母上とレンブラントは生死問わぬ! 他の王族達も同様だ!」

「「「ははっ!」」」


 数十人の同士達も跪き、ディルグレイルの命令によってその体に闘志を燃やしていく。


「…っ! お待ち下さい!」


 だがそこに水を差したのは婚約者であるミルリファーナだった。

 彼女はディルグレイルの隣まで歩み寄ると王宮の入り口へと指先を向けた。


「なんだっ!」


 彼女の指が指し示す先、庭に設置している灯りの魔道具によって照らされているが、それほど強い灯りではないので薄ぼんやりとしてなかなか見えない。

 しかし一人、たった一人だけ入り口に立ち、彼等を待ち構えていた。

 コツコツと音を立ててその者は前に進んでくるとディルグレイルから百メテルほど離れたところで足を止めた。


「あれは…」


 真っ白い服を身に纏い、体の至る所を装飾品で固めた女は静かに、しかし優雅にその場で臣下の礼を取った。


「こうしてお目にかかるのは何度目かになりますが、お話させていただくのは初めてとなりますので、改めてご挨拶申し上げます。セシーリア・ランディルナにございます」

「セシル…」

「ほぅ…そなたがランディルナ至宝伯か。よくぞ参った」


 ディルグレイルは急に現れたセシルを味方だと思い、すぐに歩み寄ろうと両手を広げながら歓迎の意を表した。

 だがミルリファーナによってそれは阻まれることとなる。


「殿下、お待ちください。セシルは、ランディルナ至宝伯は味方ではありません!」

「…なんだと? どういうことだランディルナ伯! そなたは我等に賛同したと聞いているぞ!」


 十分な距離が取られたままディルグレイルは声を張り上げてセシルに問い詰める。

 セシーリア・ランディルナは上位のSランク冒険者だ。本来であれば百メテルという距離も安全なわけではないが、彼女自身は礼を欠くような振る舞いはしないと聞く。

 であればこの場で問答しても問題はないとディルグレイルは判断した。


「ご冗談を。私は叙爵する際に宣誓したはずです。『陛下と王国と民達を守るための剣になる』、と。その誓いのために、今こうしてその剣自らやってきたわけにございます」

「無礼なっ! 我等にこそ正義はある! この国は…」


 そこからディルグレイルによる演説が始まるがセシルはその全てを聞きながらも臣下の礼を取り続けていた。


「よって私が王となり、この王国をより強い国へと導いてゆくのだ!」

「…殿下の夢は理想高く立派なものにございます。ですが…一本の『剣』に理想を語っても詮無きこと。私はこの国を害するものから国を守ることを使命としておりますれば……御託はいいからさっさとかかってきなさい!」


ゴオォウッ


 ディルグレイルとの問答は終わりだと、そう告げるようにセシルはその体から魔力のような力を溢れさせた。

 まるで嵐のような力の奔流と、冷たい棺桶の中に押し込めていくかのような純粋な殺気を受けて力無い同士達はその場で膝をつき意識を無くしていく。


「ちぃっ! イーキッシュ公爵家の兄弟が籠絡したのではなかったのか!」

「…セシルをあのお二人が籠絡するなど無理なことでございます」

「黙れっ!」


 鋭い音が鳴りミルリファーナの身体は後ろに倒れた。

 叩かれた頬は真っ赤になり、衝撃で切れた唇の端から一筋の血が流れた。

 その様子に更に苛立ちを覚え、ディルグレイルは倒れ込んでいるミルリファーナの頭を蹴り飛ばし、その背中を何度も踏みつけていく。


「うるさいうるさいうるさいっ! 生意気な口をききおって! 貴様のような薄汚い女が私に意見するなど言語道断っ!」

「ぐっ、うっ、ぐぅぅぅ…」


 ミルリファーナが痛めつけられている様をセシルは黙ってみていた。

 いつもならば激昂しすぐにでもディルグレイルの首を刎ね飛ばしていたはずだ。

 だが至って冷静に、かつての友が傷付いていくことを止めることなくただ見続けていた。


「ディルグレイルで…陛下。ここは私に!」

「はぁはぁ…オードロードか。よし、貴様もランディルナ伯と同じSランク相当だったな。即刻あの無礼者を始末しろ!」

「ははあっ!」


 散々ミルリファーナを痛めつけたディルグレイルは少しだけ気が晴れたのか、地面でぐったりと倒れ込んでいる彼女から興味を無くすとオードロード近衛騎士団長へとセシルを殺すよう指示した。

 指示を受けたオードロードは鞘から剣を抜き、真っ直ぐにセシルの近くへと歩いていく。

 彼の持つ剣はスパンツィル侯爵家に伝わる魔剣であり、その力は騎士団に在籍するものならば誰でも知っているほどのものである。


「貴女が王国最強と言われるセシーリア・ランディルナ至宝伯であらせられるかっ」

「えぇ。そちらは?」

「我が名はオードロード・スパンツィル! 弱き王国を大陸の覇者とすべく立ち上がったディルグレイル陛下の剣よ!」


 名乗りを上げながら武器を構えるオードロード。

 それに対し、セシルは未だに無防備のまま彼を見つめているのみ。


「そう。貴殿がかつての王国最強戦力と言われたオードロード卿か。けれど…今となってはただの逆賊の暴徒。その魔剣も泣いてるだろうな」


 オードロードが剣を構えていてもセシルは動こうともしない。

 しかし虚仮にされたオードロードはこめかみに血管を浮き上がらせていた。


「私を愚弄するかっ!」

「事実だ。かつての王国最強戦力がこれとは、嘆かわしい」

「…ならば、その身を持って我が力味わうといい!」

「いいだろう。剣と剣であるならば、斬り結ぶことこそ何よりの対話となろう」


 セシルが構えを取るのを待つことなく、オードロードは彼女へと斬りかかっていった。

今日もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] >彼の持つ剣はスパンツィル侯爵家に伝わる魔剣でたり  …………でたり。 >「そう。貴殿がかつての王国最強戦力と言われたオードロード卿か。けれど…今となってはただの逆賊の暴徒。その魔剣も泣…
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