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第34話 すれ違いの終わり

今日からまたメインストーリーです。

8/4 題名追加

 とりあえず夕飯の支度を始めた。

 リビングが暗かったので光魔法で灯りを作って食料庫から野菜とパン、薫製肉を持ってくる。スープより簡単に作れる野菜炒めと薫製肉は大きめに切ってサイコロステーキに、パンもそのままではなく炎魔法で焼いてテーブルに並べた。

 私が料理をしてる間にイルーナはディックを寝室に連れて行き、ランドールは作業台に向かって弓の調整をしていた。


「夕飯出来たよー」


 私が声を掛けると二人もテーブルについて食事を始めた。今日は昨日に輪を掛けて適当に済ませてしまったけどイルーナは相変わらず「セシルちゃんのご飯はおいしいねー」と言ってくれる。ランドールは黙って食べ続けているがこちらもいつも通り、不満がないのが一番だ。

 夕飯が終わってからすぐ片付けをすると私はいつも通りに三人分のお茶を入れた。これは以前リードから貰った紅茶の残りなのだが時間も経過しているため風味は落ちている。それでももうしばらくこんなことはないはずなので奮発して使い切っておいた。


「それで?セシルちゃん、ちゃんと話してくれるんだよね?」

「領主様の所に行くのは変えないつもりだよ。私はこの村から出ようと思ってる」

「なぁ、何故なんだ?今まで家族で仲良くやってきたじゃないか?」

「父さんのことも母さんのことも大好きだよ。それは変わらないし関係ないよ」


 私の話を聞きながらランドールは何とか村を出ていこうとするのを止めようとしているのか、泣きそうなそれでいて怒るような顔をしている。


「ねぇセシルちゃん?それ今朝も聞いたから私考えてたんだけど、なんでディックちゃんの名前を言わないの?」

「っ?!」


 イルーナの問いに動揺が走り、紅茶を飲もうと思って持ち上げたカップが止まって少しだけ零れてしまった。


「ディ、ディックはまだ小さいからそういうの分からないから言ってなかっただけだよ」

「…今朝それを聞いた後にいろいろ考えたんだけど、私達セシルちゃんに随分甘えてたんじゃないかなって。家のこと何でもできるし、頭も良くて、強くて…なんでこの子は突然こんなこと言い出したのかな?って。でも思い出したの…セシルちゃん、まだ八歳なんだよね」

「…俺達が期待しすぎたからか?何でもできるセシルを頼りにしすぎたのがいけなかったのか?」


 両親揃って今度は泣きそうな顔で俯いているが、それは不正解と言わんばかりに苦笑いをしながら答える。


「違うよ。頼りにされるのは嫌じゃないし、期待してくれるのは素直に嬉しい」

「ディックちゃんばっかりになって、セシルちゃんを便利なお手伝いさんくらいに見ていたんじゃないかって今日考えてたの。ねぇ?どうかな?」


 イルーナが縋るような目で私の顔を覗き込んでくる。毎日見ているけどとても綺麗な顔立ちをしていて、ランドールが未だに新婚気分が抜けないのも頷けるというもの。

 そんな綺麗な彼女から見つめられると誤魔化しや嘘なんて言えるはずもない。そして彼女から聞かれた内容が多分ほぼ正解なんだと思う。多分っていうのは私自身が理由をよくわかっていないせいもあるからね。


「私もよくわかんないや…。でもディックに嫉妬してたのは本当だと思う。…ごめんなさい、私も父さんと母さんに甘えたいの…」


 よくやく本音を絞り出すと自然と涙が零れてきた。

 本音を言うことはとても怖い。嫌われるんじゃないか、迷惑なんじゃないかといろんなことを考える。特に前世の記憶がある私はそれが強くて本音を言えば叩かれるのが日常だったから。


