第337話 伝説の…
「なるほどねぇ。ユーニャって、すごいんだ。パッと見た感じじゃそんなことしそうにないのにね」
さすがプロの娼婦。
私達は彼女より年上だっていうのに根掘り葉掘りとあることあることほぼ全部喋らされた。
特にユーニャはアルコールも入ってさっきよりかなり饒舌になっている。
アネットはそんな私達を楽しそうに見ていたけど、ふとした時に表情に影が落ちた。
「どうかした?」
気になってすぐに訊ねてみると、はっとして明るく取り繕おうとするのでもう一度聞いてみると、今度は意を決したように話し始めた。
「いや、本当ならさ、キャリーもここにいたのかなって。アタシは兄貴とバカやって村追い出されたから本当ならそんなこと言うのもおかしいかもしれないけど、やっぱ寂しいっていうか悲しいっていうかさ…」
「あ……。うん、キャリーも、ハウルも…二人の子どもだって」
「コールは知らないけどさ。あいつ、国民学校辞めてどっか行ったっきり行方不明みたいだから。でもキャリーとハウルは、間違いなく死んじゃってて…」
二人の空気がどんよりも重くなっていく。
私も悲しいと思うよ。
二人と違うのは彼等の仇を直接討っているから少しマシなだけで。
だから私はアネットの隣に寄り添って、その頭を胸に抱え込んだ。
「二人はいなくなっちゃったけど、私達はここにいる。悲しいのはなくならないし寂しいけど、それでも私達三人…ミックもいれて四人は幼馴染なんだから、これからも助け合っていこうよ」
「セシル…」
ユーニャが更に後ろから抱きついてきて、三人で抱き合っていた。
そのままの流れでもう寝ようって話になり、三人でベッドに行って川の字になる。
当たり前のように私が真ん中になるのはなんでだろう?
「んんっ?! ちょ、アネット?!」
右隣で寝ていたアネットに突然脇腹のあたりを撫でられて変な声が出た。
しかも撫で方が妙に艶めかしい。
「あはっ。セシルってばすっかりユーニャに開発されちゃってる? そんな敏感じゃ大変でしょ」
敏感なのは戦闘中じゃないからだよ。
とは言わないでおこう。
タレントの説明を求められたらより大変なことになるかもしれないからね。
「もうアネット、悪戯しちゃ駄目だよ」
「はぁい」
左隣にいるユーニャに窘められてアネットは再び大人しくなった。
その代わり、私の声を聞いたユーニャの様子がちょっとおかしい。
いやいや。
さすがすぐ近くに他の人がいるんだから何もしないよね?
若干の不安を感じた私は聖魔法『安穏心』をユーニャとアネットの二人に掛けておくことにした。
これならそういう気分になりにくく、多少の睡眠導入効果もある。
そうして魔法を使い続けているうちにアネットから穏やかな寝息が聞こえてきて、そのすぐ後にはユーニャも寝入ってくれたようだ。
これで私も安心して眠れそうだね。
翌朝、起きてユーニャの胸に頭を抱かれ後ろからはアネットも抱きついてきていた。
というのが今の状況だった。
うん。
何も間違いはなかったよ。
でもこの状況ってアレだよね?
伝説の亀爺さんがご褒美に望んでいたぱ…、いや! 私は女だからっ! 望んでないからっ!
仲の良い幼馴染三人で一緒のベッドで寝ただけ!
みんな薄着だから肌の柔らかさはダイレクトに伝わってくるけど。
私が起きて身動ぎしたことがユーニャに伝わったのか、彼女はうっすらと目を開けてゆっくりと自分の胸に抱えている私へと視線を移してきた。
「おはよ、セシル」
「おはよう」
挨拶したんだしさ、そろそろ頭離してほしいんだけど。
けれどユーニャはそのまま自分の頭を少し下げて私の髪に口付けを落とした。
むぅ…嫌ではないけど、すぐ後ろにアネットもいるんだけど。
「ふぅん…二人は本当に仲が良いね」
既に起きててバレたみたいでした。
しかしアネットも同じように私の後ろ頭に口付けして一層自分の胸を私に押し付けてくる。
なんで私女の子の胸に頭を挟まれて寝てるんだろ?
おかしい。
数年前までは普通に男の人が好きで、そのうち良い男と巡り会って結婚して子どもも産んでって考えてたのに。
それが今じゃパートナーは同性の幼馴染で、もう一人の幼馴染も同性で私の頭に胸を押し付けてくる。
百合ハーレム一歩手前?
そんな願望ないんだけど!
