第35話 領主様のお屋敷へ
この話から新しい人達が何人か出てきます。
今のところ人物紹介を書くつもりはないのですが、要望あれば書きます。
8/4 題名追加
「今日中には屋敷に着くはずだ。いい加減退屈だろうが辛抱してくれよ」
「はい、お気遣いありがとうございます。私は平気ですので」
「ふん、セシルが馬車でへばったところを見て笑ってやるつもりだったのだがな」
「だからそういう性格の悪い言い方直しなさいって言ってるでしょう?」
私は領主様とリードの乗る馬車に同乗して一路ベオファウムへ向かっている真っ最中だ。3日前の朝に出発して今日で4日目。途中他の村にも寄ってそこで宿のお世話になったけど、私のいた村と同じくらいの規模でほとんど狩猟や農業に頼る生活だった。聞くとこの領内ではほとんどの村が同じようなものらしいが、数カ所ある町ではそういった農村から食料を買い入れて店舗を出すところも多いのだとか。また冒険者ギルドも村にあるのは稀なことで町にあるのが普通らしい。
道中多少魔物に襲われたりもしたが同行しているクアバーデス領騎士団に撃退されており、私が出る幕は全く無かったので多少運動不足気味ではある。
だからってへばったりなんかしないけどね!
そういえば村を出るときの見送りは両親とユーニャ達が来てくれて、少しだけ寂しいなと思っていたらユーニャから御守りを貰った。小さな魔石が入った布袋。魔石には何の付与もされてなかったけどこの世界で初めて友だちから貰ったプレゼントなので大切にしなきゃね。
そうそう、ちゃんと私の家族には置き土産をしておいたよ。
ディックには鋼化、全属性付与、MP自動回復の大盤振る舞い。両親には状態異常防御、幸運の付与。この魔石を作ってるだけで私の付与魔法のスキルが上がっちゃうくらいに高ランクの付与魔石が出来上がった。かなり魔力も込めたからちょっとやそっとじゃ魔力が切れて付与の効果が消えることもないだろう。
最終的に両親は笑って送り出してくれた。私達を乗せた馬車が村から離れてしばらく行くまでずっと笑って手を振ってくれていたけど、私のスキルで強化された聴覚がイルーナが大声で泣き出したのを拾ってしまった。
寂しくないわけ、ないよね。
だって、私も一緒だから。その時私も泣き出してしまって領主様に要らぬ心配を掛けてしまったのは本当に申し訳ない。思い出すとまた涙ぐみそうになるので、それは考えずにどうやってリードを鍛えるか考えることにしよう。
馬車の中はとても退屈だったので私も勉強させてもらっていた。ようやくこの世界の「お金」を見せてもらえたのだ!
今までは全くと言っていいほどお金に関わることがなかったのでひょっとしたら通貨の概念がないんじゃないかと勘違いしていた程だったけどちょっと安心した。紙幣はなく、銅、銀、金、白金を使った硬貨での通貨が取り扱われているようだ。銅貨→小銀→銀貨→小金→金貨→白金貨と金額が大きくなる。それぞれ10枚で上の硬貨と同じ金額になり、これはこの国以外でも共通の金額とのこと。
そこでふと思ったのだが、どこかの国が金や銀に混ぜ物をしたらわからなくなるのではないかという疑問。それは領主様に教えてもらったけど、作られた硬貨は一度国家間で取り決められた国際通貨機構という機関に集められて鑑定されてから持ってきた数量と同じだけの硬貨がまた戻されて流通する。
それでも抜け道はある気はするけど、国同士の信用も関わることだから今のところ問題は起こってないとのこと。
参考までに教えてもらったけど、私の持っている短剣が大体銀貨5枚程度、冒険者用の安宿での宿泊代が銀貨2枚、町の食堂で食事を取るのに小銀5~8枚。そう考えると銅貨の価値が凡そ日本円で10円と見ておけばいいかもしれない。
そんなこんなで最終日は特に魔物に襲われることもなく、ベオファウムに到着した。この世界で初めて見る街に私は興奮しっぱなしだった。
正しく中世ヨーロッパのような街並みで石畳の道、石造りと木造の建物、そして街を囲む大きな城壁。魔物の侵入を防ぐための城壁だから高さも10メテルくらいあるだろうか。もちろん飛行する魔物だったら空から侵入されちゃうだろうけど。
そうそう、中世ヨーロッパと言えば汚物を窓から放り投げるとかって話を聞いたことがあるけどこの街にそういったものは見られない。汚物や生ゴミなんかは各家庭に備え付けられたトイレに捨てられて、中にいるスライムに処理させる。そうしてスライムが汚物等を処理してくれるのでゴミもあまり出ないが、放っておくとスライムが肥大化してしまうので数ヶ月に一回スライムを縮小させる薬を投入することで長く使えるようになるらしい。すごいシステムだね。
そうして街中を見ながら進んで行くと建物の雰囲気がガラっと変わった。
「なんか綺麗な建物が増えたね?」
「あぁここからは貴族や金のある商人たちが住む区画だからな。相応な屋敷を構える者も多いさ。この先が私の屋敷だ…やれやれ、やっと着いたな」
領主様は顔をしかめて退屈だったであろう旅程を振り返っているようだ。私のすぐ隣にも同じ顔をしたリードが大きく溜め息をついて「疲れたな」と呟いていた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「あぁ今戻った。先に知らせた通りだが支度はできているな?」
