第338話 現実は絵本じゃない
村があったところから鐘半分、一時間半くらい歩いたところに私の背丈よりも大きな石の慰霊碑は建てられていた。
ここは自衛団が連鎖襲撃を食い止めようと戦っていた場所だ。
目を閉じるとあの時の光景がまぶたの裏に蘇る。
真っ赤に染まった地面。
むせかえるほどの血の臭い。
飛び散った臓物、体のあちこちを食いちぎられた死体。
彼等の身体は火葬されて今はこの大きな石の下だ。
当然ランドールとイルーナもここに眠っている。
二人の名前も、幼馴染のキャリーとハウルの名前も慰霊碑に刻まれて今は森の中で静かに、しかし誰の目にも止まることなくここに残っていた。
「ねえね、じゃなくてセシーリア姉様。父さんと母さんもここに?」
ディックはいつものように話し掛けようとして、一度改めた。
出発した時はよく知るメンバーだけだったけど、今は護衛と称してクアバーデス侯爵領騎士団から数名が同行している。
護衛は不要と言ったんだけど、これでも貴族家当主。何もしないわけにはいかないのだとか。
そんなことをクラトスさんから聞かされた。
「亡くなった村の人達の身体はみんな火葬して、この慰霊碑の下に納めた。野晒しにされることなく、こうして墓の下に入ることが出来たのはクアバーデス侯の慈悲だろう」
「…村は?」
「さすがに誰も住む者がいなければ手放す他ない。けれど、いつかはまた人が来るかもしれない。だがそれは私達の知ってる村ではなくなるだろう」
冷たいようだけど、それが事実。
私が主導して村を復興させることも考えたけど、法衣貴族である以上、クアバーデス侯爵領の村を勝手に復興させることは出来ない。
落ち込む様子のディックをリーアに任せるとユーニャの近くへ行く。彼女は両手を合わせて祈りを捧げていた。
この世界の宗教はいくつかあるけど、死者を悼む気持ちに宗教は関係ない。
安らかな眠りを願うばかりだ。
「ユーニャの祖母の墓までは持ってこれなかったようだ」
「それは…仕方ありません。祖母は連鎖襲撃よりも前に亡くなっていましたから」
まだ祈りを捧げる彼女をそっとしておいて、早々にその場を離れたミック、アネット兄妹は呆けながら青空を見上げていた。
「どうかしたか?」
「あぁ…いえ、幼い時分に追放された身でこうして墓参りというのは、なんだか複雑な思いでして」
「キャリーのことはいつも遊んでくれるお姉ちゃんくらいにしか思ってませんでしたけど、『あぁ本当にいなくなっちゃったんだなぁ』って思うと、アタシはもっと彼女に甘えてもよかったのかなと…」
キャリーか。
あの子、いつも明るくて元気で、ハウルのことが大好きで。
ようやく結婚して、これからってところだったのに…。
キャリーが妊娠していて、魔物に殺された際にお腹の中の赤ちゃんまでもその毒牙にかかったことはこの四人には話してない。
話しても仕方ないことだって思ってるからだけど、余計な憎しみや怒りを植え付けることもないと思ったから。
こんなドロドロでぐじゅぐじゅとした汚い感情は私だけが持っていればいい。
いつか今回の件を引き起こした犯人を見つけた時に、遠慮なくこの思いをぶつけるために。
それから祈りを捧げ終えたユーニャとディックが慰霊碑の前から離れるとベオファウムに戻るための馬車へと向かった。
全員が離れたことを確認したところで、私はもう一度慰霊碑へと近寄ってその表面に触れた。
「どうか、安らかに…。聖浄化」
私の祈りと共に金色の魔力が溢れ出ていき、放射状に広がっていく。
リッチさえも浄化する私の新奇魔法で慰霊碑と周辺の土地を綺麗にしておきたかった。
みんなが眠るこの地を、しばらくは魔物が寄り付くことも出来ないほどに。
だから、そっと亜空間からゴルフボール大の水晶を取り出して魔石化、『浄化』を付与してガイアを使い慰霊碑の中へと沈み込ませた。
これで十年くらいはこの近辺は魔物が近寄ることが出来ない土地になるだろう。
前回のような大規模な連鎖襲撃が起これば無理かもしれないけど、その時はまた私が殲滅させてみせるよ。
一仕事終えた私はみんなに合流すると、護衛の騎士団を促してクアバーデス侯爵領領都ベオファウムへと戻るべく馬車に乗り込んだ。
馬車に乗って三日と少し。
ようやくベオファウムへと戻ってきた。
馬車の中ではユーニャと別々になってしまうため鬱憤の溜まったユーニャを夜鎮めるのはちょっと大変だった。
ちゃんとパートナーとして公言していないので、私が乗る馬車には身内であるディックと私達の護衛であるリーアとミオラだけが乗り込んでいたのだ。
ユーニャが乗っている馬車にはミックとアネットが乗り、それぞれ御者は冒険者ギルドを通して雇った者にやらせている。
拘束時間が長く、貴族と同行することになるため本来なら忌避されがちなはずだけど、依頼者がランディルナ至宝伯とあって相当な応募者がいたそうだ。報酬もそれなりに出すし、ベオファウム滞在時には高級宿に泊まってもらうよう手配もしてある。
冒険者ギルドは今後もうまく付き合っていかないといけないから、優良依頼者として認識されておくにこしたことはない。
「おかえりなさいませ、ランディルナ至宝伯様」
「クラトスさん、もう護衛の騎士団もいないんだし普通に話していいよ」
「そうは参りません。私も貴族と言えど子爵に過ぎません」