まぁ今更か。
ステラが部屋に来るまでずっとそのままでいた私は、たゆんたゆんの胸に挟まれていたせいかベッドから下りてもまだ少し揺れてるような錯覚を起こしてしまうのだった。
アネットが屋敷に来てから数日。
彼女にはモルモから商売上の足りない知識の補填と届け出に必要な書類関係、私への報告書作成の仕方など一通りレクチャーされた。
他にも必要なことはまだまだたくさんあるのだけど、それらは実地を通して身につけてもらうことにする。
「それで、お店に入れる女の人はあつまったの?」
「私達も横の繋がりがそれなりにあるからね。何人かは良い返事を貰ってるよ」
「じゃあ『仕事』をする分には問題ない人達なんだね」
とにかく最初は普通の娼館を立ち上げる。
前世の知識頼りになるけど、色物際物も後々には立ち上げるつもり。
人の欲望には上限なんてないんだから。
その話もアネットにはしていて、一年から五年の間には支店を作る話をしてある。
「最初はアタシも店に出るよ。そうすりゃ王都の花街で人気の五人が一つの店に集まることになる。話題性は十分さ」
「…いいけど、アネットは商会長なんだから現場の仕事以外にもやってもらうことがいっぱいあるの覚えててよ?」
「わかってるって」
やれやれ。
なんかちょっとだけ心配だなぁ。
不安を覚えつつ、それでもこの商会も成功するイメージはしっかり出来ている。
苦笑いのままステラが淹れた紅茶を一口飲んだところで執務室のドアがノックされた。
「失礼します。セシーリア様、お手紙が届いております」
「手紙?」
セドリックから渡された手紙には見たことのある封蝋が押されており、それが待っていた返事であることはすぐにわかった。
執務机の上に置かれたペーパーナイフで封を開けると、中から出てきた手紙に素早く目を走らせた。
「クアバーデス侯から許可を貰えたよ。セドリック、ディックとリーアに手紙を書いておいて。次の休みにすぐ行くから」
「承知しました」
「リーアにはディックが寝ててもいいから二の鐘までに屋敷に来るようにって書いておいてね」
これでディックはなんとかなる。
あとはユーニャとアネット、ミックもかな。
女子二人の予定を開けてもらう方が大変だけど、なんとかしてもらおう。ミックはなんとでもなるでしょ。
頭の中で勝手に予定を立てながら、口ではステラに用意してもらうべき物の手配を頼んでいく。
リードとカリオノーラ様に渡すお祝いは用意してあって既に私の腰ベルトの中だ。
それ以外にもクアバーデス侯への土産としてヴィーヴル商会で取り扱っている魔道具をいくつか。それらを綺麗に梱包して持って行く。
以前、リードの従者をしている時ならそんなこと考える必要もなかったけれど、今や私も伯爵なのでこのくらいはしなければならない。
お土産だけで白金貨三十枚は飛んでしまうのはいかがなものかと思うけど!
「それとリーアはディックの護衛として同行してもらうけど、他は…」
「ミオラさんでよろしいかと。アイカ様がいらっしゃればお任せ出来ましたが、まだしばらくお帰りになりませんので」
アイカとクドーは私の依頼で調べ物をしてもらってる関係で今は王都にいない。
あの二人が一緒なら…っていうか、そもそも私に護衛なんて必要ないんだけどさ。貴族家当主の立場はこういう時に面倒臭い。
「わかった。じゃあミオラに話しておいて」
指示を出し終えると椅子の背もたれにどかっと体重を預ける。
クアバーデス侯に用事があるのは私とディックだけだけど、ユーニャ達三人には墓参りに同行してもらう。
領主館に行ってる間はカーバンクル商会のベオファウム支店に行くのと、ミックとアネットの二人に関しては自由行動にする。
二人のことだから何かしら面白いネタでも持ってきてくれそうだしね。
それから数日して、準備も滞りなく整えた私達は朝早くからクアバーデス侯爵領に向けて出発した。
私とユーニャだけなら長距離転移を使えば済むけれど、さすがに正式な訪問ともなれば転移で行くわけにもいかない。
馬車で移動していくこと自体にも意味がある。
ちなみに当然だけど、ディックは寝てる。
何故かリーアの膝枕で。
「ねぇリーア? 随分ディックが懐いてるね?」
「えっ?! いや、セシーリア様? これには深い訳がありまして!」
ディックが貴族院に入ってからというものの、こうして顔を合わせたのは初めてだったりする。
リーアは何度か屋敷に戻ってきていたから近況報告は受けていたけど、こんな風に仲良くなってるとは聞いてない。
「リーアさんは年下の子が好きだったの?」
「やっ?! ユーニャさん? 違うんです、これはっ!」
「これは? どう違うか、どういうことなのか教えてもらおうじゃない。ねぇ、リーア?」
ディックが誰と結ばれようと応援するつもりでいたけれど、いざそういう場面になると平静ではいられないらしい。
まさかリーアと?
本人の口から聞かないことにははっきりしないけど、リーアの様子を見れば当たらずとも遠からず。
顔を真っ赤にしてディックの頭に手を添えるリーアの眼差しは恋する乙女そのものだし。
「別に反対してるわけじゃないけど、どうしてそうなったのか説明くらいしてほしいって言ってるの」
「いや、まぁ…年頃の男女が一つ屋根の下にずっと一緒にいればそうなるのは必然というか、なんというか…」
「ちなみにどっちから? あぁ、責めてるわけじゃないから正直にね」
「せ、責めてないって言いながらセシーリア様の目が怖い…」
失礼な。
私は冷静だよ。
心は平静ではないけれど、冷静ですとも。
「えっと…ディッカルト様から…」
「ディックから? ふぅん…なら仕方ないね」
「え?」
「ウチの弟が申し訳ない。リーアにはディックの専属になってもらうから卒業しても、ディックがどこで何をしようとも一緒にいてもらうからね」
「そ、それじゃあ…?」
期待の籠もった目を向けてくるリーアには悪いけど、現実だけは突きつけておこう。
「ディックはこれでも貴族だから。リーアが『こうしたい』と思っても、ディックが他の人を欲しがったらちゃんと受け入れること。貴族の令嬢と結婚するようなことになればリーアは二番目、三番目になることも覚えておいてね」
「は、はいっ」
リーアのとても良い返事を聞きながら窓の外へと目を向ける。
今私どんな顔してるかなぁ…。
笑ってる?
怒ってる?
寂しそう?
どんな顔でも、ディックが幸せになれるならいい。
ちょっと憂鬱な気分だったけれど、二人の話のおかげで少しだけ気分が楽になった。
今日もありがとうございました!
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