「はい、問題無く整えてございます」
領主様の屋敷に着くと執事っぽい初老の男性が出迎えてくれた。その後ろにはズラリとメイドさん達が整列しており圧巻の光景だ。
庭も相当に広く門から屋敷まででも数百メテルはあったし、屋敷もいったい何部屋あるのか数えることすら億劫になる大きさだ。今も庭の途中に庭師のような人が仕事をしていたし、ここを維持するだけでもかなり大変なんじゃないだろうか。
私がキョロキョロと辺りを見回していると領主様と話していた執事のような男性が私をチラリと見てきた。私もその視線を感じ取って向き直るとペコリと頭を下げて
「初めまして、セシルと申します。この度リードルディ様の家庭教師を仰せつかりました。どうぞ宜しくお願い致します」
「ほほ…坊ちゃんの家庭教師を新しく雇ったというからどのような方かと思えば…まさかこのような少女でしたとは。私はザイオルディ様の執事をしております、クラトス・フェンレインと申します。どうぞよろしくお願いします」
私が挨拶をするとクラトスさんも丁寧に挨拶してくれた。とても柔和な笑みを浮かべているけど感じられる雰囲気が凡人のそれとは大きく異なる。恐らく何かしらの達人であることは間違いないだろう。
その後クラトスさんを引き連れて領主様は屋敷の中へ入っていき、リードも荷物をメイドさんに持ってもらって続いていく。騎士団の皆さんは私達が馬車から降りて荷物を全て下ろしたのを確認した後馬車を引いてどこかへ行ってしまった。残されたのは私一人だ。
ってどうしろってのよ!リードも普通こういう時はエスコートくらいしなさいよね。
少しばかりイライラしていたのと、不安定そうな表情が表に出ていたのか二人のメイドさんが話し掛けてきた。
「セシル様、遠いところからようこそおいでくださいました。これからセシル様のお部屋へご案内させていただきます、私はファムと申します」
「え?あ、う…はい。セシルです、こちらこそよろしくお願いします」
ファムさんは足元をキョロキョロと見回すと両手を胸の前で組んで首を傾げている。
しかし…なんだその胸部についた巨大な爆弾は?よく果実に例えられるが、言い古された言葉ではあるけどもこの言葉しかない。
「メロン…」
「…セシル様?めろんとはいったい?」
「あ、いいえ、何でもありません。それでどうかしましたか?」
「いえ、先程から拝見しておりましたがセシル様の荷物がないように思えまして」
「私の荷物はそこにはありませんよ。全部この中ですから」
自分の腰についた小さな鞄(イルーナ命名「腰ベルト」)を叩くとファムさんは大きな目を更に見開いて右手を口元に当てる。
「まぁ!魔法の鞄ですか?セシル様はとてもお金持ちでらっしゃいますのね」
「…いや、まぁ…違うけど。なのでこのまま部屋に行きましょう」
私が促すとファムさんは落ち着いて頷き「こちらです」と先導して歩き始めたので、私も遅れないようについていく。
後ろから見ると背筋もしっかり伸びていて、茶髪のふわふわなボブカットが上下に揺れている様も綺麗に見える。…きっと正面から見たら別のところが上下に揺れているんだろうけどね…くそぅ、私だってもう少ししたらきっと…。
屋敷の中を歩くこと数分。距離で言うと300メテルはあっただろうか?2階の奥の方に私の部屋は用意されていた。ファムさんに聞くとリードの部屋のすぐ近くにあるらしい。護衛も兼ねてってことかな?
用意されていた部屋は個室でかなりの広さがある部屋だった。ダブルサイズくらいのベッドと備え付けの机、クローゼット、応接セットまである。元々は来客用の部屋でそこそこの身分の貴族用に使っているのだが、他にも同じ部屋がいくつもあるため今回私に使わせることになったのだそうだ。
しかしこの部屋の広さだけで今まで住んでいた家と同じくらいの広さがある。寧ろ広すぎて落ち着かない。前世で住んでいたアパートとは比べ物にならないね。あの部屋はベッドと小さいテーブル、タンスを置いたらほとんどスペース無かったもんね。和美ちゃんが泊まりにきたときはシングルベッドでほぼ抱き合うようにして寝てたっけ。あれはさすがにちょっと恥ずかしかった。
久々に思い出した妹のことを懐かしく感じながら「元気でやってるかな」と心の中で思いながら私はソファに腰を下ろした。
「セシル様、旦那様より『使用人達を紹介するので執務室まで来るように』と言付かっております」
「ありがとうファムさん」
「セシル様、私のことはどうぞ『ファム』と呼び捨てにしてくださいませ。セシル様はお客様でもありリードルディ様の家庭教師でいらっしゃいます。私ども使用人に敬称は不要にございます」
「えぇぇぇ…。じゃ、じゃあ私のことも『セシル』でいいよ?」
「いけません。セシル様は『セシル様』です」
この人なかなか頑固だよ?
結局この後同じ問答を5回以上繰り返した後に慣れたら呼び捨てにするということで何とか納得してもらった。私のことをセシルと呼んでもらうことは諦めた。
今日もありがとうございました。