「はぁ…では、クアバーデス侯爵閣下に改めてご挨拶させていただきたい」
「承知致しました。主人もお待ちになっております」
ベオファウムに着いた私達はすぐに領主館を訪れ、護衛に借りていた騎士団の面々を戻し、早速クアバーデス侯へと対面することにした。
本来なら私だけで済む話なんだけど、村の生き残りとして感謝を述べるってことになっているのでミオラとリーアの護衛も含め七人全員で応接室へと入っていった。
応接室に入るとクアバーデス侯爵が一番奥の席に座っており、相変わらず真っ黒なお腹を隠すつもりもなさそうな笑いを浮かべていた。
後ろにはナージュさんとゼグディナスさんが控えており、そしてその手前には。
「慰霊碑への墓参りご苦労だった、ランディルナ伯」
「護衛の騎士団をお貸しいただきありがとうございましたクアバーデス侯。ご無沙汰しております、リードルディ卿、カリオノーラ様」
「とりあえず、座ってくれ」
私とディックは促されるままにソファーへと腰かけ、すぐ後ろにミオラとリーアが控えた。ユーニャ達は従者扱いとなるため護衛よりも更に後ろに立っている。
「改めてお礼を。私達の生まれ故郷にいた人達を弔ってくださいましたことを心より感謝申し上げます」
「クアバーデス侯、本当にありがとうございました」
ディックの声に倣い、ユーニャ達もお礼の言葉を上げた。
「本来ならもっと時間がかかったのだが、ランディルナ伯の支援金のおかげで早々に慰霊碑の設置が出来た。礼を言うのはこちらの方だ。その支援金も慰霊碑だけではなく…ナージュ」
「は。村人たちの弔い、慰霊碑の設置は勿論のこと。今後荒れた街道の整備事業も行われます。また村を追われこのベオファウムに逃れてきた者たちへの生活援助、就労援助にも使用。再建可能な村についてはその補助をするための支援に使われます。詳しくは帳簿の写しを用意しておりますので、後ほどお渡しします」
「だ、そうだ。それに比べれば騎士団を貸し出すことなど大したことではない」
クアバーデス侯は大げさに両腕を広げてみせ、笑顔で礼を述べてきた。
その笑顔の裏に何があるかわからないから鵜呑みには出来ないんだけどね。
「まぁ形式的な話はこのくらいでよかろう。クラトス」
クアバーデス侯はドアの手前に立つクラトスさんに声を掛けると、ユーニャ達三人とディックとリーアを連れ出していった。
ここからはよく知る仲の私達だけで話す内容だ。
ミオラには悪いけど、もう少しだけ私の護衛として残ってもらうとしよう。
「セシル、お前に護衛などいらんだろう?」
「クアバーデス侯、私にも立場ってものがあるんですから。それを言ったらゼグディナスさんだってここにいる必要ないってことになるでしょ」
「お前が乱心しないとは限らんからな。まぁそんなことになればこの屋敷ごと灰にはるだろうから役立たずと言う意味では必要ない」
本人を目の前にしてそこまで言い切らなくてもいいのに。
私が気にしてゼグディナスさんの方へ視線を向けると、彼もそれに気付いたのか嘲笑とも苦笑いとも取れる微妙な表情を浮かべていた。
「まぁいいや。さて、リード、カリオノーラ様。この度はご婚約おめでとうございます」
「あぁ、ありがとうセシル」
「セシーリア、ありがとう」
「リードには宝剣を一つ送ったけど、それとは別でお祝いを」
自分の腰ベルトに手を掛け、包装された小さな箱を二つ取り出すとナージュさんを通して二人に渡した。
私が開けてくれるように言うと二人は早速息を合わせて小箱を開けて中身を取り出した。
「これは…首飾りか」
「同じデザインで使っている宝石は別のものにしたのね。…セシーリア、これは…」
カリオノーラ様はすぐに気付いたようで、ペンダントトップに拵えたトパーズを覗き込むと弾けるように顔を上げた。
「はい。以前お贈りさせていただいた指輪と同じ手法です。カリオノーラ様はこれからクアバーデス侯爵家に嫁入りされますので、その紋章を入れさせていただきました。リードのルビーにも同じように紋章が入ってるよ」
「…なんとも、というか、相変わらず恐ろしいというか…。いや、美しい。とても綺麗な品だ。ありがとうセシル」
「ありがとうセシーリア。最高のお祝いよ」
貴族院を卒業してから会ってなかったリードは領主の仕事を手伝いながらいろいろと揉まれているのだろう、少し顔が大人っぽくなった。
以前のような頼りない感じはちょっとだけ影を潜め、今はやる気に溢れた若々しい気配を醸し出している。それに寄りそうカリオノーラ様も、婚約してからまだ間もないはずなのにすっかりリードと仲良くなったのか満面の笑みでリードの腕に自分の腕を絡ませながら私からの贈り物を喜んでくれていた。
そんな彼女にやはり柔らかい微笑みを浮かべて「よかったな」と肩を抱いた。
その様子に、ちょっとだけ私の胸もチクリとした。
これで、もう完全にお仕舞い。ちょっとだけ気になっていた男の子はお姫様と結婚して幸せになりましたとさ、ってことでいいんだ。
絵本の中みたいな物語は終わり。
私は私のやることのために、これからは仲間達と生きていく。
今日もありがとうございました。
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