「ううん、ごめんなさいは私達だよ。ごめんねセシルちゃん?もっと甘えさせてあげられなくて」


 そういうとイルーナは椅子から立ち上がり私の頭を抱きしめてきた。ランドールも遅れて立ち上がってイルーナごと私を抱きしめてくれた。


「ち、ちが…わたし、そ、そんなんじゃ…も、もっとし、しっかりしなきゃって…うっ…うぅあぁぁぁっ。ああああぁぁぁぁっ!」


 零れ落ちる涙を止めることができなくなって、言い訳もできなくて、大声で泣き出してしまった。

 みっともない。

 情けない。

 そんなことが頭をよぎるのに声を出して泣くことをやめることは出来なかった。




「…も、もう落ち着いたってば」

「だーめ。今日は徹底的にセシルちゃんを甘やかして構っちゃうって決めたの」


 私を抱き締めたままイルーナはニコニコとご機嫌な様子。それこそ赤ちゃんのように扱われていてさっきもお茶を私に飲ませようとカップすら持たせてもらえなかった。


「それで、もう村を出るなんて言わないよな?」


 ランドールは私達の正面に座り直して問い掛けてきた。


「…ごめんなさい、それは止めない。私はやっぱり村を出ようと思うの」

「…ねぇランドくん。私はセシルちゃんの好きにさせてあげようと思うよ」

「なっ…?!イルーナまで!なんでだ?もう家族の誤解は解けたじゃないか。それなら今まで通りみんなで一緒にいればいい。今日からはちゃんとセシルを甘やかしてやるし、ディックも今まで通りだ。それでいいじゃないか」


 ランドールは最初と変わらず私が出て行くのに反対のようだ。対してイルーナはもう反対はしないみたいで、今は私の頭を撫でながらランドールを困った顔で見ている。それにしても何故イルーナは意見を変えたんだろう?


「母さんはなんでいきなり賛成してくれたの?」

「んー…セシルちゃんの力をね、もっといろんな人の為に使ってほしいなって。今みたいに家族だけの為じゃなくて、もっともっと…困ってる人の為に、そして自分の為にね」

「自分の為?」


 突然スケールの大きな話になって驚く私にイルーナは更に続ける。


「たまにね、セシルちゃんがどこか遠くの方を見てるような気がしてたんだー。『きっとこの子は大きくなったら私達の元からいなくなっちゃうんだろうな』ってずっと思ってた。ランドくんもそうでしょ?」

「や…まあ、そうだが…。それでもまだ早すぎるじゃないか。セシルはまだ八歳だぞ?」

「その八歳の子を甘やかしもせずに便利なように使っちゃってたのは私達だよ」

「ぐっ…そう言われると…」


 イルーナの反論にランドールは完全に沈黙した。これでイルーナの意見がこの話し合いの決定権を持つことになるだろう。


「別に私達には言えなくてもいい。それが絶対に正しいことでなくてもいい。セシルちゃんが後悔しないで、人のためになることなら私はセシルちゃんの味方でいるよ。…例えランドくんがどんなに反対したってね」

「お、おい…俺は別にそこまで…」

「だから、セシルちゃんは好きにしていいよ。説明してほしいとも言わない。でも…たまにでいいからちゃんと帰ってきてね?」


 なんで私の母親になる人はこんなに私を泣かせるんだろう?

 前世では私をゴミのように扱った挙句に捨てて泣かせた。

 今世では私のことを本当に想ってくれて、大切にしてくれて。こんなに愛してくれて。嬉しすぎて泣かせた。

 同じ「泣く」ってことにこんなに違いがあることに驚くけど、やっぱり私はこの二人のことが大好きだと改めて実感した。いっそ自分が他の世界から転生してきたんだと全て洗い浚い話してしまいたかったけど、タレントの縛りでそれはできない。以前にも試してみたことはあったけど話そうとすると声が出なくなったりするので、かなり強制力の強い縛りなんだと思う。

 でも言えなくてもいい。私はちゃんとこの二人の娘だと言える。それでいいよね?


 翌日起きてからはイルーナもランドールも家で私と一緒にいてくれた。ランドールだけは朝少し出掛けていたけど、多分今日は休むということを自衛団の詰所に伝えに行ったのだろう。一時間ほどですぐに戻ってきた。

 イルーナは相変わらずディックを抱いたままだったけど時折私と代わってくれた。これでしばらくはディックに会うこともなくなるからという気配りをしてくれたんだと思う。小さい子独特の甘いような香りが漂う弟を抱きながら少しだけ散歩に出たり、久しぶりにイルーナのご飯を食べさせてもらった。

 私は十分美味しいと思ったけどイルーナは「セシルちゃんみたいに美味しくできない…」とかなり落ち込んでいたんだよね。少なくとも私は料理に関してイルーナよりも経験があるわけだし、多少はね?そういう経験は引き継いでるみたいだし。

 そんな感じの取り留めのない話をしたり、何気ないやり取りをしながら過ごした一日はあっという間で既に日が暮れてきていて、それはつまり私がこの家族とゆっくり過ごすことができる時間がもうすぐ終わろうとしていることを告げている。それでももう十分だった。前世では味わえなかった家族の温かさを教えてもらったし、一人で耐えるだけじゃない、弱音を吐いてもいいんだってことも教えてもらった。

 そう、それだけで私はこれからも生きていける。強くいられる。

今日もありがとうございました。

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